AIが必要とする金属は、使い終わっても資源である
生成AIの計算を支える半導体。その微細な配線を形づくる金属は、工場で一度使えば役目を終えるわけではない。製造工程で消耗した部材を回収し、再び高純度材料として使えるか。限られた資源と旺盛な需要が交差する場所に、JX金属の新たな投資がある。10月28日、同社は半導体用スパッタリングターゲットの再資源化を進めるため、群馬県館林市と栃木県那須塩原市のグループ拠点に設備を導入すると発表した。その2日前には、銅原料をすべてリサイクル材とした圧延銅箔の本格販売も公表している。共通するのは、「採る」ことに依存してきた材料産業を、「戻す」仕組みから強くしようとする発想だ。
二つの発表は、同じ「リサイクル」でも対象が違う
まず整理したい。10月28日の発表は、半導体製造で用いるスパッタリングターゲットの使用済み品を切断・洗浄する設備投資である。JX金属コイルセンターの館林事業所と那須事業所が対象で、設備の導入時期や投資総額、処理能力の数値は発表文には示されていない。これを「新たな精製炉の完成」や「再生品の大量供給開始」と書くのは早計だ。一方、10月26日の発表は「Cu again(シーユーアゲイン)」シリーズの圧延銅箔で、こちらは2026年10月から本格販売が始まった製品の話だ。銅原料の100%がリサイクル由来という意味であって、製造に使う電力や水、薬品を含めた工程全体が環境負荷ゼロという意味ではない。
スパッタリングターゲットとは何か
半導体の配線は、金属の塊を削って作るわけではない。真空中に置いた金属材料にイオンを衝突させ、弾き出された原子をウエハーの表面に薄く堆積させる手法がスパッタリングである。原子を供給する側の高純度金属部材が「ターゲット」だ。銅は電気を通す配線、タンタルなどは配線形成を支える薄膜材料に用いられる。チタン、タングステン、コバルトなども用途に応じて使い分けられる。使用が進むとターゲットは均一に減るのではなく、条件によっては未使用部分を残したまま交換される。回収・分別・表面処理を適切に行えば、その残存金属には新たな材料になる価値がある。ただし、すべての使用済みターゲットがそのまま再使用できるということではない。
「高純度」の条件は、普通の金属回収より厳しい
半導体の製造工程では微量の異物が歩留まりや信頼性を左右する。問題になるのは目に見える汚れだけではない。混入した別の金属、酸素、粒子、加工時の付着物など、材料仕様によって管理すべき項目は変わる。切断と洗浄は回収材を再び処理工程に乗せるための重要な前段階だが、それだけで半導体用ターゲットの品質が保証されるわけではない。再溶解や精製、組成管理、検査などの後工程が必要になる場合もある。JX金属は顧客と連携して使用済みターゲットを回収する仕組みを進めてきたと説明する。ただし、新設備が各金属についてどの程度の回収率・再投入率を達成するのかは公表されていない。
銅箔では「再生銅100%」と屈曲耐久性の両立を狙う
もう一つの発表は、手のひらの中の電子機器に近い。圧延銅箔は銅を薄く延ばした材料で、曲げられる回路基板、すなわちフレキシブルプリント基板(FPC)などに使われる。折り曲げに耐える構造や細かな回路を実現するには、不純物の少なさだけでなく結晶組織の制御が重要になる。JX金属によると今回の製品には、グループ各社が集荷した再生原料を用い、2025年に新設した専用製錬炉を含む工程で精製した銅を使用する。再生原料だけを溶解する製造方法を採り、従来品と変わらない品質の安定生産が可能になったとしている。これは同社による品質上の主張であり、第三者の比較試験を独自に実施した結果ではない。同社はFPC向け圧延銅箔で世界シェア約8割と説明しているが、この数字も企業公表値だ。
銅を何度も使うほど、工程の設計が問われる
銅は回収可能な金属だから、再生原料を使えば自動的に製品の環境負荷が最小になる、という話ではない。集荷の距離、原料の混合状態、溶解・電解精製に必要なエネルギー、歩留まり、排出物の処理によって評価は変わる。とりわけ高機能銅箔では不純物の分離と組織制御が難しい。単に「スクラップを溶かせば同じ品質になる」と考えるのは誤りである。企業が循環を拡大する価値を定量的に評価するには、従来材とのライフサイクル評価(LCA)や製品別の炭素排出原単位、回収材のトレーサビリティーが欠かせない。今回の発表には、製品1キログラム当たりのCO₂削減量など比較可能な実績値は掲載されていない。
日立鉱山から半導体材料へ、120年を超える転換
JX金属の歴史は1905年、久原房之助(くはら・ふさのすけ)による日立鉱山の開業にさかのぼる。近代日本の銅生産を拡大した一方、製錬に伴う煙害が周辺に深刻な影響を及ぼした。1914年に建設された大煙突は、企業史における環境問題への対応を象徴する存在である。しかし煙を遠くへ拡散させることと、汚染物質の発生自体をなくすことは違う。歴史を美談に置き換えるべきではない。1978年には日立製錬所にリサイクル炉を設け、めっき汚泥などから有価金属を回収する事業を進めた。1985年には茨城県の磯原工場を開設し、電子材料分野へ広がった。鉱石の製錬を中心とした事業から、半導体の薄膜、情報通信機器の材料まで。今回の投資は長い技術転換の延長線上にある。
「国産化」ではなく、調達経路を増やす取り組み
日本の半導体産業を支えるためには、材料の安定供給が欠かせない。しかし回収と再生を拡大しても、金属資源の輸入が不要になるわけではない。対象金属ごとの需要、製造中の損耗、最終製品として社会に蓄積される量、回収までの時間は異なる。海外から回収した使用済み材料を国内で処理する場合もあれば、国内企業が海外鉱山から原料を調達する場合もある。資源循環の現実的な効果は、供給源を増やし、価格や物流上の混乱に対する選択肢を広げることにある。「輸入依存を解消した」とは、今回の資料からは言えない。
顧客との連携が競争力になる
スパッタリングターゲットの回収は、メーカーだけで完結しない。半導体工場が使用済み品を適切に分別し、回収の履歴を管理し、材料メーカーへ戻す必要がある。その先で加工、精製、品質認定までつなげて初めて循環は成立する。高い仕様を満たした材料を安定供給するという関係は、一度の設備投資より長い顧客関係を要する。JX金属は原料調達から製造までをつなぐ「垂直統合型サプライチェーン」を重視する。ただし、その仕組みが価格競争力や調達リスクをどの程度改善したかは、将来の数字で確かめなければならない。
次に確認したい五つの数字
公表資料から確認できるのは設備導入の決定と、再生銅100%を原料とする圧延銅箔の本格販売開始である。実際の成果を測るには、①設備投資額と稼働開始時期、②使用済みターゲットの年間処理量、③金属ごとの回収率と再投入率、④新旧銅箔の検査・耐久性データ、⑤製品ごとの温室効果ガス排出量という数字が必要になる。企業の説明を受け止めることと、その説明がどこまで実証されたかを見極めることは、別の仕事だ。
金属を「使い捨て」にしない産業へ
日本が半導体で競争力を築く道は、製造装置や最先端ロジックの開発だけではない。高純度金属を適切な形に仕上げ、使用後に回収し、また高品質の材料へ戻す工程にも技術がある。今回のJX金属の二つの発表は、循環型産業が標語から具体的な設備と商用製品へ移りつつあることを示す。ただし、資源節約の規模も環境上の純効果も、現段階では評価に必要な数字が足りない。次の報道で問われるのは、どれほど多くの金属が、どの品質で、どの程度の負荷削減を伴って再び産業に戻ったのか。その実績である。
出典・取材上の注記
本稿は会社の一次公表資料および沿革を精査した解説記事。工場見学、独自の品質試験、関係者への直接インタビューは実施していない。製品品質・世界シェア等は同社の説明として記した。