研究室から診察室までの距離は、論文のページ数では測れない。患者に使える形へ設計し、製造方法を定め、医療機器の制度に対応し、費用を誰が負担するかを決め、現場で扱う人を育てる。8月27日に発表された二つの大臣賞は、異なる技術でその距離を縮めてきた大学発スタートアップに贈られた。

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、東京ビッグサイトで開かれた「大学見本市2026~イノベーションジャパン」で「大学発ベンチャー表彰2026~Award for Academic Startups~」の受賞者を発表した。

文部科学大臣賞は、慶應義塾大学医学部発の株式会社OUIと、支援した慶應義塾大学、株式会社リベルワークスが受賞した。経済産業大臣賞には、東京大学発のBionicM(バイオニックエム)株式会社と、東京大学、株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズが選ばれた。

表彰制度は2014年度に始まり、2026年度で13年目を迎えた。今回は3月19日から4月27日までに41件の応募があり、外部有識者による書類審査と面接審査を経て6社を選んだ。賞は企業だけでなく、その成長に特に寄与した大学や企業も対象にする。

41件2026年度の応募数。
6社表彰された大学発ベンチャー。
13年目2014年度に始まった表彰制度。
5社受賞6社のうちNEDOが支援実績を持つ企業数。

スマートフォンの光を、眼科診療の光に

OUIの主力製品「Smart Eye Camera(SEC)」は、スマートフォンに取り付ける眼科医療機器である。スマートフォンのカメラと光源を使い、眼の前方を観察する細隙灯顕微鏡や、眼底を観察する直像検眼鏡として利用する。固定式の大型機器を置きにくい離島、訪問診療、検診、医療資源の限られた地域で、画像や動画を撮影し、遠隔の眼科医へつなぐことを想定している。

一般名称「細隙灯顕微鏡」と「直像検眼鏡」に当たる複数モデルが国内で医療機器として届け出られている。OUIは既存の細隙灯顕微鏡と同等の評価性能を示した臨床研究があると説明している。ただし、機器が小型であることと、どの疾患でも単独で確定診断できることは同じではない。撮像条件、使用者の訓練、画像を判定する眼科医、必要時に専門医療へ送る経路まで含めて診療モデルになる。

代表取締役の清水映輔(しみず・えいすけ)氏は眼科医で、慶應義塾大学医学部眼科学教室の特任講師を務める。会社の公式説明によると、2016年にOUIを創業し、国際医療支援の現場で眼科機器が不足する状況を見たことからSECを開発・実用化した。

JSTの受賞理由は、OUIが国内外60カ国以上で「実証・展開」を進めているとする。これはJSTによる評価であり、60カ国すべてで製品が承認・販売され、日常診療に定着したことを意味しない。実証、共同研究、医療支援、販売は段階が異なるため、普及の実態は国別に見る必要がある。

OUIを製品化へ運んだ支援
  • 慶應義塾大学医学部眼科学教室:眼科臨床の知見と研究環境。JSTは根岸一乃教授、外間梨沙専任講師を支援者として挙げた。
  • 株式会社リベルワークス:OEMパートナーとして医療機器開発、製造、薬機法対応、各種登録を支援。
  • 遠隔診療の連携先:撮影する医療従事者と遠隔の眼科医を結ぶ運用、検診や訪問診療への導入。

義足を使う技術者が、ヒューマノイド研究へ戻った

BionicMの「Bio Leg®」は、下肢切断者向けのパワード義足である。センサーで装着者の動きを捉え、モーターの力で膝の曲げ伸ばしを補助する。立ち座り、歩行、階段などで、失われた筋力の一部を機械が補うことを目指す。

出発点には、代表取締役の孫小軍氏自身の経験がある。孫氏は義足ユーザーで、ソニー株式会社でエンジニアとして働いた後、2015年に東京大学大学院情報理工学系研究科の博士課程へ戻った。東京大学情報システム工学研究室でヒューマノイド・ロボット技術を学び、義足の研究を始めた。

研究チームは、義足利用者88人への調査から、階段の昇降、膝折れ、疲れ、歩行速度の調整、姿勢などの課題を整理したと会社公式コラムで説明している。2016年にJSTの大学発新産業創出プログラム(START)へ採択され、2017年には初期プロトタイプ「Suknee」で米国のSXSW Interactive Innovation Awards学生部門を受賞。2018年12月にBionicMを設立した。

JSTは、東京大学の知的財産、JSTとNEDOの研究開発支援、学内インキュベーション施設が技術を磨く基盤になったと説明する。支援企業の株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズは、創業前から出資、資金調達、チーム形成、事業開発、ガバナンスを支えてきた。

二社が社会へ運んだのは、大学の特許だけではない。眼科医の臨床判断と、義足ユーザーの身体感覚を、量産できる装置と運用へ翻訳した。

FDA「登録」とPDAC「コード検証」を正確に読む

BionicMの受賞理由には、米国での規制・販売実績が含まれる。JSTは、Bio Legが米食品医薬品局(FDA)のクラスII医療機器登録と医療保険適用承認を取得し、販売を始めたと説明した。

ここは制度用語を分けて読む必要がある。BionicMが2023年に公表したのは、FDAへの施設登録と、510(k)の市販前届出が免除されるクラスII機器としての製品リスティングである。「FDA承認」と同義ではない。2024年に公表したPDAC(価格・データ分析・コーディング請負機関)の検証は、米国の医療請求に使うHCPCSコードを製品へ割り当てる手続きである。

PDACのコード検証は、個々の保険請求の支払い保証ではない。 米国の公的文書は、HCPCSコードの割り当てが製品への承認・推奨を意味せず、メディケアの給付や償還を保証するものでもないと明記している。従って、JSTの表現する「医療保険適用承認」は、請求に必要なコードが確認された段階として理解し、患者ごとの給付判断とは区別する必要がある。

それでも、研究用プロトタイプから米国の販売まで進んだ事実は、大学発技術の事業化として一つの節目である。JSTは、米国のリハビリテーション病院との臨床研究も進めていると説明する。今後は、装着者の転倒、疲労、活動量、満足度、故障、訓練時間といった実使用データを、対象人数と比較条件を示して蓄積する必要がある。

項目株式会社OUIBionicM株式会社
受賞文部科学大臣賞経済産業大臣賞
研究基盤慶應義塾大学医学部の眼科臨床・研究東京大学のヒューマノイド・生体工学、情報システム工学
製品スマートフォン装着型眼科医療機器「Smart Eye Camera」動力アシスト付き義足「Bio Leg®」
解こうとする課題眼科医や大型機器が少ない場所での撮像、遠隔相談、早期受診立ち座り、歩行、階段、膝折れ、疲労など義足利用時の負担
製品外の要件薬機法、製造、撮影者の訓練、遠隔の眼科医、専門施設への紹介医療機器登録、義肢装具士による適合、訓練、保守、保険請求
支援企業株式会社リベルワークス株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ

大臣賞だけではない、6社と支援者の表彰

2026年度は、医療機器の二社だけでなく、養殖、二酸化炭素回収、急性炎症制御、救急画像診断の企業が受賞した。技術領域は異なるが、大学・研究機関の成果を製品と事業へ移す点で共通する。NEDOによると、6社のうち5社に同機構の支援実績がある。

受賞企業事業内容主な支援大学・研究機関
文部科学大臣賞株式会社OUIスマートフォン眼科診断デバイスと遠隔診療システム慶應義塾大学
経済産業大臣賞BionicM株式会社パワード義足「Bio Leg®」東京大学
科学技術振興機構理事長賞株式会社さかなドリーム代理親魚技法による新たな養殖魚東京海洋大学
新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長賞Planet Savers株式会社DAC技術による大気中CO₂直接回収東京大学
日本ベンチャー学会会長賞アドリアカイム株式会社迷走神経刺激による急性炎症制御デバイス国立循環器病研究センター
大学発ベンチャー表彰特別賞株式会社fcuro救急医療向けAI診断支援システム大阪府立病院機構 大阪急性期・総合医療センター
アーリーエッジ賞該当なし

研究成果を「使える」に変える四つの関門

OUIとBionicMを並べると、大学発ベンチャーに必要な仕事が見えてくる。第一は、論文上の性能を、持ち運べて壊れにくい製品へ変える設計。第二は、製造品質と医療機器規制。第三は、診療報酬や保険、導入費用を含む支払いの仕組み。第四は、使う人の訓練と、異常時に専門職へつなぐ運用である。

OUIの場合、スマートフォンに装着できるだけでは医療アクセスの改善にならない。非眼科医や医療従事者が適切な画像を撮り、眼科医が読み、治療が必要な患者を受け入れる施設がなければ、機器は診断への入口で止まる。AIも、撮影条件や患者集団が変わったときの精度を継続して検証しなければならない。

BionicMの場合は、動力が強いほど良いわけではない。装着者の意図と異なる動きを抑え、転倒を防ぎ、バッテリー切れや故障時にも安全を保ち、義肢装具士が個人に合わせて調整できることが重要になる。パワーアシストの効果は、研究室の歩行試験だけでなく、通勤、坂道、階段、長時間使用で確かめる必要がある。

2014年度 JSTとNEDOが大学発ベンチャー表彰を開始。

2015年 孫小軍氏が東京大学でパワード義足研究を開始。

2016年 清水映輔氏がOUIを創業。BionicMの研究がJST STARTに採択。

2017年 BionicMの前身チームがSXSWの学生部門賞を受賞。

2018年12月 BionicM株式会社を設立。

2023年 Bio Legを米FDAにクラスII免除機器として登録。

2024年 BionicMがBio LegのPDACコード検証を公表。

2026年8月27日 OUIが文部科学大臣賞、BionicMが経済産業大臣賞を受賞。

賞は「成果の証明」ではなく、次の検証への入口

大学発ベンチャー表彰は、将来の活躍が期待される企業と支援者を評価する制度である。臨床効果、費用対効果、企業の持続性を認証する制度ではない。41件から6社を選んだ審査結果は、研究成果の社会的可能性を示す一方、製品ごとの有効性や安全性を代替しない。

二社に共通する強みは、技術の利用者が開発の中心にいることだ。OUIでは眼科医が診療の不足を見つめ、BionicMでは義足を使う技術者が身体の不便を設計課題に変えた。しかし、当事者性だけで製品の普遍的な効果は証明できない。異なる年齢、疾患、身体条件、地域、医療制度でデータを積み、うまくいかなかった事例も含めて示す必要がある。

表彰が企業と同時に大学・支援企業を選ぶ意味は、ここにある。発明者一人では、医療機器を社会へ運べない。臨床研究、知的財産、製造、法規、資金、保険、販売、保守の鎖が切れずにつながって初めて、研究は患者の手元に届く。

眼科医のポケットに入る撮像機器と、歩く人の膝で動くモーター。二つの大臣賞が評価したのは、装置の新しさだけではない。大学の知を、現場で使える形に変える組織の力である。次に問われるのは、その力が医療へのアクセス、安全、生活の質をどこまで改善したかを、測れる言葉と数字で示すことだ。

主な一次・公式資料