11月8日展覧会最終日
1.3秒月光を受け止める露光時間
1974年瀧本幹也・愛知県生まれ
約100点公式図録の収録作品
本記事は美術館・写真家事務所の公式資料、公開インタビュー、天文学の解説を照合した文書取材。作品の実見、瀧本氏への独自取材は実施していない。公開インタビューの発言は掲載媒体に帰属する。

月を写すのではない。月に照らされた海を写す

夜の海面にわずかな光が走る。ひと筋だった反射が波の動きでほどけ、暗さの中に別の光が立ち現れる。神奈川県茅ヶ崎市の海辺で生まれた瀧本幹也の新作「LUNATION 朔望」は、月を望遠鏡で大きく写し取るのではない。月光に応える水の表情を通して、地球と宇宙の距離を感じさせようとする。

茅ヶ崎市美術館の展覧会「瀧本幹也 LUNATION 朔望―海から天体を読む」は、11月8日に会期最終日を迎える。9月2日に始まった国内美術館で初の大規模個展には、代表的なシリーズと地元で撮影した新作が集まった。海を見慣れた土地で、見慣れた波を見直させる企画だ。

「朔望」という二文字が結ぶ新月と満月

朔望(さくぼう)は、朔(新月)と望(満月)を指す天文学と暦の言葉である。月は自ら発光するのではなく太陽光を反射して輝く。約29.5日の朔望月の間に、地上から見える明るい面の形が移り変わる。その変化は古くから日本の暦や月見の習俗、農漁村の時間感覚と結び付いてきた。

一方、潮の満ち引きの主因は月の重力であり、太陽の重力も加わる。新月と満月のころには、月と太陽の作用が重なって潮位差が大きくなりやすい。だが、実際の潮汐は海岸の形、海底地形、気象にも左右される。「満月なら必ずどこでも同じ波が現れる」という単純な話ではない。NASAの解説も、朔望と大潮との関係をそうした力の重なりとして説明する。

11歳の望遠鏡が、半世紀後の海につながる

瀧本は1974年、愛知県生まれ。幼いころから星空に親しみ、11歳で望遠鏡にカメラを取り付けて天体を撮影した体験が、のちの仕事を方向付けたという。16歳で写真の世界に入り、1998年に自身の事務所を設立した。写真家として商業撮影と自主制作を続けながら、表現の対象を宇宙から地上の風景、さらに足元の草花へと広げてきた。

宇宙に魅せられた少年が、なぜ茅ヶ崎の海へ戻ってきたのか。答えは遠い天体と身近な水面を対立するものとして見なさない、その視点にある。海の反射を見つめることは、光の源にある月を見つめることにもなる。

モンゴルから宇宙船へ――縮尺を変え続けた作品史

初期の「MONGOLIAN TRIBE」(1997)はモンゴルの遊牧民を対象にした。続く「LAND SPACE」(2011)では米国ケネディ宇宙センターのスペースシャトルと地球の営みを対比し、人間の技術と惑星の時間の落差に目を向けた。2014年の「GRAIN OF LIGHT」は海面に生まれる光の粒を追ったシリーズだ。

ここには一貫した関心がある。人物や機械や風景を単に記録するのではなく、それらの背後にある尺度を揺さぶること。巨大なロケットの背後にある宇宙も、手の届く水面でちらつく一点の反射も、いずれも人間が把握しきれない時間を抱えている。

コロナ禍が変えたカメラの向き

新型コロナウイルス感染症の流行期、移動と大規模な撮影は制約を受けた。瀧本は「LUMIÈRE」「PRIÈRE」(2020〜24年)で草花や静寂の寺院など近くのものに目を向けた。遠方の壮大な景色から身辺のささやかな対象への転換は、作風の断絶というより、同じ問いを別の距離から確かめる試みと見ることができる。

展覧会では大きなスケールの作品と身近な対象の作品を異なる階に配置し、新作「LUNATION」がその間をつなぐような位置付けを担うと、瀧本は9月18日公開の専門誌「SHOOTING」の取材で説明している。これは本紙の独自取材ではなく、公表されたインタビューによる。

茅ヶ崎でしか生まれなかった作品

2021年、瀧本は同館で開かれたデザイナー藤原大の展覧会の広報ビジュアルを担当した。その縁から個展の話が進み、準備には約1年半を費やしたと、本人は「SHOOTING」に語っている。海岸から近く、自然光と独特の建築を持つ美術館だからこそ、当地の海で新作を撮る発想に至ったという。

公式資料が紹介する新作には《LUNATION: CHIGASAKI #01》(2026年)と《SURFACE PULSE: CHIGASAKI #01》(同)がある。いずれも同じ場所を記録するだけの写真ではない。波が光を砕く瞬間を、宇宙と生命に思いを巡らせる入口として差し出している。

「1.3秒」に託された時間の感覚

瀧本は9月のインタビューで、月明かりで波打ち際を撮り、露光時間を1.3秒に設定したと語った。月から地球まで光が届く時間を念頭に置き、届いた光が海面で消えるまでの気配を写したかった、という趣旨の説明だ。

ここで写真の露光時間と光の飛行時間は、同一の物理現象を測定する値ではない。地球と月の距離は変化し、約1.3秒は光の到達時間の概数である。写真家はその数字を科学的な実験結果として提示したのではなく、撮影行為に時間の尺度を与える詩的な方法として用いている。科学的事実と表現上の比喩を混同しないことが、この作品を理解する助けとなる。

暗室のような展示空間、望遠鏡のような鑑賞

「SHOOTING」の会場取材によれば、新作の展示区域は暗箱を思わせる構成で、筒状の装置をのぞき込むと海面の光が見える仕掛けもあるという。天体望遠鏡から夜空を観察した少年時代を、鑑賞者の身体的な行為に置き換えたような展示だ。映像作品も紹介されている。

これは本紙が現場を実見して確認した描写ではない。公表された会場取材および美術館の案内に基づく。写真展は画像を壁に並べるだけでなく、どのように近づき、どのくらいの暗さの中で見るかを設計することで、見るという経験そのものを問い直す。

広告、映画、そして自主制作――ひとつの目

瀧本の仕事は広告写真やコマーシャル映像にとどまらない。是枝裕和監督の『そして父になる』(2013)、『海街diary』(2015)、『三度目の殺人』(2017)の撮影に関わり、『海街diary』では日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞した。映画作品の受賞歴を語る際は、監督作が受けた映画祭賞をすべて撮影監督個人の賞として数えない注意が必要だ。

静止画で一瞬の光を待つことと、映画で人物と時間の変化を追うことは別の技術でありながら、どちらも光の扱いにかかっている。商業と芸術の線引きを超え、同じ観察力を働かせてきたことが、今回の個展の幅につながる。

写真史における「見えないもの」の問題

写真は19世紀以来、望遠鏡や顕微鏡と組み合わせることで肉眼の外にある世界を見せてきた。同時に、一枚の写真には露光の長さ、フィルムやセンサーの感度、印画の方法が刻み込まれる。見たままの世界を透明に運ぶ窓ではなく、道具と判断を介して成立する像である。

「LUNATION」は、見えにくい月光を長く受け止めることで、水面を星雲のようにも見せる。だからといって写真が本当に宇宙を写したわけではない。類似した形態に気付く鑑賞者の想像力が、海と宇宙を往復する。その往復こそ作品の核だろう。

約100点の図録が残すもの

茅ヶ崎市美術館は9月、104ページの公式図録を刊行した。過去の作品から新作まで約100点を収録し、フランス国立図書館のエロイーズ・コネサ氏と東京都写真美術館の伊藤貴弘氏の寄稿を掲載している。価格は3,800円(税込)。展覧会が終わっても、作品と批評を検討する手掛かりとなる。

美術館の展示室で見た光と、印刷物で再現される光は同じではない。それでも一冊の図録には、会期が終わったあとに新作がどのように受け止められたかを考えるための資料価値がある。

最終日の茅ヶ崎から、次の月夜へ

11月8日の開館は午前10時から午後5時まで、入館は午後4時30分まで。一般観覧料は1,200円、大学生1,000円、高校生以下は無料。会場は茅ヶ崎市美術館(神奈川県茅ヶ崎市東海岸北1丁目4番45号)。支払いは現金のみと同館は案内している。来館時は公式情報で変更の有無を確かめたい。

海の見え方は、天気や波や月の位置で毎夜変わる。写真家が写し取ったのは、そのうち二度と同じにはならない光の配列だ。だが作品の問いは残る。夜の海を見つめるとき、そこにあるのはただの水なのか。それとも地球が宇宙の一部であるという、最も身近な証拠なのか。

出典と取材方法

美術館・作家による原資料と公表された第三者取材を分けて確認した。記事中の作家発言は「SHOOTING」による取材の再引用である。天文・潮汐についてはNASAの一般向け解説を参照した。

  1. 茅ヶ崎市美術館|展覧会公式案内
  2. 瀧本幹也写真事務所|展覧会告知
  3. 茅ヶ崎市美術館|公式図録
  4. SHOOTING|瀧本幹也インタビュー(9月18日)
  5. 美術手帖|開幕レポート
  6. NASA|月と潮汐の解説
  7. 国立新美術館|アートコモンズ展覧会情報
  8. 茅ヶ崎市美術館|プレス資料