2026年10月3日 土曜日 · JST | English | 1米ドル = 157.80円 為替更新: 2026年10月2日 01:51 JST · Japan.co.jp

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10月3日版 | スポーツ
土俵中央で大の里と安青錦を思わせる二人の力士が向き合う編集用イラスト
AI生成の編集用イラスト。川端玉章に着想を得た表現で、横綱大の里と大関安青錦の対照的な相撲を象徴的に描いた。実際の取組写真ではない。
スポーツ
大相撲 · 大の里 · 安青錦 · 秋場所

大の里と安青錦、これは「新しいライバル時代」の始まりか――横綱と22歳大関が土俵にもたらす対照

秋場所千秋楽、12勝3敗同士の相星決戦を横綱大の里が制し、6場所ぶり6度目の優勝。安青錦はあと一歩で賜杯を逃した。対戦はまだ4度、3勝1敗で大の里がリード。 rivalry と呼ぶには早いが、番付、年齢、実績、相撲内容は長期対決の条件を整えつつある。

9月27日、東京・両国国技館。秋場所千秋楽の結びは、優勝を決めるそのままの一番になった。横綱大の里と大関安青錦。両者11勝3敗で迎えた直接対決を、大の里が突き出しで制し、12勝3敗。6場所ぶり6度目の幕内最高優勝を決めた。[1]

日本相撲協会の取組解説によれば、大の里は両手で強く当たり、安青錦が狙う左前まわしを許さず、突っ張りで上体を起こして押し切った。体重188キロ、得意手に「突き・押し・右四つ・寄り」を持つ横綱が、自分の大きさと前進力を最も直接的に使った勝ち方だった。[2]

3–1大の里から見た安青錦との公式対戦成績
6回大の里の幕内優勝回数
22歳大関安青錦。幕内優勝はすでに3回

まず、「ライバル」と断定するにはまだ早い

大相撲では、一度の優勝決定戦級の取組があっただけで長期的なライバル関係が成立するわけではない。栃錦と初代若乃花、柏戸と大鵬、曙と貴乃花のように、後世まで語られる関係は、何年にもわたり番付上位で顔を合わせ、優勝や昇進の行方を互いに左右したことで形作られた。

大の里と安青錦の公式対戦は、2026年秋場所を終えた時点で4度。日本相撲協会の過去6場所対戦表示では、大の里の3勝1敗である。[3]

それでも「始まりかもしれない」と考える理由はある。大の里は26歳の横綱。安青錦は22歳の大関。どちらもすでに複数回優勝している。そして秋場所は、二人が千秋楽に同じ星で並び、直接対決で賜杯を争った。

ライバル関係は宣言して始まるものではない。同じ場所の終盤で、何度も相手の昇進や優勝を止めるようになったとき、後から名前が付く。

大の里、「最速横綱」のその後

大の里泰輝(おおのさと・だいき)は2000年6月7日生まれ、石川県津幡町出身。二所ノ関部屋所属。本名は中村泰輝。日本相撲協会の最新プロフィールでは190センチ、188キロ。2023年5月場所に幕下10枚目格付け出しで初土俵を踏み、2024年1月に新入幕、同年11月に大関、2025年7月場所から第75代横綱となった。[4]

横綱昇進は初土俵から所要13場所。年6場所制が定着した1958年以降に初土俵を踏んだ力士として史上最速だった。日本出身の新横綱としては師匠の稀勢の里以来8年ぶりだった。[5]

あまりに速い昇進は、「横綱になった後」の基準も高くした。昇進時点ですでに幕内優勝4回。ところが横綱として常に順調だったわけではない。協会の星取表には2026年3月場所で0勝4敗11休、5月場所は全休が記録されている。[6]

だからこそ秋場所の優勝は、単なる6個目の賜杯ではなかった。共同通信系の報道では、表彰式で大の里は涙を見せ、再び優勝できるのか考えた時期もあったと振り返った。6場所ぶりという時間には、横綱として初めて経験した不調と休場が挟まっている。[7]

安青錦は「次世代」ではなく、もう大関である

安青錦新大(あおにしき・あらた)は2004年3月23日生まれ。ウクライナ中部ヴィンニツャ出身、本名ヤブグシシン・ダニーロ。安治川部屋所属。協会プロフィールでは182センチ、142キロ、得意は右四つ・寄り。大の里より身長で8センチ、体重で46キロ小さい。[8]

初土俵は2023年9月。新十両が2024年11月、新入幕は2025年3月、新三役は同年9月。2025年11月場所で12勝3敗の初優勝を果たし、その場所後に新大関へ昇進した。日本相撲協会公式チャンネルは、初土俵から所要14場所での大関昇進を、付け出しを除き年6場所制以降の史上最速と説明している。[9]

その後も優勝を重ね、協会の最新プロフィールでは幕内優勝3回。2026年7月場所では関脇で12勝3敗の優勝を果たし、9月場所で大関へ復帰した。[8][10]

つまり安青錦を「将来有望な若手」とだけ呼ぶ段階はもう過ぎている。22歳で大関、幕内優勝3回。番付上も実績上も、大の里の優勝を直接止められる位置にいる。

戦禍を離れて日本へ

安青錦の経歴には相撲の競技史を越える背景がある。ウクライナで7歳から相撲を始め、2019年の世界ジュニア選手権で3位。ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに母国を離れ、ドイツを経て来日した。2022年春から関西大学相撲部で稽古し、同年12月に安治川部屋の研修生となり、2023年秋場所で初土俵を踏んだ。[11]

四股名の「安」と「錦」は師匠の元関脇・安美錦から、「青」はウクライナ国旗に由来すると紹介されている。[11]

この経歴は安青錦の人気や注目度を高める背景の一つだが、土俵上の評価とは分けて考える必要がある。彼が大関まで上がったのは、物語性ではなく勝ち星と優勝実績による。

46キロ差が生む、分かりやすい対照

大の里188キロ、安青錦142キロ。大の里は190センチ、安青錦182センチ。体格差だけでも対戦の構図は見えやすい。

大の里は強い立ち合いから前へ圧力をかけ、突き押しでも四つでも相手を後退させる。体格を生かした相撲は、相手が形を作る前に土俵を狭くする。

安青錦は右四つを得意とし、日本相撲協会の過去6場所集計では勝ち取組の40%前後が寄り切り。押し出し、寄り倒しのほか、肩透かし、内無双、下手捻り、上手投げなど決まり手が多彩だ。[12]

2026年7月場所では安青錦が大の里を上手出し投げで破っている。一方、大の里はそれ以前の対戦で押し出し、寄り切り、寄り倒しなど、自分の圧力を生かす形で勝ってきた。[3][10]

大の里が先に起こすか。安青錦が低く入り、まわしをつかんで横の動きを作れるか。二人の対戦は勝敗以前に、その入口が分かりやすい。

秋場所千秋楽は、その構図がそのまま出た

秋場所の最終日、大の里は安青錦に左前まわしを取らせなかった。相手の得意な四つ身を作らせず、両手の当たりから突っ張りへ移り、上体を起こして突き出した。[2]

これは相撲の基本でもある。相手の強い形にさせない。大の里の大きさが最も生きるのは、安青錦が低い姿勢で懐へ入る前だ。

一方で7月場所は逆だった。安青錦は上手出し投げで大の里を崩している。相手の正面圧力をまともに受け続けず、まわしと体さばきで方向を変える。4度しかない対戦の中でも、すでに二人の「勝ち方」がはっきり異なる。

「一人横綱」と若い大関

秋場所時点で大の里は一人横綱。横綱は番付から降格しない代わりに、常に優勝争いへ加わることを期待される地位だ。大関は負け越しが続けば陥落する。番付上の重みは同じではない。

しかし、長いライバル関係は必ずしも同時に横綱で始まる必要はない。柏戸と大鵬は昇進過程から競い、曙と貴乃花も一方が横綱、もう一方が昇進を目指す時期から対戦が時代の軸になった。

大の里と安青錦の場合、横綱と大関という現在の差がむしろ物語を作る。安青錦が次に求める最高位は横綱。大の里にとっては、その挑戦を直接止める相手になり得る。

横綱昇進には「二場所連続優勝またはそれに準ずる成績」

横綱審議委員会の内規では、横綱推薦の目安は大関で2場所連続優勝、またはそれに準ずる好成績とされる。大の里自身が2025年春・夏場所を連覇して横綱へ昇進した。[5]

安青錦が今後綱取りへ進めば、千秋楽で大の里と直接当たる一番が、単に賜杯だけでなく横綱昇進の可否に影響する可能性もある。

そうした局面が何度も生まれて初めて、「二人の時代」という言葉に実体が出てくる。

大相撲はライバルを必要としてきた

大相撲の歴史は、一人の圧倒的王者だけでなく、対抗者との組み合わせで記憶されることが多い。栃錦と若乃花の「栃若時代」、柏戸と大鵬の「柏鵬時代」、1990年代の曙と貴乃花。横綱一覧を見れば、それぞれが同じ時期に最高位へ在位し、複数回優勝したことが分かる。[13]

ただし、過去の名コンビを安易に重ねれば現在の二人を過大評価する。大の里と安青錦はまだ4戦しかしていない。曙と貴乃花のように何十回も本場所で顔を合わせた関係とは比較にならない。

現時点で言えるのは、長期的なライバル関係を成立させる条件――若さ、最高位近くの番付、優勝力、異なる相撲、直接対決での重要性――がそろい始めたということだ。

「ライバル」の扱い: 本稿は大の里―安青錦を歴史的ライバルと断定するものではない。公式対戦は2026年秋場所終了時点で4度、大の里の3勝1敗。今後、優勝・昇進を左右する直接対決が継続するかが重要になる。

大の里の復活が必要だった理由

ライバル関係には、両者が同時期に強いことが必要だ。安青錦が急速に昇進しても、大の里が休場を繰り返せば対戦は生まれない。

協会記録では、大の里は2026年3月場所を4日目までで休場し、5月場所は全休。その後を経て秋場所で12勝3敗の優勝を果たした。[6]

復活優勝によって、大の里は「過去の最速昇進者」ではなく、もう一度現在の優勝争いの中心へ戻った。同時に、安青錦との対戦にも継続性が生まれる。

安青錦の「再大関」も異例の速度

安青錦は2026年1月から大関となり、5月場所まで在位。その後関脇となったが、7月場所で12勝3敗の幕内優勝を果たし、9月場所で大関へ復帰した。協会の番付トピックスは、2場所ぶりの「再大関」と記録している。[14]

22歳で優勝3回という実績は、単なる瞬間的な好調では説明しにくい。初土俵から大関まで14場所という速度も含め、番付を駆け上がる勢い自体は大の里と共通する。

一方、大の里は学生相撲で実績を積み、幕下付け出しから入門した。安青錦は序ノ口から7勝0敗、序二段7勝0敗と番付を一段ずつ上がった。最上位への「速さ」は似ていても、その経路は違う。

次の対戦で何を見るべきか

第一は立ち合い。大の里が胸を起こして前へ出れば、安青錦は不利になる。安青錦が低く入って前まわしや右四つを作れれば、横方向の技が使える。

第二は優勝争いの文脈。序盤の一番と千秋楽の相星決戦では、同じ対戦でも意味が違う。二人が今後も13日目以降に優勝圏で当たり続けるかが、 rivalry の実体を決める。

第三は安青錦の横綱挑戦。22歳で大関へ戻り、すでに優勝3回。安定して二桁勝利を重ねれば、綱取りの議論は自然に出る。そのとき大の里との一番が直接の壁になる可能性がある。

まだ名前のない時代

「柏鵬」「栃若」のような言葉は、当事者が初めて土俵で向き合った日に生まれたわけではない。何年も争い、優勝回数を積み上げ、後になって時代の名前になった。

大の里と安青錦はいま、そのはるか手前にいる。

それでも2026年秋場所の千秋楽は、後から振り返ったときに転機と見なされる可能性を持つ。26歳の一人横綱が6場所ぶりに復活し、22歳の大関を直接倒して賜杯を取り戻した。安青錦は敗れても11勝4敗で、大関として優勝争いの中心に残った。

次の九州場所、その次の初場所。同じように終盤で名前が並び続ければ、問いは「ライバルになるか」から「どちらが時代を作るか」へ変わる。

主な出典

  1. 日本相撲協会「令和8年九月場所 優勝力士」
  2. 日本相撲協会 令和8年九月場所千秋楽 大の里―安青錦 取組解説
  3. 日本相撲協会「大の里―安青錦 対戦成績」
  4. 日本相撲協会「第75代横綱 大の里 泰輝」
  5. 日本相撲協会「第75代横綱 大の里 誕生」
  6. 日本相撲協会「大の里 泰輝 力士プロフィール・星取表」
  7. デイリースポーツ「大の里 涙の復活V」(2026年9月28日)
  8. 日本相撲協会「大関 安青錦 新大」
  9. 日本相撲協会「新大関 安青錦 誕生」
  10. 日本相撲協会「安青錦 新大 力士プロフィール・星取表」
  11. nippon.com「安青錦、戦禍のウクライナから来日し3年半で初賜杯」
  12. 日本相撲協会「安青錦 決まり手の傾向」
  13. 日本相撲協会「歴代横綱」
  14. 日本相撲協会「令和8年九月場所 番付トピックス」