10月20日安平町で収穫開始
2014年ごろ北海道で試験栽培開始
約7割甘草を含む漢方処方の割合
2030年事業目標の期限(達成実績ではない)
面積の注意:安平町の約6ヘクタールは社有地規模。今年の約7000平方メートルは収穫対象面積として報じられた数字。国産化率や2026年の乾燥根収量は確認できていない。

紙の会社が、土の下に見つけた次の仕事

北海道安平町の畑で10月20日、土に埋まった太い根を掘り起こす作業が始まった。収穫するのはジャガイモでもゴボウでもない。漢方薬の原料として知られる甘草(カンゾウ)だ。作物を育てているのは、製紙・包装事業で知られる王子ホールディングスのグループ会社、王子薬用植物研究所(北海道名寄市)。日本の近代製紙産業を築いてきた企業グループが、医薬品原料の国内生産に取り組んでいる。

甘草は根や地下茎が利用されるマメ科の多年草で、漢方処方の多くに配合される。日本国内で使う原料の大部分は長年、海外に頼ってきた。王子の挑戦を読み解く鍵は「珍しい新事業」という話題性ではない。植物を長く育て、収穫し、一定の品質で加工して届けるという仕事を、採算の合う産業にできるかどうかにある。

収穫の舞台は安平町――6ヘクタールと7000平方メートルの違い

苫小牧民報の10月22日付報道によると、安平町の社有地は約6ヘクタール。今年の収穫は20日に始まり、2023年に植えた甘草を専用機械で掘り取った。収穫物は江別市の分室に運んで乾燥させ、名寄市の施設で製品化するという。さらに名寄市内でも約10ヘクタールの畑で栽培を進めている。

一方、時事通信の11月の現地報道は「今年の収穫は約7000平方メートル分」と記した。6ヘクタールは安平町の社有地の規模、7000平方メートルは今回の収穫対象面積として報じられた数字であり、同じ面積を指すものではない。収量の正確な重量は公開された記事からは確定できない。製薬原料の国産化を論じるなら、土地の広さだけでなく、乾燥重量、成分規格、歩留まりと原価を見なければならない。

2014年の試験から2026年の収穫まで

王子グループは2014年ごろから北海道下川町で甘草の栽培を試みた。2017年には規模を広げた実証に進み、2021年に王子薬用植物研究所を設立した。甘草は植えてすぐに商品になる作物ではない。今回安平町で掘り起こした株も2023年に植えたものだ。栽培期間を短縮しながら、生薬として求められる品質を保てるかが課題となる。

時事通信の報道では、畑の石を取り除く農業機械に改良を加え、地下部を収穫する仕組みを工夫したという。肥料の配分、根を傷めずに掘り起こす方法、乾燥の管理。紙を大量につくる企業が、まったく同じ設備を使っているわけではない。生物資源を扱うための研究力や、工程を標準化する発想を、畑に持ち込んでいるのである。

甘草は何者か――甘い根と「生薬の王」

甘草は「甘い草」という名を持つ。薬用には主に根とストロンと呼ばれる地下茎を用い、代表的な成分としてグリチルリチン酸が知られている。王子が製品化しているのはウラルカンゾウを使った根の粉末、刻み原料、抽出液などだ。食品用の甘味素材やハーブティー向け製品もある。生薬の甘草と、飲食物に使う甘草由来素材は、用途も規格も一律ではない。

農研機構などが2021年に公表した栽培マニュアルでは、甘草は漢方薬の約7割に配合される重要な生薬として位置づけられている。この割合は配合される処方の比率であり、日本の医薬品原料の7割が甘草だという意味ではない。身近な名称とは裏腹に、種の選定、栽培環境、成分評価、乾燥加工を一体で考える必要のある専門作物だ。

漢方が日本に根づき、原料は海の向こうへ

漢方医学は古代中国から伝わった医学を起点として、日本で独自に発達してきた。江戸期には医師や本草学者が薬物を研究し、近代以降は生薬や漢方製剤の品質・製造管理が薬事制度の中で扱われてきた。今日の漢方製剤は、昔ながらの植物採取だけで成り立つものではなく、輸入、原料の検査、抽出、製剤化、流通といった産業の網の目に支えられている。

農林水産省の資料は、生薬輸入の約8割が中国産であると説明する。これは生薬輸入全体についての数字であり、2026年の甘草だけの供給割合を示すものではない。野生資源の減少や中国国内需要、輸出管理は調達のリスクとなってきた。同省資料に示された中国産甘草の平均輸入単価も、2015年の1キログラム当たり757円から2024年の1352円へ変動している。ただし国際価格と品質構成の違いを補正しないまま、値上がりの原因を一つに決めつけることはできない。

渋沢栄一の抄紙会社から、薬草を育てる企業へ

王子グループの起源は1873(明治6)年、渋沢栄一の提唱で設立された抄紙会社にさかのぼる。日本の近代化を支える紙の国産化を目指し、1875年には東京・王子に工場を建てた。1889年には木材パルプを使う工場を開き、1910年には北海道・苫小牧に大規模な製紙拠点を築いた。創業当初から現在まで、原材料を確保し、大量かつ安定して加工することが競争力の土台だった。

森林経営や植林、木材の利用で蓄積した知識を、薬用植物に転用する発想はここから理解できる。ただし木材パルプと甘草の生産は別の産業であり、薬用原料には成分規格や用途別の管理など固有の難しさがある。「紙の技術で薬がつくれる」と言い切るより、会社が長い時間をかけて獲得した育成と加工の技術を、新しい分野で試していると捉える方が正確だ。

化粧品から一般用漢方薬へ――広がる出口

2026年には事業の出口を示す動きが相次いだ。王子は、自社栽培の甘草に由来するフラボノイド原料が再春館製薬所の「ドモホルンリンクル」関連製品に採用されたと発表した。以前の野生甘草由来原料から切り替えることで、由来を追える国産原料を求めたという。化粧品向けの採用は、栽培した原料の使い道が研究段階を越えて具体化した一例である。

さらに9月10日、王子ホールディングスは子会社の王子ファーマが一般用医薬品のブランド「王子の漢方」を始め、自社の電子商取引サイトで販売すると発表した。研究所との連携が示されているが、個々の完成製剤に含まれる生薬がすべて自社栽培であると発表されたわけではない。原料事業と完成医薬品の事業を混同しないことが必要だ。

国産化の価値を決めるのは「収穫した」先

国内で育てれば、栽培履歴や加工工程を追いやすくなる可能性はある。野生資源への採取圧力を減らす取り組みにもなり得る。一方、国内生産には寒冷地の栽培管理、農地の確保、機械設備、人件費、乾燥・検査コストがかかる。現地で取材された王子薬用植物研究所の佐藤茂取締役も、輸入された野生品より価格が高いことを課題として挙げている。

王子の2024年末の投資家向け説明資料は、2030年に年間収穫量20トン、年間売上高5億円以上という目標を示した。これらは当時掲げた将来目標であり、2026年時点の達成実績ではない。目標を評価するには、乾燥した原料の製品歩留まり、医薬向け比率、収益性、長期取引契約などを継続して確かめる必要がある。

「自然だから安全」とは限らない

甘草をめぐる報道では、効用を語るだけでは不十分だ。グリチルリチン酸を含む医薬品の長期・大量使用などにより、偽アルドステロン症、低カリウム血症、血圧上昇、むくみなどが生じることがある。厚生省は1978年に取扱いと注意喚起に関する通知を出しており、日本内分泌学会も2026年の解説で、その仕組みと症状を説明している。

国産であることは原料の由来に関する情報であって、医学的な安全性や治療効果を保証するものではない。複数の漢方薬や医薬品を併用する場合も含め、使用上の注意や医師・薬剤師の助言が重要になる。この記事は栽培と産業の動向を扱うもので、甘草製品の服用を勧めるものではない。

北海道からどこまで供給を変えられるか

王子の試みは、製紙の衰退を埋めるためだけの話ではない。植物資源を扱う企業が、原料供給の不安定さという社会課題に別の形で向き合う動きとして読める。日本の医薬・化粧品・食品産業が使う素材の一部を、どこで、誰が、どのような基準でつくるのか。その選択肢を増やす点に意味がある。

ただし、北海道産甘草が国内需要の何%を代替できるかは、現時点の公表情報だけでは算出できない。採算、品質、収量、買い手との契約。ひとつずつ条件がそろって初めて、畑で掘り起こされた根は「国産化」という言葉を超え、安定した供給の仕組みになる。紙をつくってきた王子が次に育てようとしているのは、薬草だけではない。長い時間を必要とする、新しい産業の基盤なのである。

出典・調査方法

文書取材。王子ホールディングスと王子薬用植物研究所の公表資料、農林水産省、農研機構、日本内分泌学会、北海道の地域報道、時事通信の報道に基づく。現地取材、独自の関係者インタビュー、試料検査は行っていない。2026年の乾燥収穫量と医薬品向け供給比率は未確認。

  1. 苫小牧民報「安平町で甘草収穫、漢方薬原料で需要増」(2026年10月22日)
  2. 王子ホールディングス「王子甘草」製品情報
  3. 王子薬用植物研究所「製品について」
  4. 王子ホールディングス「王子ファーマ、新ブランド『王子の漢方』」(2026年9月10日)
  5. 王子ホールディングス「ドモホルンリンクルへの国産甘草採用」(2026年)
  6. 王子ホールディングス「沿革」
  7. 王子ホールディングス「2024年12月 IR説明資料」
  8. 農林水産省「薬用作物(生薬)をめぐる事情」
  9. 農研機構ほか「カンゾウ栽培マニュアル」(2021年)
  10. 日本内分泌学会「偽アルドステロン症」(2026年更新)
  11. 厚生省・厚生労働省「グリチルリチン酸等を含有する医薬品の取扱いについて」
  12. 時事通信「薬用植物『甘草』を国産化、北海道で大規模栽培」(2026年11月)