小惑星リュウグウから地球へ持ち帰られた一粒の試料に、太陽系の「最初の200万年」を読む時計が残っていた。北海道大学などの国際研究グループは、「はやぶさ2」の帰還試料に含まれる炭酸塩鉱物ドロマイトを分析し、その一部が約45億6530万年前、約90℃の水溶液から形成されたと報告した。年代と温度を天体内部の熱進化シミュレーションに重ねると、リュウグウのもととなった天体は、それよりさらに早く、太陽系の形成が始まってから約200万年以内に誕生していたと推定される。研究成果は9月10日、米科学誌『Science』にオンライン掲載された。[1] [2] [3]
鉱物の中に残った「水の時刻」
研究の中心にあるのはドロマイトである。カルシウムとマグネシウムを主成分とする炭酸塩鉱物で、化学式はCaMg(CO3)2。リュウグウでは、もとの天体内部で氷が溶け、その水溶液と岩石が反応する「水質変成」の過程でできたと考えられている。つまり、この鉱物は単なる石の成分ではなく、母天体の内部に液体の水が存在した時期を記録する化学的な時計でもある。[2] [4]
川﨑教行(かわさき・のりゆき)北海道大学大学院理学研究院准教授らは、北海道大学の同位体顕微鏡を使い、ドロマイト中のマンガンとクロムの同位体組成を測定した。用いたのはMn–Cr放射年代測定法。放射性同位体マンガン53(53Mn)が半減期約370万年でクロム53(53Cr)へ壊変する性質を利用する。太陽系ができた直後の数百万年間という、地質学的には極端に短い期間を測るのに適した方法だ。[2]
年代測定には難しさもあった。これまでにもリュウグウのドロマイトは測られていたが、研究ごとに年代差が大きく、標準試料による補正の違いが一因と指摘されていた。今回の研究では、茨城大学で合成されたマンガンとクロムの比が均一な人工ドロマイトを使った先行研究の補正法を採用し、精度を高めた。測定したC0002粒子は、はやぶさ2の2回目のタッチダウンで採取された試料である。[2]
「45億6530万年前」だけでは、母天体の誕生日にならない
ここが今回の研究で最も大切な論理である。ドロマイトが45億6530万年前にできたとしても、その日が母天体の誕生した日とは限らない。母天体はまず、極低温の宇宙空間で物質が集まり、天体として形成されなければならない。その内部が温まり、氷が溶け、水と岩石が反応して初めてドロマイトができる。
研究グループは、ドロマイトと磁鉄鉱の酸素同位体組成を比較する「酸素同位体平衡温度計」によって、ドロマイトの形成温度を約90℃と求めた。一方、母天体が生まれた直後の温度は約マイナス200℃以下と想定される。放射性同位体の崩壊熱などによって内部が90℃まで温まるには、数値シミュレーション上、少なくとも数十万年が必要だった。[2]
したがって、母天体は45億6530万年前より数十万年以上早く存在していなければならない。研究チームが導いたのは、「母天体が45億6530万年前にできた」という一点の年代ではなく、太陽系形成開始から約200万年以内にはすでに誕生していたという上限付きの形成時期である。[1] [2]
なぜ「200万年」が特別なのか
太陽系初期の200万年は、惑星形成史では長い時間ではない。太陽系の「時計のゼロ点」としてよく使われるのは、カルシウム・アルミニウムに富む難揮発性包有物(CAI)の形成時期で、約45億6730万年前とされる。北海道大学の2026年7月のベヌー研究でも、太陽系誕生直後の約45億6730万年前に形成された難揮発性包有物が報告されている。[8]
一方、CI型(イヴナ型)を除く多くの炭素質コンドライトには、コンドリュールと呼ばれる直径1ミリ程度の球状粒子が多く含まれる。岩石物質が高温で一度溶け、急冷してできた粒子だ。今回の研究資料によれば、それらの多くは太陽系形成開始から約220万年後以降に形成された。リュウグウの母天体が200万年以内にできていたなら、コンドリュールを豊富に含む多くの炭素質天体より先に形成されたことになる。[2]
論文はリュウグウだけでなく、CI炭素質コンドライトの代表であるイヴナ隕石も扱った。Science論文の結論は、リュウグウとイヴナの母天体が、多くの他の炭素質コンドライトの母天体より早く形成されたというものだ。これは、炭素質微惑星が一斉に一世代で生まれたのではなく、原始太陽系円盤の中で複数の世代に分かれて形成された可能性を示す。[3]
リュウグウは「最古の姿」をそのまま残した天体ではない
「太陽系初期世代」という言葉から、現在のリュウグウが45億年以上ずっと同じ姿で宇宙を漂っていたように想像すると誤る。JAXAと初期分析チームの研究では、現在のリュウグウは、より大きな母天体が衝突などで破砕された後、その破片が重力で再び集まった「ラブルパイル」型の小惑星と考えられている。帰還試料には、破砕前の母天体の表層付近と内部の物質が混在している。[4]
だからこそ試料は複雑な履歴を持つ。最初に冷たい材料が集まる。内部が加熱される。氷が融ける。水溶液が岩石と反応し、含水鉱物や炭酸塩鉱物、磁鉄鉱などができる。やがて水質変成が終わる。さらに後の時代に母天体が壊れ、破片が集まって現在のリュウグウになる。地球へ届いた一粒の中に、これらの異なる段階の記録が重なっている。
はやぶさ2が持ち帰った5グラムの意味
「はやぶさ2」は2014年12月3日に打ち上げられ、2018年6月27日にリュウグウへ到着した。2019年2月22日に最初のタッチダウン、同年4月5日には搭載型小型衝突装置によって人工クレーターを形成し、7月11日に2回目のタッチダウンを行った。探査機は11月にリュウグウを離れ、2020年12月6日、試料入りの再突入カプセルがオーストラリアで回収された。[5]
JAXA地球外試料キュレーションセンターが測った試料総重量は5.424±0.217グラム。ミッションの最低要求0.1グラムを大幅に超えた。量だけを見れば小さじ一杯にも満たない。しかし、地球の大気や雨水にさらされず、小惑星から採取地点の履歴まで分かる試料であることが、隕石との決定的な違いだ。[6] [10]
今回使われたC0002粒子が2回目のタッチダウン由来であることも重要だ。2回目の採取地点は人工クレーター形成後に選ばれ、表面下の物質へのアクセスを狙った。帰還試料を「どこから来たか分かる宇宙の岩」として扱えることが、年代測定の科学的価値を高めている。
CI型という、太陽系の「標準物質」
リュウグウはC型小惑星で、水を含む鉱物や有機物に富む。JAXAの帰還試料研究では、岩石タイプがCI(イヴナ型)炭素質コンドライトに近いことが示された。JAXAはCI隕石について、ガス成分を除けば太陽系全体とほぼ同じ元素組成比を持つため「太陽系の標準物質」とされる、と説明している。リュウグウ試料には主として含水粘土鉱物があり、水を約7%、炭素を約5%含むとの分析結果も紹介されている。[4] [7]
この「始原的」という言葉は、「何も変化していない」という意味ではない。むしろリュウグウの母天体では、氷が溶け、水と岩石が化学反応を起こした。2026年8月には、別の研究チームがリュウグウ試料からアンモニウムを含む粘土鉱物や複数の窒素種を報告し、母天体内部の後期塩水環境との関係を論じた。水が豊富な小天体の内部では、太陽系初期から複雑な化学反応が進んでいたことが、別々の分析から見え始めている。[9]
ベヌーと比べれば、初期太陽系の地図が広がる
研究チームが次に重視するのが、小惑星ベヌーとの比較だ。NASAの探査機OSIRIS-RExが持ち帰ったベヌー試料は、化学的にリュウグウと似る点が多い。北海道大学の川﨑准教授らは今年7月、ベヌー試料から太陽系最初期の難揮発性包有物を複数発見し、そのうち一つを約45億6730万年前と年代決定した。粒子の特徴がリュウグウ試料のものと似ることから、両小惑星が太陽系遠方で似た材料から集積した可能性も議論している。[8]
今回のリュウグウ研究は、ベヌーにも同じ時計を当てる明確な課題を残した。ベヌーの母天体も同じ早い世代に生まれたのか。それとも、似た材料を持ちながら別の時期に集積したのか。二つのサンプルリターン・ミッションを比較できれば、隕石だけでは分からなかった「いつ、どこで、どの世代の微惑星が生まれたか」という空間と時間の地図を描ける。
太陽系の誕生は、一度きりの「建設工事」ではなかった
惑星形成を説明するとき、微惑星が集まり、さらに大きな天体へ成長したという一本の流れで語りたくなる。だが、リュウグウとイヴナが示すのは、炭素質の小天体にも時間差があり、早い世代と後の世代があった可能性だ。
その証拠を残したのは、直径1ミリにも満たない鉱物の同位体比である。リュウグウの表面写真でも、探査機の軌道でもなく、母天体の内部で水が流れた時につくられたドロマイトが、「この天体はその時点ですでに存在し、すでに温まり始めていた」と語る。
はやぶさ2が地球へ持ち帰った約5グラムの物質は、今も新しい時計を開き続けている。今回、その針が指したのは太陽系形成からわずか200万年以内。46億年近い歴史から見れば一瞬に近い。その一瞬に、すでに水を抱えた炭素質微惑星が生まれていた可能性が、ようやく鉱物の中から読み出された。
- 北海道大学ほか:小惑星リュウグウは太陽系初期世代の天体の残骸(2026年9月11日)
- 北海道大学ほか:研究発表詳細資料(研究手法、年代、形成温度、熱進化シミュレーション、用語解説)
- Kawasaki et al., Science:The parent bodies of Ryugu and Ivuna formed before those of other carbonaceous chondrites
- JAXA宇宙科学研究所:はやぶさ2とリュウグウ―帰還試料から得られた科学成果
- JAXA:小惑星探査機「はやぶさ2」―タッチダウン、人工クレーター、地球帰還の概要
- JAXA宇宙科学研究所:リュウグウ試料キュレーション―試料総重量5.424±0.217g
- JAXAはやぶさ2プロジェクト:小惑星リュウグウとC型小惑星の科学的背景
- 北海道大学:小惑星ベヌーから太陽系最初期の岩石を発見(2026年7月23日)
- Nature Astronomy:リュウグウ母天体の後期塩水に由来するアンモニウム含有粘土と窒素化学(2026年8月27日)
- JAXA:はやぶさ2の小惑星Ryuguサンプル採取確認(2020年12月14日)
編集注:「45億6530万年前」は今回測定したドロマイトの形成年代であり、現在の小惑星リュウグウの形成年代を直接測った値ではない。母天体の形成時期「太陽系形成開始から約200万年以内」は、鉱物年代・形成温度と熱進化シミュレーションを組み合わせた研究チームの推定である。C0002粒子と2回目のタッチダウンの対応、川﨑教行准教授の氏名・読み、専門用語は北海道大学の日本語一次資料で確認した。
