千年前の物語と、六百年以上続く舞台芸術。そして、その両方を英語へ移し替えた一人の英国人翻訳者。京都国立博物館が10月25日に開く国際シンポジウムは、『源氏物語』と能を「古典」として並べるのではなく、翻訳によって互いの見え方がどう変わったかを問い直す企画だ。
正式名称は、特別展開催記念 国際シンポジウム「『源氏物語』と能―英語翻訳が拓いた物語解釈―」。10月25日午後1時から5時まで、京都国立博物館 平成知新館 講堂で開催される。定員200人、対面のみでオンライン配信はない。参加費は無料だが、特別展「源氏物語 王朝のかがやき」の当日観覧券が必要。事前申込は10月6日午前9時から21日午後5時まで、先着順で受け付ける。[1]
シンポジウムの中心に置かれるのは「源氏能」である。京都国立博物館は、<葵上><野宮><夕顔><源氏供養>など、『源氏物語』を典拠にした能を「源氏能」と位置付け、王朝文学と中世芸能が出会うことで、日本文化のイメージがどのように作られてきたかを考える。[2]
展覧会は10月6日開幕、約250件
シンポジウムは、10月6日から11月29日まで平成知新館で開かれる特別展「源氏物語 王朝のかがやき」に合わせた企画である。京都国立博物館によると、巡回分を含め約250件の文化財を集める過去最大規模の源氏物語展となる。[2]
展示の核の一つは、現存最古の『源氏物語』絵画作品とされる国宝「源氏物語絵巻」。京都会場では場面を2週間ごとに替えて展示する。藤原定家が校訂した写本、京都国立博物館が所蔵する「源氏物語絵巻(盛安本)」、俵屋宗達筆の国宝「源氏物語関屋澪標図屏風」など、物語が文字から視覚文化へ広がった歴史をたどる。[2]
そして京都会場だけの重要な柱が「源氏物語と能」である。<葵上>は前期、<玉鬘>は後期に、復原能装束を使った舞台再現展示を行う。能面「泥眼」なども展示される。[2]
紫式部の物語が、なぜ能になったのか
『源氏物語』は平安時代、紫式部によって書かれた。光源氏を中心に、宮廷社会の恋愛、権力、家族、老い、喪失を描く長大な物語である。京都国立博物館は、紫式部が藤原道長の娘・彰子に仕えながら執筆し、多くの読者を得たとみられるとしている。[2]
その物語は中世になると、読むだけの文学ではなく、能の「本説」――作品の典拠や背景となる物語――として取り込まれた。源氏の登場人物は、能舞台ではしばしば「亡霊」や「思いを残した女性」として現れ、原作で語られた感情を、別の時代の宗教観や美意識の中で演じ直す。
たとえば<葵上>は、六条御息所の嫉妬と生霊を扱う。<野宮>では六条御息所の記憶と執着が、嵯峨野の野宮を舞台に再構成される。<夕顔>は早世した女性の記憶を、<源氏供養>は『源氏物語』を書いた紫式部その人をめぐる伝承を能へ変える。原作をそのまま舞台化するのではなく、「後世の読者が源氏をどう理解したか」が作品に刻まれている。
アーサー・ウェイリーという接点
今回のシンポジウムが「英語翻訳」を中心に据える理由は、英国の東洋学者アーサー・ウェイリー(Arthur Waley、1889~1966)の仕事にある。
京都国立博物館によれば、ウェイリーは大英博物館の学芸員時代、『源氏物語』を題材にした絵画を見たことをきっかけに全訳を試み、1925年から1933年にかけて英訳版The Tale of Genjiを刊行した。この訳は欧米で大きな関心を呼んだ。[1]
興味深いのは、その直前の1921年、ウェイリーが能の詞章を訳したThe Nō Plays of Japanを刊行していることだ。つまり欧米の読者にとって、日本の古典文学と能は別々に紹介されたのではなく、同じ翻訳者の知的世界の中で相前後して提示された。[1]
翻訳とは、単語を別言語へ置き換えるだけではない。何を説明し、何を省き、どの感情を前面に出すかという解釈の仕事でもある。ウェイリーが先に能を訳し、その後に『源氏物語』へ向かった事実は、英語圏に形成された「日本文化」の像を考えるうえで重要な接点になる。
4人の発表者、四つの入口
10月25日のプログラムは四つの発表で構成される。
第1発表は、京都国立博物館 調査・国際連携室長の山内麻衣子による「『源氏物語』の能と美術」。展覧会そのものの構成と直結し、源氏能を、詞章だけではなく能面、装束、絵画など視覚文化から読む入口になる。[1]
第2発表は、能楽師・ワキ方下掛宝生流の安田登による「能楽師が探る『源氏物語』の『語り』の力―能、アーサー・ウェイリー訳、紫式部日記を通じて―」。原典、翻訳、演者の身体という三つの層を「語り」からつなぐ。[1]
第3発表は、中世研究所所長のモニカ・ベーテによる「能の本説としての『源氏物語』」。能が原作をどのように選び直し、圧縮し、別の意味を与えたかを考えるテーマだ。[1]
第4発表は、武蔵野大学名誉教授でシアター能楽創設者、喜多流仕舞教士のリチャード・エマートによる「英語版源氏能の制作と上演」。ここでは「読むための英訳」ではなく、「舞台で演じるための英語」が問題になる。[1]
司会は京都国立博物館主任専門職のマリサ・リンネ。松本伸之館長が開会し、西井知紀副館長が閉会挨拶を行う。最後には登壇者によるトークセッションが予定されている。[1]
「読む翻訳」と「演じる翻訳」は違う
源氏物語を英語へ訳すとき、翻訳者は平安時代の敬語、身分、和歌、主語を省略する文体、衣装や宮廷儀礼をどう表すかに直面する。
能ではさらに別の制約が加わる。詞章は謡われ、音楽や間、身体動作と結びつく。舞台上では、一文が文学として美しいだけでは足りず、声に出したときの長さ、リズム、理解可能性も問われる。
この違いは、今回のシンポジウムの核心に近い。ウェイリーの英訳を読むことで原典の別の面が浮かぶ一方、英語で能を上演しようとすれば、原典のどこが「意味」で、どこが「音」で、どこが「型」なのかを改めて決めなければならない。
翻訳は「誤差」ではなく、新しい読み方を生むことがある
古典翻訳はしばしば「原文からどれだけ離れたか」で評価される。しかし今回の題名は「英語翻訳が拓いた物語解釈」としている。つまり、翻訳によって失われるものだけでなく、翻訳したからこそ見えるものを考える。
日本語では暗黙に理解される人間関係を英語では明示しなければならない場合がある。逆に、英語で一つの主語や動機を固定すると、原文が持つ曖昧さを狭める可能性もある。
能もまた、一種の「翻訳」である。散文の長編小説を、一時間前後の舞台へ圧縮し、人物を亡霊として再登場させ、舞、謡、面、装束へ置き換える。その変換の過程で、中世の人々が『源氏物語』のどこを重要だと考えたかが表れる。
美術もまた、物語を翻訳してきた
展覧会が能とシンポジウムを同じ枠組みに置く意味はここにある。『源氏物語』は文字だけで保存されたのではない。
国宝「源氏物語絵巻」は、文章を画面構成、色、線、人物配置へ変換した。安土桃山以降には、源氏絵が屏風や襖へ広がり、婚礼調度にも用いられた。江戸時代には「源氏香」の文様や、物語を当世風俗へ置き換えた浮世絵、柳亭種彦の『偐紫田舎源氏』のような翻案小説まで生まれた。[2]
千年の源氏文化とは、原典を守る歴史だけではなく、原典を別の媒体へ変え続けた歴史でもある。
京都で開催する意味
『源氏物語』の物語空間は平安京を中心に広がり、紫式部自身も京都の宮廷社会で生きた。京都国立博物館が、国宝絵巻や能面、装束、写本を一つの会場に集め、その上で国際的な翻訳と舞台化を議論することには、場所としての意味がある。
博物館は現在、9月8日から10月4日まで展示室を閉じ、庭園・屋外展示のみ開館している。特別展は10月6日に始まる。国際シンポジウムの申し込みも同日の午前9時に始まる。[3]
シンポジウムは200席のみで、オンライン配信は予定されていない。参加者は展覧会の当日観覧券が必要になる。つまりこれは、研究発表だけを切り離して聞く企画ではなく、実物の絵巻、能面、装束を見たうえで、言葉と舞台の変換を考えるよう設計されている。
一千年前の作品が「現在形」である理由
『源氏物語』は、完成した古典として静止しているわけではない。
平安時代に書かれ、中世の能が読み替え、近世の絵師や出版人が視覚化し、20世紀のウェイリーが英語へ移し、現代の能楽師や翻訳者が再び舞台へ載せる。
そのたびに「本当の源氏」から離れていくのではなく、その時代が何を源氏に見たのかという新しい層が積み重なる。
10月25日の京都国立博物館で問われるのは、千年前の物語をどう保存するかだけではない。
物語は、別の言語、別の身体、別の時代へ渡ったとき、何を失い、何を初めて見せるのか。その問いそのものが、『源氏物語』が千年読み継がれてきた理由なのかもしれない。

