北海道千歳市の製造拠点IIM(Innovative Integration for Manufacturing)で、Rapidus株式会社は2nm世代のGAA(ゲートオールアラウンド)トランジスタを実際に動かすところまで来た。2025年度には先行顧客向けのPDK(Process Design Kit)を用意し、2026年度は歩留まり向上、欠陥密度の低減、短TAT(Turnaround Time)生産システムの実装へ進んでいる。技術開発という意味では、創業から4年で到達した地点は小さくない。[1]
しかし、半導体ファウンドリーは「作れる」だけでは成立しない。顧客が自社の設計データを預け、数年単位の製品計画を載せ、量産数量を約束して初めて工場は事業になる。2026年10月、Rapidusの最大の問いは、2nmを作れるかだけではなく、誰がその2nmを買うのかへ移っている。Reutersは10月7日、同社の事業成否を左右する中心課題として顧客獲得を挙げた。[2]
10月5日の「CORE」は、顧客の入口をつくる発表だった
Rapidusは10月5日、最先端半導体の開発と量産を支える枠組み「Rapidus Collaborative Open Rapid Ecosystem(Rapidus CORE)」を発表した。第一弾として17社のDesign Solution Associateを公表。Cadence Design Systems、Synopsys、Infosys、HCLTech、Wipro、大日本印刷、TOPPAN、東芝情報システム、NSWなど、設計ソフト、設計サービス、製造支援に関わる国内外企業が並ぶ。[5]
このニュースの意味は、提携社数ではない。ファウンドリー顧客にとって、先端ノードへの移行は製造契約だけで始まらないからだ。EDA(電子設計自動化)、IP、ライブラリ、検証、パッケージ、量産立ち上げまで、設計の周囲に巨大な生態系が必要になる。Rapidus自身も、COREを設計だけでなくEDAやIPへ広げる方針を示している。[5]
つまりCOREは「Rapidusを使いたい企業が、実際に設計を始められるか」という入口の問題への回答である。ただし入口を用意することと、量産発注を得ることは同じではない。Reutersの取材に対し、投資家は「誰が実際に工場を埋めるのか」が最大の問いだと指摘し、既にTSMCを利用する企業幹部は供給切り替えのリスクから慎重姿勢を示した。[2]
「2nm」は寸法の名前というより、競争世代の名前だ
半導体の「2nm」は、現在ではトランジスタのどこか一部分が必ず2ナノメートルであることを意味する単純な物差しではない。世代を区別するプロセスノードの名称であり、性能、消費電力、密度、製造技術の組み合わせを示す市場上のラベルに近い。
Rapidusが採用するGAAは、電流が流れるチャネルをゲートがより広く取り囲む構造で、微細化に伴う電気的制御の難しさへ対応する。IBMは2021年に2nmノードの試作チップを発表し、その技術を基盤にRapidusと共同開発を進めてきた。両社は2022年12月に戦略的パートナーシップを公表し、Rapidusの技術者はニューヨーク州Albany NanoTech ComplexでIBM研究者と開発に参加した。[6]
日本はなぜ、ここまで巨額を投じるのか
背景にあるのは、日本半導体産業の長い後退である。1980年代、日本企業は世界半導体市場で約半分のシェアを握った時期があった。現在は1割未満とされ、特に最先端ロジックの受託製造では台湾TSMC、韓国Samsung、米Intelなどとの差が広がった。Reutersはこの落差を、Rapidusを国家産業政策の案件にしている理由の一つとして挙げている。[2]
経済産業省が進める政策は、単なる一企業の救済ではない。生成AIの急拡大で計算需要が増える中、先端半導体、データセンター、AIソフトウェアを国内の産業基盤として捉え、供給網の安定と国際競争力を同時に狙う。そのため2025年には情報処理促進法を改正し、指定高速情報処理用半導体の生産施設、試作、需要開拓などへの金融支援を可能にした。[7]
政府資金は「研究開発費」から「株主資本」へ移った
Rapidusへの公的関与は、NEDOの委託研究だけではなくなっている。経済産業省資料によると、2025年度までに委託費として約1.7兆円が措置され、2026年度にも約6300億円、2027年度には約3000億円程度を想定する計画が示されている。さらに政府はIPAを通じ、2026年2月までに1000億円を出資し、6月に1500億円を追加出資した。[8][4]
民間側も動いた。Rapidusは2026年2月、政府と32社から総額2676億円を調達したと発表し、このうち民間出資は1676億円だった。出資企業にはキヤノン、富士通、NTT、ソフトバンク、ソニーグループ、トヨタ自動車、キオクシア、デンソー、IBM Japanなどが含まれる。[9]
重要なのは、政府が補助者であるだけでなく株主になったことだ。政府資料は平時には筆頭株主として最低限の議決権を保ち、有事にはより強い経営関与を可能にする枠組みを示す。国家安全保障、産業政策、企業統治が同じ案件の中に重なっている。[10]
千歳のIIMは「工場」ではなく、まず学習装置だった
IIM-1は北海道千歳市美々に建設されている研究開発・製造拠点だ。2023年9月に起工し、2024年12月には量産対応のEUV露光装置ASML NXE:3800Eを国内で初めて導入。2025年4月にパイロットラインが稼働した。EUVは13.5nmの極端紫外線を利用し、2nm世代の微細パターン形成に不可欠な装置である。[11]
だが先端工場の本当の難しさは、装置を買うことではない。数百に及ぶ工程を連続させ、24時間操業で条件を安定させ、欠陥を減らし、十分な歩留まりを再現し続けることにある。Rapidusは2025年度に300mmウェーハ上で2nm GAAトランジスタの動作を確認し、2026年度は短TAT用の装置、搬送、生産管理をパイロットラインへ実装し、欠陥密度と歩留まりの改善を進めるとしている。[1]
Rapidusが売ろうとしているのは「短TAT」でもある
Rapidusは競合と同じものを後から作るだけでは勝てない。その差別化の核として掲げているのが短TATだ。設計からウェーハ工程、3Dパッケージまでのサイクルタイムを短縮し、顧客との開発を高速に回す考えである。大量生産だけを最適化した巨大ファウンドリーとは別の価値をつくろうとしている。[1]
この戦略は、AIアクセラレーター、自動車、ロボティクス、通信など、製品更新が速く、用途ごとのカスタムチップ需要が増える市場では理にかなう。小池淳義社長兼CEOはReutersに対し、先端ファウンドリーが追加でもう一社成立するだけの需要はあるとの見方を示し、「1社や2社では到底足りない」と述べた。[2]
ただし短TATが価値になるためには、設計支援、PDK、IP、パッケージ、量産品質が一体で機能しなければならない。COREの発表は、その弱点を埋める試みと見ることができる。
IBMとimec――「失われた時間」を国際連携で買い戻す
Rapidusは2022年の創業時点で、最先端ロジックの量産経験を持つ既存ファウンドリーではなかった。そこで、技術の蓄積をゼロから国内だけで再構築するのではなく、IBMとベルギーの研究機関imecとの国際連携を選んだ。
IBMとの共同開発は2nmノード技術を量産可能な形へ移すことを目的とし、Rapidusの技術者がAlbanyで研究開発に参加した。imecとは2022年12月に協力覚書を結び、翌2023年にはCore Partner Programへ参加した。imecは300mmパイロットラインと世界的な装置・材料・設計企業のネットワークを持つ。[6][12]
これは、1980年代の日本半導体産業が垂直統合型の国内大手を中心に競争した時代とは異なる。Rapidusの復権戦略は、国内完結ではなく、国境を越えた技術と設計のネットワークを日本の生産基盤へ接続することにある。
顧客側から見れば、最大の論点は「戻れないリスク」
最先端チップを設計する企業にとって、ファウンドリー選定は単なる価格比較ではない。設計ルールを合わせ、PDKを使い、IPを検証し、試作を重ね、量産歩留まりを確認する。別の製造会社へ切り替えるには時間と費用がかかる。
Reutersが匿名の潜在顧客幹部から得たコメントは、この構造を端的に示す。すでにTSMCで製造している企業は、すべてをRapidusへ移すことはできず、うまくいかなければ簡単にTSMCへ戻れないため慎重にならざるを得ないという。[2]
Rapidusに必要なのは、単発の試作客ではない。工場の固定費を支え、工程を成熟させ、量産の学習曲線を進められる顧客群だ。小池社長が「1社や2社では足りない」と語るのは、そのためである。
TSMCと同じゲームを、同じ方法で戦う必要はない
世界最大の専業ファウンドリーTSMCは、長年の量産経験、巨大な顧客基盤、設計エコシステム、安定した歩留まりという複合的な優位を持つ。Samsungも先端ノードで競争し、Intelも外部顧客を受け入れるファウンドリー事業を進めている。Rapidusが正面から規模だけで競うのは現実的ではない。
一方で、供給網の分散を必要とする顧客、小ロットでも最先端ノードを使いたい顧客、設計からパッケージまで高速に反復したい顧客には別の選択肢が生まれる余地がある。Omdiaの南川明氏はReutersに対し、TSMCが市場の大半を支配し続けるとしても、残りの市場には供給能力を確保しにくい顧客や発注量の小さい顧客が存在すると指摘した。[2]
半導体復権という言葉を、顧客の発注書に変えられるか
Rapidusには、政治的期待、技術的進展、資金、国際連携、そして千歳の巨大な設備がある。2nm GAAの動作確認は象徴的な節目だった。しかし、製造業としての評価はそこから始まる。
2026年10月時点で、公開情報から確認できるのは、Rapidusが設計エコシステムを広げ、PDKを整備し、試作と歩留まり改善を進めていることだ。一方、量産ラインを埋めるに足る具体的な顧客名や長期製造契約の全容は公表されていない。COREの17社は重要な支援基盤だが、17社の「設計パートナー」と17社の「量産顧客」は同義ではない。ここは区別して見る必要がある。
日本の半導体政策が成功したかどうかは、工場が完成した日でも、政府支援額が積み上がった日でも決まらない。顧客が設計を持ち込み、ウェーハが流れ、歩留まりが上がり、次の製品もまた同じ工場へ戻ってくる。その循環が始まった時、初めて「復権」という言葉が産業としての意味を持つ。
出典・参考資料
- Rapidus「NEDO、Rapidusの…2026年度の計画・予算を承認」2026年4月11日。
- Reuters, “Japan's $15 billion Rapidus chip bet hinges on winning customers,” 2026年10月7日。
- Rapidus株式会社「会社概要/Rapidusの歩み」。
- 経済産業省「赤澤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」2026年6月5日。
- Rapidus「最先端半導体の開発・量産を支えるグローバルなエコシステムの枠組み『Rapidus CORE』を発表」2026年10月5日。
- IBM and Rapidus Form Strategic Partnership, 2022年12月12日。
- 経済産業省「情報処理の促進に関する法律」。
- 経済産業省「Rapidus株式会社の投資計画・資金調達計画」。
- Rapidus, “Secures 267.6 Billion Yen in Funding,” 2026年2月27日。
- 経済産業省「改正情報処理促進法に基づくラピダス社の選定について」。
- Rapidus “R&D and Manufacturing Base, IIM”。
- imec, “Rapidus joins imec’s Core Partner Program,” 2023年4月4日。
取材・確認期限:2026年10月7日。公開資料で確認できない量産顧客名や契約数量については断定していません。17社のDesign Solution Associateは設計支援企業群であり、量産発注顧客とは区別しています。