ドローンにとって、空は広いのに時間は短い。カメラは小さくなり、AIは賢くなり、自律飛行も進んだ。それでも産業用マルチコプターの仕事は、しばしば「あと30分飛べれば」で止まる。送電線をもう一径間。山の向こうの災害現場をもう一周。離島へ薬を運んで帰ってくる。バッテリーの残量が、その仕事の境界線になる。
水素燃料電池ドローンは、その境界線を押し広げようとする技術だ。電池そのものに全エネルギーを抱え込むのではなく、軽い水素を高圧容器に貯め、飛行中に燃料電池で電気へ変える。水素を増やせばエネルギー量を増やしやすい。一方で、高圧ガスタンク、減圧弁、配管、燃料電池、冷却、安全システムという新しい重量と複雑さも持ち込む。
2026年、その心臓部を日本国内で作ろうという動きが表へ出た。横浜のドローンベンチャー、ロボデックス。電力インフラを巨大な実フィールドとして持つ東京電力ホールディングス。そして京都府京丹後市で精密加工と自動車部品を育ててきた日進製作所グループ。
大手航空機メーカーが国家プロジェクトで作る未来機ではない。長時間飛行を必要とする現場、小型燃料電池を作ろうとする地方製造業、ドローンを点検へ使い続けてきた電力会社が、同じ一機へ集まりつつある。
燃料電池ドローンの問題は、「パワー」より「エネルギー」
マルチコプターは、空中に留まるだけでも大きな電力を使う。固定翼機のように翼で揚力を得ながら滑空できず、複数のローターを常に回し続けなければならない。風に耐え、上昇し、荷物を持ち上げる瞬間にはさらに出力が必要になる。
リチウムイオン電池は、モーターへ高い出力をすばやく供給するのが得意だ。しかし飛行時間を延ばすために電池を増やすと、その電池自身の重量を飛ばすためにまた電力が必要になる。あるところから「電池を増やしたのに、思ったほど時間が伸びない」領域へ入る。
水素燃料電池は別の設計を可能にする。水素を酸素と電気化学反応させ、モーターへ送る電力を飛行中につくる。高圧タンクへ入れる水素の質量は、同じエネルギーを電池だけで持つ場合より小さくできる可能性がある。
ただし燃料電池は、急なスロットル変化へ大電流を瞬時に出すのが電池ほど得意ではない。そのため水素ドローンでは、燃料電池を「長時間の基礎電源」とし、バッテリーやキャパシタを離陸・上昇・突風など瞬間的なピーク電力へ使うハイブリッド思想が有効になる。
ロボデックスは初期開発でジェイテクトの高耐熱リチウムイオンキャパシタを補助電源として採用した。燃料電池だけを競わせるのではなく、異なる電源の得意分野を組み合わせる発想である。
2021年11月18日――54分の飛行が、規制の壁を越えた
ロボデックスの水素ドローン史で最初の大きな節目は2021年11月18日だった。
同社は帝人エンジニアリングと協力し、高圧水素用複合容器について高圧ガス保安協会の特定案件事前評価を経て、経済産業大臣の特別認可を取得。さらに国土交通省航空局の飛行許可を得て、神奈川県茅ヶ崎市で試験飛行を行った。
その飛行は54分間。ロボデックスは当時、別のテストで最大80分の飛行にも成功していると公表した。試験機は最大離陸重量15.5kg、燃料電池2,400W、水素容器4.7L、充填圧力19~28MPaという仕様だった。
この出来事の重要性は、単なる飛行時間ではない。空へ高圧ガス容器を持ち上げるという、バッテリードローンにはない安全問題を制度上どう扱うかを一つずつ解いたことだ。
高圧水素容器が落下したらどうなるか。衝撃で容器が損傷しないか。バルブは守られるか。墜落地点で水素が漏れた場合に着火しないか。ドローンの「軽くしたい」という要求と、高圧ガスの「頑丈に守りたい」という要求は正反対である。
安全ガイドラインが先に必要だった
この問題はロボデックス一社だけのものではない。経済産業省は、水素燃料電池ドローンに搭載する高圧ガス容器の安全性を検討し、2020年4月に「水素燃料電池ドローンにおける高圧ガスの安全のためのガイドライン」を策定した。
背景には、容器を空から落下させるという、従来の地上用水素機器ではほとんど想定しなかったリスクがある。落下試験、火炎暴露、容器保護、安全弁などをどう評価するかというルールがなければ、メーカーは機体を設計しても飛ばせない。
規制は技術の敵に見えることがある。しかし、新しいエネルギー機器では、共通の安全基準ができることが市場の入口になる。各社が毎回「特別案件」として一から説明しなければならない市場は、量産しにくい。
2026年現在も、METIは水素などの高圧ガス容器に関する技術基準と国内外規制の高度化事業を続けている。水素ドローンは、機体技術だけでなく高圧ガス制度と一緒に成長する製品なのである。
2022年、「Aigis One」で専用機へ
2022年6月、ロボデックスはJapan Drone 2022で、水素燃料電池専用に設計したオリジナル機「Aigis One」を発表した。
当時公表された仕様は、対角寸法1,528mm、最大離陸重量15kg、ペイロード5kg、最大速度35km/h、最大耐風8m/s、最大飛行時間90分、燃料電池2,400W、高圧複合容器4.7L。
現在のロボデックス製品ページでは、機体仕様は進化し、対角1,580mm、重量16kg、ペイロード5~10kg、推奨巡航速度30km/h、最大耐風8m/s、最大飛行時間80~120分、PEMFC 2,400Wとされている。
これらはロボデックスが現在販売・紹介するAigis One系の公開仕様であり、2026年に東京電力HDと共同開発している新型機の最終仕様ではない。
この区別は重要だ。新型機の価値は「120分を130分にした」といった数字ではまだ評価できない。共同開発が目指すのは、インフラ企業が実際に使える信頼性、整備性、運用性、安全性へ機体を持っていくことにある。
| 2021年試験機 | 2022 Aigis One発表時 | 現在公開されるロボデックス機 | |
|---|---|---|---|
| 最大飛行時間 | 60~80分公称/54分の認可試験飛行 | 90分 | 80~120分 |
| 燃料電池 | 2,400W | PEMFC 2,400W | PEMFC 2,400W |
| ペイロード | 公表仕様なし | 5kg | 5~10kg |
| 水素容器 | 4.7L、19~28MPa | 4.7L複合容器 | アルミ+カーボン複合容器 |
| 位置付け | 高圧水素容器を搭載した認可試験 | 水素専用オリジナル機 | 社会実装向け現行公開プラットフォーム |
2026年、なぜ「国産燃料電池」がニュースになるのか
ロボデックスの初期機は、英国Intelligent EnergyのUAV向けPEM燃料電池を使って開発された。同社は2019年からIntelligent Energyとパートナー関係を結び、日本で水素ドローンを開発してきた。
それは合理的なスタートだった。ドローン向け燃料電池は、重量、出力密度、冷却、振動、空気供給を同時に成立させる専門製品で、最初からすべてを自社開発する必要はない。
2026年の変化は、その「心臓部」に国内の別企業が入ったことにある。日進製作所グループはJapan Drone 2026で、ロボデックスと社会実装へ向けた共創パートナーとして、水素ドローン専用に設計した国産燃料電池を開発していると発表した。
現時点で、新しい日進製燃料電池の出力、重量、効率、セル数、耐久時間は公表されていない。「国産だから高性能」と断定する材料もまだない。
それでも、国内の製造企業がセル・モジュールを機体メーカーと一緒に最適化できる意味はある。飛行振動、空冷、搭載スペース、重心、電圧、ピーク負荷、整備方法という機体固有の要求を、既製品を買うだけでなく設計段階からすり合わせられるからだ。
京丹後――ミシン部品から水素ドローンの心臓へ
日進製作所グループの歴史は、この話をJapan.co.jpらしくする。
会社は1946年、京都府峰山町、現在の京丹後市で創業し、ミシン部品の製造を始めた。1959年に車両部品へ参入。1961年には工作機械の製造を開始し、1972年には高速自動ホーニング盤へ進出した。
ホーニングは、エンジンのシリンダーなど内面を高精度に仕上げる加工技術である。数ミクロン単位の寸法、表面粗さ、真円度を管理する世界だ。日本の自動車産業と一緒に育った地方の精密加工企業が、70年以上後、水素燃料電池へ入る。
日進製作所グループは現在、薄型・軽量セルを使った小型汎用機器向け燃料電池モジュールと、水素ガス用タンクバルブを開発している。2025年には減圧機構付き水素タンクバルブの試作販売を開始。二次レギュレーターを不要にでき、同社は国内最軽量級と説明する。高圧ガス保安法に基づく容器附属品検査にも適合した。
ドローンでは、1kgの部品を200g軽くする価値が大きい。燃料電池だけでなく、バルブ、レギュレーター、配管、冷却ファン、DC/DCコンバーターまで、小型化の積み重ねが飛行時間へ返ってくる。
自動車の巨大市場で培った「部品を量産できる精密さ」が、水素ドローンの小さな市場へ移る。これは、日本の製造業がEV化で失うかもしれないエンジン部品の仕事を、そのまま水素へ置き換えるという単純な話ではない。しかし、加工・品質保証・量産という能力が新しいエネルギー製品へ転用される具体例ではある。
東京電力は、なぜドローン開発に入るのか
東京電力HDが新型水素ドローンの共同開発相手として入る背景には、同社グループがすでに10年以上、ドローンを電力設備へ使ってきた歴史がある。
東京電力グループは2014年10月から、操縦者が飛ばすドローンで送電鉄塔・送電線など高所設備の状況確認を開始した。
2017年にはTEPCO HD、ブルーイノベーション、テプコシステムズが、電力設備を自動点検するドローン飛行支援システムの共同開発で合意。2021年には、送電線へ近づくと電磁界によって一般的な航法が不安定になる問題へ対応し、送電線に沿って一定距離を保ちながら自動飛行・撮影するシステムを実用導入した。
現在、東京電力パワーグリッドは送配電設備の老朽化と点検作業員減少を課題として挙げ、2027年度までに送電設備用ドローン自動飛行航路を10,000km整備する計画を示している。
この規模になると、飛行時間は単なるスペック比較ではなく、労働生産性になる。20分ごとに着陸して電池交換するか、1時間以上連続して鉄塔と電線を撮影できるかで、車両移動、人員配置、点検可能距離が変わる。
送電線点検は、水素ドローンに向いた仕事か
可能性はある。しかし「長く飛べるから必ず水素が勝つ」わけではない。
送電線点検では、機体が電線へ近づき、カメラやセンサーで腐食・劣化などを撮影する。飛行ルートが長く、鉄塔間を連続して移動するなら、長時間飛行は価値が高い。
一方、機体を車で鉄塔の近くまで運び、短い範囲だけ飛ばす仕事なら、安価なバッテリー機を何台か交代させるほうが合理的な可能性もある。
水素が勝ちやすいのは、「長時間飛ぶこと自体が人員・車両・中断を減らす仕事」だ。山岳送電線、災害後の広域巡視、海岸線、長距離物流、広い工業施設などが候補になる。
東京電力との共同開発で注目すべき数字は、単純な飛行時間ではなく、1人の作業員が1日に何kmの設備を点検できるようになるか、である。
- 長距離インフラ点検:送電線、パイプライン、海岸、防災設備などを連続飛行。
- 離島・山間物流:往復距離がバッテリー機の運用限界へ近いルート。
- 災害対応:道路が切れ、充電設備も使えない現場での広域偵察・物資輸送。
- 長時間監視:広い敷地の巡視、警備、測量。
- 高価なセンサー搭載:ペイロードを積みながら飛行時間も必要な点検。
水素の次の壁は「飛ぶ時間」ではなく「補給時間」
2時間飛べても、次のフライトまで2時間かかれば運用効率は上がらない。
バッテリードローンは、予備電池を交換すれば数分で再出発できる。水素ドローンも同じ速度の「ターンアラウンド」を目指す必要がある。
ロボデックスは現在、トラックの荷台に防爆室と充填設備を載せた移動式水素ステーションを紹介している。横浜市への高圧ガス製造事業届出を済ませ、高圧ガス保安法に準拠するとしている。
これはドローンを水素ステーションへ運ぶのではなく、水素ステーションをドローンの仕事場へ運ぶ発想だ。
送電線、離島、災害現場では、固定水素ステーションの近くで飛ぶとは限らない。だから水素ドローンの製品は「機体+燃料電池+タンク」では完結しない。充填設備、水素配送、安全教育、容器検査まで含む運用パッケージが必要になる。
広島では、すでに「水素ドローンポート」を常設へ
2026年3月、ロボデックスと東急不動産は、広島県のLOGI'Q広島敷地内に水素ドローンポートを常設し、瀬戸内海の本土と大崎上島町などを結ぶ構想を発表した。
ロボデックスの発表では、半径35km圏なら往復飛行可能とし、医薬品や生活物資の配送、災害時の山間部・離島支援を想定する。水素供給設備も併設し、補給後に連続運航できる体制を目指す。
ここでも、重要なのは「ドローンが飛んだ」ではなく「ドローンポートが常設される」ことだ。物流サービスは、機体が毎日そこにあり、燃料があり、担当者がいて、故障したら直せるところから始まる。
実証飛行は一日成功すればニュースになる。物流は翌朝も飛ばなければならない。
宇宙から出る水素を、ドローンへ戻す
2026年3月24日、ロボデックスはJAXAと秋田県能代市とも業務提携した。テーマは、能代ロケット実験場などで液化水素の貯蔵中に発生し、現在は大気放出されるボイルオフガス(BOG)の回収・活用である。
共同研究では、回収水素を水素ドローンや小型モビリティへ使う地域モデルを検討する。最初の具体案として、研究施設間の巡視・監視を水素ドローンで飛ばすデモが示されている。
ここには、小さな循環がある。ロケット用液化水素から自然に蒸発したガスを回収する。その水素をドローンへ入れ、ロケット試験場周辺を巡視する。
もちろん、回収・精製・圧縮のエネルギーとコストを含めなければ経済性は評価できない。だが、捨てる水素に地域の用途をつくる発想は、ドローンを単なる航空機ではなく水素需要家として見る例になっている。
高圧水素を空から落とす――安全性は「飛行時間」より重要
水素ドローンの社会実装で、最も厳しく見るべきなのは飛行時間記録ではなく事故時の挙動だ。
マルチコプターは落ちる可能性がある。モーター故障、プロペラ損傷、通信断、強風、鳥、操縦ミス。バッテリー機でも落下火災は問題になるが、水素機には高圧ガス容器が加わる。
容器を軽くしすぎれば衝撃に弱くなる。頑丈にすれば重くなる。タンクの重量が増えると水素の飛行時間メリットを失う。この「安全重量」と「飛行重量」の最適化が技術の核心である。
日進製作所が開発する減圧機構付きタンクバルブのように、部品点数を減らし軽量化できれば、安全部品そのものが航続時間へ貢献する。
ただし、2026年の新型水素ドローンに日進製のどのタンクバルブが採用されるかは公表されていない。燃料電池開発と、同社が持つ水素バルブ技術が同じ企業グループにあるという点を、将来の統合可能性として見るべきである。
国産化は、サイバーセキュリティの話ともつながる
ドローンは飛ぶセンサーであり、ネットワーク機器でもある。撮影した送電線、変電所、工場、災害現場の画像は、重要インフラ情報になり得る。
METIは2022年に無人航空機向けサイバーセキュリティガイドラインを策定した。飛行制御、通信、クラウド、データ保護を、機体の物理安全と同じように考える必要がある。
ロボデックス自身は「国産」にこだわり、セキュリティと安全性を重視すると説明する。ただし、機体を国内で組み立てれば自動的にサイバーセキュアになるわけではない。フライトコントローラー、GNSS、通信モデム、ソフトウェア、クラウドまでサプライチェーンを把握する必要がある。
国産燃料電池は、サイバーセキュリティを直接解決する部品ではない。しかし、重要インフラ用途のドローンで「どの部品を誰が作り、誰が直せるか」を可視化する流れとは一致する。
水素は「ゼロCO₂のドローン」ではない
燃料電池は飛行中、水素から電気をつくる時にCO₂を排出しない。しかし水素をどう作ったかでライフサイクル排出は変わる。
天然ガス改質で作り、CO₂をそのまま大気へ出した水素なら、上流排出は存在する。再生可能電力で水を電解した水素なら大きく低減できる可能性がある。
ロボデックスは将来的にクリーン水素を使うカーボンフリー飛行を目指すと説明しており、JAXA能代のBOG回収のような供給モデルも検討している。
だが2026年の新型機で使う水素の具体的製造方法は公表されていない。「水素ドローン=ライフサイクルゼロCO₂」とは書けない。
水素を評価する時は、1時間飛んだ時の水素消費量、その水素の炭素強度、補給の圧縮電力まで含める必要がある。
バッテリーは毎年進歩する――水素は動く標的と競争している
水素ドローンの競争相手は、2021年のバッテリードローンではない。2027年、2030年のバッテリー機である。
リチウムイオン電池はエネルギー密度、急速充電、寿命、コストで改良が続く。固体電池や新しいセル化学も研究される。ドローンポートへ自動バッテリー交換設備を置けば、人が交換する時間も減る。
水素は、飛行時間だけで勝っても不十分だ。燃料電池交換費、高圧容器検査、水素価格、充填設備、保守、運搬、オペレーター教育を含めた総運用コストで勝つ必要がある。
逆に、バッテリー機が30分から45分へ伸びても、必要な仕事が120分なら水素の価値は残る。技術選択は「どちらが未来か」ではなく、「そのミッションに何分必要か」で決まる。
東京電力の10,000kmが、最も厳しい試験場になる
東京電力PGは、2027年度までに送電設備用ドローン自動飛行航路10,000kmを整備する計画を掲げる。
これは水素ドローンをすべてそこで使うという計画ではない。現在の自動点検システムは一般的なドローンでも動く。共同開発中の水素機の具体的配備計画も公表されていない。
しかし、もし水素機がこの種の実フィールドで使われれば、実証会場よりはるかに厳しい評価になる。
雨上がりの湿気、夏の高温、冬の低温、海塩、山風、送電線の電磁環境、離着陸場所、車両移動、通信圏外。数百回のフライトで故障率、セル劣化、タンク運用、充填頻度、整備時間が積み上がる。
水素ドローンが必要としているのは「最長飛行記録」より、この退屈な運航データである。
- 実任務飛行時間:無負荷ホバリングではなく、センサー搭載で何分飛べるか。
- ペイロード別航続:0kg、5kg、10kgで飛行時間がどう変わるか。
- 水素消費量:1時間・1km当たり何g使うか。
- 再充填時間:着陸から再離陸まで何分か。
- 燃料電池寿命:出力劣化まで何時間・何サイクル運転できるか。
- システム重量:燃料電池、タンク、弁、補助電源を含む総重量。
- 運用コスト:1kmの点検、1便の配送でバッテリー機より安くなるか。
- 故障・安全実績:数千飛行時間で高圧水素系がどれだけ安定するか。
地方の製造業が「部品」ではなく「エネルギー機器」を作る
日進製作所の参入には、もう一つの意味がある。
日本の地方製造業の多くは、自動車や工作機械のサプライチェーンで成長してきた。EV化、人口減少、海外生産移転で、その仕事の構造は変わる。
水素燃料電池は、そうした会社にとって単なる新製品ではない可能性がある。加工精度、量産品質、バルブ、熱処理、表面仕上げ、検査という既存能力を、エネルギー機器へ移せる。
しかし市場はまだ小さい。水素ドローンが年間数十台しか売れなければ、自動車部品のような量産効果は出ない。国産化がコスト高になる可能性もある。
だからロボデックスとの協業が重要になる。燃料電池メーカーだけでは市場を作れない。機体メーカーが具体的な需要を持ち、電力会社が現場を持ち、物流や自治体が用途を持つことで、部品会社に「何を何個つくるか」が見える。
水素社会は巨大な製鉄所や発電所だけでできるわけではない。何十ワット、何キロワットの機器を作る中小・中堅企業が、用途ごとに部品を安くしていく層も必要になる。
「日本製」の本当の試験は、修理できること
産業用ドローンは、壊れないことより、壊れた時に何時間で戻せるかが重要な場合がある。
送電線点検が台風後に集中する時、燃料電池の故障で海外部品を数週間待つなら、長時間飛行の価値は消える。国内で原因解析し、部品交換し、改良版をすぐ次の機体へ反映できるなら、稼働率に価値が出る。
これは「外国製品は悪い」という話ではない。世界最高の部品を国際調達することは、航空・自動車・半導体で普通である。
重要なのは、ミッションクリティカルな部品について、供給リスク、修理時間、変更管理、品質保証を把握できることだ。
日進製燃料電池が新型機で社会実装へ進むなら、「Made in Japan」の最も重要な数字は国産比率ではなく、平均故障間隔と修理時間になる。
空の水素市場は、小さいからこそ価値が見えやすい
水素政策では、百万トン、40,000m³、数兆円という巨大な数字が並ぶ。ドローンが使う水素は、その世界から見ればほとんど誤差である。
しかし、1kgの水素が生む価値は用途で違う。発電所で燃やす1kgと、道路が切れた災害現場へ薬を届ける1kgは、経済価値が同じではない。
高価な水素でも、それによってヘリコプターを飛ばさずに済む、作業員が山へ入らずに済む、送電停止時間を短くできる、緊急医薬品を早く届けられるなら、成立する用途がある。
これは水素の初期市場として重要な考え方だ。「石油より安いか」ではなく、「その仕事で最も安い手段か」を問う。
2026年のプロトタイプは、まだ答えではない
Japan Drone 2026で展示された新型機と国産燃料電池は、社会実装への一歩だが、完成宣言ではない。
日進製燃料電池の詳細スペックは未公表。東京電力HDとの共同開発機の最終性能も未公表。量産価格も顧客導入台数も、耐久試験結果もまだ見えない。
だからこのニュースを「日本の水素ドローンが完成した」と読むべきではない。
むしろ重要なのは、2019年には英国の燃料電池を使って始めた小さなドローン会社が、2021年に高圧ガス規制を越え、2022年に専用機を作り、2026年には電力会社と共同開発し、京都の製造企業が専用燃料電池を作るところまでサプライチェーンを広げたことだ。
技術は、研究室の性能曲線から産業になる途中にいる。
ドローンが水素社会を大きくするのではない――水素を「使えるもの」にする
水素ドローンが普及しても、日本の水素需要を何百万トンも増やすことはないだろう。製鉄、化学、発電のほうが桁違いに大きい。
しかし小型機には別の役割がある。
人が水素を扱う。トラックで運ぶ。タンクへ充填する。バルブを検査する。燃料電池を交換する。現場で安全手順を学ぶ。そうした日常的な水素の「使い方」を、巨大工場の外へ広げる。
2021年の試験機は、「高圧水素を空へ持ち上げられる」と示した。
2022年のAigis Oneは、「水素専用の産業ドローンを設計できる」と示した。
2026年の新型機が答えなければならない問いは、さらに地味で厳しい。
東電の点検員や物流会社が、月曜日の朝に普通の道具として使えるか。
そこまで行けば、国産燃料電池の意味は「日本で作った」ことではない。
京丹後で作った小さな発電装置が、送電線の上、瀬戸内の島、能代のロケット試験場で、本当に仕事をすることになる。
1946年 日進製作所が京都府峰山町で創業。ミシン部品の製造を開始。
1959年 日進製作所が車両部品製造へ参入。
1961年 工作機械製造を開始。精密加工・量産設備の技術を蓄積。
2014年 東京電力グループが送電鉄塔・送電線点検へ操縦型ドローンを導入。
2017年 TEPCO HD、ブルーイノベーション、テプコシステムズが電力設備自動点検ドローンシステムを共同開発へ。
2019年6月20日 ロボデックス設立。同年、英国Intelligent EnergyとUAV燃料電池で連携。
2020年4月 METIが水素燃料電池ドローン向け高圧ガス安全ガイドラインを策定。
2021年5月 TEPCOの送電線点検用ドローン自動飛行システムが実用段階へ。
2021年11月18日 ロボデックスが大臣特認・航空局許可を取得した高圧水素燃料電池ドローンで54分の試験飛行。
2022年6月 水素燃料電池専用オリジナル機Aigis Oneを発表。
2025年2月 日進製作所が減圧機構付き水素タンクバルブの試作販売を開始。
2026年3月 ロボデックス・東急不動産が広島で常設水素ドローンポート構想を発表。
2026年3月24日 ロボデックス、JAXA、能代市がロケット施設のBOG水素回収・ドローン利用で提携。
2026年6月3~5日 Japan Drone 2026で、東京電力HDとの新型水素ドローンと、日進製作所グループのドローン専用国産燃料電池プロトタイプを公開。
2027年度まで 東京電力PGは送電設備用ドローン自動飛行航路10,000km整備を計画。長時間飛行機が本当に運用価値を持つかを試せる巨大な現場が広がる。
取材注記・主な資料
2026年8月9日午前0時50分(日本時間)までに確認できた公開情報を使用しました。東京電力HDとロボデックスの2026年新型共同開発機について、最終飛行時間、燃料電池出力、水素搭載量、機体価格、量産開始時期、東京電力グループへの配備台数は公表されていません。日進製作所グループのドローン専用国産燃料電池についても、出力、重量、効率、耐久時間は未公表です。記事中の2.4kW、80~120分、5~10kg等はロボデックスが現在公開する既存Aigis One系の仕様で、新型プロトタイプの仕様ではありません。
- ロボデックス:東京電力HDとの新型水素ドローン共同開発・日進製作所グループ国産燃料電池(2026年6月3日)
- 日進製作所グループ:ロボデックスと水素ドローン向け燃料電池を開発(2026年6月16日)
- ロボデックス:Aigis One現行公開仕様・移動式水素ステーション
- ロボデックス:2021年11月18日 高圧水素燃料電池ドローン試験飛行
- ロボデックス:Aigis One発表、Japan Drone 2022
- 日進製作所グループ:会社沿革
- 日進製作所グループ:薄型・軽量燃料電池モジュール、水素タンクバルブ開発
- 日進製作所:減圧機構付き水素タンクバルブ試作販売(2025年2月14日)
- 東京電力HD:送電線点検用ドローン自動飛行システムの開発・導入(2021年5月11日)
- 東京電力HD:送配電設備点検の高度化、2027年度までに自動飛行航路10,000km
- 東京電力HD:電力設備自動点検ドローン共同開発(2017年)
- 経済産業省:水素燃料電池ドローン高圧ガス安全ガイドライン関連調査
- 経済産業省:無人航空機サイバーセキュリティガイドライン(2022年)
- ロボデックス・東急不動産:広島の常設水素ドローンポート(2026年3月17日)
- ロボデックス・JAXA・能代市:BOG水素回収・活用共同研究(2026年3月31日)
