がん免疫療法を自動車にたとえるなら、免疫チェックポイント阻害薬はブレーキを外す薬である。PD-1やCTLA-4という抑制装置を抗体でふさぎ、疲弊したT細胞へ再び走れと命じる。ところが、大腸がんの内部では、ブレーキを外した先の道路そのものが封鎖されることがある。順天堂大学の研究チームが見つけたのは、その封鎖を組み立てる一つの回路だ。

伊藤匠特任助教、波多野良特任准教授、長谷川雄太研究員、森本幾夫特任教授らは、免疫チェックポイント阻害療法に抵抗した大腸がん組織に、炎症性サイトカインIL-26を作る「17型」のT細胞が選択的に集まっていることを突き止めた。IL-26は単に細胞表面の受容体へ命令を届ける普通のサイトカインとして働くのではない。がん細胞の中へ入り、核へ移動し、遺伝子の読み方を変える。その結果、腫瘍は好中球などの骨髄由来細胞を大量に呼び寄せ、がんを殺すCD8陽性T細胞の働きを封じるという。

成果は7月17日付の英科学誌『Nature Communications』オンライン版に掲載され、順天堂大学が7月23日に公表した。論文の核心は、炎症とエピジェネティクスと免疫逃避を、IL-26という一本の分子で結んだことにある。腫瘍の周囲にある炎症が「悪い」ことは以前から知られていた。今回の研究は、炎症の信号がどのようにがん細胞の核へ入り、クロマチンの状態を変え、免疫を遠ざける化学的な地図になるのかを描いた。

IL-26腫瘍特異的な17型T細胞が産生する炎症性サイトカイン
5,000倍超実験条件下で確認されたCXCLケモカイン発現の増加。患者での治療効果量ではない
約4%ステージIV大腸がんでdMMR/MSI-Highを持つ割合の国際的目安
年間15万人超日本で大腸がんと診断される人数
年間5.3万人超日本の大腸がん死亡数
治療前研究IL-26阻害は実験モデルで有望。患者での有効性・安全性は未証明

回路を一段ずつ読む

最初の登場人物は「17型T細胞」である。腸の粘膜は食べ物、共生菌、病原体へ絶えず接しており、17型免疫は境界面を守るうえで重要な役割を持つ。だが慢性的に作動すると、組織を傷つけ、自己免疫や腫瘍促進へ傾くこともある。順天堂チームは、免疫療法抵抗性の大腸がんで、腫瘍に反応する17型T細胞のうちIL-26陽性集団が目立つことを確認した。大腸がん全体でも健常者よりIL-26発現が高く、胃がんと食道がんにも同方向の傾向があった。

次にIL-26は、がん細胞の核へ移る。論文によれば、そこで転写因子STAT1へ直接結合し、NF-κB、AP-1と複合体を作る。これらは炎症やストレスに反応して遺伝子を作動させる主要なスイッチだ。さらにヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化されたH3K27acと、BETファミリーの「読み取り役」BRD4が遺伝子制御領域に濃縮される。DNA配列を変えずに、DNAを巻くクロマチンを開き、転写しやすい状態へ置くエピジェネティックな改装である。

開かれた遺伝子群の中で強く上がったのがCXCL1、CXCL2、CXCL3などのケモカインだった。ケモカインは免疫細胞に宛てた位置情報である。実験では発現が通常の5,000倍以上へ高まったと大学は説明する。信号を受けて好中球をはじめとする骨髄由来細胞が腫瘍へ流入し、CD8陽性T細胞の殺傷反応を抑える。免疫細胞が作った分子ががん細胞を改装し、そのがん細胞が別の免疫細胞を呼び、最初に解放したはずの攻撃細胞を止める。敵味方を単純に分けられない免疫系らしい逆説である。

段階起きること治療上の意味
1. 信号源腫瘍特異的な17型T細胞がIL-26を放出抵抗性を予測する組織・血液バイオマーカー候補
2. 核への侵入IL-26ががん細胞核へ移行しSTAT1へ結合、NF-κB・AP-1と複合体を形成受容体を介す通常のサイトカイン作用とは違う遮断点
3. クロマチン改装BRD4とH3K27acが増え、CXCL遺伝子を読みやすくするIL-26阻害またはBET/BRD4制御という二つの候補
4. 細胞の呼び込みCXCL1・2・3などが好中球・骨髄由来細胞を腫瘍へ誘導CXCL/CXCR2軸も下流標的になり得る
5. 免疫逃避流入細胞がCD8 T細胞を抑え、腫瘍増殖と治療抵抗性を促進PD-1阻害だけでは解除できない別の壁が見える
チェックポイント薬が「T細胞を解放する」治療なら、IL-26回路の遮断は「解放されたT細胞が走れる道路を取り戻す」治療になり得る。

なぜ大腸がんは免疫療法で二つに割れるのか

この発見を理解するには、大腸がん免疫療法の成功と限界を同時に見る必要がある。DNAを複製するとき、細胞は綴り間違いを直すミスマッチ修復装置を使う。MLH1、MSH2、MSH6、PMS2などが働かないdMMR腫瘍では、短い反復配列にエラーが蓄積し、マイクロサテライト不安定性が高いMSI-High状態になる。変異が多いほど、免疫系には「異物」として見える新生抗原が増える。こうした腫瘍はT細胞が入りやすい一方、PD-1/PD-L1経路を使って攻撃を抑えるため、ブレーキ解除が効きやすい。

2015年、ジョンズ・ホプキンス大学などの小規模第II相試験が分水嶺になった。ペムブロリズマブに対し、dMMR大腸がんは10人中4人が奏効した一方、ミスマッチ修復が保たれたpMMR大腸がんは18人中0人だった。dMMR腫瘍の平均体細胞変異は1,782、pMMRは73。この差が、臓器名よりDNA修復状態で免疫薬を選ぶ道を開いた。

2020年のKEYNOTE-177試験では、未治療のMSI-High/dMMR転移性大腸がん307人で、ペムブロリズマブの無増悪生存期間中央値は16.5カ月、化学療法は8.2カ月だった。日本の大腸癌研究会は2024年版ガイドラインで一次治療のペムブロリズマブを推奨し、2025年にはCheckMate 8HWを受け、ニボルマブ+イピリムマブもMSI-High切除不能進行・再発大腸がんの一次治療で使用可能になった。

しかし、米国国立がん研究所によれば、ステージIV大腸がんでdMMR/MSI-Highなのは約4%である。大多数はマイクロサテライト安定(MSS)/pMMRで、変異抗原が少ない、T細胞が入りにくい、TGF-βや血管・線維芽細胞の壁があるなど、複数の理由で「冷たい」腫瘍になりやすい。しかもMSI-Highでも全員が効くわけではなく、最初から反応しない一次抵抗性と、いったん効いてから再び進む獲得抵抗性がある。IL-26は、その複雑な地図に加わった新しい道路封鎖である。

1890年代の細菌毒素から、日本発PD-1へ

免疫でがんを治そうとする発想は新しくない。1890年代、米外科医ウィリアム・コーリーは感染後に腫瘍が縮小した観察から、細菌由来物質を患者へ投与した。効果は不均一で危険も大きかったが、免疫刺激ががんへ向かう可能性を示した。1950年代にはフランク・マクファーレン・バーネットとルイス・トーマスが、免疫系が日々生じる異常細胞を監視する「免疫監視」説を提唱した。

決定的な転換は、免疫を強くするだけでなく、免疫が止められる仕組みを外す考えだった。ジェームズ・アリソンらは1996年、T細胞のCTLA-4を抗体で遮断すると腫瘍を持つマウスが治癒し、免疫記憶も残ることを示した。その実験に使われた腫瘍の一つは結腸がん細胞株だった。

もう一つの道は京都から始まった。本庶佑の研究室は1992年、死にかけた細胞で増える未知の遺伝子を「programmed cell death-1」、PD-1と名付けた。後にそれがT細胞の過剰反応を防ぐブレーキだと分かり、がん細胞がPD-L1を使ってそのブレーキを踏む構図が明らかになった。アリソンと本庶は2018年、負の免疫制御を阻害するがん治療の発見でノーベル生理学・医学賞を受けた。

チェックポイント阻害薬は、従来の化学療法のようにがん細胞へ直接毒を入れるのではない。患者の免疫と腫瘍の関係を変える。そのため、長い奏効を得る人がいる一方、自己免疫に似た大腸炎、肺炎、肝炎、内分泌障害なども起きる。免疫の「ブレーキ」は健康な組織を守るために存在する。IL-26を狙う場合も、感染防御と粘膜の恒常性を壊さず、腫瘍での悪い働きだけを止める精度が必要になる。

IL-26――ウイルス研究から見つかった異端のサイトカイン

IL-26の歴史は2000年に始まる。サル由来ヘルペスウイルスで形質転換したヒトT細胞を調べた研究者が、IL-10に似る未知の遺伝子「AK155」を分離した。171アミノ酸の分泌タンパク質で、後にIL-26と呼ばれた。2004年にはIL-20R1とIL-10R2の組み合わせが受容体だと報告され、STAT1とSTAT3を活性化することが分かった。大腸上皮由来のがん細胞も標的になり得ることが早くから示されていた。

だがIL-26は普通の伝令より変わっている。正に帯電した両親媒性タンパク質で、2015年にはヒトTH17細胞が作る天然の抗菌物質として、細菌膜に穴を開け、細菌や死細胞のDNAと複合体を作り、自然免疫のDNAセンサーを刺激することが示された。つまり、受容体へ結合するだけでなく、核酸を抱えて細胞へ運ぶ性質を持つ。今回の研究で、がん細胞核へ入り、転写複合体の一部としてクロマチンを変えるという、さらに異例の顔が現れた。

IL-26研究には長年の技術的盲点がある。マウスとラットにはIL26遺伝子がない。がん免疫学で最も多用される実験動物が、そもそもこの分子を作らないのである。順天堂チームはヒトIL-26を発現する遺伝子改変マウスでその穴を埋めた。IL-26発現マウスへ大腸がん細胞を移植すると免疫療法の効果が下がり、炎症関連大腸がんも大きくなった。IL-26またはBRD4を阻害すると悪性化と治療抵抗性が弱まった。

このモデルは重要だが、同時に限界でもある。人の遺伝子を持つマウスが、人の長年の食生活、腸内細菌、加齢、薬物歴、免疫療法歴を完全には再現しない。IL-26を通常より強く発現させる系で見えた5,000倍という転写変化を、患者の腫瘍縮小率へ置き換えることはできない。人の腫瘍組織での相関、細胞・クロマチン実験、動物での介入が一つの物語を支持した段階であり、臨床効果を証明した段階ではない。

「配列を変えずに運命を変える」エピジェネティクス

エピジェネティクスという言葉は、発生学者コンラッド・ワディントンが1942年に、遺伝子型がどのように表現型を作るかを考えるために用いた。現在は、DNAメチル化、ヒストン修飾、クロマチン配置など、DNAの文字列を変えずに遺伝子の使いやすさを変える仕組みを指す。DNAが楽譜なら、エピジェネティクスはページを開く場所、音量、演奏順を決める指揮である。

DNAはヒストンというタンパク質へ巻き付く。ヒストンの特定位置へアセチル基が付くと、クロマチンが開き、転写装置が近づきやすくなる。H3K27acは活性化したエンハンサーやプロモーターの代表的な印だ。BRD4は「ブロモドメイン」でアセチル化リジンを読み、転写を進める機械を集める。書く酵素でも消す酵素でもなく、印を読むエピジェネティック・リーダーである。

2010年、小分子JQ1がBETブロモドメインへ競合的に結合し、BRD4をクロマチンから追い出せることが『Nature』に報告された。薬で「読み手」を止められるという概念実証は、BRD4をがん・炎症の創薬標的へ押し上げた。ただしBRD4は正常細胞の多くの遺伝子にも必要で、BET阻害薬は血小板減少や消化器症状などの毒性、効果の持続性、選択性に苦戦してきた。今回、BRD4阻害でマウスの抵抗性が弱まったことは直ちに既存BET薬を患者へ使えるという意味ではない。IL-26という上流の信号だけを遮る方が選択的か、それともCXCL/受容体を下流で止める方が安全かを比較する必要がある。

炎症は消防隊にも、放火者にもなる

19世紀の病理学者ルドルフ・ウィルヒョウは、慢性炎症の場所に腫瘍が生じることへ注目した。現代の大腸医学では、長期の潰瘍性大腸炎やクローン病が大腸がんリスクを高めることが知られる。炎症は傷を修復し感染を排除するが、長く続けば細胞増殖、DNA損傷、血管新生、免疫抑制を同時に生む。腫瘍は治癒しない傷に例えられてきた。

今回のIL-26回路は、その二面性を鮮明にする。IL-26を作るT細胞は本来、粘膜の微生物防御に参加する。好中球は細菌を素早く殺す最前線の細胞である。NF-κBやAP-1も感染・損傷への生存反応を担う。ところが腫瘍は、これら正当な防御を並べ替え、CD8 T細胞を遠ざける壁として使う。消防隊が煙に呼ばれたはずなのに、結果として放火者の周囲を囲い、警察を近づけなくするような構図である。

だから「好中球を減らせばよい」「IL-26を全部止めればよい」とは限らない。抗菌防御を弱めれば感染症を招き、腸のバリアを損なえばかえって炎症が増える可能性がある。腫瘍内だけで中和する抗体、投与時期を免疫療法の前後へ絞る方法、IL-26高値の患者だけを選ぶバイオマーカー、CXCR2など下流の移動経路を組み合わせる方法が考えられるが、いずれも仮説である。

新薬への道は、標的の発見より長い

研究チームはIL-26とBRD4の阻害で実験モデルの悪性化・抵抗性が弱まることを示した。IL-26を中和するヒト化抗体について、伊藤、波多野、金子、大沼、森本の各氏が発明者・特許権者であることを論文は開示する。金子氏はY’s ACの最高経営責任者、Dang、大沼、森本の各氏は同社株主と記載されている。これは研究を無効にするものではないが、臨床開発へ進む標的の評価では、独立した再現と利益相反の透明性が不可欠である。

次の段階では、免疫療法を受ける患者を治療前から登録し、腫瘍内IL-26陽性T細胞、血中IL-26、CXCL、好中球指標と奏効、無増悪生存、獲得抵抗性を前向きに結ぶ必要がある。MSI-HighとMSS、結腸と直腸、肝転移の有無、抗PD-1単剤と抗CTLA-4併用を分けなければならない。IL-26が「抵抗性の原因」なのか、進行した炎症性腫瘍に伴って増える「目印」なのかも、人で介入して初めて確定する。

臨床応用までに答えるべき10の問い
  • 誰に多いか:IL-26回路はMSI-High、MSS、原発・転移のどこで最も強いのか。
  • 予測できるか:治療前IL-26は一次抵抗性を、治療中の上昇は獲得抵抗性を予測するか。
  • 測り方:腫瘍免疫染色、RNA、血液のどれが再現性と実用性を持つか。
  • 因果性:独立した患者由来オルガノイドとヒト化免疫モデルで同じ回路が再現するか。
  • 標的の位置:IL-26、BRD4、CXCL、CXCR2、好中球機能のどこを止めるのが最も選択的か。
  • 併用順序:抗PD-1の前、同時、抵抗性出現後のどこで遮断するか。
  • 感染リスク:腸内細菌、粘膜治癒、全身感染への影響は許容できるか。
  • 免疫毒性:チェックポイント薬の大腸炎などを軽くするのか、逆に複雑にするのか。
  • 独立検証:特許・企業利害から独立した施設で生物学と治療効果が再現するか。
  • 患者利益:反応率だけでなく、反応持続、生活の質、生存を改善するか。

日本にとって大きい理由

大腸がんは日本で最も診断数が多いがんで、国立がん研究センターは年間15万人以上が罹患し、5万3,000人以上が亡くなるとまとめる。便潜血検査と陽性後の大腸内視鏡、ポリープ切除は死亡を減らせるが、受診率と精密検査完遂率は十分でない。免疫薬の高度な分子研究と、40歳以上の便潜血という地道な公衆衛生は競合しない。発症を防ぎ早く見つけることが、依然として最大の治療抵抗性対策である。

一方、進行・再発がんで標準治療が効かなくなった患者には、抵抗性回路の地図が必要だ。日本はPD-1発見の国であり、今回の研究も「ブレーキを外す」だけでは解けない次の層を示す。免疫を一様に強くするのでなく、腫瘍がどの細胞を呼び、どのクロマチン領域を開き、誰を排除しているかを患者ごとに測る時代へ移りつつある。

壁を見つけたことと、壁を安全に壊すこと

順天堂大学の発見で最も魅力的なのは、免疫細胞から分泌された一つの分子が、細胞外の合図にとどまらず、がん細胞核の転写装置へ入り込み、腫瘍周辺の人員配置まで変えるという連続性である。IL-26、STAT1、NF-κB/AP-1、BRD4/H3K27ac、CXCL、好中球、CD8 T細胞。一つずつは既知の登場人物でも、一本の抵抗性回路としてつながると、治療の介入口が見える。

しかし、設計図と建物は違う。論文は患者腫瘍の観察、分子実験、ヒトIL-26を持つマウスで説得力のある機構を示したが、抗IL-26抗体を患者へ投与した試験ではない。どの患者を選ぶか、感染を増やさないか、BRD4の正常機能を損なわないか、免疫チェックポイント薬とどう組み合わせるかは未解決だ。研究論文自体も早期公開版で、正式な編集工程が続くとNatureは注記している。

免疫療法の歴史は、基礎研究の奇妙な発見が数十年後に治療を変えることを教える。PD-1は当初、細胞死に関わる遺伝子だと思われた。IL-26もウイルスで変化したT細胞から見つかり、受容体、抗菌作用、DNA運搬を経て、いまがん細胞核の改装者として現れた。次の歴史が抗IL-26薬になるかは、まだ分からない。だが今回、免疫療法が効かない暗闇の中に、一つの回路図と、切ることのできるかもしれない配線が置かれた。

情報源・参考文献

本稿は順天堂大学の発表と原著論文を中心に、国立がん研究センター、大腸癌研究会、米国国立がん研究所、FDA、ノーベル財団、IL-26・BRD4の原著で検証した。患者治療の記述と細胞・遺伝子改変マウスの結果を区別し、実験上の「5,000倍」を臨床効果として扱っていない。治療選択は腫瘍のMSI/MMRなどを検査し、担当医と決める必要がある。