100歳を超えた人の免疫は、ただ弱くなり続けた末の姿なのか。それとも、長い年月にわたって感染、炎症、老化細胞や異常細胞にさらされる中で、構成を変えてきたのか。血液中の一群のT細胞を追った研究は、超高齢期の免疫を「衰え」だけでは説明できない可能性を示している。
司令役の印を持つ「攻撃役」
T細胞は獲得免疫の中核を担う。一般的な説明では、CD4陽性T細胞は他の免疫細胞に指令を出すヘルパーT細胞、CD8陽性T細胞は感染細胞やがん細胞を直接殺傷するキラーT細胞として整理される。今回の主役であるCD4陽性キラーT細胞(CD4 CTL)は、その境界をまたぐ。CD4を持ちながら、グランザイムやパーフォリンなど標的細胞を傷害する分子を備える。
この細胞は健康な人の血液では通常少数で、慢性感染、自己免疫疾患、がんなどとの関係から研究されてきた。超長寿者で多いことを理化学研究所と慶應義塾大学の研究グループが報告したのは2019年だった。当時は110歳以上7人の解析から、細胞の増加とクローン性増殖を確認したが、何歳ごろから増えるのか、増えた細胞がどのような状態にあるのかは残された課題だった。
28人と公開データをつないだ
2026年の研究を率いたのは、大阪大学蛋白質研究所の橋本浩介准教授、慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターの新井康通センター長、理化学研究所生命医科学研究センターのピエロ・カルニンチ チームディレクターらである。論文は査読誌『Cell Reports』に掲載された。
研究グループは、70~99歳の8人、100~109歳の10人、110歳以上の10人から採取した血液を調べた。単一細胞RNA解析、細胞表面タンパク質の測定、T細胞受容体配列の解析を組み合わせ、43,584個のT細胞を一つずつ特徴付けた。
さらに、その特徴を学習した分類モデルを1,500人を超える公開データに適用し、新生児期から110歳代までの年齢変化を推定した。異なる研究から集めた公開データは、希少な超高齢者だけでは埋められない年齢の空白を補える。一方、採血条件、測定機器、対象集団が同一ではないため、統合モデルの結果は直接観察と区別して読む必要がある。
割合は100歳以降に大きくなった
| 年齢群 | 人数 | CD4陽性キラーT細胞の割合(中央値) |
|---|---|---|
| 70~99歳 | 8人 | 4.0% |
| 100~109歳 | 10人 | 9.6% |
| 110歳以上 | 10人 | 17.6% |
年齢群の中央値は段階的に上がり、公開データを用いた解析でも、90歳代までは低い割合にとどまり、100歳代以降に増える傾向が示された。ただし、「100歳の誕生日に免疫が切り替わる」という意味ではない。70~99歳群の一人は研究参加者中で最も高い割合を示した。個人差は大きく、100歳は集団全体で見えた変化の目安である。
また、年齢ごとに別の人を比べた横断研究であり、同じ人の免疫を70歳から110歳まで追跡したわけではない。増加の時期を推定するうえで重要な証拠ではあるが、個人内の変化を直接記録した結果ではない。
巨大なクローンは何を記憶しているのか
T細胞は表面のT細胞受容体で抗原を認識する。特定のT細胞が繰り返し刺激を受けると、同じ受容体を持つ細胞が増える。これがクローン性増殖である。今回、CD4陽性キラーT細胞では少数の大きなクローンが目立ち、各参加者で最大のクローンが占める割合は平均33.3%だった。ある百寿者では、一つのクローンが53.8%を占めた。
この偏りは、長期間存在する何らかの抗原に繰り返し反応してきた可能性を示す。ただし、研究はその抗原を特定していない。慢性感染なのか、老化細胞なのか、発生と消失を繰り返す異常細胞なのかは不明である。「大きなクローンがある」ことから、何を攻撃していたかまで決めることはできない。
この研究が見つけたのは、長寿を生む細胞ではなく、110年を生きた人の血液に残る免疫応答の履歴かもしれない。原因と結果の向きは、まだ分かっていない。――Japan.co.jp分析
がん組織のT細胞と受容体が重なった
研究グループがT細胞受容体の配列を公開データベースと照合したところ、優勢なクローンの一部は、腫瘍組織で増えていたT細胞の配列と一致し、とりわけ肺がん由来データとの重なりがみられた。論文は、がん監視との関係を一つの可能性として挙げている。
ここには慎重さが必要だ。受容体配列が一致しても、同じ抗原を認識するとは限らず、研究参加者の細胞が実際にがんを排除したことも示していない。百寿者とスーパーセンチナリアンが、配列の照合先となった肺がん、乳がん、肝がんと診断されていなかったとしても、これらの細胞が未発見の腫瘍を排除したと結論することはできない。がん抑制を介して長寿に寄与するという説明は、検証すべき仮説である。
増えても「疲弊」していなかった
抗原刺激が長く続くと、T細胞は反応能力を失う「T細胞疲弊」に陥ることがある。ところが、超長寿者で増えたCD4陽性キラーT細胞には、典型的な疲弊状態が認められなかった。細胞表面分子の変化からは、CD27を失い、その後CD28を失う順序で、ヘルパー型から細胞傷害性を持つ状態へ移る経路が示唆された。
体外で刺激した実験では、同じクローンに由来する細胞でも、インターロイキンの産生パターンが異なる複数の集団に分かれた。遺伝的に同じ受容体を持つ細胞が、完全に一様な働きをするわけではなく、応答に可塑性があることを示す結果である。ただし、体外刺激で観察された反応が110歳の体内で同じように働くかは別に確かめる必要がある。
百寿者研究が積み上げた時間
日本では2025年9月時点で、100歳以上の人が住民基本台帳上9万9,763人に達した。厚生労働省が1963年に百歳高齢者への表彰を始めた当時は全国で153人だった。長寿が珍しい例外から大きな研究対象へ変わる一方、110歳以上の人は依然として極めて少ない。
慶應義塾大学の百寿者研究は1992年に始まった。訪問調査と医学的評価を積み重ね、やがて110歳以上を対象とする研究へ広がった。2019年の単一細胞研究がCD4陽性キラーT細胞の増加を発見し、今回の研究は大阪大学、理研、慶應の連携によって年齢軸、受容体、細胞状態を詳しくした。
1963年 — 日本政府が百歳高齢者への祝い状と記念品の贈呈を開始。当時の百歳以上は153人。
1992年 — 慶應義塾大学の研究者が百寿者調査を開始。
2019年 — 110歳以上7人でCD4陽性キラーT細胞の増加とクローン性増殖を報告。
2026年 — 28人の単一細胞解析と大規模公開データから、100歳前後の増加傾向と細胞の多様性を報告。
「免疫が若い」という研究ではない
加齢に伴う免疫変化には、感染への抵抗力低下、ワクチン応答の低下、慢性炎症など多くの側面がある。一種類のT細胞が増えているからといって、免疫系全体が若い、強い、あるいは健康だとは言えない。むしろ、長年の刺激に対応した大幅な構成変化と見る方が研究結果に近い。
- CD4陽性キラーT細胞が寿命を延ばしたか。
- 細胞が実際に認識していた抗原は何か。
- 血液で見えた特徴が各組織でも同じか。
- この細胞を人為的に増やすことが安全か、有効か。
- 日本人以外の集団でも同じ変化が起きるか。
対象は非常に長生きした人々であり、感染症、がん、フレイルなどで早く亡くなった人は当然含まれない。この生存者選択は超長寿研究の本質的な制約である。観察された細胞が長寿を支えた可能性と、長寿を可能にした別の条件の下で細胞が増えた可能性を分けるには、組織解析、機能実験、長期追跡が必要になる。
超高齢期の免疫が一方向に崩れるだけではなく、選択的な増殖と多様化を続けるという見方は重要である。しかし、それを「長寿の秘密」と呼ぶのは早い。今回得られたのは、110年という時間を経た免疫系が、何に反応し、何を残してきたのかを解くための地図である。
- 大阪大学「超高齢期のT細胞免疫の再編成を明らかに」
- 理化学研究所「超高齢期のT細胞免疫の再編成を明らかに」
- Hashimoto K, et al. CD4 CTLs in supercentenarians
- 理化学研究所「110歳以上の超長寿者が持つ特殊なT細胞」
- 慶應義塾:百寿者研究の歩み
- 厚生労働省:2025年の百歳以上人口
編集注:本稿は査読論文、大学・研究機関の発表および公的統計に基づく。研究者への直接取材は行わず、直接引用は使用していない。研究は血液を用いた横断的観察研究であり、CD4陽性キラーT細胞と長寿との因果関係を示さない。がん抑制への関与は研究グループが提示した可能性で、臨床的な予防効果は確認されていない。
