歴史の「語り継がれた姿」と「確かめられる姿」は、必ずしも同じではない。
一枚の写真から、五百年の時間を見直す
城の石垣、阿波の人びと、受け継がれた芸能。写真は目に見える現在を写すが、そこに至る何百年もの時間をそのまま写し込むことはできない。徳島城博物館で10月14日に始まった写真家・大杉隼平(おおすぎ・しゅんぺい)の特別展示は、この難しさを逆に表現の出発点とする。戦国武将・蜂須賀正勝(はちすか・まさかつ)の生誕500年を機に、徳島の風土や文化を現代のまなざしで見直す試みだ。展示は10月25日まで。同館ではこれとは別に、史料から正勝の実像に迫る秋の特別展「蜂須賀正勝」を10月10日から11月23日まで開いている。写真表現と歴史研究という二つの入口が、同じ場所に設けられた。
海の向こうから戻る視線
県の事業案内によれば、企画のきっかけは大杉が徳島各地を撮影するなかで蜂須賀正子(はちすか・まさこ)氏と出会ったことにある。正子氏は米国在住で、主催者は「蜂須賀家19代目当主」と紹介している。大杉は正子氏とともに徳島を訪ね、土地の美しさと伝統文化を写真に収めたという。ここには単なる名家の追憶以上の題材がある。故郷に生活の場を置かなくなった人が、遠くから土地をどう見つめ直すのか。写真が「戻る」という行為にどのような形を与えられるのか。もっとも、作品点数、撮影地点の全リスト、正子氏の家系上の立場を裏付ける系図までは、公開資料だけでは確認できない。「最後の末裔」という宣伝文句は、他の血縁者が存在しないという意味で受け取るべきではない。
蜂須賀小六は、どんな人物だったのか
蜂須賀正勝は1526年に尾張国蜂須賀村、現在の愛知県あま市付近に生まれ、1586年に没した。一般には「蜂須賀小六」の名で親しまれ、豊臣秀吉の古参の家臣として知られる。一方、豪胆な野盗というイメージについて、徳島城博物館は近世以降に形成された「虚像」であり、史料に即した再検討が必要だと説明する。過去の物語を否定することが目的ではない。物語として伝わった人物像と、同時代史料から確かめられる行動とを分けることが歴史研究の基本なのである。
阿波を治めたのは正勝本人なのか
ここも誤解されやすい点だ。徳島市立図書館の企画展示案内によると、阿波の統治は正勝の嫡子・蜂須賀家政(はちすか・いえまさ)に託され、蜂須賀家は戦国時代末期から江戸期、明治維新まで当地の政治に深くかかわった。「徳島藩の初代藩主が正勝だった」と短絡してはいけない。正勝を家祖として位置づけ、家政以後の藩政史を区別することが重要だ。明治以降は旧藩主家の政治的地位が変化し、歴史遺産は地域の文化財として新たな意味を帯びてきた。
城は、建物だけではない
徳島城を訪ねると、歴史は天守の復元図だけで語れないことに気づく。石垣、地形、旧城下の道筋、博物館に残る史料、地域で受け継がれる芸能。支配の歴史と日常の歴史が幾重にも重なっている。博物館の秋の特別展は、武将の実像に関する資料を集め、後世の俗説から距離を置いて正勝を読み直すという。市によれば、同館が1992年の開館以降に開いてきた企画展・特別展の通算200回目に当たる。節目の展覧会を、人物伝で終わらせず地域史の検証につなげられるかが問われる。
写真を支えるのは阿波の紙
現代と伝統が出会うのは、写真の被写体だけではない。阿波和紙の製造・発信を担うアワガミファクトリーは、大杉の展示作品の出力に同社のインクジェット用和紙「AIJP」を使用し、「竹和紙170g」と「びざん純白 中厚口」を採用したと紹介している。つまり、徳島の文化を写した画像が、地域に根づく製紙技術を生かした支持体に定着している。写真を文化財そのものと取り違えるべきではないが、写真の色と質感が紙によって変わる事実は、印刷物の「ものとしての姿」を考える入口になる。各作品での用紙の使い分けや保存特性は別途検証が必要だ。
阿波踊りと人形浄瑠璃を、展示の周辺に置かない
10月17、18日の関連行事では、阿波踊りや阿波人形浄瑠璃、伝統文化の体験が企画された。徳島の文化を舞台上の「余興」として消費するのではなく、それぞれの表現に携わる人、稽古を続ける場所、次の世代への継承を見てこそ、撮影された風景に奥行きが生まれる。県の公式記録によれば、17日のトークショーには正子氏、大杉氏、愛知県あま市の八島市長らが参加し、蜂須賀家の歴史や徳島の未来について語った。これは開催を確認できる事実だが、各登壇者の発言内容を記録なしに引用することはしない。
「末裔」の言葉に潜む歴史の落とし穴
由緒ある家の文化を紹介するとき、血統と継承はしばしば一つの物語にまとめられる。しかし、当主の称号、家名の継承、直系・傍系の関係、政治的な役割は別々の論点だ。県は正子氏を19代目当主として紹介する一方、宣伝資料では「最後の末裔」とも記した。系図を独自に照合していない本稿では、その表現を県の説明として扱い、系譜全体について独自の確定判断を下さない。名前に宿る歴史を尊重することと、宣伝文句を無批判に写すことは違う。
地域の誇りと、歴史に問いを向ける自由
徳島県は記念事業の仕様書で、地域の歴史・文化の理解を深め、シビックプライドを醸成することを目的に挙げる。行政が文化事業を通じて地域への誇りを育てるのは自然な政策目標だ。ただ、ジャーナリズムが担うのは賛辞だけではない。蜂須賀家の政治をめぐる多様な評価、身分や城下町の構造、文化財を守る費用といった問いにも目を向けたい。過去の領主家に焦点を当てる展示が、現在を生きる徳島の人々に何を返すのか。写真はその答えを断定するより、考える余白を残せる。
二つの展覧会、二つの鑑賞方法
大杉隼平特別写真展示は10月14~25日、午前9時30分から午後5時まで、月曜日は休館。写真展示自体は無料だが、徳島城博物館の入館料が別途必要だ。同館の秋の特別展「蜂須賀正勝」は10月10日~11月23日で、一般500円、高校・大学生300円、中学生以下無料と案内されている。会場は徳島市徳島町城内1番地8、JR徳島駅から徒歩圏内。展示時間や料金は変更の可能性があるため、来館前に公式情報を確認したい。
レンズは過去を写せない。それでも
写真に写るのは、いま光が当たっているものだ。だが、その土地に蓄えられた記憶、遠くで暮らす家の継承者のまなざし、阿波和紙にしみこむ色が重なれば、一枚は単なる観光写真以上のものになるかもしれない。歴史展は正勝の逸話を史料に照らし、写真展は五百年後の徳島を見つめる。同じ問いに異なる方法で取り組む二つの展示を見比べたい。私たちは何を受け継ぎ、何を語り直すのか。
出典・参考資料
徳島県・徳島市の公式資料を中心に検証。写真の評価・家系の確認は主催者説明と区別した。
- 徳島県:蜂須賀正勝公生誕500年記念事業 / Tokushima Prefecture program
- 徳島県:10月17日トークショー記録 / Prefectural event report
- 徳島城博物館:秋の特別展 / Museum historical exhibition
- 徳島市:蜂須賀正勝と記念講演会 / City history and program
- 徳島市:市長会見・史実と伝承 / Mayor’s briefing
- 徳島市立図書館:蜂須賀家特別展示 / Library archival display
- アワガミファクトリー:展示用和紙 / Awagami paper details
- 徳島県:写真展示案内 / Photography announcement
