今回の成果を正確に読む:JFEスチール東日本製鉄所(千葉地区)の生産能力15kg/hの小型パイロット設備で、山梨県米倉山の再生可能エネルギー由来水素を使い、2026年6月29日から7月1日に約1トンの還元鉄を製造した。JFEとNEDOは、グリーン水素による安定した還元反応を日本で初めて確認したとしている。ただし、これは販売可能な「グリーンスチール」の完成でも、商用規模の実証でもない。また公表資料は、今回の約1トンに使った鉄鉱石の具体的な品位を明らかにしていない。低品位鉱石への対応はプロジェクト全体の目標であり、今回の試験結果と区別して読む必要がある。

千葉の海辺に、灰色で金属光沢を帯びた小さな塊が積み上がった。それは完成した自動車鋼板でも、橋を支える厚板でもない。鉄鉱石から酸素を取り除いただけの、まだ途中の鉄――還元鉄である。それでも、この約1トンには日本の製鉄史を折り返すような意味がある。山梨の再生可能電力で水を分解してつくった水素が、高圧トレーラーで東京湾岸へ運ばれ、JFEスチールの試験炉に入り、鉄鉱石の酸素と結びついて水になった。石炭の炭素ではなく、水素が酸素を奪ったのである。

場所はJFEスチール東日本製鉄所の千葉地区。前身の川崎製鉄が1951年に開設し、1953年に第1高炉へ火を入れた、日本の戦後復興と臨海一貫製鉄所の時代を象徴する場所だ。輸入した鉄鉱石と石炭を大型船で受け入れ、高炉、転炉、圧延までを海辺に集約する仕組みは、高度経済成長の大量生産を支えた。73年後、その同じ千葉で、鉄鉱石から酸素を外す主役を炭素から水素へ変える試験が行われた。

2026年7月31日、JFEスチール、NEDO、やまなしハイドロジェンカンパニー、巴商会、カナデビア、山梨県企業局、水素製鉄コンソーシアム(GREINS)は、日本で初めてグリーン水素を用いて約1トンの還元鉄を試作したと発表した。数字だけを見れば、巨大な製鉄所にはあまりに小さい。だが、今回つながったのは一基の試験炉だけではない。再エネ、水電解、水素の圧縮・輸送、鉄鉱石の還元、そして将来の電炉精錬という、別々に開発されてきた工程が一本の鎖になった。

約1トン6月29日~7月1日に製造した還元鉄
15kg/hJFE千葉の小型直接還元パイロット設備の能力
1.5MW米倉山のPEM型水電解設備
約14%鉄鋼業が占める日本全体のCO₂排出量

鉄鉱石は「鉄」ではなく、酸素と結びついた鉄である

製鉄の核心は、鉄鉱石を溶かすことより先に、鉄と結びついている酸素を外すことにある。代表的な鉄鉱石の成分である酸化鉄は、いわば鉄が地球上で長い時間をかけて酸化した状態だ。人類の製鉄は、その酸素を別の物質へ移し、金属鉄を取り戻す仕事として始まった。

高炉では、石炭からつくったコークスが熱源であると同時に、還元材として働く。炉内で生まれる一酸化炭素が酸化鉄から酸素を受け取り、二酸化炭素になる。コークスはさらに、重い原料層を支え、ガスの通り道をつくり、溶けた鉄へ炭素を供給する。つまり高炉における石炭は、単なる燃料ではない。化学反応、熱、炉内構造を一体で担うため、置き換えが難しい。

水素還元では、単純化すれば反応は「酸化鉄+水素→鉄+水」となる。NEDOの技術資料は、酸化鉄を水素で還元する反応を次のように示している。

二つの酸素除去反応
  • 水素:Fe2O3 + 3H2 → 2Fe + 3H2O
  • 一酸化炭素:Fe2O3 + 3CO → 2Fe + 3CO2

水素を使えば、還元反応の直接の副生成物はCO₂ではなく水になる。ただし、水素の製造、圧縮、輸送、加熱、還元鉄の溶解に使うエネルギーまで低炭素でなければ、製品全体の排出はゼロにならない。

今回の試験で重要なのは、鉄鉱石から酸素を外す工程に、再生可能エネルギーで製造した水素を実際に供給し、安定した反応を継続できたことである。還元鉄は固体のまま炉から出る。多孔質で「スポンジ鉄」とも呼ばれ、その後、電炉や電気溶融炉で溶かし、不純物と成分を調整して初めて鋼になる。

JFEがつくったのは、まだ鋼板ではない。だが製鉄で最も炭素に依存してきた「酸素を外す工程」を、再エネ由来の水素へつなげた。

千葉製鉄所――石炭と海運がつくった戦後日本の装置

千葉製鉄所の歴史を振り返ると、今回の試験の象徴性が見えてくる。川崎製鉄は1950年に設立され、翌1951年に千葉製鉄所を開設した。1953年に第1高炉へ火入れし、1958年には銑鋼一貫体制を確立した。戦後日本で初めての本格的な臨海大型一貫製鉄所として、原料を船で受け入れ、鉄を大量かつ連続的につくる新しい産業モデルを示した。

それ以前の製鉄所は、石炭や鉱山、既存都市の立地条件に強く縛られていた。千葉のモデルは、広い埋立地、深い港、大型船、連続設備を組み合わせ、世界から原料を運び込むことで規模の経済を追求した。鋼材は自動車、造船、建築、家電へ流れ、日本の暮らしそのものを変えた。

しかし、その強さは炭素の大量投入と表裏一体だった。鉄鋼業は現在、日本全体のCO₂排出量の約14%を占める。世界では鉄鋼生産が人為起源温室効果ガス排出の7~8%に相当するとされる。高炉を効率化するだけでは、2050年に求められる削減幅へ届かない。そのため、製鉄所の歴史をつくった「鉄鉱石+石炭」という結びつきを解きほぐす必要がある。

1953年の第1高炉は、日本が鉄を足りない時代に量をつくる答えだった。2026年の15kg/h試験炉は、鉄をつくるほど排出が増える時代を終わらせる答えを探している。規模は比べものにならないが、問いの大きさは同じである。

直接還元鉄は新発明ではない――新しいのは水素の出自だ

「直接還元」という製鉄法自体は、世界で長く使われてきた。高炉のように鉄鉱石を溶かしながら還元するのではなく、シャフト炉などで固体のまま酸素を除き、直接還元鉄(DRI)をつくる。天然ガスが安く豊富な中東、北アフリカ、インドなどで発展し、2024年の世界生産量は過去最高の1億4080万トンに達した。

既存のガス系DRIも、還元ガスの中に多くの水素を含む。天然ガスを改質すると、一酸化炭素と水素の混合ガスになるためだ。したがって「鉄鉱石を水素で還元する」という現象そのものが2026年に初めて起きたわけではない。新しいのは、化石燃料からつくったガスではなく、再生可能電力で水を電気分解した水素へ近づけること、さらに水素濃度をほぼ100%へ高めることである。

日本で直接還元法が主流にならなかった理由も明快だ。天然ガスを輸入に頼る日本では、ガスを豊富に産出する地域よりコスト競争力を得にくかった。日本の高炉会社は、輸入した鉄鉱石と原料炭を極めて高効率に処理し、高品質な鋼を大量生産する技術を磨いた。その既存資産を捨て、新しい還元炉と電炉、電力網、水素供給網を一からつくる転換は、化学反応だけでなく産業構造の作り替えになる。

製鉄ルート還元材・エネルギー強み主な課題
高炉・転炉コークス、一酸化炭素大量生産、高品位・高機能鋼、確立した一貫操業還元工程で大量のCO₂、コークスの構造的役割
天然ガスDRI+電炉天然ガス由来のH₂・CO、電力高炉より低排出になり得る、商用実績が大きい化石燃料由来排出、高品位ペレットへの依存
グリーン水素DRI+電炉再エネ由来H₂、低炭素電力還元時の直接CO₂を大幅に減らせる大量・安価な水素、熱供給、低品位鉱石、不純物、電炉大型化

山梨から千葉へ――今回つながった二つの実証

今回使われた水素は、千葉の製鉄所内でつくられたものではない。山梨県甲府市の米倉山電力貯蔵技術研究サイトで、再生可能エネルギーを使って製造された。設備の中心はカナデビア製の1.5MW PEM型水電解装置で、水を水素と酸素へ分ける。

米倉山のPower to Gas実証は2016年9月に始まり、NEDO事業終了後も高圧水素を地域の需要家へ供給してきた。NEDOが2026年6月に紹介したところでは、施設は約5年にわたり大きなトラブルなく安定運用されている。今回、水素はやまなしハイドロジェンカンパニーと巴商会を通じ、高圧ガスのままトレーラーで千葉へ運ばれた。

JFE千葉の試験設備は2024年12月に水素還元試験を開始していた。6月29日から7月1日、米倉山のグリーン水素を連続的に供給し、約1トンの還元鉄を製造した。パイロット能力は15kg/hであるため、定格能力だけで単純計算すれば1トンには約67時間かかる。実際の試験期間とほぼ同じ長さであり、短い一回の反応ではなく、数日にわたる運転として成果を積み上げたことが分かる。

この構図には、脱炭素技術開発の現実が表れている。電解装置の研究だけでは水素需要は生まれない。還元炉だけをつくっても低炭素水素が届かなければ意味がない。今回の「1トン」は、水素をつくるNEDO事業と、水素を使うグリーンイノベーション基金事業が初めて物理的に接続した成果でもある。

山梨の余剰電力を化学エネルギーへ変え、トレーラーで運び、千葉で鉄鉱石の酸素を水として外へ出す。今回の主役は一つの炉ではなく、その長い鎖だった。

水素は速く反応する。しかし炉から熱を奪う

水素還元には、直感に反する難しさがある。NEDOの解説では、水素による還元は炭素系ガスより反応速度が速い一方、熱を吸収する反応である。技術資料では、Fe2O3を水素で還元する場合、鉄1トン当たり886MJの熱を必要とする一方、一酸化炭素による反応は222MJを放出する関係が示されている。

つまり、水素を増やすほど化学的にはCO₂を減らせても、炉内温度は下がりやすい。還元ガスを外部で加熱し、原料へ十分な顕熱を運び、炉内全体で温度とガス流を均一に保つ必要がある。小型炉では制御できても、直径が大きくなり、原料の量が何百倍にもなれば、中心と壁際で反応状態が変わりやすい。

さらに水素分子は小さく、漏れやすく、幅広い濃度で燃焼する。配管、シール、検知、換気、緊急遮断など、安全設計も大規模化とともに厳しくなる。製鉄所で24時間、何年も連続操業するには、「一度成功した」ことと「止めずに回る」ことの間に大きな谷がある。

約1トンに必要な水素はどれほどか

化学式から理論値を計算すると、純粋なFe2O3を完全に還元して金属鉄1トンを得るために必要な水素は、最低約54kgとなる。これは化学量論上の下限であり、実際には鉱石の品位、還元率、排ガス中の未反応水素、加熱、設備損失などが加わる。

この数字を商用規模へ伸ばすと、課題の輪郭が見える。金属鉄100万トンをつくるだけでも、理論下限で年間約5万4000トンの水素が必要になる。実際の設備ではさらに多い。水素製造には大量の低炭素電力が要り、その水素を圧縮、貯蔵、輸送し、還元炉へ安定供給しなければならない。

今回のようなトレーラー輸送は、技術同士を結びつける実証には合理的だ。しかし製鉄所が年間数百万トンの鉄をつくる段階では、トレーラーを並べるだけでは足りない。製鉄所内の大規模水電解、パイプライン、輸入水素・水素キャリア、港湾貯蔵など、エネルギーインフラそのものが必要になる。NEDOも、安価な水素の大量確保が社会実装の条件だと明記している。

「1トン」を大きくも小さくも見過ぎない
  • 大きな意味:日本で、実際の再エネ由来水素を輸送し、数日間にわたり安定還元を確認した。
  • まだ小さい規模:世界のDRI生産は年間1億4000万トン超。商用設備は年100万トン級で動く。
  • 未完の工程:還元鉄は鋼材ではない。溶解、脱リン、脱窒、成分調整、鋳造、圧延が残る。
  • 未公表の点:今回試験した鉄鉱石の具体的品位、使用水素量、還元率、製品成分、ライフサイクル排出量は発表されていない。

日本が難しい「低品位鉱石」を選ぶ理由

NEDOプロジェクトの正式な目標は「水素だけで低品位の鉄鉱石を還元する」技術である。現在の商用シャフト炉は、鉄分が高く、不純物の少ない高品位ペレットを好む。水素還元で直接CO₂を減らせても、世界中の製鉄所が同じ高品位原料を求めれば供給制約と価格上昇が起きる。

日本の高炉は、比較的品位の低い鉱石も、焼結、コークス、高温溶融、スラグ形成を通じて処理してきた。これを直接還元へ移すと、鉱石に含まれるシリカ、アルミナ、リンなどが還元鉄に残りやすい。固体のまま酸素を除くため、不純物を同時に分離して捨てることが難しいからだ。

低品位原料を使える技術は、日本の原料調達とコスト競争力に直結する。高品位鉱石だけを使う方式を輸入すれば、反応は容易でも、原料市場のボトルネックを抱え込む。日本のプロジェクトが難しい課題を最初から設定しているのは、商用化後の原料現実を見ているためだ。

ただし、今回の発表だけから「低品位鉱石をグリーン水素で1トン還元した」と断定することはできない。ニュースリリースはプロジェクト全体の対象を低品位鉱石と説明する一方、6月29日~7月1日の試験で使った鉱石の品位を示していない。成果は重要だが、次に必要なのは、原料条件、還元率、強度、不純物、エネルギー消費を含む詳細な技術データである。

還元鉄を「高級鋼」にする、もう一つの難関

自動車の外板、電磁鋼板、高張力鋼など、日本の鉄鋼業が競争力を持つ製品は、不純物と成分を極めて精密に制御する。直接還元鉄を電炉で溶かすだけでは、同じ品質が自動的に得られるわけではない。

NEDOの計画は、還元炉の開発と並行して、電炉での高速溶解、脱リン、脱窒、撹拌、スラグ制御を進める。JFE千葉には10トン規模の小型試験電炉が建設され、還元鉄の予熱や炉内への熱付与を検証している。最終的には約300トン規模の大型電炉一貫プロセスで、不純物濃度を高炉法並みに抑え、自動車外板にも使える高級鋼を実証する目標だ。

ここで「鉄」と「鋼」の違いが重要になる。還元鉄は酸素を除いた原料であり、鋼は炭素や合金元素、不純物を管理し、用途に必要な組織と強度を持たせた製品である。7月31日の成果は、長い製造工程の上流にある大きな一歩だが、完成品への橋はまだ建設中だ。

段階今回確認されたことこれから必要なこと
グリーン水素製造米倉山の1.5MW PEM設備から供給価格低下、大規模化、長期安定供給
輸送・供給高圧トレーラーで山梨から千葉へ輸送パイプライン、港湾、構内製造など商用物流
直接還元15kg/h炉で約1トン、安定反応を確認低品位原料の詳細実証、熱効率、中規模・実炉化
溶解・精錬別途10トン試験電炉で技術開発中300トン級で高炉並みの不純物制御
鋼材・市場今回の発表対象外品質保証、コスト、需要家の価格負担、排出認証

世界初ではない。だからこそ、日本の課題が見える

グリーン水素による直接還元鉄は、世界では日本より先に実証されている。スウェーデンのHYBRITは2021年、化石燃料を使わない電力でつくった水素を使い、パイロット規模で約100トンのスポンジ鉄を生産した。その還元鉄から、SSABは同年、化石燃料を使わない製鉄ルートによる試験鋼材を顧客へ届けた。

したがって、JFEの成果は「世界初」ではなく、NEDO調べで「日本初」である。国際競争を考えれば、この違いは隠すべき弱点ではない。むしろ、先行事例があるからこそ、日本が何を独自に解かなければならないかが明確になる。

スウェーデンは良質な鉄鉱石、豊富な低炭素電力、鉱山と製鉄の近接という強みを持つ。日本は鉱石とエネルギーの多くを輸入し、狭い国土に巨大な既存高炉資産を抱え、高級鋼を大量に供給する責任がある。低品位原料の利用、海外を含む水素供給、高品質電炉鋼、既存設備との移行を同時に解く必要がある。

日本の勝負は、先に一つの「緑の鉄」をつくることではなく、原料・エネルギー制約の厳しい国でも品質と量を維持できる仕組みをつくることにある。

一つの技術に賭けない――GREINSの複線戦略

日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所、金属系材料研究開発センターは2022年、水素製鉄コンソーシアムGREINSを結成した。NEDOのグリーンイノベーション基金「製鉄プロセスにおける水素活用」は、直接水素還元だけでなく、既存高炉への水素利用、カーボンリサイクル高炉、電炉の高品質化、電気溶融炉など複数の道を並行して進める。

これは技術的な優柔不断ではない。日本の粗鋼を短期間ですべて一つの新方式へ切り替えることはできず、各製鉄所の設備年齢、製品構成、電力・水素供給、スクラップ量によって最適解が異なる。高炉を残しながら排出を半減する技術、直接還元鉄を輸入・国内製造して電炉で使う技術、炭素を循環させる技術が、移行期には同時に必要になる。

JFEは2035年ごろまでにカーボンニュートラルへ向けた超革新技術の確立を目指し、直接水素還元とカーボンリサイクル高炉を複線的に開発するとしている。NEDOの直接還元プロジェクト期間は2021~2030年度で、低品位鉱石を使う中規模炉において、現行高炉法比50%以上のCO₂削減を実証することが目標だ。

「グリーン水素」でも、鉄全体が自動的にゼロ排出にはならない

米倉山の水素は再生可能エネルギーによる水電解でつくられ、製造段階で直接CO₂を排出しないと定義される。しかし還元材がグリーンであることと、鋼材のライフサイクル排出がゼロであることは同じではない。

鉄鉱石の採掘、選鉱、ペレット化、海上輸送、水素の圧縮、トレーラー輸送、炉の加熱、還元鉄の溶解、精錬、鋳造、圧延まで、電力と燃料が必要だ。設備の建設にも排出がある。どの工程を評価範囲に入れるかで「グリーンスチール」の数字は変わるため、国際的に比較可能な算定方法と第三者認証が欠かせない。

今回の試験は、そのライフサイクル排出量や製造コストを公表していない。だから成果を「CO₂ゼロの鉄」と言い換えるべきではない。同時に、従来最も排出の大きい還元工程の反応物を、再エネ由来水素へ実際に置き換えた価値も過小評価すべきではない。

鋼材の値段を誰が負担するのか

商用化では、技術と同じほど経済が厳しい。グリーン水素は、天然ガスや原料炭に比べ高価であり、電解装置、再エネ発電、貯蔵、輸送にも投資が要る。新しい還元炉と大型電炉を建設しながら、既存高炉を安全に運営し、需要家への供給を途切れさせることもできない。

自動車一台に使う鋼材の重量から見れば、低炭素鋼の追加コストを最終製品全体へ薄く配分できる可能性はある。しかし鉄鋼会社だけが巨額の転換費用を負担すれば国際競争力を失う。政府支援、長期の低炭素電力契約、水素価格差支援、公共調達、需要家の購入契約、炭素価格、国境措置などを組み合わせる必要がある。

技術ができても買い手が従来鋼と同じ価格しか払わなければ設備投資は進まない。逆に、排出削減量を信頼できる形で測定し、自動車、建築、船舶などの需要家が価値を認めれば、「1トンの試作」は市場をつくる最初の証拠になる。

グリーン製鉄の最後の反応炉は市場である。水素が酸素を奪えても、社会が排出削減の価値を買わなければ、商用設備は建たない。

一トンが示したもの――製鉄所はエネルギーシステムになる

高炉時代の製鉄所は、鉄鉱石と石炭を受け入れ、副生ガスを回収し、自ら発電しながら動く巨大なエネルギー複合体だった。水素製鉄へ移る製鉄所も、単に炉を交換するだけではない。再エネ、水電解、貯蔵、港湾、パイプライン、電力系統、電炉、酸素利用までを統合する新しいエネルギーシステムになる。

米倉山から千葉へ運ばれた水素は、商用供給の完成形ではない。だが、再エネ地域と重工業地域を結ぶ日本型サプライチェーンの縮図だった。将来、国内の再エネ豊富な地域、海外の水素製造拠点、臨海製鉄所がどのようにつながるかを、小さなトレーラーが先に走って見せた。

千葉製鉄所が1950年代に示した革新は、原料を海から大量に受け入れ、工程を一カ所へ集めることだった。2026年の革新は、エネルギーと原料を再び組み替え、炭素の役割を減らしながら同じ品質と生産量を守れるかにある。

約1トンの還元鉄は、巨大な高炉の前では砂粒のように小さい。しかし歴史の転換は、完成した答えより先に、古い常識を一つ壊す実験として現れる。千葉で今回壊れたのは、「鉄鉱石から酸素を外すには、必ず化石由来の炭素が必要だ」という常識だった。

次に問われるのは、その反応を一日ではなく一年、15kg/hではなく数百トン/hで続けられるか。低品位鉱石から高級鋼をつくれるか。水素を安く大量に届けられるか。そして、その鋼を社会が選ぶかである。JFEの一トンは答えではない。だが、日本の製鉄が次に答えなければならない問いを、はっきりした金属の形にした。

1951年 川崎製鉄が千葉製鉄所を開設。

1953年 千葉製鉄所第1高炉に火入れ。戦後日本の臨海一貫製鉄所モデルが始動。

1958年 千葉で銑鋼一貫体制を確立。

2016年 山梨県米倉山のPower to Gas事業と、スウェーデンのHYBRIT構想が始動。

2020年 HYBRITが水素直接還元パイロット炉を稼働。

2021年 HYBRITが約100トンの化石燃料フリー水素還元鉄を製造。日本ではNEDOの「製鉄プロセスにおける水素活用」が始動。

2022年 日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所、JRCMがGREINSを結成。

2024年12月 JFE千葉の15kg/h直接還元試験設備で水素還元試験を開始。

2026年6月29日~7月1日 米倉山のグリーン水素を使い、約1トンの還元鉄を製造。

2026年7月31日 JFE、NEDOなどが日本初の成果として発表。

2030年度 NEDOプロジェクト最終年度。低品位鉱石の中規模直接還元と高級鋼製造技術の実証を目指す。

2035年ごろ JFEがカーボンニュートラルへ向けた超革新技術の確立目標を置く。

2050年 日本の鉄鋼業とJFEがカーボンニュートラル実現を目指す。

取材注記・主な資料

2026年8月9日午前0時50分(日本時間)までに確認できた公開情報を使用しました。JFE・NEDO発表が確認したのは、グリーン水素による約1トンの還元鉄試作と安定した還元反応です。今回使用した鉄鉱石の具体的品位、水素使用量、還元率、製品成分、製造コスト、ライフサイクル排出量は公表されていません。本稿の「鉄1トン当たり理論上約54kgの水素」は、NEDO資料に掲載されたFe₂O₃の反応式からJapan.co.jpが化学量論的に計算した下限値で、実設備の使用量を示すものではありません。