一匹の牛を描くことと、虎を「吉祥」の象徴として描くことは、同じ動物画でも意味が違う。猫を抱く女性を版画にすれば、動物は暮らしの親密さを表し、着物を染める型紙に兎を彫れば、動物は身につける文様になる。北斎の絵手本では魚や鳥が観察と学習の対象になり、棟方志功の襖では、文字と花と生き物の気配が一つの画面をつくる。

京都精華大学ギャラリーTerra-Sは10月2日から11月9日まで、後期企画展「描かれた動物たち―京都精華大学ギャラリーTerra-Sコレクション展2026―」を開催する。鳥、馬、虎、猫、犬などを手掛かりに、洋画、日本画、版画、工芸、伊勢型紙、拓本など、同大学の多分野の所蔵品を横断するコレクション展だ。入場は無料。企画は同ギャラリー学芸員の伊藤まゆみ。[1]

展示作家には、浅野竹二(あさの・たけじ)、今井憲一、今尾景年(いまお・けいねん)、葛飾北斎(かつしか・ほくさい)、金田辰弘、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)、幸野楳嶺、四代清水六兵衛、斎藤博、須田国太郎、田村清一、橋田二朗、バーナード・リーチ、福井勇、右田年英、棟方志功(むなかた・しこう)、由里明らが並ぶ。[1][2][3][4]

この展覧会の主役は「かわいい動物」ではない。人間が動物をどう見てきたか――観察し、働かせ、願いを託し、物語に変え、文様にしてきた視線そのものだ。

北斎と棟方、「版画家」という肩書だけでは見えない

名前だけ見れば、葛飾北斎と棟方志功という日本版画史の巨人が同じ展示に入ることがまず目を引く。しかし、今回の面白さは「有名な版画家二人を並べる」ことではない。

京都精華大学の所蔵品データベースでは、北斎作品として《北斎漫画 初編~十五編[再刻本]》2件が登録されている。[2] 『北斎漫画』は1814年の初編から十五編に広がった絵手本で、すみだ北斎美術館は総図数を約3,900とし、人間、自然、神仏、妖怪など「あらゆるもの」が描かれた「絵の百科事典」と説明する。二編には金魚、メダカ、ハゼ、ドジョウ、アンコウ、ヒラメなどが描かれ、その周辺にも鳥、動物、植物が続く。[5][6]

ただし、Terra-Sの2026年展の公表資料は、北斎について具体的にどの編・どのページを展示するかをまだ示していない。所蔵データから「この動物図が出る」と断定することはできない。

一方、棟方志功については具体的だ。展示予定作品として《花深処無行跡》(1952年)が公表されている。京都精華大学が1998年に開催した棟方志功肉筆画展の記録では、同作を「紙本着彩(襖4面)」とする。現在の所蔵データベースでも「日本画」に分類される。[1][7][8]

木版画のイメージが圧倒的な棟方を、板画ではなく襖の肉筆で見る。それだけで、今回の展覧会が「作家名を知る展覧会」ではなく、「媒体によって動物表現がどう変わるかを見る展覧会」だと分かる。

「描かれた動物たち」展の基本情報
項目公表内容
会期2026年10月2日(金)~11月9日(月)
時間11:00~18:00。10月4日は10:00~18:00
休場原則日曜。ただし10月4日、11月1日は開場
会場京都精華大学ギャラリーTerra-S
料金無料
分野洋画、日本画、版画、工芸、伊勢型紙、拓本など
企画伊藤まゆみ(京都精華大学ギャラリーTerra-S学芸員)

牛のデッサンから猫を抱く女まで――浅野竹二1,500点超の蓄積

展覧会のもう一つの軸が浅野竹二だ。公式ページは《デッサン[牛]》と《猫を抱く女》(1979年)を展示予定作品として掲載する。[1]

浅野は1900年京都生まれ。京都市立絵画専門学校で日本画を学び、30歳頃から木版画へ転じた。京都精華大学には遺族から約1,500点が寄贈され、現在のデータベースでは1,518件が登録されている。牛、鳥、馬と人、海老など動物を含む素描・水彩・日本画も多数残る。[9][10]

名所絵版画で知られる浅野にとって、動物は観光地の添景だけではない。デッサンでは筋肉、骨格、重さを追い、《猫を抱く女》では動物と人の接触そのものが画面になる。

10月3日には、鳥取県立美術館主任学芸員の藤巻和恵氏が「50にして立つ・浅野竹二の自由版画」と題して講演する。[1] 大学コレクションに大量に残された一人の作家の仕事を、代表作数点ではなく制作の幅から読み直す機会にもなる。

大学のキャンパス自体に、動物を描くための「モデル」がいる

京都精華大学と動物の関係は、収蔵庫だけにあるわけではない。キャンパスには「鹿野苑(ろくやえん)」があり、鹿がデッサン用モデルとして飼育されている。禽舎にはカナダヅル、金鶏、尾長鳥などがおり、クジャクも飼育され、いずれも学生のデッサンモデルとして使われている。[11]

美術教育で動物を描くとき、写真を見るのと、生きた動物を前にするのでは条件が違う。動物は止まってくれない。首を振り、脚を動かし、視線を変える。短時間で形をつかむ必要があり、骨格や重心、動きの連続を理解しなければならない。

展覧会の公式説明が「動物の動きを捉えるためのデッサン」を一つの切り口に挙げるのは、大学にとって動物画が過去の美術史だけでなく、現在の教育実践にもつながっているからだ。[1]

動物は、日本美術で「人間の代役」にもなってきた

京都で動物表現の歴史をたどれば、避けて通れないのが高山寺に伝わる国宝《鳥獣人物戯画》だ。京都国立博物館によれば、甲巻では兎、猿、蛙が人間のような身振りで遊び、乙巻では馬や牛とともに麒麟、龍、獏など想像上の霊獣も現れる。甲・乙巻は平安時代、丙・丁巻は鎌倉時代の制作とされる。[12][13]

この作品をそのまま「日本マンガの起源」と断定する議論には慎重さが必要だが、動物へ人間の行為を託す方法が中世から極めて豊かだったことは確かだ。

動物は写実の対象であると同時に、人間社会をずらして映す鏡にもなった。河鍋暁斎のように戯画と正統的な画技を往復した幕末・明治の絵師が今回の作家一覧に入ることも、その系譜を考えさせる。暁斎は歌川国芳のもとで学んだのち狩野派へ入り、風刺画や動物を自在に描いた。[14][15]

北斎は、実在する生き物も「絵の中だけの動物」も描いた

北斎の動物表現の広さは、すみだ北斎美術館が2019年に開いた「北斎アニマルズ」、2023年の「北斎バードパーク」からも分かる。

同館は、北斎がかわいらしい動物から写実的で個性的な動物まで幅広く描き、玩具や織物の意匠、伝説上の動物、妖怪までも同じ画面世界に取り込んだと説明する。[16]

鳥の表現では、天保期に版元・西村屋与八から大判・中判の花鳥画シリーズが出版され、北斎が錦絵の花鳥画ジャンル確立に一役買ったと、すみだ北斎美術館は位置づける。『北斎漫画』三編には日本の野鳥、輸入された鳥、想像上の「比翼鳥」などが一緒に載る。[17]

ここで重要なのは、近代動物学の図鑑のように「本物/架空」を完全に切り分ける視線ではない。見たもの、聞いたもの、伝承されたもの、デザインに使えるものが、絵手本の中では同じ「描く対象」として並び得た。

今尾景年と「近代の動物画譜」――見ることを教える絵

展覧会の公式説明は「写実性が求められた近代の動物画譜」を一つの柱に挙げ、今尾景年を出品作家に含める。[1]

今尾景年(1845~1924)は京都の日本画家で、花鳥画を得意とした。愛知県美術館の所蔵データでも《燕子花柍鶏図》《石と小禽寒菊図》など、鳥と植物を組み合わせた作品が確認できる。[18]

明治期には、西洋由来の博物学・写生観と、江戸期以来の花鳥画・粉本教育が交差した。動物画譜は単なる「鑑賞画」ではなく、描き方を伝え、種や姿を整理し、絵師・学生が参照する教材でもあった。

今回の展覧会がデッサンと画譜を同じ空間で扱うことは、完成作品だけを見せる美術展とは違う。「動物をどう学び、どう線へ変えたか」という制作の裏側が見えてくる。

兎は絵ではなく「型」になる――《染の型紙 波に兎》

公式に掲載された展示予定作品の一つが、作者・制作年不詳の《染の型紙 波に兎》だ。[1] ここでは動物は紙の上に鑑賞するために描かれたのではない。布へ文様を染め出すため、型紙の「抜け」として設計される。

伊勢型紙は、渋紙に文様を切り抜き、生地に置いて防染するための染色用具だ。三重県は、江戸時代に「白子型」として広まり、突彫、縞彫、錐彫、道具彫などの高度な彫刻技術が発達したと説明する。1993年には国の重要無形文化財の工芸技術として指定された。[19]

動物を「描く」と言っても、筆線だけではない。兎の耳、背中、波の曲線を、刃物で残す部分と切り取る部分へ翻訳する。紙自体は最終作品ではなく、染めを生み出す道具でありながら、その精密さは工芸作品としても鑑賞される。

11月7日には文化庁の主任文化財調査官・生田ゆき氏による講演「型紙/KATAGAMIを読み解く 国内外の調査から」が予定される。[1] 「動物展」に型紙研究の講演が入ること自体、この展覧会の媒体横断性を象徴している。

虎、鶴、亀――動物は「願い」を背負う

展覧会は虎や鶴亀など、吉祥の意味を込めて表された動物にも注目する。[1]

日本の絵画・工芸では、動物の意味は姿だけで決まらない。鶴や亀は長寿、虎は威勢や魔除け、兎は月や跳躍、馬は武威や移動と結びつき、作品の注文主、季節、祝い事、信仰によって意味が変化する。

京都国立博物館の近世・近代コレクションにも、鳥獣写生図、鷹図、十二支、動物意匠の工芸が大量に残る。2026年末には「アニマル☆蒔絵―漆芸にみる動物表現―」も予定され、動物が絵画だけでなく生活の道具を飾る意匠だったことが分かる。[20][21]

動物を見れば、その時代の自然観だけでなく、人間が何を祈り、何を恐れ、何を身近に置きたかったかも見えてくる。

中国年画の猫が、京都の大学コレクションにいる理由

展示予定作品には、中国年画の《猫一対》(制作年不詳)も含まれる。[1] 京都精華大学のコレクションには中国年画が約90件登録され、牛、犬、鶴、鹿など動物を題材にした作品も含まれる。[22]

「日本の大学の動物展」だから、日本人作家だけを並べる必要はない。むしろ、東アジアで動物の図像が版画、年画、染織、縁起物として行き来してきたことを考える材料になる。

猫一対のような民間版画を、北斎、棟方、近代洋画家と同じ「大学コレクション」の中で見ることで、美術史の序列そのものも揺さぶられる。名画だけでなく、生活のために複製され、壁に貼られ、祝いや願いを担った印刷物も、動物表現の歴史をつくってきた。

この展覧会は、大学の「収蔵庫改革」の第二弾でもある

京都精華大学の所蔵品は約1万2,000点。洋画、日本画、版画、立体、工芸、デザイン、マンガ、伊勢型紙、拓本、書など、通常の美術館でも一つの館に揃いにくい分野を持つ。[23]

収集活動は1980年から2017年まで続き、退任教員や活躍する卒業生、大学ギャラリーの企画展出品作、美術系・人文系学生の制作・研究に役立つ作品・資料を集める方針だった。その結果、一般的な「美術史の名品集」とは違う、教育機関ならではの偏りと厚みを持つコレクションになった。[24]

前身のギャラリーフロールは1997年に開館し、2020年に休館。現在のTerra-Sは2022年に開館した。2025年度から所蔵品管理と展示機会の創出が新たな重要ミッションに加わり、2025年末の「眠りから目覚めた名品たち」がTerra-Sとしてのコレクション展第一弾となった。2026年の「描かれた動物たち」は第二弾だ。[23][25][26]

12,000点を持つことより、「見せ直す」ことが難しい

大学が作品を所蔵していても、収蔵庫に入ったままでは学生も社会も見ることができない。しかも紙、染織、版画、襖などは光や湿度に弱く、常時展示できるとは限らない。

Terra-Sは2026年度、収蔵庫改修、保存環境の再整備、作品修復を段階的に進めると発表している。常設展示室でも大学コレクションを定期的に見せる方針だ。[25]

所蔵品展の価値は「眠っていた名品を出す」だけではない。何千点もある資料を新しいテーマで組み替えれば、従来は別ジャンルだったもの同士が会話を始める。

今回なら、北斎の絵手本、棟方の襖、浅野の牛のデッサン、無名の型彫職人による兎、作者不詳の中国年画の猫が、「動物」という一語で隣り合う。

動物の絵を見ることは、「人間の見方」を見ること

動物画は一見、最も分かりやすい美術ジャンルに思える。犬は犬、猫は猫、牛は牛に見える。

しかし、作品の目的が変わると同じ動物でも姿は変わる。絵手本なら構造を分かりやすく、吉祥画なら意味を強く、型紙なら輪郭を切り抜ける形に、戯画なら人間らしい仕草へ、デッサンなら一瞬の重心へ変換される。

だから「どんな動物が描かれているか」だけでは足りない。なぜこの線になったのか、なぜこの媒体だったのか、誰がそれを見る・使うことを想定したのかを考えると、動物の向こう側に人間社会が現れる。

北斎のページはまだ分からない――だからこそ、発表と事実を分ける

9月14日時点で、展覧会の公式ページは展示予定作品を8点掲載しているが、葛飾北斎の具体的な出品ページや作品名はそこに含まれていない。[1] 一方、大学の所蔵品検索には《北斎漫画 初編~十五編[再刻本]》が2件ある。[2]

両情報を組み合わせれば、「北斎漫画から動物図が出る可能性」は考えられる。しかし、可能性を出品確定に変えることはできない。

同様に、今後の展示替え、作品状態、保存上の判断で出品内容が変更される可能性もある。ギャラリー自身が「諸般の事情により会期・時間・内容等が変更になる場合」があると案内している。[1]

作品名を先走って埋めないことも、コレクション展を正確に伝える仕事の一部だ。

「動物を見る」展覧会から、「見るという行為」を考える展覧会へ

Japan.co.jpの分析では、この展覧会で最も面白い問いは、北斎と棟方のどちらが有名かではない。

北斎は、魚や鳥を「描き方の百科事典」に入れた。浅野は牛の形を素描し、猫を人の腕の中へ置いた。型紙職人は兎を布へ移すために紙を切った。中国年画の作者は猫を対にして刷った。近代画家は観察と写実を深め、別の作家は虎や鶴亀へ象徴を託した。

そして京都精華大学では今も、生きた鹿や鳥を学生がデッサンする。

動物は変わっていないように見える。変わるのは、それを見る人間の目的と技術だ。

10月のTerra-Sで並ぶのは、鳥、馬、牛、猫、虎だけではない。約12,000点の大学コレクションの中に蓄積された、何世代もの「見る方法」である。

出典・参考資料

  1. 京都精華大学ギャラリーTerra-S「描かれた動物たち―京都精華大学ギャラリーTerra-Sコレクション展2026―」
  2. 京都精華大学ギャラリーTerra-S 所蔵品検索「葛飾北斎」
  3. 京都精華大学ギャラリーTerra-S 所蔵品検索「棟方志功」
  4. 京都精華大学ギャラリーTerra-S 所蔵品検索「制作者一覧」
  5. すみだ北斎美術館「北斎漫画 初編」
  6. すみだ北斎美術館「北斎漫画 二編」
  7. 京都精華大学ギャラリーTerra-S「棟方志功肉筆画展―その宗教的な美―」1998年
  8. 棟方志功記念館「棟方志功記念館の記録」
  9. 京都精華大学ギャラリーTerra-S「浅野竹二:名所絵版画」2026年
  10. 京都精華大学ギャラリーTerra-S 所蔵品検索「浅野竹二」
  11. 京都精華大学「動物たち Animals」鹿野苑・禽舎・クジャク小屋
  12. 京都国立博物館「国宝 鳥獣戯画と高山寺」
  13. 京都国立博物館「やさしい国宝 鳥獣戯画と高山寺」鑑賞ガイド
  14. 京都国立近代美術館 収蔵品データベース「河鍋暁斎」
  15. 敦賀市立博物館 収蔵品データベース「河鍋暁斎」
  16. すみだ北斎美術館「北斎アニマルズ」
  17. すみだ北斎美術館「北斎バードパーク」
  18. 愛知県美術館 コレクション検索「今尾景年」
  19. 三重県「伊勢型紙」重要無形文化財
  20. 京都国立博物館「鳥獣写生図巻」等を含む名品ギャラリー展示
  21. 京都国立博物館 展示予定「アニマル☆蒔絵―漆芸にみる動物表現―」
  22. 京都精華大学ギャラリーTerra-S 所蔵品検索「中国年画」
  23. 京都精華大学ギャラリーTerra-S「眠りから目覚めた名品たち」2025年
  24. 京都精華大学ギャラリーTerra-S「眠りから目覚めた名品たち」開催案内・収集方針
  25. 京都精華大学ギャラリーTerra-S「2026年度ギャラリーTerra-Sの活動について」
  26. 京都精華大学ギャラリーTerra-S「沿革」

資料確認の基準日:2026年9月14日。展覧会公式ページは葛飾北斎を展示作家として掲載するが、現在公開されている「展示予定作品」8点には北斎の具体的な作品名・『北斎漫画』の編・頁は示されていない。大学所蔵品検索には《北斎漫画 初編~十五編[再刻本]》2件が登録されているが、その所蔵情報を今回の出品確定情報とは扱っていない。棟方志功《花深処無行跡》1952年は今回の展示予定作品として公式掲載され、1998年の大学展記録に基づき紙本着彩・襖4面と記述した。作者不詳・制作年不詳の作品については推定を加えていない。分析部分はJapan.co.jpによる。