10月28日展覧会開幕
3人萩尾・山岸・大和
2期展示替えあり
2,200円一般当日券

少女漫画が変えたのは物語だけではない。コマと余白、沈黙と時間の描き方そのものだった。

少女漫画が美術館の主役になる

東京都港区六本木の国立新美術館で10月28日、「少女漫画・インフィニティ 萩尾望都×山岸凉子×大和和紀 三人展」が始まる。会期は2027年2月8日まで。国立新美術館の開館20周年を記念する企画で、同館によると、国立の美術館で開かれる初の大規模な少女漫画展となる。原画やカラーイラスト、資料を通して3人の仕事をたどる。漫画を単なる懐かしい娯楽と見なすなら、この企画の核心を見落とす。少女漫画は読者の心情や歴史、家族、身体、社会との関係を描くために、絵と物語の文法を作り直してきた。

「少女向け」という棚の向こう側

少女漫画とは本来、作品の主題を一つに限る分類ではなく、雑誌と読者の歴史の中で育った出版文化でもある。戦後の少女雑誌には物語漫画が定着し、1960年代後半から70年代にかけて女性作家たちが複雑な内面描写、異文化や異世界への想像、大胆なページ構成に挑んだ。一つのコマに複数の時間や気分を重ね、余白や視線の流れを使って言葉にならない感覚を伝える。その工夫は小説の挿絵でも映画の絵コンテでもない、漫画固有の表現だった。3人を一括りの「女性作家」にしないことも、この歴史を理解する条件だ。

萩尾望都――物語の時間と性別の境界を越えて

萩尾望都(はぎお・もと)は1949年福岡県生まれ。1969年に「ルルとミミ」でデビューした。永遠を生きる存在を通じて喪失と時間を問い直す「ポーの一族」、少年たちの葛藤を描いた「トーマの心臓」、宇宙船の閉鎖空間で他者への信頼を試す「11人いる!」。作品の舞台は異なっても、人物が自分の居場所を探す視線はつながっている。2012年の紫綬褒章、2019年の文化功労者、2022年のアイズナー賞殿堂入りなど、評価は少女漫画の枠を越えて広がった。

山岸凉子――美しさの裏にある緊張

山岸凉子(やまぎし・りょうこ)はバレエを題材にした「アラベスク」で身体表現や成長の厳しさを描き、「日出処の天子」では若き日の聖徳太子を独自に造形した。後者は歴史の教科書を漫画化したものではなく、史実と大胆な作家的解釈の境界を意識して読むべき作品である。神話、伝承、心理的恐怖を取り込む作品群も山岸の射程の広さを示す。踊る身体を描く線と、内面に沈む不安を描く線が、同じ作家の世界で共存する。

大和和紀――歴史の中を歩く女性たち

大和和紀(やまと・わき)は1948年北海道生まれ。1966年に「どろぼう天使」でデビューした。「はいからさんが通る」は大正という変動の時代に生きる花村紅緒を描き、恋愛と自立、仕事をユーモアとともに交差させた。「あさきゆめみし」は紫式部の『源氏物語』を漫画で読み直す長編で、現代の読者が古典に接する入口にもなった。ただし古典の漫画化は原典そのものではない。作品の魅力を語るときも、物語の再構成と原典の相違を意識したい。

1970年代、ページの構造が変わった

70年代の少女漫画の革新は、登場人物やテーマが増えたことだけではない。ページを一定の長方形に区切るだけでなく、コマの輪郭を揺らし、表情を大きく置き、背景の花や線を心理の一部として使う。モノローグは単なる説明文ではなく、複数の感情が交錯する場となった。こうした方法をすべて3人が発明したと断定することはできない。しかし、3人の代表作を並べて見ることで、雑誌漫画が育んだ視覚的実験の豊かさを確かめられる。

作品を「原画」で見る意味

複製された単行本では平滑に見える線も、原画では筆圧や修正、白の使い方など制作の痕跡を持つ。展示はカラーイラスト、名場面の原画、貴重な関連資料を予定する。ここで注目したいのは「名作だから美術館に入った」という単純な評価ではない。大量に印刷されて読者に届くことを前提に描かれた原稿を、美術館という別の場所で見ることの意味だ。出版物の歴史と美術作品としての保存・研究は、互いを補い得る。

前期と後期は同じ展示ではない

会期は前期が2026年10月28日から12月14日、後期が12月16日から2027年2月8日。公式案内によるとカラー作品は展示替えがある。「ポーの一族 春の夢」「アラベスク」の図版には前期表示があり、「トーマの心臓」「日出処の天子」の一部には後期表示がある。目当ての原画がある場合は、公式の出品案内で会期を確かめてから出かけたい。全作品が会期中ずっと展示されると思い込まないことが重要だ。

海外で読む少女漫画の新しい距離

世界各地で日本の漫画が読まれているが、少女漫画の受け止め方は国や世代で異なる。翻訳刊行、図書館、書店、ファン同士の交流が作品との接点を広げた。一方で、翻訳の有無、絶版、権利関係によって作品へのアクセスには差がある。萩尾のアイズナー賞での評価や、大和の『源氏物語』翻案が米メトロポリタン美術館の展示で紹介された事実は、作品が国境を越えて読まれる一つの手掛かりになる。海外人気を一括りにした数字で示すことは避けたい。

「少女漫画」の名が残す問い

「少女」の2文字は出版史の重要な記録であると同時に、今日の読者を性別や年齢で狭く定義するものではない。人格、欲望、権力、友情、孤独を扱う作品群は、誰が読んでも読み解く余地がある。展覧会が示す「インフィニティ」は、3人の才能が無限だという宣伝文句以上に、物語と絵の形式が何を受け入れられるかという問いとして読むと面白い。

六本木で見るための案内

会場は国立新美術館の企画展示室2E。10月28日から2027年2月8日まで、通常は午前10時~午後6時、金・土曜は午後8時までで、入場は閉館30分前まで。一般の当日券は2200円、大学生1000円、高校生500円。10月27日までの前売券は一般2000円。中学生以下などには無料条件がある。原則火曜休館だが例外の日があり、11月4日と年末年始の休館にも注意が必要だ。詳細は館の公式案内で確認したい。

作品を読むことから始まる展覧会

3人の画業を見比べる最良の方法は、同じ時代の同じ流派として平らに並べないことだ。萩尾が時間と喪失を描く線、山岸が緊張と異形を引き出す線、大和が歴史の中を動く人物を語る線。読者はそれぞれに異なる物語の時間を経験する。展覧会が始まる前に一冊を開く。会場を訪れた後にもう一度読む。その往復が、この秋の文化企画を一過性の懐古ではなく、新しい読書体験に変えるだろう。

出典・確認資料

国立新美術館と展覧会公式資料に基づく事前紹介。2026年10月26日時点では未開幕。展示を実見した批評や3作家への独自インタビューではない。

  1. 国立新美術館:展覧会概要・作家プロフィール
  2. 展覧会公式:見どころ・前後期展示作品
  3. 展覧会公式:作家紹介と展覧会概要
  4. 展覧会公式:大和和紀の作品ライブラリ
  5. 展覧会公式:入場券と料金
  6. 展覧会公式:会場とアクセス
  7. 国立新美術館:音声ガイド案内