地方でバスが1本減る。タクシー会社が1社なくなる。高齢者が免許を返納する。病院や学校は統廃合され、通う距離は伸びる。こうした変化が重なると、地域には「移動したくても移動できない」空白が生まれる。
国土交通省はこの状態を「交通空白」と呼び、2026年度も全国で解消策を進めている。10月7日には「『交通空白』解消等リ・デザイン全面展開プロジェクト」の地域交通DX推進タイプで、香川県三豊市・観音寺市の「西讃エリア共同配車事業」を追加採択した。[1]
この事業は、新しい車両を大量に増やす計画ではない。有限会社詫間交通と西讃観光の2社が配車システムを統合し、電話配車を一つの運用へ集約する。限られた車両と乗務員を会社の壁を越えて使い、配車成立率を上げようという試みだ。[2]
「交通空白」は、単にバス停がない場所ではない
国交省の使う「交通空白」は、地図上で駅やバス停から何キロ離れているかだけを指す言葉ではない。地域住民や来訪者が、タクシー、乗合タクシー、日本版ライドシェア、公共ライドシェアなど必要な移動手段を実質的に使えない状態を広く捉える。[5]
そのため、問題は場所ごとに異なる。山間部では路線廃止、地方都市では夜間タクシー不足、観光地では繁忙期の供給不足、郊外では免許返納後の高齢者移動が中心課題になる。
香川の新規採択は「電話を残すDX」
10月7日に追加採択された西讃エリア共同配車事業は、DXを「アプリ化」と同義にしていない点が興味深い。
三豊市・観音寺市では高齢者を中心に電話配車への依存が高い一方、乗務員や配車オペレーターの不足、事業者数の減少により「電話しても車両を手配できない」場面が増えていると国交省資料は説明する。[2]
そこで詫間交通と西讃観光は、電話窓口そのものは維持しながら、配車管理システムを共同利用し、車両情報を共有する。顧客にスマートフォン利用を求めず、裏側だけをデジタル化する設計だ。
「デジタル化」より重要なのは「共同化」
人口減少地域では、各社が別々の配車室、システム、車両管理を維持すること自体が重荷になる。地域交通DXの狙いは、単に予約アプリを導入することではない。
国交省は2026年度の地域交通DX推進タイプで、複数のモビリティデータ統合、標準仕様に基づくシステム統合、標準業務モデル導入を支援対象としている。[6]
つまり「競争している会社同士でも、裏側の業務は共同化できないか」という発想が政策の中心へ入りつつある。
なぜ今、交通供給が急速に細っているのか
最大の理由は人口減少だけではない。運転者不足が重なっている。バス・タクシー業界では高齢化が進み、若い人材の確保が難しい。さらに労働時間規制強化で、1人の運転者が担える運行時間にも制約が増えた。
国交省は、こうした供給制約に対して、公共ライドシェア、デマンド交通、乗合タクシー、複数事業者の共同運行などを組み合わせる方針を取っている。[7]
2007年から続く「自治体が交通を設計する」流れ
日本の地域交通政策は、かつて交通事業者が路線を運営し、行政は主に規制や補助を担う構造だった。
転機は2007年の「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」だ。自治体が中心となり、地域にとって望ましい交通ネットワークを自ら考える枠組みが制度化された。2014年改正では「コンパクト・プラス・ネットワーク」、2020年改正では地域公共交通計画や輸送資源の総動員、2023年改正ではDX・GXや事業者間共創がさらに前面に出た。[8][9]
「リ・デザイン」は、路線維持ではなく仕組みの再構築
国交省は現在、地域公共交通政策を「リ・デザイン」と呼ぶ。柱は三つの共創――官民共創、交通事業者間共創、他分野共創――に、交通DXと交通GXを組み合わせることだ。[10]
病院送迎、学校送迎、福祉車両、商業施設の送迎、タクシー、バス、住民ボランティアなど、地域内には複数の移動資源が存在する。これを別々に運行するのではなく、法律・保険・運行管理の条件を整えながら共有できないかという考えである。
デマンド交通は「空気を運ぶバス」を減らす
定時定路線バスは、利用者が多い区間では効率的だ。しかし人口密度の低い地域では、乗客がほとんどいない便を維持し続けることが難しい。
デマンド交通は予約に応じて運行ルートや時間を調整する。AI配車を使えば、複数の予約をまとめながら走行距離を抑えることもできる。2026年度の「交通空白」解消タイプでも、デマンド交通や乗合タクシー導入が明確に支援対象となっている。[7]
公共ライドシェアと日本版ライドシェアは別物
制度の理解では言葉の区別が重要だ。
「公共ライドシェア」は、バスやタクシーだけでは移動手段を確保できない地域で、市町村やNPOなどが自家用車を使って有償運送を行う「自家用有償旅客運送」を中心とする仕組みだ。一方「日本版ライドシェア」は、タクシー事業者の管理の下で一般ドライバーと自家用車を活用する制度で、都市部や時間帯別のタクシー不足にも対応する。[5]
同じ「ライドシェア」と呼ばれても、運営主体と制度目的が違う。
DXの対象は乗客だけではない
2026年度の地域交通DX推進タイプでは、予約アプリだけでなく、運行管理、データ統合、システム標準化、業務プロセスの共通化などが重点となっている。
これは重要だ。地方交通の生産性を下げているのは、乗客数だけではない。電話受付、紙の運行記録、各社別の配車、自治体ごとのデータ形式など、バックオフィスの分断もコストになっている。
国は「交通空白」を成長政策と呼び始めた
2026年、国交省は「交通空白」解消を「成長投資」と表現するようになった。6月の交通空白解消本部で金子恭之国土交通大臣は、送迎負担が現役世代の仕事や活動時間を奪う「見えない壁」になっているとの認識を示した。[11]
この視点では、交通は福祉コストだけではない。通勤できる、通院できる、学校へ行ける、買い物へ出られる、観光客が訪問できること自体が地域経済の前提になる。
全国28のDX事業、その後さらに追加
2026年4月、国交省は地域交通DX推進タイプで全国28事業を選定した。8月には2次公募の第1次選定で5事業、10月7日にはさらに西讃エリア共同配車事業を追加した。[6][1]
同時に、「交通空白」解消タイプ、共同化・協業化、人材・組織育成タイプでも多数の採択を重ね、9月時点で1~3次合計441事業に達していた。[12]
システム導入後に問われるのは「採算」と「継続」
実証事業は始めることより、終わった後が難しい。国の補助でシステムを導入しても、翌年度以降の保守費、オペレーター人件費、車両更新費を誰が負担するかが残る。
デマンド交通や共同配車で効率化しても、人口密度が低い地域では運賃収入だけで黒字化するとは限らない。交通を医療・福祉・教育の基盤として考えるなら、自治体がどこまで公費を投入するかという政治判断は避けられない。
高齢者にとって「アプリだけ」は解決にならない
西讃の事業が電話配車を維持するのは象徴的だ。高齢者の中にはスマートフォンを持たない人、アプリ操作が難しい人もいる。
交通DXが成功するには、デジタル化で効率化しつつ、利用者にとって使い慣れた入口を残す必要がある。電話、窓口、家族代理予約、アプリを併存させる「マルチチャネル」が重要になる。
自動運転は万能薬ではない
地域交通政策では自動運転への期待も大きい。運転者不足を根本的に解消できる可能性があるからだ。
しかし、車両価格、道路環境、遠隔監視、保守、積雪、通信障害、事故時対応など課題は多い。自動運転が普及しても、予約、乗降支援、運行管理など人の仕事が完全に消えるわけではない。
「交通空白」を埋めるのは、1台の新しい車ではない
人口減少地域では、従来型の「路線バスをそのまま維持する」だけでは限界がある。一方、すべてを住民の自家用車やアプリへ委ねることもできない。
必要なのは、路線バス、タクシー、デマンド交通、公共ライドシェア、福祉輸送、学校送迎を地域ごとに組み合わせ、裏側ではデータと運行管理を共有することだ。
10月7日の西讃エリア共同配車事業は、小さな採択案件に見える。しかし、そこには日本の地域交通政策の方向転換が凝縮されている。新しい車を増やす前に、今ある車と人をつなぐ。新しいアプリを押し付ける前に、電話を残して裏側を変える。
「交通空白」をなくすとは、地図の空白を塗ることではない。人が通院し、買い物し、働き、学び、地域で暮らし続けられるだけの移動手段を、限られた資源の中で再設計することなのである。
出典・参考資料
- 国土交通省「地域交通DX推進タイプ2次公募(第2次選定)の事業採択について」2026年10月7日。
- 国土交通省「西讃エリア共同配車事業」事業概要、2026年10月7日。
- 国土交通省「地域公共交通活性化再生法改正案」2026年3月10日。
- 国土交通省「交通空白解消・集中対策期間」2025年5月30日。
- 国土交通省「『交通空白』解消に関する取組」。
- 国土交通省「地域交通DX推進タイプの選定について」2026年4月10日。
- 国土交通省「『交通空白』解消等リ・デザイン全面展開プロジェクト」2026年2月27日。
- 国土交通省「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」。
- 国土交通省「地域公共交通活性化再生法等の改正」。
- 国土交通省「地域公共交通のリ・デザイン」。
- 国土交通省「第6回『交通空白』解消本部」2026年6月10日。
- 国土交通省「4次公募開始」2026年9月11日。
取材・確認期限:2026年10月7日。採択事業は公募申請時点の計画であり、国交省資料も今後変更の可能性を明記しています。西讃事業の効果や配車成立率向上は目標であり、実績として確定していません。
