「全駅」の意味: 対象は名古屋市営地下鉄の全87駅だが、9月8日時点で全ての改札口に対応機があるわけではない。交通局は15の改札口を未改修として掲載し、その改札口では駅職員に申し出るよう案内している。

名古屋駅の改札で、旅行者が新しい交通系ICカードを買う必要はもうない。財布にあるタッチ決済対応カード、あるいはカードを設定したスマートフォンや腕時計を、専用読取部にかざす。出る時も同じ媒体をかざせば、その日の乗車分は翌日以降にまとめて精算される。

名古屋市交通局が「クレカ乗車(タッチ決済)」と名付けたサービスは、9月3日の始発から始まった。対象ブランドはVisa、Mastercard、JCB、American Express、Diners Club、Discover、銀聯。対応するクレジットカードに加え、一部のデビットカード、プリペイドカード、スマートフォンやウェアラブル端末も使える。事前登録は原則不要で、クレジットカードなら事前チャージも要らない。

入口と出口で同じ番号に見えても、プラスチックカードとスマートフォンは別の媒体として扱われる。カードで入ってスマホで出ることはできない。複数人で一枚を回すこともできず、名義人本人が一人一媒体を使う。小さな手順だが、朝の改札で立ち止まらないための最重要事項である。

9月3日始発サービス開始
全87駅市営地下鉄の対象範囲
7ブランド国際決済ブランドに対応
大人普通料金のみ小児・各種割引は対象外

全駅対応、しかし全改札口対応ではない

「全駅」という見出しだけなら、どの入口からでもカード一枚で抜けられるように聞こえる。現実は段階導入だ。交通局は既存の自動改札機を改修しており、対応機には国際ブランドのマークを記したステッカーが付く。読取部の上下にあるLEDが青から緑へ変わるまで、カードや端末をしっかりかざす。

9月中の改修予定は矢場町駅南改札、熱田神宮伝馬町駅中改札、日比野駅中改札。10月以降の予定は大曽根駅東改札、ナゴヤドーム前矢田駅東改札、港区役所駅中改札、東海通駅南改札、六番町駅南改札、東別院駅南改札、妙音通駅中改札、黒川駅西改札、志賀本通駅西・東改札、平安通駅南改札、築地口駅中改札だ。

これは15駅が対象外という意味ではない。駅そのものはサービス対象であり、未改修の改札口では窓口の駅職員に申し出る。別の改札口に対応機がある駅もある。利用者に必要なのは、「全駅」と「全改札口」を分けて読むことだ。

切符を買わなくてよいことが、運賃制度まで単純になったことを意味しない。改札は開いても、割引と乗り継ぎの境界は残る。

便利さの代わりに、選べない運賃がある

クレカ乗車に適用されるのは、全て大人普通料金だ。小児料金、障害者などの割引、乗継割引は使えない。定期券、地下鉄全線24時間券、敬老パスなど他の乗車券との併用も不可。乗り越し精算の支払いにも使えず、振替輸送の対象にもならない。日常的に通勤・通学する人や、複数回乗る観光客には、manaca(マナカ)や一日・24時間券の方が適する場面が多い。

選択肢向いている利用主な注意点
クレカ乗車大人の単発乗車、初めて来た人、チャージを避けたい人大人普通料金のみ。同じ媒体で入出場。定期券や各種割引と併用不可
manaca・相互利用IC日常利用、市バスとの乗り継ぎ、残高管理に慣れた人事前チャージが基本。割引用・小児用などは所定のカードが必要
切符・一日券等小児・割引運賃、回遊、制度上の特典を使う人券種ごとの発売条件と利用範囲を確認

デビットカードやプリペイドカードには別の注意がある。交通局は、利用額以上の残高を確保するよう求め、残高不足の場合、そのカードが名古屋市交通局と名鉄のクレカ乗車で使えなくなることがあると警告する。利用履歴は券売機では確認できない。QUADRAC(クアドラック)の「Q-move」に会員登録すれば過去1年分を確認できる。

運賃は乗車日ごとに翌日以降まとめて精算されるが、カード会社が口座から引き落とす日は発行会社ごとに異なる。海外発行カードでは、円建ての乗車額に発行会社側の換算レートや手数料が加わり得る。交通局は個々のカード条件を保証していないため、旅行者は発行会社の規約も確認する必要がある。

名鉄へ続く線路に、決済の境界

名古屋の地下鉄は閉じた網ではない。鶴舞線は上小田井・赤池から名古屋鉄道へ、上飯田線は上飯田から名鉄小牧線へ列車が直通する。乗客は座ったまま市営と私鉄の境界を越えられるが、決済サービスは同じ広さでつながってはいない。

市営地下鉄との相互利用先として案内されている名鉄の駅は、中部国際空港、名鉄名古屋、金山、東岡崎、神宮前、国府宮、名鉄一宮、新木曽川、笠松、名鉄岐阜、犬山、知多半田、西尾の13駅。これらの駅と市営地下鉄の間ではクレカ乗車が可能だが、それ以外の名鉄駅を発着する場合、交通局は交通系ICカードか普通券を使うよう求めている。

ここにオープンループ決済の現在地が見える。一枚の国際カードを各都市で使えるのが強みでも、鉄道ネットワーク全体の運賃連携は事業者ごとの整備範囲に左右される。「列車が行ける」と「そのカードで精算できる」は別の地図なのだ。

1957年の15円から、改札の第三の波へ

名古屋の地下鉄は1957年11月15日、名古屋―栄町(現在の栄)2.4キロで開業した。戦災復興で確保した現在の錦通を開削し、堀川の下では圧気式潜函工法を使った。開業日の一般営業は午後2時から。2両編成が3分間隔で走り、約13万人が乗った。大人運賃は15円だった。

半世紀後、運賃媒体は磁気式プリペイドカード「ユリカ」からICへ移る。manacaは2011年2月11日に導入され、ユリカは同月10日に発売を終え、2012年2月末に利用を終了。2012年4月にはJR東海のTOICAと、2013年3月23日にはSuicaなど全国の主要交通系ICカードと相互利用が始まった。

manacaは交通機関が発行し、残高や定期券、地域の割引制度を抱える「閉じた」交通決済である。今回のクレカ乗車は、買い物に使う国際ブランドのカードをそのまま改札の識別子にする「オープンループ」の選択肢だ。前者を置き換えるのではなく、来訪者や単発客の入口を一つ増やす。

1957年11月15日 — 名古屋―栄町2.4キロで地下鉄開業。

2011年2月11日 — ICカードmanacaを導入。

2012年4月21日 — TOICAとの相互利用を開始。

2013年3月23日 — 全国の主要交通系ICカードとの相互利用を開始。

2024年3月 — 名鉄が13駅でクレカ乗車を導入。

2026年9月3日 — 名古屋市営地下鉄の全87駅へ拡大。

大会の玄関を、日常のインフラにできるか

導入を急がせた明確な期限がある。第20回アジア競技大会は9月19日から10月4日、第5回アジアパラ競技大会は10月18日から24日まで、愛知・名古屋を中心に開かれる。市と決済各社は、国内外の来訪者が日本特有の切符や交通系ICカードに不慣れでも移動しやすい受け入れ環境を狙う。

システムは三井住友カードの公共交通向け基盤「stera transit」を使う。名古屋市交通局が運行と設備整備を担い、三井住友カード、名古屋カード、JCBが国際ブランドの導入を支援。日本信号、オムロン ソーシアルソリューションズ、東芝が改札機システムを開発・提供し、日本信号の運賃判定基盤「IDONEO」とQUADRACの認証・決済基盤「Q-move」が裏側を支える。改札での一瞬は、多社をまたぐクラウド処理の表面である。

大会だけで評価すれば、繁忙期に切符売り場の列をどれだけ減らせるかが焦点になる。しかし公共インフラとしての価値は、その後の日常で決まる。故障や通信障害時の案内、海外発行カードの拒否率、駅員への問い合わせ、未改修改札の解消、利用者が不利な券種を誤って選ぶ頻度。本稿が確認した開始時点の公表資料には、導入費、利用目標、処理件数は示されていない。

選択肢が増えること自体は歓迎できる。ただ、最もよい決済手段は人によって違う。観光客には財布のカード、子どもには小児用ICや切符、毎日の通勤には定期券、何度も乗る一日には乗り放題券。名古屋の新しい改札が成功したと言えるのは、カードが珍しくなくなった時ではなく、利用者が迷わず自分に合う入口を選べる時だ。

改札前の5秒確認
  • カードにタッチ決済のリップルマークがあるか。
  • 対応改札機に国際ブランドのステッカーがあるか。
  • 入場時と出場時に、同じカードまたは同じ端末を使うか。
  • 大人普通料金でよいか。小児・割引・定期・一日券なら別の媒体を選ぶ。
  • 名鉄へ直通する場合、目的駅がクレカ乗車対応13駅の一つか。
取材・一次資料