大地震のあと、街を止めるのは倒れた建物だけではない。道路脇に積み上がる壊れた家具、家電、木材、コンクリート、畳、ガラス。解体が始まれば柱や壁材が大量に出る。水害なら泥を含んだ家財が一気に路上へ出される。分別されないまま仮置場へ流れ込めば、火災や悪臭、害虫、交通障害、処理施設の混乱へつながる。

その混乱を、経験のある人間が少しでも早く整理する。東京都が2026年9月3日に発表した「東京都災害廃棄物処理専門員登録制度」の狙いは、そこにある。

制度名を読み違えない: これは新しい常設の「災害ごみ部隊」を採用・編成する制度ではない。区市町村、一部事務組合、東京都環境局などの既存職員を対象に、都の「災害廃棄物処理専門人材育成プログラム」を修了した職員をあらかじめ登録し、大規模災害時に被災自治体へ派遣する仕組みである。東京都の発表では、登録人数の目標や個々の派遣期間はまだ示されていない。
2026年10月以降専門人材育成プログラムの開始予定時期。
2027年2月以降この登録制度に基づく専門員の派遣が可能になる時期。
最大約3,200万t東京都が首都直下地震等の被害想定を基に試算する災害廃棄物発生量。

「ごみ」は復旧の後工程ではない

災害廃棄物という言葉は、片付けの最後に残る「ごみ」を連想させる。しかし実際には、復旧の速度そのものを左右する行政分野だ。倒壊物が道路を塞げば救助・物流に影響し、住宅から出た片付けごみが無秩序に積まれれば衛生環境が悪化する。仮置場を誤って選べば搬入車両が住宅地に集中し、分別を誤れば後工程で再選別が必要になる。

環境省の災害廃棄物対策指針は、災害廃棄物の処理主体を原則として市区町村等と位置づける。都道府県は技術支援や広域調整を担い、必要に応じて事務委託を受ける。つまり、最も大きな災害の直後に、最も被災している基礎自治体が、平時とは桁違いの廃棄物処理を立ち上げなければならない構造になっている。

日常の清掃行政では、収集ルートも処理施設も契約もおおむね決まっている。災害時にはそれが崩れる。何トン出るのか。どこへ一時的に置くのか。可燃物、木くず、金属、コンクリート、家電、危険物をどう分けるのか。被災家屋を公費で解体するのか。民間処理施設へ何を頼むのか。自治体外へ運ぶなら誰と調整するのか。住民へ何を、いつ、どう周知するのか。こうした判断が発災直後から同時進行する。

災害廃棄物処理は「街が片付いた後に始まる仕事」ではない。街を再び動かすために、最初から走り始める仕事である。

東京都が作るのは「人の在庫」だ

新制度の対象は、都内の区市町村、一部事務組合、東京都環境局の職員等。登録要件は、環境局が主催する「災害廃棄物処理専門人材育成プログラム」を修了することだ。プログラムは2026年10月以降に実施予定で、修了後に登録する。このため、制度に基づく派遣が可能になるのは2027年2月以降とされている。

東京都が発表した効果は二つある。一つは、被災自治体の初動・応急対応を迅速化すること。もう一つは、災害廃棄物処理の知見と経験を組織として蓄積することだ。

二つ目は地味だが重要である。災害対応の経験は、人事異動で失われやすい。大規模災害は毎年同じ自治体で起きるわけではないため、「以前やったことがある職員」が次の災害時にも同じ部署にいる保証はない。東日本大震災の処理を検証した環境省のアーカイブ報告書も、担当職員の異動や時間経過によって知見が失われることを避ける必要があると指摘してきた。

登録制度は、個人の経験を名簿に残し、研修で共通言語を持たせ、必要な時に自治体を越えて動かす仕組みである。設備を買うのではなく、行政の「人の在庫」を作る発想だ。

首都直下地震なら、最大約3,200万トン

東京都が2023年に改定した「東京都災害廃棄物処理計画」は、2022年の「首都直下地震等による東京の被害想定」を基に、地震災害で発生する災害廃棄物を最大約3,200万トンと試算している。

2012年の旧想定に基づく最大約4,300万トンからは約1,100万トン減った。都は住宅の耐震化や不燃化などの効果を背景に挙げる。それでも3,200万トンという規模は、通常の清掃行政の延長で吸収できる数字ではない。

発生量推計そのものも一度で決まらない。東京都の処理計画は、発災直後の1週間以内にまず被害の規模感をつかみ、1か月程度から実行計画を作り、6か月から1年ほどかけて発生量を確定していく流れを示している。初期の数字が外れれば、必要な仮置場面積、車両数、処理施設能力、広域支援の規模も外れる。

災害廃棄物の「時間軸」

時期行政が判断すること専門知識が効く場面
発災前想定量、仮置場候補、連携協定、訓練計画の実効性確認、受援体制づくり
発災直後〜1週間被害規模、片付けごみ、収集、仮置場初動優先順位、分別・搬入動線、住民広報
1か月〜実行計画、処理フロー、広域処理数量推計、契約、民間・他自治体との調整
数か月〜1年公費解体、処理進捗、発生量確定工程管理、再資源化、費用・国庫補助資料

2011年、3,100万トンが日本の制度を変えた

現在の日本の災害廃棄物行政を理解するには、2011年3月11日へ戻る必要がある。東日本大震災では、13道県239市町村で災害廃棄物が約2,000万トン、6県36市町村で津波堆積物が約1,100万トン発生した。合計すると約3,100万トン。倒壊家屋、家財、木材、コンクリート、土砂が混ざり、被災自治体の行政機能自体が損なわれた地域もあった。

処理は被災県内だけでは完結せず、全国の自治体、民間事業者、セメント工場、仮設焼却施設などを動員する広域処理となった。福島県の一部を除き、目標としていた2014年3月末までに処理を終えたが、そこまで約3年を要した。

この経験から環境省は2014年に「災害廃棄物対策指針」を策定。2015年には有識者、自治体、技術者、業界団体をつなぐD.Waste-Net(災害廃棄物処理支援ネットワーク)を発足させた。2018年には熊本地震などの教訓を反映して指針を改定し、2020年には災害対応経験のある自治体職員を登録する「災害廃棄物処理支援員制度(人材バンク)」を整備した。

東京都の新制度は、この全国的な流れの都内版と見ると分かりやすい。ただし国の人材バンクが主に「災害廃棄物処理の経験者」を登録してきたのに対し、東京都は独自の育成プログラム修了を登録要件にしている。経験を待つのではなく、平時から専門人材を作ろうとしている点が特徴だ。

1995年:阪神・淡路大震災。約1,500万トン規模の災害廃棄物処理を経験。

2011年:東日本大震災。災害廃棄物約2,000万トン、津波堆積物約1,100万トン。

2014年:環境省が「災害廃棄物対策指針」を策定。

2015年:D.Waste-Net発足。

2018年:熊本地震等の教訓を踏まえ、国の指針を改定。

2020年:環境省が「災害廃棄物処理支援員制度(人材バンク)」を策定。

2023年:東京都が災害廃棄物処理計画を改定。

2024–25年:東京都と都内自治体が能登半島地震の現地支援・広域処理を実施。

2026年:東京都が独自の専門員登録制度を開始。

能登で東京都職員がやった仕事が、制度の教材になる

東京都にとって、災害廃棄物支援は机上の話ではない。2024年の能登半島地震では、都職員を能登町や志賀町へ派遣し、災害廃棄物処理実行計画の策定、片付けごみ仮置場の整備、公費解体申請の受付体制づくり、解体工程の進行管理などを支援した。

東京都環境白書2025によると、都職員は2024年1月6日から8月1日までに延べ269人が現地へ派遣され、14区市等の職員も延べ265人が石川県内の自治体を支援した。さらに東京都内では、輪島市・珠洲市からの可燃ごみを2024年9月から2025年10月まで受け入れ、都内施設だけで2,927トンを処理した。川崎市分を合わせた広域処理実績は3,679トンだった。

2025年の台風第22号・第23号で八丈町に災害廃棄物が発生した際にも、都は初期対応と処理実行計画の策定を支援した。東京都が2026年3月にまとめた資源循環・廃棄物処理計画は、こうした経験を踏まえながらも、各自治体で実務の中核を担う人材がなお不足していると認識している。

新しい登録制度は、能登や八丈で得たノウハウを「その時の担当者の経験」で終わらせず、次の担当者へ移すための仕組みでもある。

専門員が最初に見るのは、山積みのごみではなく「流れ」

東京都の9月3日発表は、専門員一人一人の具体的な職務メニューまでは示していない。したがって、仮置場運営、公費解体、実行計画作成などを新制度の必須任務と断定することはできない。

ただし、国の人材バンクが支援対象としてきた業務と、東京都が能登で実際に支援した内容から、求められる能力の輪郭は見える。重要なのは、目の前のごみを一つずつ処理することより、被災現場→一次仮置場→選別・中間処理→再資源化・焼却・最終処分という流れを早期に組み立てることだ。

仮置場一つを取っても、用地の広さだけでは足りない。大型車が出入りできるか。住宅地への騒音や粉じんはどうか。浸水リスクはないか。可燃物が発火した時に延焼しない配置か。冷蔵庫や電池、ガスボンベ、石綿含有建材など処理困難物をどう切り離すか。入口で住民に分別を徹底できるか。出口側の処理能力と搬出ペースが合っているか。これらは、現場を知らなければ計画書だけでは判断しにくい。

「受援」の設計ができなければ、人が来ても動けない

大規模災害では、支援を送る側だけでなく、受ける側の能力が問われる。全国から職員や収集車が来ても、被災自治体側に「何人を、どこへ、何の仕事に付けるか」を決める余力がなければ、支援は十分に機能しない。

能登半島地震では、環境省職員、人材バンク支援員、D.Waste-Net、全国自治体からの短期派遣など、多層的な人的支援が投入された。環境省の整理では、2025年5月時点までに人材バンク支援員等だけでも延べ1,597人・日、D.Waste-Netは収集運搬を含め延べ約8,000人・日の支援を行っている。

人が多ければ解決するわけではない。指揮系統、業務分担、情報共有、宿泊・移動、引き継ぎ、地元事業者との関係を整えなければならない。東京都の専門員が被災自治体の初動を支えるなら、「ごみの知識」に加え、支援を受け入れる行政マネジメント能力が重要になる。

制度がまだ答えていない三つの問い

今回の発表で制度の骨格は分かったが、実効性を判断するための情報はまだ足りない。

第一は人数だ。東京都は登録目標人数、年間の研修定員、地域別の配置目安を公表していない。首都直下地震では東京都内の多くの自治体が同時に被災する。少数の専門員を被災地間で取り合う状況になれば、制度の効果は限定される。

第二は研修内容だ。10月以降に始める「専門人材育成プログラム」の科目、期間、演習方式、修了要件は9月3日の発表では明らかにされていない。座学だけなのか、仮置場設営や図上演習、公費解体のケーススタディーまで扱うのかで、現場対応力は大きく違う。

第三は派遣の仕組みだ。被災自治体からの要請を誰が受け、何日以内に人選し、勤務命令・旅費・宿泊・交代要員をどう処理するのか。国の人材バンクやD.Waste-Netとの役割分担も、今後の運用設計で重要になる。

これらは制度の欠陥を意味するのではない。発表が「開始」を知らせる段階にあるということだ。2027年2月に本当に使える制度にするには、今後数カ月で名簿だけでなく、派遣を動かす事務手続まで作り込む必要がある。

東京が備えるべきなのは「ごみの山」ではなく、同時多発する判断

首都直下地震で約3,200万トンが一度に整然と出てくるわけではない。火災地域、液状化地域、木造住宅密集地域、高層住宅、商業地、工業地、島しょ部で、廃棄物の種類も量も搬出条件も異なる。電気、水道、道路、清掃工場の被害も重なる。

そこで不足するのは、単純な作業人数だけではない。現場情報を読み、処理量を概算し、優先順位を付け、仮置場を動かし、処理先を確保し、住民へルールを伝え、他自治体や国へ必要な支援を具体的に依頼できる人材だ。

東京都の新制度は、派手な防災設備ではない。2027年2月以降に動き出す、小さな人材名簿から始まる。しかし大災害では、その名簿の一行が「誰に電話すれば次の一手が分かるか」を意味する。

災害廃棄物は、復興の残り物ではない。復興を始められるかどうかを決める最初の行政課題の一つである。東京都が今回備えようとしているのは、ごみを運ぶ人の数だけではない。混乱の最初の数日で、処理の流れを作れる判断力である。

資料・出典

  1. 東京都環境局「被災自治体の災害廃棄物処理を支援する人材の登録制度を開始します」 — 2026年9月3日。制度名、対象職員、登録要件、研修開始時期、派遣可能時期を確認した一次資料。
  2. 東京都環境局「東京都災害廃棄物処理計画」 — 2023年改定。最大約3,200万トンの発生量推計、発災後の推計・実行計画の時間軸、都と区市町村の役割。
  3. 東京都「東京都資源循環・廃棄物処理計画 2026」 — 災害廃棄物実務の中核人材不足、専門人材育成研修、能登半島地震・八丈町支援の整理。
  4. 東京都「能登半島地震における災害廃棄物の受入終了について」 — 都内2,927トン、川崎市752トン、計3,679トンの広域処理実績。
  5. 東京都「令和6年能登半島地震支援対応調整会議」資料 — 仮置場整備、実行計画、公費解体受付・工程管理など現地支援の具体例。
  6. 環境省「災害廃棄物対策指針」 — 処理主体、平時の備え、初動・応急・復旧復興段階の基本的な考え方。
  7. 環境省「災害時の一般廃棄物処理に関する初動対応の手引き」 — 市区町村の初動対応と平時の事前検討。
  8. 環境省「『災害廃棄物対策指針』の策定について」 — 2014年。東日本大震災の経験を制度化した経緯。
  9. 環境省「災害廃棄物処理支援ネットワーク(D.Waste-Net)の発足」 — 2015年9月16日。
  10. 環境省「災害廃棄物処理支援員制度(人材バンク)」 — 経験職員を平時から登録し、被災自治体を支援する国制度。
  11. 環境省「令和6年能登半島地震の災害廃棄物処理における支援・受援の状況」 — 人材バンク、D.Waste-Net、国・自治体職員の支援実績。
  12. 環境省「平成26年版環境白書」 — 東日本大震災で災害廃棄物約2,000万トン、津波堆積物約1,100万トンが発生した記録。
  13. 環境省「東日本大震災における災害廃棄物処理概要報告書」 — 大災害の知見を人事異動や時間経過で失わない必要性を整理。

本稿は2026年9月4日午前2時45分(日本時間)までに確認できた公開資料を照合した。制度の正式名称は東京都の一次資料に従い「東京都災害廃棄物処理専門員登録制度」とした。「専門員」は新規採用の常設部隊ではなく、区市町村・一部事務組合・環境局等の既存職員を育成・登録する制度である。東京都は9月3日時点で登録目標人数、研修カリキュラムの詳細、個別の派遣期間・派遣決定手順を公表していないため、本稿では推測で補わなかった。仮置場運営、公費解体、実行計画策定等は国制度と東京都の過去の支援実績から示した典型業務であり、新制度の必須職務として断定していない。

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