赤と青は単なる舞台の色ではない。大陸からの交流、寺社の儀礼、戦乱と再興の記憶をまとう。
一枚の舞楽装束が語る千年
舞台で人が動けば、衣の赤や青も、金糸の模様も動く。東京・南青山の根津美術館で10月24日に始まった特別展「舞楽装束 受け継がれる染織の美」は、その動きを支えてきた衣装に光を当てる。11月23日まで展示室1・2で開催。主催者は国宝・重要文化財を多数含む資料約50件を出品すると説明する。目を引くのは豪華さだけではない。誰が奉納し、どの儀礼で舞い、破損や戦乱を経て誰が残したのか。衣の来歴をたどることは、日本の文化が大陸との交流を通じて形づくられ、繰り返し作り直されてきた歴史を読むことでもある。
雅楽と舞楽――似ていて違う言葉
「雅楽」は外来の楽舞を取り込みながら日本で形成された宮廷音楽・芸能の体系で、「舞楽」はそのうち舞を伴う演目を指す。今回の中心は音楽そのものではなく、舞を身体にまとわせる装束である。楽器や舞台から切り離した衣服の展示には限界もあるが、間近に見ることで絹の織り、刺繡、重なり、染めや補修の痕跡が見えてくる。展覧会を舞台公演の案内と取り違えず、染織資料から演技の歴史を読み解く機会と考えたい。
左方の赤、右方の青が示すもの
根津美術館の説明では、中国系の「左方」は赤を、朝鮮半島系の「右方」は青を装束の基調色とする。これは楽舞の由来と演出にかかわる長い歴史を持つ分類であり、今日の民族文化を単純に二色へ割り振る説明ではない。しかも現存品には例外や変化がある。徳川家光の時代に調進された輪王寺の「迦陵頻」装束には、左方の舞でありながら赤と青の袍が伝わる。基本を知った後で例外を見ると、伝統が固定された記号ではなく、実際に使い継がれたものだと分かる。
5世紀以来の交流と日本での変化
美術館は、5世紀頃から伝わり始めた外来の楽舞を取り込み、日本で雅楽が独自に展開したと説明している。ただし現在の舞楽の個々の演目を5世紀に直接さかのぼらせることはできない。渡来・受容・編成・儀礼化という長い過程を見なければならない。宮廷で用いられた装束の形には、武官の制服が華麗な舞台衣装へ変化したという説明がある。舞楽は宮中だけでなく有力な寺社でも演じられ、地域ごとの継承が衣の歴史に重なった。
1378年の墨書が残す確かな日付
重要文化財「裲襠 紺地二重蔓牡丹唐草模様金襴」は、南北朝時代、永和4年(1378)の銘が残る。金襴を用いた裲襠(りょうとう)という上衣の一種で、現在の所蔵は東京国立博物館。裏地の墨書から高野山の丹生社(天野社)へ奉納されたことが分かり、ほぼ完全な形を保つ重要な比較基準となる。古い布の年代を単に意匠から推測するのではなく、残された文字と材質が互いに歴史を裏づける。展示で金色の美しさを見た後、その裏側にある文字にも思いを向けたい。
1454年の水干に縫い込まれた橋と薔薇
金剛峯寺に伝わる重要文化財「水干 薄紅地薔薇反橋模様」は、淡い紅色の地に薔薇と反橋の図様を刺繡したものだ。同じ一具の括袴にある墨書から、享徳3年(1454)の一切経会で試楽のために調進されたと分かる。動きを前提にした大きな模様は、畳まれた布片として見る時とは違う意味を持つ。儀式の予行練習に使われたという記録も、衣が保存だけを目的に作られた美術品ではなかったことを示している。
戦乱で途切れ、再興された舞の現場
応仁の乱(1467~77)に始まる戦乱は京都の雅楽・舞楽の担い手と制度に打撃を与えた。美術館はその後、朝廷や権力者による復興と統制の過程で、宮廷および主要寺社の装束意匠が共通性を高めたと説明する。だが「古い姿がそのまま保存された」と書くべきではない。伝統は変化しながら再編された。装束の素材や形の差は、時代ごとにどのような支援者が舞楽を支えたかを考える手掛かりになる。
四天王寺の太平楽――失われたものの再生
大阪・四天王寺では、天王寺楽所の楽人が舞楽を伝えてきた。1576年の兵火で寺と舞楽用具が失われ、豊臣家の寄進によって再興されたという。今回の重要文化財「太平楽 装束一式のうち袍」は、その継承を物語る。太平楽は、聖徳太子の御霊を慰める聖霊会の法要で重要な演目として位置づけられ、甲冑や武具を含む多数の装具が用いられる。衣だけでなく舞の機能や宗教儀礼との結びつきまで見れば、豪華な衣装展の印象が変わる。
輪王寺――家光の時代からの衣が約40年ぶりに
栃木・輪王寺伝来の装束は、徳川家光が寛永13年(1636)、徳川家康の21回忌に合わせて調進させたとされる。美術館によると優品の公開は約40年ぶり。「迦陵頻」の袍には小鳥と花の模様が刺繡され、子どもが舞う演目に合わせた意匠が見られる。輪王寺には赤と青の袍が残り、左方=赤という一般的な理解に奥行きを与える。公開間隔の長さは貴重だが、保存状態や今後の公開頻度は現地に確認しなければ断定できない。
絵巻に見る、衣が身体に戻る瞬間
展示には15世紀の「羅陵王図」(伝・土佐行秀筆)や、1408年の年紀を持つ安倍季英筆「舞楽図巻」(サンフランシスコ・アジア美術館所蔵)も含まれる。衣服の実物だけでは分かりにくい重ね方、袴の形、身体の姿勢を考える手掛かりになる。絵画は演目の再現映像ではないが、装束の着用例を比較する歴史資料となる。とりわけ制作年代の分かる図巻は、残存する染織品と図像を照らし合わせるうえで重要だ。
保存と復元の間にある仕事
何百年も前の舞楽装束は、舞の道具であると同時に傷みやすい絹の文化財でもある。織物を長く残すには光、温湿度、虫害、取り扱いへの配慮が必要だが、今回の個々の展示品がどのような保存処置を受けたかは公表資料だけでは分からない。使用されてきた衣を展示室で静止させることには、保存と実演の両面から課題がある。文化の継承を、途切れない「同じ形」の保存と決めつけないことが大切だ。
南青山で見るために
根津美術館(東京都港区南青山)の特別展は10月24日から11月23日まで、展示室1・2で開催。通常は午前10時~午後5時、入館は午後4時30分まで。月曜休館だが最終日の11月23日(月・祝)は開館する。日時指定のオンライン券は一般1600円、大学生以上の学生700円。高校生以下は条件付きで無料。当日券は各料金に200円が加算される。実物の繊維の色や細部を確認したい人は、美術館の公式案内で最新の入場条件を確かめたい。
衣の美しさから始まる歴史の読み直し
赤と青の舞、14世紀の墨書、戦国期の断絶、豊臣家の再興、徳川家光の寄進。これらはばらばらの逸話ではない。衣服を中心に据えると、雅楽・舞楽が「昔からある日本文化」という一言には収まらないことが見えてくる。大陸との交流、儀礼の権威、寺社の人々の技術、作り直して守った人々の選択が織り込まれている。美術館は舞をその場で再演するわけではない。それでも一枚の衣が、いまは見えない舞台の時間を立ち上げる。
出典・確認資料
根津美術館の主催者資料および展覧会関連報道に基づく紹介。展示を実見した批評ではなく、展示品の所蔵や年紀は館の記載に従う。
