ニューヨークのタイムズスクエアで、日本の回転すしが「海外進出」の次の段階に入ろうとしている。株式会社FOOD & LIFE COMPANIES(F&LC)は10月、マンハッタンの8番街と42丁目の交差点付近に「スシロー」の米国1号店を開く予定だ。会社が5月に公表した計画では、米国で主力ブランドを常設展開する初の店舗となる。[1]
これは単なる一店舗の開業ではない。国内で成熟した回転すしチェーンが、価格、接客、物流、デジタル注文、チップ文化まで異なる米国の中心地で、日本型の大衆すしモデルをどこまで再現できるかを試す案件だ。F&LC自身も海外事業を成長戦略の中核に置いており、2035年9月期には売上高1兆円以上、海外売上構成比55%を掲げる。[2]
「アジアの次」に選んだのがニューヨーク
スシローの海外展開は、これまで主に東アジア、東南アジアで拡大してきた。F&LCの月次資料によると、2026年8月末の海外スシロー店舗は325店。海外の「杉玉」6店を合わせると、グループの海外店舗は331店となる。国内スシローは同月末で669店だった。[3]
7月には、F&LCが海外事業300店舗到達を公表した。同社は、日本の回転すし業界における年間売上高で14年連続首位としている。これは同社が引用する富士経済の2011~2024年実績に基づく。[4] 国内で規模を築いたスシローにとって、米国進出は「店数を増やす」だけでなく、ブランドそのものを世界市場で通用させる試験になる。
3フロア、約150席、200品超
8月31日にニューヨークで開かれた説明会についての時事通信などの報道では、店舗は地下1階から地上2階までの3フロアで構成され、1、2階の回転すしエリアに約150席を設ける計画とされる。地下にはテーブル席や個室を設ける予定だという。Eater New Yorkは店舗面積を約9,000平方フィートと報じている。[5][6]
メニューは200品を超える見込みで、すしだけでなく麺類、茶碗蒸し、揚げ物、デザートなど、国内のスシローで培った「家族やグループで選べる幅」を持ち込む。米国向けの商品も用意される。説明会報道では、メバチマグロやエビが1皿5ドル、本マグロ大とろが10ドル、米国向けの「エビダブルチーズロール」が14ドルとされた。[5]
5ドルを今回の参考為替1ドル=157.31円で換算すると約787円、10ドルなら約1,573円になる。日本の一般的なスシロー価格とは単純比較できない。マンハッタンの賃料、人件費、食材調達、物流、保険など、事業コストの構造が違うからだ。それでも、価格表示を明確にし、注文から提供までをシステム化する回転すしの考え方は、米国の外食費上昇局面では一つの差別化になり得る。
「チップ不要」が示すもの
米国店でもう一つ注目されるのが、チップを求めない方針だ。8月31日の説明会を報じた時事通信は、同店ではチップを不要とすると伝えた。[5]
これは価格政策であると同時に、運営方式の表明でもある。米国のフルサービス型レストランでは、表示価格とは別にチップを計算することが一般的だ。一方、回転すしは注文端末やレーンを使って店舗オペレーションを標準化し、客自身が食べたい皿を選ぶ。スシローが「チップなし」を維持できれば、会計時の分かりやすさはブランド体験の一部になる。
ただし、チップ不要だから必ず安いとは限らない。最終的な価値は、料理の価格、量、品質、待ち時間、サービスを客がどう評価するかで決まる。ニューヨークでは高級おまかせからスーパーのすしまで選択肢が広く、回転すしもすでに競争が始まっている。
先行するくら寿司――「日本企業同士」の競争でもある
米国の回転すし市場で先行している代表例が、くら寿司だ。Kura Sushi USAの公式店舗ページは現在、全米96店舗を掲載している。ニューヨーク州ではカールプレイス、フラッシング、レイクグローブ、スカースデールの4店舗を展開する。[7]
つまり、スシローは誰もいない市場に入るわけではない。米国で長年店舗開発を続け、現地で採用、建設、食材供給、顧客獲得の経験を蓄積してきた競合がいる。Bloombergは9月28日、スシローの進出を、日本の大手回転すしチェーンが米国市場で正面から競う構図として報じた。[8]
一方で、タイムズスクエアという立地には別の狙いがある。ここはニューヨーカーだけの市場ではない。世界各地から旅行者が集まり、飲食店のブランドが短期間で国際的に認知される可能性がある。山本雅啓社長CEOはニューヨークでの説明会で、これまでアジアを中心に広げてきた事業にとって「新たな挑戦」になるとの趣旨を語ったと時事通信が報じている。[5]
原点は大阪――「安くたくさん食べる」仕組みを磨いた40年
F&LCの沿革をたどると、起点は1975年、大阪市阿倍野区で創業者が開いた立ち寿司「鯛すし」にある。1984年には大阪府豊中市に「すし太郎」の1号店を開き、同年に会社を設立した。これが後のスシローにつながる。1996年には1皿100円均一の店舗を出店した。[9]
ここで重要なのは、回転すしが単に「皿がベルトで回る店」ではないことだ。大量の魚介を安定して調達し、店内の動線を短くし、注文と厨房を結び、廃棄を抑えながら多数の客を短時間で受け入れる――そうした仕組み全体が競争力になる。スシローは国内でその運営モデルを磨き、台湾、香港、韓国、シンガポール、タイなどへ広げてきた。
ニューヨークでは、その完成度が違う条件下で問われる。米国の食品規制、輸入、冷蔵物流、人材確保、賃金、店舗賃貸、消費者の好み。どれか一つが日本と同じだから成功するわけではない。
海外55%という長期目標
F&LCが2025年に示したFY2035ビジョンでは、2035年9月期に売上高1兆円以上、営業利益率10%、ROE20%以上、海外売上構成比55%を目標にしている。2026年9月期の計画値は売上高4,850億円、EBITDA595億円、営業利益405億円、営業利益率8.4%。[2]
海外55%を実現するには、アジアだけに依存せず、北米のような大市場で複数店舗を成立させる必要がある。タイムズスクエア店の重要性はそこにある。売上の大きな一店舗になるかどうかより、米国で再現可能な店舗モデルを作れるかどうかの方が、長期戦略には重要だ。
同社はすでに2024年、ボストンで別ブランドのすし居酒屋「Sakabayashi」を出店している。今回のスシローは、F&LCにとって米国そのものが完全な未経験市場というわけではない。それでも、主力の回転すしブランドを投入する意味は大きく違う。
ニューヨークで問われる「そのまま世界へ」の現実
5月の発表でF&LCは、スシローについて「日本で磨き上げたブランドを、そのまま世界へ」と表現した。[1] 実際には、「そのまま」には高度な調整が必要だ。価格は米国向けになり、ロールなど現地向け商品も加わる。それでも、すしを気軽に選び、短時間で注文し、明確な価格で食べるという体験の核を変えないことが、ブランド移植のポイントになる。
日本の外食企業にとって、海外進出はもう珍しいニュースではない。問われるのは、その先で利益を出し、現地で店舗を増やし、人材と供給網を育てられるかだ。タイムズスクエアの1号店は華やかな広告塔になる。しかし本当の評価は、開業日の行列ではなく、数年後に米国内で2号店、10号店、50号店へと展開できるかで決まる。
10月の開業は、その長い試験の最初の一皿になる。

