水素は、燃やす前からエネルギーを持っている。正確には、液化するために投入された膨大な仕事の一部が「冷たさ」という形で残っている。水素ガスを約マイナス253℃まで冷却すると液体になる。液化すれば大量に運び、貯めやすくなる。しかし、その液体を燃料電池や工場で使う時、普通は気化器で常温のガスへ戻す。その瞬間、極低温の冷熱は大気へ逃げていく。
これまで、それは仕方のない損失として扱われてきた。液化水素は「水素を運ぶ器」であり、冷たさは副作用。しかし大林組と岩谷産業は、その前提を逆さにした。どうせ常温へ戻すなら、その途中で建物を冷やせないか。冷凍庫を動かせないか。実験機器の冷却水をつくれないか。つまり、一度エネルギーを使ってマイナス253℃まで冷やした水素から、最後にもう一度価値を取り出そうとしている。
2026年6月18日、両社は液化水素の冷熱を安定的に回収する新しい熱交換技術を開発し、岩谷産業の研究拠点で建物空調と冷凍設備への実証を始めたと発表した。最大の成果は、単に「冷たさを使えた」ことではない。これまで冷熱利用を難しくしてきた、熱交換器の中で冷媒そのものが凍る問題に対して、複雑な機械を増やすのではなく、二重管という比較的シンプルな構造で安定した熱回収を可能にしたことにある。
水素の「冷たさ」は、どこへ消えていたのか
液化水素は、常温の水素ガスとは別物と言っていいほど扱いが違う。極低温にすることで密度を高め、大量輸送・大量貯蔵に向く。岩谷産業は、産業用途や水素ステーションへ液化水素を供給してきた。
ところが需要家が必要とするのは、必ずしも液体ではない。燃料電池へ入れる時も、多くの産業用途で使う時も、水素は気体として供給される。液化水素タンクから取り出し、気化器で周囲の空気などから熱をもらい、ガスへ戻す。
ここでエネルギーの向きを考えると、不思議なことが起きている。水素を液化する工場では、大量の電力を使って熱を取り除いた。ところが利用地では、その苦労して取り除いた熱を、今度は大気から戻し入れている。冷たさそのものを利用しなければ、液化工程でつくった極低温という状態価値の一部を捨てることになる。
液化水素が小規模な特殊燃料なら、その損失は大きな問題にならなかったかもしれない。だが、日本が40,000m³級運搬船、50,000m³級ターミナル、大規模な水素利用拠点を構想する時代になれば、冷熱も無視できない資源になる。
なぜ冷熱利用は、こんなに簡単そうで難しかったのか
理屈だけなら、液化水素の横に水を流せば冷水ができそうに見える。現実には、マイナス253℃はあまりに冷たすぎる。
建物空調で使う冷水やブラインのような二次冷媒を熱交換器へ流し、反対側へ液化水素を流す。熱は二次冷媒から水素へ移り、水素は沸騰して気体になる。ところが、水素側の壁面が極低温なので、二次冷媒側の一部はその壁に接した瞬間に凝固する。
この凍結層が厚くなれば、熱の伝わり方が変わる。最悪の場合は流路が狭くなり、閉塞する。熱交換器にとって「熱を運ぶはずの液体が、自分自身で配管を塞ぐ」という厄介な現象だ。
だから従来の冷熱利用では、凍らない冷媒を選ぶ、複雑な制御で凍結を避ける、複数段階の熱交換を入れるなどの工夫が必要になる。設備が複雑になれば、建物空調の省エネで得る利益を、機器コストや保守費が食べてしまう可能性もある。
「凍らせない」のではなく、「凍っても熱を取り出す」
両社の研究が面白いのは、凝固を完全に排除しようとしなかった点にある。2022年10月から関西大学の研究協力を得て、「水素の沸騰」と「二次冷媒の凝固」が同じ伝熱面で同時に起きる現象を調べた。
液化水素側では、壁から熱を受け取って沸騰する。二次冷媒側では、壁へ熱を奪われて凍る。この二つの相変化が向かい合う。普通の熱交換器教科書では扱いにくい、極端な境界条件である。
両社は関西大学との研究で伝熱特性を明らかにし、その後、岩谷産業の研究所内で実際の液化水素を使って熱交換特性を実験した。その知見から、二次冷媒の凝固が起きても冷熱を安定回収できる熱交換技術を開発した。
特徴は二重管というシンプルな構造だ。複雑な可動部や大規模な新冷凍機を増やすのではなく、熱交換そのものを安定させる。技術が「地味」に見えるのは、このためである。
しかし建築設備では、その地味さが重要だ。空調や冷凍は何千時間も動く。特殊なオペレーターが付ききりにならず、故障点が少なく、保守しやすくなければ普及しない。研究室で高い回収率を出すことと、建物の機械室で毎夏動き続けることは別の技術課題である。
約90%――「冷たい水素」を建物の冷房へ戻す
2026年の実証では、岩谷産業の研究所で燃料電池へ供給している液化水素を冷熱源として使う。水素はもともと研究所で使われる予定の燃料であり、その利用経路へ熱交換システムを追加して、気化の途中から冷熱を取り出す。
両社は、気化過程で得られる冷熱量の約90%を回収し、建物空調などへ利用することで、空調用電力の削減に寄与することを確認したと発表した。
ここで「90%」を誤解してはいけない。これは、水素を液化する時に投入した電力の90%が戻ってくる、という意味ではない。液化工程全体のエネルギー回収率でもない。発表が示しているのは、利用地点で水素を気化する際に得られる冷熱量のうち、およそ90%を回収できたという意味である。
また、空調設備全体の電力が90%減るという意味でもない。建物の冷房負荷の大きさ、水素使用量、熱交換温度、ポンプ動力、既存冷凍機との運転分担によって削減量は変わる。今後の実証は、その現実的な設計・運用条件を探るためにある。
| 「90%」が意味するもの | 意味しないもの |
|---|---|
| 液化水素の気化時に得られる冷熱の約90%を回収 | 液化に使った電力の90%を回収することではない |
| 回収冷熱を建物空調等に利用できることを確認 | 建物の空調電力が必ず90%削減されることではない |
| 実証システムでの技術成果 | すべての水素基地で同じ性能が保証された商用品ではない |
冷房の後に冷凍――温度を「使い切る」カスケード
両社はさらに、冷熱を一つの用途で終わらせない「カスケード方式」を検証している。建物空調と冷凍設備では、必要な温度帯が違う。極低温の価値を、温度レベルに応じて段階的に使う。
熱エネルギーは、温度差が大きいほど仕事をする潜在力が高い。非常に低い温度を、いきなり比較的ぬるい空調用途だけで使えば、冷たさの「質」の一部を使い切れない。そこで、より低温が必要な冷凍用途へまず使い、温度が上がった後の冷熱を空調へ回すなど、需要を温度順に並べる考え方が出てくる。
2022年に両社が最初の実証構想を公表した時には、液化水素の冷熱で空調用冷水や実験機器用冷却水をつくり、氷蓄熱へ利用する案も示していた。氷をつくっておけば、水素の使用時間と建物の冷房需要の時間が一致しなくても、冷熱を時間的にずらして使える。
2026年の新しい熱交換技術は、この構想を「冷熱が欲しい時に安定して取り出せる」側から支える。冷凍、氷蓄熱、冷房を組み合わせれば、一つの液化水素流量から複数の冷熱サービスを取り出せる可能性がある。
岩谷産業にとって、液化水素は1978年からの事業だった
この実証に岩谷産業がいるのは偶然ではない。同社は1941年から水素を扱い、1978年には日本初の本格的な商用液化水素製造プラントで水素事業を開始した。1980年代以降はロケット用を含む液化水素供給にも関わり、2006年には堺市のハイドロエッジで大規模液化水素生産を開始した。
つまり、岩谷産業にとって液化水素の「冷たさ」は最近発見されたものではない。何十年も毎日扱ってきた物理的特性だった。重要なのは、その特性を商品価値として数え始めたことである。
従来の液化水素ビジネスでは、価値の中心は水素分子にあった。工場へ運ぶ。ロケットへ供給する。水素ステーションへ届ける。利用時に発生する冷熱は、供給を成立させる過程で処理すべきものだった。
水素需要が大きくなると、その考え方が変わる。一日に使う液化水素が増えれば、同時に気化する冷熱量も増える。基地の隣に冷蔵倉庫、食品工場、データセンター、オフィス、研究施設があれば、冷熱を使わないこと自体が機会損失になる。
研究所そのものが、実験装置になった
実証場所の選び方も興味深い。岩谷産業 中央研究所・岩谷水素技術研究所は2013年4月に竣工し、大林組が設計・施工を担った。併設する水素ステーションがあり、液化水素を日常的に扱う。
2022年の計画発表時、大林組はこの拠点を、カーボンニュートラル社会へ向けた「見せる研究開発拠点」と位置付け、液化水素の冷熱を空調用冷水、実験機器用冷却水、氷蓄熱などへ使うシステムを岩谷産業と共同開発するとした。
建物を建てた会社が、13年後にはその建物のエネルギーシステムそのものを研究対象にしている。これは建設会社の役割が「箱を建てる」だけではなくなっていることを示す。
将来、水素を大量に使う工場や物流施設、データセンターを設計する時、建築家・設備技術者が「水素設備は敷地の端に置く別物」と考えるのか、それとも冷熱、排熱、電力、空調を最初から一つのエネルギーシステムとして設計するのかで、施設全体の効率は変わる。
建設会社が水素の熱交換器を研究する理由
大林組という名前を見ると、ゼネコンがなぜ液化水素の熱交換器を開発するのかという疑問が生まれる。しかし建物の運用エネルギーで大きな割合を占めるのは、空調、給湯、照明、動力である。大型施設では冷凍・冷蔵も大きい。
建物へ水素が入るなら、燃料として使うだけではなく、その状態変化も建築設備へ統合できる。燃料電池から出る排熱を給湯へ使う。液化水素の冷熱を空調へ使う。発電、熱、冷熱を一つのエネルギーマネジメントで制御する。
大林組はこれまでも神戸ポートアイランドの水素発電地域実装、トヨタ本社工場の水素発電パーク、浪江町の水素供給ネットワーク最適化などへ関わってきた。2026年には岩谷産業、コマツと、水素燃料電池油圧ショベルを実際の建設現場で試験している。
この会社にとって水素は、発電所の話だけではない。建設機械、建物、地域エネルギー、物流を横断する「建設後のエネルギー」のテーマになっている。
冷熱は電気と違って、遠くへ運びにくい
液化水素冷熱の利用には、明確な制約もある。電気なら送電線で何十キロも運べる。水素ガスも配管やトレーラーで運べる。しかし「冷たさ」は遠くへ運ぶほど失われる。
冷水やブラインを長い配管で送れば、周囲から熱が入り、ポンプ動力も必要になる。冷熱利用は基本的に、液化水素を気化する場所と冷却需要が近いほど有利だ。
この地理的制約は、逆に街づくりのヒントになる。水素ステーションの隣に冷蔵物流施設を置く。大型液化水素基地の近くにデータセンターを置く。食品加工工場、冷凍倉庫、研究施設、地域冷房を同じエネルギークラスターへ入れる。
水素基地の立地を「船が着ける場所」「土地がある場所」だけで決めず、「冷熱を買う人がいる場所」という条件まで加える。すると、冷熱回収技術は熱交換器の話から都市計画の話へ広がる。
- 建物空調:オフィス、研究所、商業施設などの冷水供給。
- 冷凍・冷蔵:物流倉庫、食品加工、低温保管。
- データセンター:年間を通じて比較的安定した冷却需要。
- 実験設備:研究機器やプロセス用冷却水。
- 氷蓄熱:水素使用時間と冷房需要時間を切り離す。
- 段階利用:低温用途から高温用途へ順番に冷熱を使うカスケード。
LNGが先に教えた「燃料には温度の価値もある」
液化燃料の冷熱を使う発想自体は、水素が初めてではない。日本は長年、マイナス162℃前後のLNGを大量輸入してきた。受入基地ではLNGを気化して都市ガスや発電燃料へ送るため、冷熱利用という考え方は以前から存在する。
LNGでは冷熱を空気分離、冷凍、発電などへ使う取り組みが行われてきた。液化水素はそれよりさらに約90℃低い。温度差が大きい分、利用可能な冷熱の「質」は高いが、凍結、材料、断熱、安全の難易度も上がる。
水素社会は、LNG社会をそのままコピーできない。しかし、輸入・貯蔵・気化の際に燃料の温度エネルギーまで使うという考え方は、半世紀のLNGインフラが与えた重要な先例である。
日本のエネルギー史では、資源を海外から輸入するたびに「一単位をどこまで使い切るか」が競争力になってきた。石油精製では副産物を化学原料へ回し、製鉄所では排熱や副生ガスを発電へ使う。液化水素でも、冷熱を捨てないことが同じ産業思想へつながる。
液化水素を冷やす電力は戻らない――それでも回収する意味はある
冷熱利用を過大評価しないことも重要だ。液化水素は、ガスからマイナス253℃まで冷却するために大きなエネルギーを使う。気化時に冷熱を回収しても、液化に投入したエネルギーすべてを取り戻すことはできない。
熱力学的には、液化工程には圧縮、冷却、膨張、機器損失があり、現実の装置は不可逆である。冷熱回収は「液化の損失を帳消しにする魔法」ではない。
それでも、すでに液化水素を使うと決めたサプライチェーンでは話が違う。液体は大量輸送や大量貯蔵のために必要とされ、需要地では必ず気化する。ならば、その気化工程で回収できる冷熱を使わない理由は少ない。
これは、車の回生ブレーキに似ている。回生ブレーキを付けても、加速に使った電気を100%戻せるわけではない。それでも、減速時に熱として捨てるより電池へ戻したほうがよい。液化水素冷熱も、同じ「すでに発生するエネルギー流を回収する」思想で考えるべきだ。
「水素は高い」なら、分子以外も売る
水素社会の最大の障害はコストである。製造、液化、輸送、貯蔵、気化、配送、設備投資を積み上げると、既存燃料より高くなる場合が多い。
その価格差を縮める方法は、電解装置や液化機を安くするだけではない。一つの水素サプライチェーンから複数の価値を売ることでもある。
液化水素を燃料として売る。気化時の冷熱を冷房として売る。燃料電池なら排熱を温水として使う。酸素が発生する水電解と組み合わせれば、酸素にも利用先をつくる。設備の中を流れるエネルギーを一回で捨てず、複数の商品へ変える。
米原で検討されている地域水素モデルが、水素をCNT製造で使った後に再利用し、電解の酸素や排熱にも顧客を探しているのと同じ発想である。水素を安くするために、水素以外の価値を数える。
最大の課題は「水素を使う時間」と「冷房したい時間」が合うか
建物冷房は、夏の昼間に需要が大きい。冷凍倉庫は比較的連続している。水素ステーションの需要は車両の来店時間に左右される。燃料電池研究設備は実験スケジュールで動く。
つまり、液化水素が気化する瞬間と、冷熱需要が発生する瞬間が一致するとは限らない。冷熱回収率が高くても、使い手がいない時間に冷たさが出れば経済価値は低い。
そこで2022年から検討されてきた氷蓄熱が意味を持つ。液化水素が使われる時に氷をつくり、数時間後の空調ピークで溶かして冷房する。時間のずれを「冷たい電池」のように吸収する。
冷凍設備とのカスケードも同様だ。温度帯と時間帯の異なる複数需要を組み合わせれば、冷熱の利用率を高められる。技術の最終的な経済性は、熱交換器の性能より、需要家の組み合わせで決まる可能性がある。
冷熱の値段はいくらなのか
2026年の発表は、冷熱回収の技術性能と空調用電力削減への寄与を示したが、冷熱1kWh相当のコスト、設備投資回収年数、商用システム価格は公表していない。
これは重要な未解決点である。既存の高効率チラーは成熟した製品であり、空調用電力はただ高いわけではない。液化水素冷熱設備には熱交換器、ポンプ、配管、制御、保安、蓄熱設備、施工費がかかる。
経済性が高くなりやすいのは、水素流量が大きく、年間を通じて安定し、冷熱需要がすぐ近くにあり、既存の冷凍機運転を実際に減らせる場所だろう。逆に、小さな水素ステーションから遠くのオフィスへ長い冷水配管を引けば、投資回収は難しくなる可能性がある。
両社が今後「設計・運用手法」を蓄積するとしているのは、こうした最適条件を探す意味でもある。
安全設計――冷たさを回収しても、水素であることは変わらない
液化水素は極低温であり、同時に可燃性の燃料である。建物空調へ冷熱を使うからといって、水素配管をオフィスの空調機へ直接延ばすわけではない。二次冷媒を介する間接熱交換だからこそ、水素系と建物冷水系を分離できる。
この分離は、システムの安全思想として重要だ。水素は専用設備内で気化し、建物側へは冷水やブラインなどの二次冷媒で「冷たさだけ」を運ぶ。水素そのものを建物各階へ配る必要がない。
一方、熱交換器側では極低温材料、熱収縮、漏えい検知、換気、緊急遮断など、水素設備としての安全設計が必要になる。二次冷媒が凝固する現象も、単なる性能低下ではなく、圧力上昇や流量異常を避ける運用設計と結びつく。
日本の大型水素基地が増えれば、この小さな熱交換器の価値も増える
2026年の日本では、液化水素のスケールそのものが変わろうとしている。川崎では日本水素エネルギーが5万m³級液化水素ターミナルを建設し、川崎重工は4万m³級運搬船を建造する。2030年代の国際サプライチェーンを見据えた設備だ。
その世界では、一日に気化する液化水素量も現在の水素ステーションとは桁が変わる。発電所、製鉄所、化学工場へ大量の水素を送るため、基地で連続的に気化する。その時、冷熱回収は「小さな研究所の省エネ」ではなく、港湾工業地帯全体のエネルギー設計になる可能性がある。
冷凍倉庫やデータセンターは、港湾・物流地域と相性がよい。食品物流も冷却需要を持つ。もし水素基地、冷蔵物流、データセンター、地域冷房を隣接させれば、液化水素の受入基地が「燃料基地」と「冷熱供給基地」を兼ねることができる。
大規模化すると、90%という回収率以上に重要になる数字がある。年間で何時間その冷熱を売れるか、である。
2050年の水素都市は、青い炎ではなく配管で評価される
水素社会のイメージには、燃料電池車、水素航空機、大型船、ガスタービンが登場する。しかしエネルギー革命を本当に支えるのは、熱交換器、ポンプ、バルブ、断熱材、冷水配管、制御ソフトのような設備である。
2026年の大林組と岩谷産業の成果は、その典型だ。二重管の熱交換部。凍る二次冷媒。沸騰する水素。回収した冷熱。建物の空調機。どれも未来都市の広告には描かれにくい。
だが、水素の価格が高いほど、一度投入したエネルギーを何回使えるかが重要になる。水素分子は燃料として使い、冷熱は冷房へ使い、燃料電池の排熱は暖房や給湯へ使う。サプライチェーンの端から端まで、捨てるエネルギーを減らす。
液化水素が本当に日本の大規模エネルギー媒体になるなら、未来の最良の水素基地は、単に「たくさん貯められる基地」ではないかもしれない。
水素を受け取り、その圧力を使い、その冷たさを使い、その熱を使い、最後に分子まで使い切る基地である。
マイナス253℃は、温度ではない。そこまで冷やすために誰かがすでに払ったエネルギーの痕跡だ。大林組と岩谷産業が取り戻そうとしているのは、その痕跡の価値である。
1941年 岩谷産業が水素の取り扱いを開始。
1978年 岩谷産業が日本初の本格的な商用液化水素製造プラントで水素事業を開始。
1980年代 日本でロケット用液化水素利用が拡大し、岩谷産業も供給技術を蓄積。
2006年 堺市のハイドロエッジで大規模液化水素生産を開始。
2013年4月 岩谷産業 中央研究所・岩谷水素技術研究所が竣工。大林組が設計・施工。
2022年8月31日 大林組と岩谷産業が、液化水素冷熱を建物空調などへ使う国内初の実証に着手すると発表。
2022年10月 関西大学の研究協力を得て、水素の沸騰と二次冷媒の凝固が同時に起きる伝熱過程を研究開始。
2022~2025年 岩谷産業研究所で実液化水素を用いた熱交換特性を検証。
2026年6月18日 凝固が生じても安定回収できる二重管熱交換技術を発表。約90%の冷熱回収を確認し、空調・冷凍設備への実証を開始。
今後 冷凍から空調へ温度帯を段階利用するカスケード方式、設計・運用条件、商用適用性を検証。
2030年代 大規模液化水素サプライチェーンが実現すれば、冷熱回収を水素基地・物流・データセンター・建物エネルギーへ統合する可能性が広がる。
取材注記・主な資料
2026年8月9日午前0時50分(日本時間)までに確認できた公開情報を使用しました。「約90%」は大林組・岩谷産業が実証で確認した液化水素の気化時に得られる冷熱量の回収率であり、液化に投入した電力の回収率、建物空調電力の削減率、サプライチェーン全体の効率ではありません。商用設備価格、投資回収年数、熱交換器能力、水素流量、冷熱単価は公表されていないため推測していません。
- 大林組・岩谷産業:液化水素冷熱の安定回収を可能とするシンプルな熱交換技術を開発(2026年6月18日)
- 岩谷産業:国内初、液化水素冷熱の建物空調・冷凍設備への実用に向けた実証開始(2026年6月18日)
- 大林組:日本初、液化水素の冷熱を建物に利用する実証に着手(2022年8月31日)
- 岩谷産業:Our History — 1941年の水素取扱開始、1978年の商用液化水素プラント
- 岩谷産業:Financial Information 2024 — 国内液化水素事業・市場情報
- 大林組・岩谷産業・コマツ:水素FC油圧ショベル建設現場PoC(2026年)
- 大林組:日本ニュージーランド水素コリドー設立(2026年)
