11月3日、京博で何が変わるのか
京都国立博物館の特別展「源氏物語 王朝のかがやき」は、11月3日の文化の日から後期展示に入る。単なる会期の折り返しではない。徳川美術館所蔵の国宝「源氏物語絵巻」から「橋姫」が11月15日まで公開され、藤原定家の校訂と関わる「定家本」の現存5帖が初めて同時に揃う。11月3日から15日までの短い期間に、物語を伝えた「文字」と、それを見える形にした「絵」を同じ会場で考えられる。
光源氏の栄華だけではない『源氏物語』
物語は11世紀初頭、紫式部によって書かれたと考えられる。宮廷の恋愛模様を描く華麗な作品として知られるが、その魅力を衣装や恋だけに還元するのは惜しい。身分、家族、嫉妬、老い、出家、失われた人の記憶といった主題は、光源氏の若い日の栄華から宇治を舞台にした後半へと姿を変える。登場人物が繰り返し抱えるのは、誰かを愛することと、その人の生を理解できることは違うという難しさだ。
橋姫――宇治十帖の静かな転調
国宝絵巻の「橋姫」は、光源氏を中心とした前半とは異なる「宇治十帖」の世界を伝える。宇治に隠棲した八の宮の娘たち、大君と中の君をめぐる物語には、華やかな社交とは違う孤独やためらいがある。絵巻の人物や屋内空間をどう切り取るか、人物同士の距離をどう置くかは、言葉で説明されない感情を読む手掛かりになる。後世の図像を、十一世紀当時の生活をそのまま記録した写真のように扱うべきではない。
絵巻が生まれた十二世紀
現存する国宝「源氏物語絵巻」は、物語が成立した時代より後の平安時代末期、12世紀の作品とされる。本文の挿絵ではなく、異なる時代の読み手と絵師たちが物語をどのように受け止めたかを伝える文化財でもある。「引目鉤鼻」と呼ばれる顔の表現や、屋根を取り払ったように室内を見下ろす「吹抜屋台」などの技法は、視線を人物の内面へ誘う。技法名だけ覚えるのではなく、画面でどの感情が表現されているかに注目したい。
一冊の原本は残っていない
紫式部の自筆原稿は現存しない。『源氏物語』は人が写し、人が読み、読み違いも含めて受け渡された。写本の間に表現や章句の異同が生じたのは、千年の伝達が手作業であったことの証しでもある。どの本文を基準とするかは、後世の読者と研究者にとって重要な問題になった。現代の校訂本を開けば同じ文章が印刷されているように見えるが、その背後には複数の系統と選択がある。
定家本5帖が初めて一堂に
鎌倉時代の歌人・藤原定家に関わる青表紙本系統は、後世の本文理解を形づくった重要な柱である。博物館によれば、現存する「定家本」5帖が一堂に会するのは今回が初めてで、揃う期間は11月3日から15日まで。「定家本」といっても紫式部の自筆ではないし、全54帖が完全な姿で揃っているわけでもない。残った少数の冊子を見つめることは、失われた膨大な写本を想像することでもある。
女房文学を生んだ平安の宮廷
紫式部は藤原道長の娘・彰子に仕えた女房として知られる。平安貴族社会では、和歌や漢文学への知識、手紙の技巧、贈答のしきたりが政治的な関係と結び付いていた。女房たちは宮廷の制約の中で、文学を生み出す重要な担い手になった。『源氏物語』を作者一人の天才だけで説明するのではなく、読む人、写す人、語り合う人からなる文学的な環境にも目を向けたい。
絵画、能、装束――物語が別の表現になる
展覧会は写本と絵巻だけでなく、装飾工芸、後世の源氏絵、能などを取り上げる。能の「葵上」「野宮」「夕顔」などは、物語を舞台の時間と身体に置き換えた作品だ。館の案内では復原能装束を用いた展示に後期の「玉鬘」が含まれる。物語の登場人物が、読み物から絵画へ、さらに衣装、舞台、生活の意匠へと広がっていく過程を一つの建物で追うことができる。
江戸の源氏絵と歌川国貞
源氏の世界は上層文化に閉じなかった。江戸時代になると木版画や芝居、娯楽文化の中にも広がり、歌川国貞(三代豊国)のような浮世絵師も「源氏」を題材とする図像を多く制作した。ただし浮世絵の源氏ものが常に平安時代の宮廷生活を忠実に描いたわけではない。江戸の衣装や美人画の表現を取り込み、同時代の観客が楽しむ物語へ作り替えたことこそ、その創造性である。
世界で読み直される千年の物語
『源氏物語』は英語をはじめ多くの言語で翻訳され、文学研究、ジェンダー研究、芸術史にまたがって読み続けられている。「世界最古の小説」という呼称は魅力的だが、何を小説と呼ぶかによって評価が異なるため、確定した世界一の記録のように語るのは適切ではない。むしろ、人物の内面や関係を精緻に描いた作品が、まったく異なる時代と社会で問いを投げかけ続ける理由にこそ目を向けたい。
11月3日から15日、訪れる人への案内
会場は京都国立博物館の平成知新館。会期は10月6日から11月29日、後期は11月3日から29日。午前9時開館、午後5時30分閉館(入館は午後5時まで)、金曜日は午後8時まで(入館午後7時30分まで)。一般当日2200円、大学生1200円、高校生700円。文化の日の開館でも本特別展は無料ではない。会期中は一部作品の展示替えがあるため、目当ての作品は公式出品一覧で確認したい。
11月17日からは「宿木三」
「橋姫」の展示は11月15日まで。その後、徳川美術館所蔵の国宝絵巻から「宿木三」が11月17日から29日に公開される予定だ。同じ特別展でも訪れる日によって出会える画面は変わる。だからこそ、文化財の貸し出しと保全、短期間での展示という条件も記事の一部である。展示室で一度にすべてを見ることができないことは不便さだけではない。壊れやすい文化財を次世代に伝えるための制度でもある。
古典が生きているとはどういうことか
この展示を単なる優美な王朝文化の回顧にしてしまう必要はない。千年前の作者が書いた言葉は、写本の誤写と校訂、絵師の解釈、芝居の再創造、翻訳者の選択を経て今に届いた。11月3日に京都で並ぶ絵巻と5帖の冊子は、変わらない「原典」を示すというより、変わりながら受け継がれる古典の生命力を教えてくれる。
出典・取材方法
京都国立博物館と主催者の公式資料を基に構成。会場での実見・独自インタビューは行っていない。絵巻・写本の会期と利用条件は公式発表に従う。
