展覧会の正式名は「RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO - TOKYO」。10月25日まで休みなく開く。東京で初めて開催される〈AMBIENT KYOTO〉だが、会場に並ぶのは複数の代表作ではない。26.4メートル幅の画面を使い、《async - immersion》一作に空間を委ねる。
作品の骨格は、坂本が2017年に発表した『async』、高谷史郎(たかたに・しろう)の映像、音響ディレクターZAKによる立体音響である。2023年、京都新聞ビル地下の印刷工場跡で「坂本龍一 + 高谷史郎 | async - immersion 2023」として初めて展示された。東京展は画面の規模を保ちながら、麻布台ヒルズギャラリーの空間に合わせて音響を組み直した。
作品を構成する五つの層
| 層 | 担い手・素材 | 確認できる役割 |
|---|---|---|
| 音楽 | 坂本龍一『async』 | 作品の基礎。坂本が追求した「設置音楽」の発想を担う。 |
| 映像 | 高谷史郎 | スタジオ、自然、旅先、被災したピアノなどの像を構成。音とは原則として同期しない。 |
| 音響 | ZAK | 音響ディレクターとして立体音響を設計し、麻布台の空間に合わせて再構築。 |
| 空間 | 麻布台ヒルズギャラリー | 画面、音の方向、反射、鑑賞位置を受け止める作品の器。 |
| 来場者 | 同じ場に居合わせる人 | 主催者は、音楽・映像・音響・空間とともに作品を成立させる要素に位置づける。 |
音は時間ではなく、場所に置かれる
「設置音楽」は、音を一方向に届けるコンサートや、決められた座席で受け取る映画とは異なる考え方だ。坂本が構想したのは、音を空間の中に立体的に配置し、聴く側がその中へ入る環境だった。音源が同じでも、立つ場所、向く方向、画面との距離によって、前景になる音と背景へ退く音は変わり得る。
ただし、これは主催者と高谷が説明する作品概念を、空間音響の構造から読み解いたものだ。東京展のスピーカー配置図、音圧設計、チャンネル数は公表されていない。京都展では29台のスピーカーと6台のサブウーファーを使ったが、その数字をそのまま麻布台の仕様とみなすことはできない。
映像が音を説明しない
高谷の映像には、坂本のスタジオにある機材やピアノ、庭、空と雲、水の波紋、アイルランド、モロッコ、東京、ドイツの風景が現れる。東日本大震災の津波で被災し、坂本が出会ったピアノも含まれる。いずれも高谷自身が公式コメントで挙げた素材である。
重要なのは、映像が楽曲の意味を順番に説明する仕組みではないことだ。一部の文字表現を除き、映像と音楽は基本的に同期しない。ある場面とある音が一度重なっても、次の反復で同じ関係になるとは限らない。
高谷はその経験を「反復するけれど同じことは二度と起こらない」と表現し、波や雨の波紋を見る感覚に重ねた。作品名の「async」は非同期を意味する。ずれは機器の誤差ではなく、音と像の関係を固定しないための構成原理である。
2017年のアルバムから、三つの空間へ
2017年 坂本龍一がアルバム『async』を発表。高谷はアートワークを起点に、5.1チャンネル版の映像やワタリウム美術館の《async - drowning》などへ関わる。
2023年 京都新聞ビル地下の印刷工場跡で《async - immersion 2023》を初展示。ZAKの指揮でマルチトラックの立体音響環境を構築。
2026年 同じ26.4メートル規模の画面を麻布台へ移し、ギャラリーの形状と音響条件に合わせて再構築。
これは同じ作品の単純な巡回ではない。映像と音楽の素材は引き継いでも、音が置かれる建物は京都の工場跡から東京のギャラリーへ変わる。会場固有の反射や奥行きを調整する作業そのものが、再展示の一部となる。
共同制作の名を正確に読む
展覧会名の先頭には坂本と高谷の名が並ぶ。音楽だけを坂本の遺作として聴く展示でも、高谷の映像を独立して見る展示でもない。高谷は1984年からダムタイプに参加し、映像、パフォーマンス、インスタレーションを横断してきた。坂本とは『async』関連作のほか、シアターピース『TIME』でも共同制作した。
ZAKの役割も付記ではない。主催者は2023年に続いて音響ディレクターと明記する。楽曲をどこから、どの距離感で、どの残響とともに聴かせるかを決めなければ、「設置音楽」は展示空間にならない。坂本、高谷、ZAK、会場の四者を分けて記すことで、作品が音源の大型再生ではないことが見えてくる。
来場者を作品に含めるということ
主催者は、音楽、映像、音響、空間、来場者が一体となって作品を生むと説明する。これは、鑑賞者がボタンを押して映像を変えるという意味の「参加型」とは異なる。人がどこに立ち、どれだけ滞在し、同じ場を誰と共有するかが、各自の知覚する作品を変えるという考え方である。
そのため、26.4メートルという画面寸法だけで没入感を評価するのは足りない。画面の外から来る音、他の来場者の動き、暗い空間での距離感、映像と音がずれる時間を含めて体験が成立する。主催者が「来場者」を構成要素に数えるのは、作品が完成済みの映像ファイルではなく、会場で毎回起こる関係だからだ。
- 麻布台会場で使うスピーカーとサブウーファーの台数、チャンネル構成。
- 映像の投影機材、画面の正確な形状、音響調整の測定値。
- 一巡の所要時間、途中入場時の推奨鑑賞方法、会場の同時収容人数。
- 開催後に公表される来場者数や、東京展独自の評価方法。
10月25日まで、平日と週末で料金が異なる
会場は港区虎ノ門5-8-1、麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階。平日は午前10時から午後7時、土・日曜・祝日は午後8時まで。最終入館は閉館30分前で、会期中は無休と案内されている。
大人の前売りは平日2,200円、土・日曜・祝日2,500円。当日券はそれぞれ2,500円、2,800円。高校生以下は無料で、中学生と高校生は生徒手帳が必要。障害者手帳を持つ人と介助者1人も無料となる。料金や運営時間は変更される可能性があるため、来場前に公式サイトの当日案内を確認したい。
取材時点の注記:本稿は8月29日午前10時5分(日本時間)までに公表された主催者、麻布台ヒルズギャラリー、高谷史郎の公式資料に基づく。Japan.co.jpは会場での実見取材を行っておらず、音響や映像の体感に関する表現は、公式仕様と制作意図を区別した上で記述した。
