小学生のとき、男子と同じチームでボールを追いかけることができた。だが中学校へ進むと、地域に女子チームがない。学校にも女子サッカー部がない。男子チームで続ける選択肢はあっても、体格差が広がる年代に女子チームでプレーしたいと思えば、遠くまで通うか、別の競技へ移るか、サッカーそのものをやめるしかない。アディダス ジャパンと日本サッカー協会(JFA)の共同プロジェクト「HER TEAM」が狙うのは、この13歳前後に開く「続ける場所」の穴である。
問題は「サッカーを始める女の子がいない」ことではない
JFAが繰り返し説明してきたのは、小学生年代では女子選手が男子と一緒にプレーするケースが少なくないという事実だ。ところが中学生年代になると体格や体力の差が出始め、女子チームで競技を続けたい選手が増える。そこで受け皿が急に細くなる。
JFAが2023〜25年のHER TEAM募集資料で用いた指標では、中学生年代の女子チーム数は男子チームのわずか2.8%。2025年の発表では、当時47都道府県のうち7地域に女子チームが存在しないと説明した。これは日本女子サッカー全体にチームがないという意味ではなく、JFAが問題視するU-15年代の「地域で選べる女子チーム」が薄いことを示す指標だった。
HER TEAMの問題設定は、その構造と「女子プレーヤーの5人に1人が13歳になるとサッカーを辞める」という離脱データを結びつける。才能不足でも、本人の興味が自然に消えるからでもない。少なくとも一部の選手は、続けたいのに続けられるチームが近くにないため、競技からこぼれる。
2020年、最初の募集には67チームが手を挙げた
HER TEAMは2020年に始まった。初年度の募集には全国29都道府県から67チームが応募し、JFAとアディダスは10チームの創設を支援した。そのうち3チームは、女子中学生年代に特化したチームがなかった自治体に属していた。
翌2022年の募集時点では、支援累計は全国18自治体・20チーム。2023年には30チーム。2025年の募集発表では5年間で88チーム。そして2026年9月、JFAは過去6年間の累計を37都道府県102チームとした。
この数字の伸びは、チームを作りたい地域側の需要があることを示す。一方、JFAは毎年の募集で新規創設チームだけを対象とし、過去に存在したチームの再立ち上げや活動休止チームの再始動は対象外としている。HER TEAMは既存クラブの延命ではなく、プレーできる「席」そのものを増やす政策として設計されている。
2026年度は、ユニフォームだけを渡して終わらない
2026年度募集では、中学生年代の女子がプレーでき、2027年度中に新設されるチームが対象となる。2027年4月から2029年3月までに、JFAの「女子」種別で登録を完了し、継続的に運営することが条件だ。学校の部活動も「チーム」に含まれる。
公表された支援は、メンバー募集用の告知ツール、約20人分を想定したユニフォーム、クーバー・コーチング・ジャパンの指導協力によるサッカークリニック、JFA・アディダス関連活動への優先招待、事務局によるチームサポート、チーム同士のオンライン情報交換会。サポート期間は2026年12月1日から2029年3月31日までとなっている。
つまり課題を「ユニフォームを買うお金がない」とだけ見ていない。新しい女子チームには、選手募集、指導、保護者への周知、試合相手、登録事務、他チームとの情報交換など、設立後に運営を続ける仕事がある。
一方、2026年度に何チームを採択するかは非公開で、現金助成額も公表されていない。募集は9月30日までで、審査後に支援チームを発表する予定だ。
チームが一つあるだけでは、リーグにならない
地域に女子チームが一つ誕生しても、それだけで継続的な競技環境が完成するわけではない。近隣に対戦相手が少なければ、練習試合やリーグ戦のため長距離移動が必要になる。選手数が少なければ11人制のチーム編成自体が不安定になる。
HER TEAM CUPは、その孤立を補う仕組みの一つだ。2024年は高円宮記念JFA夢フィールドとJ-GREEN堺で、2025年も大阪と千葉で、支援チームの合同トレーニングや試合、交流機会が設けられた。地域で少数派になりやすい女子中学生が、同じ年代の選手が全国にいることを知る場でもある。
プロジェクトの次の課題は、「チームを作る」から「チーム同士が競技できる密度を作る」へ移る。102という全国累計よりも、同じ生活圏・競技圏の中に複数のチームが存在し、週末に試合を組めるかが持続性を左右する。
登録数字は、女子サッカー人口を一つの数字で表せない
JFAの2025年度登録データでは、「女子」種別に登録する選手は2万7,662人。ただしJFA自身が注記するように、これは「女子チーム」に登録している人数であり、男子チームや第4種など他の種別でプレーする女性・女子選手を含まない。
女性活躍に関するJFAのWEPsレポート2025は、性別で数え直したサッカー選手を5万1,194人とし、登録選手全体の6.2%だった。二つの数字が違うのは矛盾ではなく、チーム種別と選手の性別という集計軸が違うためだ。
この違いはHER TEAMの課題そのものにもつながる。小学生年代で男子チームに登録している女子は、「女子」種別の登録人数には表れにくい。その選手が中学生になるとき、女子チームへ移ろうとして初めて地域の受け皿不足が顕在化する。
選手だけ増やしても、チームは続かない
JFAの2025年WEPsレポートでは、女性指導者は3,992人で全登録指導者の3.8%、女性審判員は1万5,390人で5.4%だった。女子選手の比率6.2%よりさらに低い。
新しいチームが長く残るには、監督、コーチ、運営者、審判、保護者、地域サッカー協会が必要になる。HER TEAMが事務局サポートや情報交換会を含むのは、チーム創設を「選手20人を集めるイベント」ではなく小さな組織づくりとして扱うためでもある。
JFAが2026年8月に発表した女子全体戦略も、関連人口を選手だけで定義していない。「する」女子登録選手、「支える」女子指導者・女子審判員、「みる」観客や視聴者などを含め、2031年へ女子サッカー関連人口を2倍にする目標を掲げる。
HER TEAMが埋めようとしているU-15の「谷間」
| 年代 | 典型的な環境 | 課題 |
|---|---|---|
| 小学生(U-12) | 男子・混合チームでプレーする女子も多い | 女子専用チーム登録だけでは実際の女子選手数を捉えにくい |
| 中学生(U-15) | 体格差が広がり女子チームを希望する選手が増える | 女子チーム・女子部活動の不足。13歳で5人に1人が離脱というJFA・adidasの問題設定 |
| 高校年代(U-18) | 高校女子部、クラブユース、強豪育成環境 | U-15で競技から離れれば、この段階へ到達できない |
| トップ | なでしこリーグ、WEリーグ、代表 | トップの成功だけでは地域の入口・継続環境は自動的に増えない |
2011年の世界一から、2021年のプロリーグへ
日本女子サッカーの歴史を見ると、トップレベルの発展は劇的だった。1979年に日本女子サッカー連盟が生まれ、1980年には全日本女子サッカー選手権が始まった。1989年には日本女子サッカーリーグがスタート。日本女子代表は1991年、第1回FIFA女子世界選手権へ初出場した。
20年後の2011年、なでしこジャパンはドイツ大会決勝でアメリカと2-2、PK戦3-1で勝ち、日本サッカー史上初の女子ワールドカップ優勝を果たした。澤穂希、宮間あやらの活躍で女子サッカーの認知度は一気に上がった。
そして2020年、JFAは日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」を発表し、2021年9月に開幕した。「女子プロサッカー選手」が職業として見える仕組みができた。
しかし、代表が世界一になり、プロリーグが存在しても、13歳の選手の町にチームがなければ競技は続かない。HER TEAMが示すのは、トップの成功とグラスルーツのアクセスは別々に作らなければならないという現実である。
1979年:日本女子サッカー連盟が発足。
1989年:日本女子サッカーリーグが開幕。
1991年:日本女子代表が初のFIFA女子世界選手権へ出場。
2011年:なでしこジャパンがFIFA女子ワールドカップ初優勝。
2020年:JFAとアディダスがHER TEAM開始。初年度10チームを支援。
2021年:WEリーグ開幕。
2023年:HER TEAM創設支援累計30チーム。
2025年:5年間の累計88チーム。
2026年:37都道府県102チーム。JFAが女子関連人口2倍を掲げる女子全体戦略を発表。
2022年の国スポ「少年女子」新設も、U-15を変えた
女子育成年代を取り巻く環境はHER TEAMだけで変わっているわけではない。2022年、国民体育大会(現在の国民スポーツ大会)サッカー競技に「少年女子の部(U-16)」が新設された。各都道府県がU-16女子代表チームを組む必要が生まれ、47都道府県サッカー協会が地域の女子U-15育成環境を意識する理由が一つ増えた。
JFAは2023年のHER TEAM募集時、この制度変更を挙げて、U-15女子のプレー環境や大会の充実を進めていると説明した。地域選抜を組もうとしても、日常的にプレーするクラブが少なければ人材は育たない。代表選抜とグラスルーツの受け皿は表裏一体である。
HER TEAMだけで「7県の空白」を埋められるわけではない
JFAはHER TEAMと並行して、MS&ADホールディングスと「なでしこ“つぼみ”プロジェクト」も進めている。こちらも中学生年代女子の受け皿となるクラブの創設・運営を支援するが、少子化で学校部活動全体が維持しにくくなっている問題も射程に入れる。
JFAの説明では、2014年から10年間で中学生年代の登録選手数は22.1%減り、同年代人口の減少9.2%を上回った。特に中体連の登録選手は38.5%減少。これは女子だけの問題ではないが、もともとチーム数が少ない女子では一つの学校部が消える影響が大きい。
部活動の地域移行・地域展開が進む今後、HER TEAMのような地域クラブ型の受け皿はさらに重要になる可能性がある。学校にチームがなくても、地域にクラブがあれば競技を続けられるからだ。
102チームで、何人がサッカーを続けたのか
ここがHER TEAMを評価する上で、次に必要な数字である。JFAは創設チーム数を公表しているが、9月1日の資料では、102チームに現在何人が所属しているか、何チームが何年以上活動を継続しているか、HER TEAMがなければ離脱していた選手が何人残ったかまでは示していない。
プロジェクトの目的が「継続率を上げる」ことである以上、将来的にはチーム創設数だけでなく、1年後・3年後の存続率、登録選手数、選手の継続率、移動距離、リーグ参加数なども成果指標になる。
102という数字は入口として大きい。だがJFA会長の宮本恒靖氏自身が2026年のコメントで強調したのは、チームが生まれるだけでなく、地域に根づき次の世代へつながることの重要性だった。量から持続性へ評価軸を進める必要がある。
チームをつくることは、女子だけの「特別扱い」なのか
HER TEAMへの反応には、「男子と同じチームで続ければよい」という見方もあり得る。実際、小学生年代で混合チームが機能している地域は多い。競技規則上も、女子が男子と一緒にプレーできる場は重要だ。
しかし選択肢が一つしかないことと、複数あることは違う。女子チームを希望する選手が、地域にその選択肢を持てることがプロジェクトの核心である。女子チームを増やすことは男子との混合チームを否定する施策ではなく、続け方を増やす施策だ。
女子だけのチームには、同年代女子の仲間を得られること、女子大会へ継続的に参加できること、女子選手特有の身体・健康課題を理解する指導環境を作りやすいことなどの利点がある。一方、地域によっては人数不足で単独女子チームが難しく、合同チームや広域クラブの方が現実的な場合もある。
2031年の「2倍」は、13歳で途切れる線をつなげるところから
JFAの女子全体戦略は、2031年までに女子サッカー関連人口を2倍にするという大きな目標を置く。主要国際大会優勝、女子サッカー推奨度10ポイント上昇と並ぶKGIである。
その目標を達成するには、なでしこジャパンの勝利やWEリーグの観客増だけでは足りない。女子選手がサッカーを始め、13歳でやめず、U-18へ進み、大学、社会人、プロ、指導者、審判、保護者、観客として競技に残る流れが必要になる。
HER TEAMは、その長い流れの中の一カ所だけを直すプロジェクトだ。だからこそ重要でもある。パイプラインは、一番細い場所で詰まる。
2026年度募集で新しく作られるチームが、数年後にも活動しているか。そこに入った選手が高校年代でもボールを蹴っているか。地域に二つ目、三つ目のチームが生まれ、移動せず試合ができるようになるか。
13歳の少女に必要なのは、世界一の代表チームをテレビで見ることだけではない。来週の火曜日に練習へ行けるチームが、自分の町か、その隣にあることだ。102という数字の本当の価値は、その普通の日常を何人分つくれたかで決まる。
資料・出典
- JFA「アディダス・JFA共同プロジェクト『HER TEAM』2026年度募集開始」 — 2026年9月1日。37都道府県102チーム、13歳で5人に1人が離脱、2026年度募集条件、支援内容、宮本恒靖会長コメントを確認。
- adidas「HER TEAM PROJECT」 — 女子中学生年代のチーム数が男子の2.8%という課題、13歳で5人に1人が離脱するというプロジェクトの問題設定。
- JFA「女子全体戦略」 — 2026年8月14日。JFA成長戦略2026-2031の柱として女子サッカー関連人口2倍、する人の増加、機会創出・環境整備などを設定。
- JFA「JFA成長戦略2026-2031」PDF — 女子全体戦略のKGI・KSF。登録選手、指導者、審判員、観客等を含む『関連人口』を2倍とする目標。
- JFA「WEPsレポート2025」 — 2025年3月時点の女性サッカー選手5万1,194人(6.2%)、女性指導者3,992人(3.8%)、女性審判員1万5,390人(5.4%)など。HER TEAMは5年間で88チームを創設支援。
- JFA「サッカー選手登録数」 — 2025年度の『女子』種別登録選手2万7,662人。種別別登録であり、男子・第4種など他種別に登録する女性選手を含まない点を確認。
- JFA「HER TEAM 2025年度募集開始」 — 5年間で88チーム、U-15女子チームが男子比2.8%、2025年時点で7都道府県に女子チームが存在しないとした問題設定。
- JFA「HER TEAM 2023年度募集開始」 — 小学生年代では男子と一緒にプレーするケースが多い一方、中学生年代で女子チームを希望する選手が増える構造、当時30チームを創設支援。
- JFA「HER TEAM 2022年度募集開始」 — 当時全国18自治体20チームへの創設サポート、U-15女子チーム比率2.7%という初期の課題認識。
- JFA「HER TEAM 2021年度募集開始」 — 初年度2020年は29都道府県67チームから応募、10チームの創設を支援。うち3チームは女子中学生特化チームが無かった自治体。
- JFA「アディダスがU-15年代のチーム創出プロジェクトを始動する理由」 — 2020年の立ち上げ時の背景。10代女子のスポーツ継続、指導者・場所・環境格差を課題として説明。
- JFA「JFA女子サッカーデー2024」 — HER TEAM CUPを東西で開催し、チーム間の合同トレーニング・試合・交流を支援した実例。
- JFA「JFA女子サッカーデー2025」 — HER TEAM CUPをJ-GREEN堺と高円宮記念JFA夢フィールドで継続開催した実例。
- JFA「日本女子代表 ワールドカップ/オリンピックヒストリー」 — 1981年のアジア女子選手権から、1989年日本女子サッカーリーグ、1991年女子W杯初出場へ至る代表史。
- JFA「2011 GERMANY」 — なでしこジャパンの2011年FIFA女子ワールドカップ初優勝。
- WEリーグ「日本初の女子プロサッカーリーグが2021年秋開幕」 — 2020年に名称・理念を発表し、2021年9月に日本初の女子プロサッカーリーグとして開幕した歴史。
- JFA×MS&AD「なでしこ“つぼみ”プロジェクト」 — 2014年から10年間の中学生年代登録減少、地域クラブの受け皿不足、HER TEAMとは別に進む女子U-15クラブ創設・運営支援。
本稿は2026年9月3日午前2時24分(日本時間)までに確認できた公開資料を照合した。HER TEAMの累計102チーム・37都道府県、募集条件、支援内容、13歳で5人に1人が離脱するという指標はJFAとアディダスの一次資料に従った。『102チームが誕生』は累計創設数として扱い、102チームすべてが2026年9月時点で活動中とは記述していない。JFAは9月1日発表で各チームの現在所属選手数、存続率、都道府県別一覧を公表していない。U-15女子チームが男子比2.8%という数字と『7地域に女子チームが存在しない』という記述はJFAの2025年公表値として時点を明示した。2025年度JFA登録の『女子』種別2万7,662人と、WEPsレポートの女性選手5万1,194人は集計軸が異なるため同一指標として比較していない。WEリーグは2020年発表、2021年9月開幕として公式リーグ史に合わせた。
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