梨の木は、植えた翌年から十分な収入を生む作物ではない。剪定、人工授粉、摘果、病害虫対策、収穫、販売を季節ごとに繰り返し、成木と技術、販路を同時に引き継ぐ必要がある。農家の家に生まれていない人が果樹経営へ入る難しさは、畑を借りれば解決するものではない。

利府町の「利府おもて梨園」園主、近江貴之さんは、その入口を地域おこし協力隊に見つけた。仙台市で育ち、東京の大手企業で12年間勤務。家族の事情で宮城県へ戻る必要が生じた時期に、東京ビッグサイトの地方創生イベントで利府町の募集を知った。

2019年、利府町へ移り、梨と地域資源の6次産業化を担う協力隊員として活動を開始した。町が用意した畑で、先輩農家の作業を見て、自分で繰り返す。協力隊の任期を終えた2023年、耕作者がいなくなっていた農地を引き継ぎ、「利府おもて梨園」を創業した。

12年宮城県の公式インタビューで近江さんが説明した東京での会社員期間。
2019年宮城県へUターンし、利府町地域おこし協力隊に着任。
2023年協力隊を終え、利府おもて梨園を創業。
2園・13品種2026年の県インタビューが伝える現在の経営規模。
「実家の梨園を継いだUターン」ではない。 近江さんの出身地は仙台市で、利府町の農家出身ではない。東京から宮城県へ戻り、利府町へ移住して技術を学び、耕作者不在の農地を引き継いだ。農地を購入したとの公表資料もない。

会社への不満ではなく、仕事の物差しが変わった

宮城県が8月28日に公開したインタビューで、近江さんは前職について、やりがいがあり、会社への不満があったわけではないと説明している。転身の動機は、自分の裁量で物をつくり、受け取る人の反応が見える仕事を生業にしたいという価値観の変化だった。

利府町は子どものころにサッカーで訪れた土地だった。父が暮らす仙台市に近く、県内の他の梨産地と比べても家族との距離を保ちやすかった。イベントの町ブースで、梨栽培だけでなく、加工・販売まで手掛ける6次産業化の可能性を知り、独立への道を描いたという。

ここでいう6次産業化は、農林漁業者が生産だけでなく、加工や販売にも関わり、地域資源の付加価値を高める取り組みを指す。近江さんの場合、梨そのものの販売と、規格外果実を使う加工品が二本柱となった。

協力隊の期間が、修業と地域参加を重ねた

果樹農業では、同じ作業を一年に一度しか経験できないことが多い。花の状態、霜、雨、害虫、実の付き方は毎年変わる。近江さんは師匠の作業を見て、町が借りた畑で実践し、周囲の梨農家にも教わったと県の取材に答えている。

地域おこし協力隊は、技術研修だけの制度ではない。地域活動を担いながら、生活基盤と関係を築く。利府町の広報資料では、近江さんの活動期間は2019年7月から2023年3月31日まで。一般に協力隊の任期は最長3年とされるが、約3年9か月となった経緯は今回確認した公表資料では分からない。

県のインタビューに同席した利府町職員は、現在も3人の協力隊員が別の畑で梨栽培を学び、その進路に近江さんの存在が影響したとの見方を示した。因果関係を数値で確かめた調査ではないが、非農家出身者が独立した先例を地域内で見せる意味はある。

段階時期得たもの公表資料から分からないこと
会社員東京で12年間組織での仕事と商品化を支える人脈勤務先、職種、退職時の資金
協力隊2019〜2023年3月師匠、実習畑、地域との関係、栽培経験各年の収入・活動費、研修時間
加工品開発2019年開始、2021年発売規格外梨の用途と通年販売の商品開発費、販売数、利益
独立2023年〜耕作者不在農地を継承し、2園で13品種を栽培面積、権利形態、収量、農業所得

最大の壁は、技術の次に来る農地だった

研修を終えても、経営できる梨園がなければ独立できない。新しく苗木を植える場合は、成園になるまで時間がかかる。既存園を継承できれば収穫までの空白を短くできるが、所有者、耕作者、設備、樹の状態、賃借条件を調整しなければならない。

近江さんは、協力隊任期後に耕作者不在だった農地を引き継いだ。県のインタビューは農地の面積、所有・賃借の別、樹齢、設備費、継承条件を示していない。このため、土地の確保が容易だった、あるいは無償だったとは結論づけられない。

一方、既存の樹と地域の技術を次の担い手へ渡した点は重要だ。耕作が途切れれば、剪定や防除が止まり、園を戻す費用と時間が増える。離農希望者と研修を終えた人を早めにつなぐ仕組みは、新規参入支援と農地保全を同時に進める可能性がある。

近江さんの先例が示したのは、「意欲があれば一人で農家になれる」という物語ではない。所得のある研修期間、教える農家、練習できる畑、独立時に継げる成園、販路を同時につなぐ必要性である。

規格外梨を、通年で売れるカレーへ

梨は味に問題がなくても、傷や形で通常の贈答・直売規格から外れることがある。近江さんは廃棄や無償配布に回る梨を見て、任期初年の2019年にレトルト食品「金の利府梨カレー」の開発を始めた。

町職員に試食してもらい、前職の会社の協力で社員食堂のメニューとして提供するなど改良を重ね、2021年に発売した。梨をすりおろしてスパイスと合わせ、収穫期外にも販売できる商品にした。生果だけでは短い販売期間を補う試みであり、食品ロス削減にもつながる。

ただし、加工したこと自体が収益性を証明するわけではない。原料処理、委託製造、包装、在庫、流通には費用がかかる。販売数、売上高、粗利益、廃棄削減量は公表されておらず、梨園経営をどの程度支えているかは判断できない。

「前例」はできたが、経営の検証材料は足りない

近江さんは県のインタビューで、利府町に来た当時は非農家出身の梨生産者がいなかったと振り返り、「僕がその前例を作るつもりで頑張りました」と語った。現在は二つの畑で13品種を育て、直売と加工品を組み合わせている。

梨作りは秋の収穫だけではない。冬の剪定から春の授粉、摘果、夏の管理まで作業は続く。鳥、虫、霜など自分では制御できない要因があり、独立後は定期収入もないと近江さん自身が説明する。会社員時代の安定との交換条件は、裁量だけでなく、天候と市場のリスクを自分で負うことだった。

町は利府梨の施設整備や環境保全型農業などに補助制度を設けている。ただし、各制度には対象者、交付要件、補助率、上限があり、近江さんがどの制度をどの年度に利用したかは公表資料から確認できない。一般的な町の支援策を本人への給付として書くことはできない。

新規参入モデルとして確かめたい指標
  • 研修修了者のうち、農地を確保し、独立できた人数。
  • 継承できる梨園の面積、樹齢、設備状態と契約条件。
  • 独立後の農業所得、生活費を賄えるまでの期間、兼業の有無。
  • 加工品が規格外梨の削減量と年間所得に与えた効果。
  • 就農者が5年、10年後も経営を続け、次の担い手を育てられるか。

個人の成功を、地域の入口に変えられるか

近江さんは、規模拡大だけを追うより、品質の高い梨をつくり、農業を「楽しく、稼げて、かっこいい」仕事として見せたいと県の取材に答えている。直売所のほか、梨の花見、畑での催し、高校での講話など、生産現場を地域に開く活動も続ける。

こうした発信は志望者を増やす入口になる。しかし、魅力を伝えるだけでは、技術、農地、住宅、資金、販売の壁は越えられない。近江さんが独立まで進めたのは、個人の決断に加え、協力隊としての活動期間、師匠、実習畑、町との関係、継承可能な農地が連続したためだ。

一つの梨園の事例だけで、制度全体の成功を証明することはできない。それでも、家業を持たない人に「研修の出口」として既存園をつなぎ、加工と直売まで試せる道を見せた点は具体的だ。次の課題は、その道を本人の人柄や偶然に頼らず、複数の新規就農者が通れる仕組みにできるかである。