光通信では、前へ進む光だけを考えればよいわけではない。回路の中で反射し、レーザー光源へ戻る光が通信を乱すことがある。その戻り光を抑える部品を、微細なシリコン光回路にどう作り込むか。京セラと東北大学が9月10日に発表した共同研究は、この製造上の難題にレーザーによる局所加熱で取り組んだ。[1]

狙いは、光を扱う材料には十分な熱を与えながら、周囲の回路に及ぶ熱の影響を減らすことだ。AIデータセンターの通信を支える技術として期待される。ただし、試作品が戻り光を抑えたことと、通信装置全体の電力を減らしたことは別の成果である。著者が公開したプレプリントには、通したい光の損失も記載されている。実用化を考えるうえで、発表の明るい見通しと同じ重みを持つ数字だ。[3]

熱を必要な場所へ届ける

光アイソレータは、光を進めたい向きには通し、その反対向きには通りにくくする。この働きに使う磁気光学ガーネットは、結晶化のために高温の処理を要する。共同発表によると、従来の方法では約600℃以上の加熱が必要で、チップ全体を炉で熱すると電極や配線などを傷めるおそれがあった。[1]

今回採用したレーザーアニールは、レーザー光を当てて局所的に熱処理する方法である。加熱領域は約700マイクロメートル四方、ミリメートルで表すと約0.7ミリ四方だ。この小ささは、必要な部分を選んで熱するという工程の特徴を示す。光源や磁石まで含む完成品がその大きさになったという意味ではない。[1]

材料の性能を引き出す温度と、周辺の部品が耐えられる温度を両立させる。半導体上に異なる材料を組み合わせる際の、地味だが避けられない課題である。優れた材料があっても、それを組み込む工程でほかの素子が傷めば、回路全体として使えない。今回の成果は、光の制御に加えて、製造する順序や方法の選択肢を広げる点から評価できる。

13.6 dBと、もう一つの損失

三つの数字が示すこと
数値何を測るか読み違えないために
13.6 dB順方向と逆方向の光出力の差を表すアイソレーション比。通信装置全体の省電力率ではない。
20.4 dB著者プレプリントに記載された挿入損失。通したい光にも損失がある。
約700 μm四方レーザーで局所加熱する領域。チップ全体やパッケージの寸法ではない。

出典:9月10日の共同発表、7月公開の著者プレプリント。[1][3]

デシベルは比を表す単位である。13.6 dBのアイソレーション比は、実験で比べた逆方向の出力が順方向のおよそ23分の1に相当する。発表はこれを約20分の1と表現した。これは方向による通りやすさの差であり、どのような反射条件でも光源へ戻る光の絶対量を一定割合に減らす保証ではない。[1]

一方、挿入損失は、素子を使うことで通したい光がどれだけ弱くなるかを見る指標だ。逆向きの光を強く抑えても、順向きの光まで大きく失えば、受信側に必要な強さを届けることが難しくなる。光源の出力を増やす必要が生じる可能性もある。したがって、アイソレーション比だけから省エネルギー効果を計算することはできない。

7月公開の著者プレプリントは、波長1540ナノメートルで13.6 dBの動作を示し、挿入損失を20.4 dBと報告している。また、基準となる直線状のシリコン導波路と比べた伝搬損失として9.5 dBを挙げる。この9.5 dBは1センチメートル当たりの値ではなく、20.4 dBに足して総損失を求める数字でもない。[3]

読み手に必要なのは、最も良く見える一つの数値を選ぶことではなく、何と何を比較した値かを確かめることだ。異なる構造の光アイソレータを比較する場合も、波長や損失の測定範囲がそろっているかが重要になる。

二つの光路で、進む向きに差をつける

試作品には、非対称マッハ・ツェンダー干渉計と呼ぶ構造を用いた。光を二つの経路に分け、再び合わせると、波の位相の関係によって強め合ったり弱め合ったりする。磁気光学材料によって進む向きで位相の変化に差をつけ、この干渉を戻り光の抑制に使う。材料はセリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)である。[3][7]

ここでいうモノリシック集積は、同じ基板上に素子を一体形成することを指す。発光、変調、受光、磁場の供給まで、通信に必要な機能がすべて一つに収まったという意味には広げられない。集積の範囲を明確にしてこそ、次にどの部品を組み合わせる必要があるかが見えてくる。[1]

プレプリントの測定は25℃、TM偏光の条件で、外部の永久磁石を使って行われた。磁場の向きを反転して逆方向に相当する応答を調べている。これは素子の動作を検証する実験であり、データセンターで通信を長期間運用した試験とは異なる。[3]

「世界初」の範囲と、長い研究の蓄積

京セラは成果を世界初と位置付けるが、その範囲はレーザーアニールを用いてシリコン光回路上に光アイソレータを集積する技術で、2026年7月の同社調べによる。シリコン上に光アイソレータを作ったこと自体が初めて、という主張ではない。[1]

実際、学術誌Nature Photonicsの2011年12月号には、シリコン上の非相反光共振器を使った光アイソレーションの研究が掲載されている。今回とは構造も製法も違う。この先行例は新技術の価値を小さくするものではなく、新しさがどこにあるかを示すための歴史的な基準点となる。[6]

シリコンフォトニクスと省電力の結び付きも、生成AIの普及より前から論じられてきた。NTTの2010年の技術解説は、光回路と電子回路の集積、シリコンの微細加工や量産設備の活用を通じた低コスト化を展望する一方、導波路の散乱損失、光ファイバーとの接続、偏光依存性などの課題を挙げていた。[5]

この経緯から見えてくるのは、光で情報を運ぶという着想から、安定して製造し使える回路に至るまでの距離である。光を閉じ込める、取り出す、電子回路につなぐ、反射から光源を守る。それぞれに別の技術が要る。今回の局所加熱は、その積み重ねの一つに位置する。

6月の材料研究から、9月の工程研究へ

京セラと東北大学は6月にも、シリコン上に直接作製できるナノコンポジット磁性ガーネットの共同研究を発表していた。東北大学の説明では、昇温を緩やかにする結晶化工程により、Ce:YIG中に酸化セリウムの微粒子を形成する。材料の磁気光学特性と光損失の関係を改善する方向の研究だった。[7]

6月の発表が示した材料の性能指数と、9月のアイソレーション比は測る対象が違う。どちらも集積化につながる研究だが、数値を並べて素子の性能がその倍率だけ向上したと読むことはできない。材料そのものを改良する仕事と、周辺回路と共存できる工程を整える仕事が、並行して進んでいると捉えるのが適切だ。

東北大学は今回の研究者として電気通信研究所の後藤太一准教授を挙げる。共同発表によると、成果の論文は9月3日にIEEE Accessに掲載された。本記事では掲載情報を両者の発表で確認し、実験の詳しい条件と損失の数値は著者が7月に公開したプレプリントに基づいて記した。[2][3][4]

データセンターの省電力につながる条件

応用先として想定されるのが、光部品と電子回路を同じパッケージに収めるCPO(Co-Packaged Optics)だ。高速の電気信号が通る距離を短くし、光との接続を近づける。NTTの2024年の技術解説も、ラック間やボード間の接続を念頭に、次世代の光電融合デバイスを論じている。今回の共同研究と同一の装置を扱う資料ではないが、集積化が求められる背景を理解する手掛かりになる。[8]

パッケージを小さくできることと、電力を減らせることは、それぞれ検証が必要だ。新しい素子を組み込むと、部品点数や位置合わせの手間を減らせる可能性がある一方、光の損失を補う負担が増えることも考えられる。通信速度、受信の確かさ、温度条件をそろえ、装置全体の電力を比べて初めて、導入効果を判断できる。

製造面では、一つの試作品で動くことから、多数の素子を同じ品質で作れることへ進む必要がある。良品の割合である歩留まり、加工にかかる時間、検査、組み立て後の安定性が製品のコストを左右する。これは発表済みの量産実績ではなく、Japan.co.jpが実用化を評価する際の確認点である。

両者も今後の課題として、低損失化、高効率化、生産性の向上を掲げる。レーザーで必要な場所だけを熱する方法は、異なる材料を一つの回路に収めるうえで有望な選択肢を示した。その価値がデータセンターに届くかどうかは、戻り光を抑える働きを保ちながら、通したい光の損失をどこまで減らし、安定して作れるかにかかっている。[1]

出典・参考資料

  1. 京セラ・東北大学、レーザーアニールによる光アイソレータ集積技術、2026年9月10日。
  2. 東北大学、同研究の発表・研究者情報、2026年9月10日。
  3. Sugitaほか、同研究の著者プレプリント、arXiv:2607.20964、2026年7月23日。実験条件・損失は本文と付録を参照。
  4. IEEE Access掲載論文のDOI。掲載日・書誌情報は共同発表で確認。
  5. NTT Technical Review、R&D Trends in Silicon Photonics、2010年2月。
  6. Nature Photonics、2011年12月号、Biほかのシリコン上光アイソレーション研究。目次の論文要旨参照。
  7. 東北大学、ナノコンポジット磁性ガーネットの先行共同研究、2026年6月15日。
  8. NTT Technical Review、Photonics-electronics Convergence Devices Enabling IOWN—Development of Second- and Third-generation Devices、2024年1月。

資料確認の基準日:2026年9月13日。共同発表は同一研究の発表資料。将来の効果は実証結果と区別し、解釈は特記のない限りJapan.co.jpによる。