夜勤を終えた看護師に、決まった時間の対面講座へ通うよう求めるのは難しい。相談をためらう人もいる。スマートフォンやウェブで一人で取り組める支援は、時間と場所の障壁を下げられる。その利点が、実際の心理的負担の軽減につながるのか。東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座の今村幸太郎特任准教授、同研究科精神保健学分野の佐々木那津准教授らは、無作為化比較試験だけを集めて検討した。
何を調べた研究なのか
対象は、専門職による対面支援や個別支援を伴わず、利用者が自分で進めるデジタル・マインドフルネス介入だった。スマートフォンアプリ、ウェブプログラム、SNSを使った音声配信など、形態は一様ではない。比較対象は待機群または通常ケアで、介入期間は1.5週から18週まで幅があった。
研究チームは2010年以降の文献を複数のデータベースで検索し、2025年12月27日に更新検索を行った。最終的に9件を採用した。実施国は米国またはカナダ、英国、豪州、イラン、韓国、シンガポール、タイで、日本で行われた試験は含まれていない。
介入直後には改善がみられた
| 評価項目 | 標準化平均差 | 95%信頼区間 | 読み方 |
|---|---|---|---|
| 抑うつ | −0.44 | −0.88~−0.003 | 改善方向。ただし区間の上端はゼロに極めて近い |
| 不安 | −0.29 | −0.51~−0.06 | 小さい改善方向 |
| 知覚されたストレス | −0.42 | −0.77~−0.06 | 改善方向。研究間のばらつきが大きい |
| ウェルビーイング | 0.20 | 0.09~0.30 | 小さい改善方向 |
標準化平均差は、異なる質問票で測った結果を共通の尺度へ置き換えて統合する方法である。負の値が症状の軽減、正の値がウェルビーイングの向上を示す。これは「参加者の44%が治った」という意味ではなく、診断の有無や個人の回復率にも置き換えられない。
感情的消耗と共感疲労には統計学的に有意な効果が確認されなかった。介入後4~12週の追跡では、知覚されたストレスへの持続効果も確認されていない。長期的な効果を評価した研究はなかった。
なぜ確実性が低いのか
GRADE評価が下がった主因は、全研究で認められた深刻なバイアスリスクだった。心理社会的介入では、参加者に、自分が介入群と対照群のどちらに割り付けられたかを知らせないことが難しい。多くの研究が自己申告式の質問票を用い、割り付けの隠蔽や欠測値の扱いにも懸念があった。
抑うつと知覚されたストレスでは研究間の異質性が80%を超えた。特に大きな効果を報告した1件を除く感度分析では、抑うつの標準化平均差は−0.18、知覚されたストレスは−0.25へ小さくなり、ばらつきも低下した。この結果は、統合した効果推定値が一つの研究に大きく左右される可能性を示している。
9件のうち1件は2,182人で、全参加者の約71%を占める。一方、小規模な試験は41人からだった。さらに遵守率は19~56%と低く、アプリを提供しても継続利用されるとは限らない。
「統計学的に有意」と「臨床的に十分な効果」は同じではない。今回の結果は有望性を示すが、医療機関が一律導入すべきだと結論づける根拠にはならない。――Japan.co.jp分析
マインドフルネスがデジタル化されるまで
マインドフルネスという言葉は仏教の瞑想伝統と関係するが、現代の医療・心理学研究では、宗教的実践全体ではなく、今この瞬間の経験に注意を向け、その経験を評価したり否定したりせずに受け止める実践として扱われることが多い。米国のUMass Memorial Health Center for Mindfulnessによると、ジョン・カバットジンが1979年にマインドフルネスストレス低減法(MBSR)を開発した。その後、提供方法は対面の集団講座から職場研修、録音教材、ウェブ、スマートフォンへと広がった。
デジタル化によって、交代勤務でも利用しやすく、同じ内容を広く届けられるようになった。一方、指導者がその場で反応を確認し、困難を抱えた参加者へ個別対応する機会は減る。今回のレビューが「自己学習型」に対象を限定したのは、専門家の支援がないデジタル部分だけで、どこまで効果があるかを分けて検討するためだった。
1970年代末 — マインドフルネスを用いたストレス低減プログラムの臨床応用が米国で体系化。
1990~2000年代 — 心理療法、職場、医療従事者支援へ研究対象が広がる。
2010年代 — ウェブやスマートフォンによる自己学習型プログラムが普及。
2020年以降 — 新型コロナウイルス流行下で医療従事者の遠隔支援への関心が高まる。
2026年8月 — 東京大学の研究グループが9件の試験を統合した論文を公表。
個人の呼吸法で人員不足は解決しない
医療従事者の負担には、長時間労働、夜勤、欠員、暴力やハラスメント、患者の死、事務作業など、個人の注意訓練では変えられない要因がある。アプリだけを提供し、勤務体制や業務量を変えなければ、組織の責任を個人へ戻す危険がある。
- 利用は任意で、参加しない職員が不利益を受けないか。
- 勤務時間内に利用できるか。
- 個人の利用履歴や心理尺度を誰が閲覧できるか。
- 症状が悪化した場合の相談・診療経路があるか。
- 長時間労働や人員配置など組織側の対策を同時に行うか。
- 導入効果と継続率をどの指標で評価するか。
研究チームも、デジタル・マインドフルネスを組織的対策の代替ではなく、補完的支援として位置付けている。短時間で利用できる選択肢を増やす価値はある。しかし、利用しなかった職員や改善しなかった職員に責任を負わせてはならない。
次の研究で必要なこと
日本の医療制度と職場文化の中で有効か、結果が数か月以上続くか、どの職種が利用を継続できるかを確かめる必要がある。アプリの品質、介入時間、通知方法、プライバシー保護、専門家への接続方法も標準化されていない。
今回の論文では、有害事象を統合して評価した結果は報告されていない。このため、本研究だけから介入の安全性を判断することはできない。マインドフルネスを含む心理的介入がすべての人に適するとは限らないため、今後の試験では望ましくない反応や離脱理由も計画的に記録する必要がある。短期的な改善の可能性は、研究の出発点であって、職場の問題が解決したという終点ではない。
- 東京大学「医療従事者のこころを支える デジタル・マインドフルネス介入」
- Sasaki N, et al. Effects of Self-Guided Digital Mindfulness Interventions on the Mental Health of Health Care Workers
- UMIN臨床試験登録 UMIN000051631
- 東京大学大学院医学系研究科・医学部 新着情報
編集注:本稿は大学発表と査読論文に基づき、研究者への直接取材は行っていない。効果量は集団平均で、個人の治療効果や回復率を示さない。Japan.co.jpは介入の有効性、安全性、特定アプリの品質を独立に検証していない。直接引用は使用していない。本稿は医療上の助言ではない。
