電池の中をリチウムイオンが滑らかに移動できれば、充放電を妨げる抵抗を減らせる。だが、電解質を安全性の面で期待される固体に置き換えるとき、その通り道をどう確保するかが難しい。名古屋大学が8月25日に発表した研究は、結晶内部のわずかな構造の変化から、この問題に迫った。

同大大学院工学研究科の矢島健准教授、髙澤千佳さん、佐藤大介さん、入山恭寿教授らは、酸フッ化物の単結晶で、25℃におけるバルクリチウムイオン伝導率が最大16.3 mS/cmに達したと報告した。大学によると、酸化物・酸フッ化物固体電解質で報告された最高値という。髙澤さんは博士前期課程、佐藤さんも研究当時、同課程に在籍していた。成果は8月21日、米国化学会誌にオンライン掲載された。[1]

ここで測ったのは、結晶内部でのイオンの動きやすさである。電池が蓄えられる電力量でも、完成した電池の充電時間でもない。その違いを押さえると、記録の先にある研究の意味が見えてくる。

電池を変えてきた材料の選択

電池では、外部回路を電子が流れるのに対応して、内部の電解質をイオンが移動する。充放電を繰り返す間に材料の化学状態や構造が変わり、性能や安全性が損なわれることもある。電極と電解質を一つの仕組みとして考える必要があるのは、そのためだ。[8]

日本のリチウムイオン電池開発も、材料の選び直しを重ねてきた。旭化成の記録によると、吉野彰氏は1981年に導電性高分子の研究を始め、1985年、コバルト酸リチウムの正極と炭素材料の負極を組み合わせて基本構造を完成させた。1991年にはソニーによる商業化が進んだ。金属リチウムを負極に使う際の難しさを、別の材料の組み合わせで乗り越えようとした歴史である。[5]

今回の研究が扱うのは電極ではなく、イオンの移動を担う電解質だ。液体電解質に使われる可燃性の有機溶媒を固体材料に置き換えることは、安全性を高めるための一つの方向になる。ただし、その材料を組み込んだ電池全体の安全性まで、同時に証明されるわけではない。名大の英語発表も、今回の物質を、より安全な電池に向けた候補材料として位置づけている。[3]

2024年の発見から、単結晶へ

材料の略称はLLNOF。化学式はLi2−xLa(1+x)/3Nb2O6Fで、酸素とフッ素を含むパイロクロア型の酸フッ化物である。東京理科大学とデンソーの研究者らによる2024年の研究が、この系の高いイオン伝導性を報告していた。新しい成果は、その先行研究を足場としている。[4][9]

名大はミリメートルサイズの単結晶を育て、組成との関係を調べた。詳細発表によると、従来の多結晶試料では粒界や密度の影響に加え、原料のフッ化リチウムが合成中に揮発しやすく、組成を正確に制御しにくい問題があった。今回、式中のxが小さくなるにつれ伝導率が上がり、x=0.61で最大値を得たという。[2]

「単結晶」という試料の選択は、製品の形を先取りしたものと考えるより、材料そのものの働きを見極めるための実験上の選択と読むべきだ。結晶粒同士の境目を含む試料と、その境目を持たない試料では、測定値の意味が違ってくる。

伝導率の数字は、測定対象と合わせて読む
報告・測定対象読み方
2024年・多結晶のバルク7.0 mS/cm結晶内部の伝導率
2024年・多結晶の全体3.9 mS/cm粒界の影響も含む伝導率
2026年・単結晶のバルク最大16.3 mS/cm組成を変えて得た最大値

2024年の値は室温(約298 K)、2026年の値は25℃。mS/cmはミリジーメンス毎センチメートルで、伝導率の単位だ。試料の組成や評価対象が異なるため、この表から電池性能の向上率を計算することはできない。[2][4]

イオンが動くと、周囲も位置を変える

大学の説明では、リチウムイオンが結晶内の空いた位置へ移るのに伴い、近くのフッ化物イオンも安定する位置を変える。この「局所緩和」が、高い伝導性を支えるという。[3]

空孔とは、原子が入りうる位置が占有されていない状態を指す。試料に大きな穴が開いているという意味ではない。研究チームは単結晶X線回折と、電子密度を調べる最大エントロピー法(MEM)を用いて、こうした局所的な変位を解析した。発表された機構は結晶構造解析に基づく説明であり、個々のイオンが移動する瞬間を動画として撮影したものではない。[1]

この成果から得られる材料探索の視点は、結晶を固定された通路の集まりとしてだけ捉えないことだ。イオンが一つ移動した際に、その周囲がどう応じるか。その小さな変化まで設計の対象にできれば、候補物質を評価する問いも変わる。記録の更新とともに、その理由を説明しようとした点に研究の価値がある。

結晶の外側に残る課題

実際の電池では、イオンは結晶内部だけを通るわけではない。電極と電解質の接点を越える必要がある。入山教授も参加した別の共同研究について、名大は2024年7月、充放電時に界面で起こる固体電解質の分解を抑える保護層の設計指針を発表している。保護層の電子伝導率や厚み、電極電位などを合わせて考える必要があるという内容だった。[6]

同研究の論文は、固体同士の十分な接触を確保する難しさや、界面での反応がイオンの移動を妨げる問題も説明している。これはLLNOF用の保護層が完成したという話ではない。固体電解質を使う電池には、結晶の内部とは別に解くべき問題があることを示す研究だ。[7]

次に実用性を判断する際は、どの電極と組み合わせ、どれだけ薄い電解質層で、何回の充放電に耐えたかを確かめたい。製造時の再現性や費用、異常な条件での安全性も、それぞれ独立した評価項目になる。いずれも、今回の伝導率の数字だけから答えを出すことはできない。

愛知から発信された今回の成果は、そうした開発の出発点を一つ確かにするものだ。よくイオンを通す結晶が得られ、その内部で何が起きているかを説明する手がかりが得られた。電池として使える形へ進めるには、この知見を、界面や製造工程を含む次の実験につなぐ必要がある。