半導体の未来は「作った後」にもある
半導体の性能を決めるのは、回路をどれほど微細に描けるかだけではない。計算するチップと記憶するチップを、どう近づけ、どうつなぎ、発生した熱をどう逃がすか。人工知能(AI)の普及によって、長く製造の最終段階として見られてきた「後工程」が、競争の最前線に出てきた。仙台の東北大学が10月21日に発表した研究開発コンソーシアム「T-CHIPS」は、その変化に応える取り組みだ。
何が新しく始まったのか
東北大学の研究者らが中心となり、半導体の先端パッケージングとヘテロ集積化を対象とする研究開発コンソーシアム「T-CHIPS」を発足させた。名称は英語の「Tohoku Transformative Technology Consortium for Heterogeneous Integration and Packaging Systems」に由来する。単一の半導体製品を発売する会社でも、完成した工場を披露する発表でもない。研究設備と企業、材料や装置の開発者、大学の知識を結び付け、実用化までの距離を縮めようとする連携の仕組みである。
「7社・3大学」の読み違いに注意
東北大学は、民間企業7社と3大学と共同で、科学技術振興機構(JST)の「次世代エッジAI半導体研究開発事業」における「エッジAI半導体を実現する3Dヘテロ集積技術」を推進していると説明する。研究代表者は大学院医工学研究科の田中徹教授だ。ここでいう7社と3大学は、既存のJST研究プロジェクトに関する説明であり、新設T-CHIPSの確定した会員数を示すものではない。新組織はその研究基盤を足場に、さらに広い企業ネットワークを育てる構想として理解するのが正確だ。
微細化だけでは越えられない壁
半導体では長年、同じ面積に多くのトランジスタを載せる技術が進化してきた。だが、AI処理は演算量だけでなく、大量のデータをメモリーから読み出して移動させることを求める。演算回路が速くなっても、データの通り道が狭ければ全体は遅くなる。消費電力と放熱にも制約がある。このため、別々に製造したチップを近接配置し、短い配線で接続する技術が注目される。パッケージは単なる保護箱ではなく、システムの性能そのものを形作る。
「3次元」と「異種」をどう使う
先端パッケージングとは、製造済みの半導体チップをインターポーザーなどの基板上に集め、積層し、相互接続する技術群を指す。ヘテロ集積化では、プロセッサー、メモリー、シリコンフォトニクス、微小電気機械システム(MEMS)など、性質の異なる機能を組み合わせる。すべての回路を一枚の巨大なチップに押し込む代わりに、目的ごとに適した技術を選べる。ただし、接合部の信頼性、歩留まり、熱、検査、修理の難しさなど新しい課題も生じる。積層すれば必ず低消費電力になるわけではない。
東北大学に積み重なった研究の歴史
今回の発足を突然の新規参入と見ると、仙台の研究史を見落とす。大学の説明によると、小柳光正名誉教授や李康旭博士らは三次元メモリーの研究に取り組み、現在の高帯域幅メモリー(HBM)につながる原型的研究を進めた。江刺正喜名誉教授らはMEMSとウェーハレベルのパッケージングを開拓した。1997年に設立された研究施設の流れをくむスマートシステム超集積化研究開発センター(SIRC)は、その蓄積を引き継ぐ。ただし、大学の先駆的成果が現在の商用HBMの製造・特許を単独で生んだという意味ではない。研究史と製品の商業化史は区別すべきだ。
研究室の外にある試作拠点
T-CHIPSが企業に提案する価値は、実験装置を一からそろえずに試作・検証へ進める可能性にある。東北大学青葉山キャンパスのSIRCは三次元集積の設計・加工・接合・分析を扱い、宮城県名取市のGINTIは200ミリおよび300ミリのウェーハに対応する研究開発用試作ラインだ。GINTIはパナソニックグループの工場内に置かれる。会員企業は研究者との連携を通じてテストウェーハの作製や新材料の工程検証を進められるようになるという。施設ごとに利用条件が異なり、入会すれば無条件で全装置を使えるわけではない。
ナノテラスが加わる意味
青葉山キャンパスには次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」もある。高度な光を用いた分析は、材料の内部状態や接合面、微細構造を探る研究に役立ち得る。コンソーシアムは東北大学のコアリション枠を活用する共同研究を支援する方針だ。複雑な積層構造では、外から見えない欠陥や劣化を理解することが重要になる。試作する場所と詳しく調べる場所を近くにつなぐことに、仙台という立地の意味がある。
2035年を見据えるエッジAI
背景にはJSTの次世代エッジAI半導体研究開発事業がある。エッジAIは、すべてのデータを遠隔のクラウドに送らず、自動車、ロボット、工場設備など利用現場の近くで処理する考え方だ。通信遅延、電力、プライバシーや接続環境といった条件が重要になる。田中徹教授が代表する研究課題は、2035年の利用を視野に、超並列の組み立て・積層、低温の高信頼接合、放熱技術などを柱とする。これは将来の研究目標であって、2026年に実用性能が達成されたという発表ではない。
素材、装置、設計――競争力は供給網全体で
先端パッケージングでは接着・接合材料、微細配線、精密装置、検査技術、熱対策、設計ソフトウエアが相互に影響する。一つの優秀な研究室だけで課題を解くことは難しい。新組織は研究会や報告会、人材育成、企業間の情報交換を設け、東北大学の半導体クリエイティビティハブ(S-Hub)や仙台周辺の企業とも連携する計画だ。日本が強みを持つ材料・装置分野の知見を、量産可能な設計へどこまで結び付けられるかが問われる。
成功を測るなら、発足の先を見る
発表時点では、T-CHIPSの発足そのものがニュースであり、量産契約や売上高、性能改善率が確定したわけではない。今後見るべきなのは、企業が共同試作からどんな検証結果を得たのか、接合の不良率や熱抵抗、消費電力、工程コストをどの程度改善できたか、参加企業の裾野が広がったか、そして研究者や技術者が育ったかである。公式サイトは12月4日に東京都内でキックオフ会合を開く予定を示している。発足を成果と取り違えず、何が実現するかを継続して追う必要がある。
仙台発の問いは、世界に通じる
半導体の未来は一企業、一国だけで完成しない。最先端の製造能力、設計、装置、材料、記憶技術、研究成果を組み合わせる国際的な産業である。東北大学のT-CHIPSが挑むのは、「より小さいチップ」を作る競争の次に来る、「違うチップをどう賢く組み合わせるか」という問いだ。技術の主役が見えにくい後工程だからこそ、実験結果を確かめながら報じたい。
出典・確認資料
2026年10月24日までに確認した一次資料と専門報道に基づく。プレス発表と研究目標を区別し、関係者への独自インタビューは実施していない。