「うるしのかたち」という題名には、答えがない。椀や箱のような器物を思い浮かべてもいい。磨き上げた黒い立体でも、金属粉を蒔いた蒔絵でも、麻布を重ねて形を起こす乾漆でもいい。東京藝術大学漆芸研究室の成果展「うるしのかたち展」は2007年に始まり、2026年で20年目を迎えた。9月10日から23日まで大学美術館陳列館2階で開かれる今年の展覧会には、名誉教授の大西長利、増村紀一郎、三田村有純、小椋範彦をはじめ、研究室出身の現教員、海外からの留学生を含む博士・修士課程の学生が出品する。[1]
20周年の意味は、同じ技法を20年間守ったということではない。むしろ、同じ天然素材に向き合いながら、何を「漆芸」と呼べるかを世代ごとに問い直してきた時間にある。東京藝大の漆芸教育は、1889年に東京美術学校が授業を始めた時点の美術工芸科「漆工」にまでさかのぼる。140年近い教育史と、20年続く研究成果展。その二つが重なる場所で、伝統は保存されるだけでなく、形を変えながら使われ続けている。[2] [3]
漆は「表面」ではなく、作品の構造そのものになれる
漆はウルシの木から採る樹液である。林野庁によれば、古くから塗料と接着剤として使われ、素材の腐朽を防ぎ、酸やアルカリにも強い性質と、塗り上がった肌の美しさから工芸へ発展した。採取は樹液の分泌が活発になる6月ごろから秋まで行われ、樹齢10~20年ほどの一本の木から得られる量は約200グラムとされる。[13] [15]
普通の塗料と違い、漆はただ「乾燥」して固まるわけではない。漆液に含まれる酵素ラッカーゼが適切な温度と湿度で活性化し、酸素との反応によって硬化する。林野庁はラッカーゼが働きやすい条件として20~25℃、湿度75~85%を挙げる。そのため工房では「漆風呂」と呼ばれる環境で湿度を管理し、塗膜を硬化させる。[14]
この性質が、漆を「最後に塗る表面材」以上のものにする。東京藝大は、漆を塗料、接着剤、造形素材、絵画材料として多角的に研究すると説明する。木の器に塗ることもできるが、布を漆で固めて形そのものをつくる乾漆、金や銀の粉で画面を構成する蒔絵、貝を埋め込む螺鈿など、作品の骨格から光の見え方まで一つの素材体系で組み立てられる。[4]
藝大で最初に学ぶのは「自分の表現」より道具と下地
現代美術の大学だからといって、最初から自由制作だけをするわけではない。東京藝大の漆芸カリキュラムは、箆などの道具づくり、刃物研ぎから始まる。下地には本堅地、仕上げには呂色上げ。装飾は研出蒔絵、平蒔絵、高蒔絵、研切蒔絵、螺鈿、卵殻、平文などを学ぶ。2026年の工芸科案内では、素地制作として乾漆と木胎、装飾として蒔絵、螺鈿、平文、卵殻、沈金、変わり塗りまで、一貫した教育を行うと説明している。[4] [5]
ここに「伝統を固定しない」ための逆説がある。自由になるには、まず制約を身体で知る。どの厚さで下地を置くか。研いだときにどこまで地が出るか。金粉の粒度で光がどう変わるか。貝をどの角度で埋めれば反射するか。湿度が違えば翌朝の表情はどう変わるか。伝統技法は古いデザインをコピーするためではなく、素材が何をできるかを知るための語彙になる。
20年の展覧会は、研究室の「家系図」を一部屋に置く
2026年展の構成が象徴的なのは、名誉教授、現教員、大学院生が分離されず同じ成果展に並ぶことだ。大西長利、増村紀一郎、三田村有純、小椋範彦はいずれも現在の工芸科が名誉教授として掲げる漆芸家。その後を、青木宏憧(あおき・こうどう)教授、新井寛生(あらい・かんせい)講師ら現教員、さらに博士・修士の学生がつなぐ。大学の2026年資料は青木を「Aoki Kodo」、新井を「Arai Kansei」と表記している。[5] [6] [7]
この組み合わせは、単なる同窓展とは違う。名誉教授の作品が「過去」で、学生作品が「未来」という線形の配置ではない。現役学生が古い技法を新しい文脈で使い、名誉教授も現在進行形で制作する。技法は世代を下る一方向のものではなく、同じ展覧会で比較され、更新される。
2015年の展覧会ページを見ると、その時点ですでに現教員・元教員・修士学生に加え、中国、ベトナム、オランダからの客員研究員や博士課程学生が参加していた。2026年展も海外からの留学生を含む大学院生を明記する。漆芸研究室にとって「継承」は日本国内だけの閉じた系譜ではなくなって久しい。[11] [1]
増村紀一郎が示す「髹漆」という基礎の深さ
20年展の出品者の中で、増村紀一郎は伝統技術の制度的な継承を象徴する存在でもある。文化庁は2008年、重要無形文化財「髹漆(きゅうしつ)」の保持者として増村を認定した。一般に「人間国宝」と呼ばれる各個認定である。[8] [9]
髹漆は「漆を塗るだけ」という意味ではない。文化庁は、素地の造形から下地、塗り、仕上げまで、漆塗を主とする広い工程を指すと説明する。装飾を足す前に、作品の形と塗膜そのものの完成度を追う基礎である。
この基礎の強さが、「うるしのかたち展」の現代性と矛盾しない。形を変えるためには、塗りの技術が不要になるのではなく、むしろ高度になる。自由曲面、乾漆の立体、絵画的なパネル、日用品。どれも最終的には、漆液がどこで流れ、どこで固まり、研磨でどう光るかという素材の物理へ戻ってくる。
小椋範彦は、伝統技法を「絵画」へ押し広げた
2026年展に名誉教授として参加する小椋範彦は、2025年度で東京藝大を退任した。大学美術館の退任記念展は、小椋が自然の草花や風景を主題に、蒔絵や螺鈿による飾り箱、茶道具を制作してきた一方、海外の風景を題材に研出蒔絵を応用した独自の絵画表現によるパネル作品も手がけてきたと紹介する。[10]
ここにも「器から出る」漆芸がある。蒔絵は本来、器物表面を飾る技法として長い歴史を持つが、パネルという平面へ移せば、金属粉の反射と研ぎの深度は絵画の明暗や空気をつくる手段になる。技法名が同じでも、支持体と鑑賞方法が変われば、美術のジャンルそのものが揺れる。
小椋の退任展では、中国の大学教員作品も同時展示され、大学は漆芸教育で最も交流を重ねた相手として中国を挙げた。これは、漆が日本独自の素材ではなく東アジアに広がる樹液文化であることを、教育の実践へ戻す試みでもある。[10]
「生活に寄り添う」年もあった
「うるしのかたち」は毎年同じ見せ方をしてきたわけではない。2020年には藝大アートプラザで「生活に寄り添う」をテーマとする企画として展開され、教員と学生29人が出品。アートピースだけでなく、出品作家が制作した箸も並んだ。[12]
これは、漆芸を美術館の高い台座だけへ閉じ込めない態度を示す。漆は文化財にもなれば、食卓の器にもなる。彫刻のような立体にも、箸にもなる。使うことで手の脂が付き、光が変わり、時間とともに表情を変える素材である。
同じ2020年の学生インタビューでは、湿度の違いで硬化速度や色の見え方が変わる経験が語られていた。天然素材だからこそ、完全に制御できない部分がある。現代の制作環境でデータや温湿度を管理しても、最後には素材が返してくる微妙な差を作家が読む。その「制御と受容」の往復は、工芸の研究としても創作としても重要だ。
青木宏憧と新井寛生――2026年の現在地
現在の漆芸分野は、青木宏憧教授と新井寛生講師が中核を担う。大学の2026年工芸科案内は、青木の研究テーマを「乾漆造形」、キーワードを乾漆、塗料表現、漆液精製、装飾造形とする。形をつくる段階から画材まで漆を主役にする姿勢が示されている。新井も漆芸研究室の第7研究室を担当する現教員として大学が掲載している。[5] [6]
今年の展覧会プログラムには、9月13日に青木と新井のギャラリートーク、20日に名誉教授の増村紀一郎と三田村有純のギャラリートークが組まれている。若い現教員同士の対話と、長く教育・制作を担った二人の名誉教授の対話を別日に置く構成自体が、20年展の世代構造を映している。[1]
漆を守ることは、ウルシの木から考えることでもある
漆芸を「技法の継承」だけで語ると、素材の供給が見えなくなる。一本の成熟したウルシから採れる樹液は約200グラム。採取後はその年に伐採し、切り株から出る芽を育てて次の世代へつなぐ。制作量が増えれば、木、採取する漆掻き職人、精製、流通まで必要になる。[15]
東京藝大の2026年案内が「漆液精製」を研究キーワードに含めるのは、この素材がチューブ入りの既製絵具だけではないからだ。採取時期や精製で性質が変わり、硬化にも違いが出る。漆芸家は化学と森林資源から切り離されていない。
伝統工芸を未来へ残すとは、完成品を保存するだけではなく、材料が採れ、道具が作れ、技法を教えられ、若い作家がそれを使って自分の作品をつくれる一連の環境を残すことである。
- 同じ漆でも、名誉教授、現教員、学生で「形」の考え方がどう違うか。
- 蒔絵・螺鈿など装飾技法が、器物から平面・立体へどう移されているか。
- 乾漆や髹漆で、装飾以前の形と塗膜そのものがどこまで表現になるか。
- 海外留学生の文化背景が、漆という共通素材へどんな違いを持ち込むか。
- 生活道具としての漆と、鑑賞作品としての漆がどこでつながるか。
20年続いたのは、答えを決めなかったから
「うるしのかたち」という名前は便利なほど曖昧だ。漆器展でも、蒔絵展でも、学生展でもない。何を漆の「かたち」と考えるかを出品者に返す題名である。
東京美術学校が1889年に漆工を教え始めた時代から、材料も道具も社会も変わった。生活の中で漆器を使う場面は変化し、美術と工芸の境界も揺れた。海外から学びに来る学生が加わり、作品は器から彫刻、平面、インスタレーションに近い領域まで広がる。それでも、塗り、研ぎ、硬化、光沢、接着という漆の物性は残る。
20年展で見えるのは、「伝統か現代か」という二択ではない。伝統技法を正確に学ぶことと、それを別の形へ使うことが同じ教育の中にある。古い技法が新しく見えるのは、昔を忘れたからではなく、昔の方法を十分に知った上で別の問いを立てるからだ。
東京藝大の漆芸研究室が次の20年に何を「うるしのかたち」と呼ぶかは分からない。その分からなさこそ、この展覧会が20年続いた理由なのかもしれない。漆は固まる。しかし、漆芸の形は固まらない。
- 東京藝術大学大学美術館:「うるしのかたち展2026」―会期、20年目、出品者層、ギャラリートーク
- 東京藝術大学工芸科:沿革―1889年東京美術学校、美術工芸(金工・漆工)
- 東京藝術大学:沿革・歴史―明治22年(1889)2月の授業開始
- 東京藝術大学:工芸科・工芸専攻―漆芸の教育理念、技法、研究・国際交流
- 東京藝術大学:2026工芸科案内―青木宏憧教授、新井寛生講師、漆芸教育の工程と技法
- 東京藝術大学工芸科:2026年現教員―青木宏憧教授、新井寛生講師ほか
- 東京藝術大学工芸科:名誉教授―大西長利、増村紀一郎、三田村有純、小椋範彦
- 藝大アートプラザ:増村紀一郎―東京藝大修了、重要無形文化財保持者
- 文化庁:2008年、増村紀一郎を重要無形文化財「髹漆」保持者に追加認定
- 東京藝術大学大学美術館:小椋範彦退任記念展―蒔絵・螺鈿、国際交流
- 東京藝術大学大学美術館:2015年「うるしのかたち展」―2007年開始、教員・学生・海外研究者
- 藝大アートプラザ:「うるしのかたち展2020」―生活に寄り添う漆、教員・学生29名
- 林野庁:漆のはなし―樹液、塗料・接着剤、美術工芸
- 林野庁:漆の化学―ラッカーゼ、温湿度、漆風呂での硬化
- 林野庁:漆の造り方―採取時期、1本から約200g、精製
編集注:大学美術館の2024年・2025年展覧会ページには「明治21年(1889年)」との表記があるが、西暦1889年は明治22年。東京藝術大学の公式沿革と工芸科沿革は1889(明治22)年の授業開始・漆工教育を示すため、本稿はそちらを採用した。「20年目」は2026年展公式説明の表現であり、Japan.co.jpが独自に全開催回数を数えたものではない。2026年出品作品の個別タイトル・技法は公開本文から確認できないため推測していない。
