宇宙ごみを「見つける・避ける・落とす」 日本のSBIRが3社に追加配分、軌道の持続可能性を産業へ
アストロスケール、Pale Blue、BULL。大型デブリへの接近診断、衛星の衝突回避、任務後の軌道離脱という三つの技術が、宇宙ごみ対策を「環境論」から運用可能な産業へ変えようとしている。

東京。宇宙ごみ対策は、「宇宙を掃除する」一つの技術で解決できる問題ではない。運用を終えた大型物体に安全に近づき状態を確認する技術、まだ動いている衛星が衝突を避けるための推進力、任務終了後に衛星やロケットを速やかに軌道から下ろす仕組み。それぞれが違う時間軸で必要になる。
文部科学省は2026年10月2日、中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3基金)の宇宙分野「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」について臨時のステージゲート審査を行い、審査した3件すべてに追加配分を決定した。対象は株式会社アストロスケール、株式会社Pale Blue、株式会社BULL。三社の技術は競合というより、軌道環境を維持するための異なる層を受け持つ。
この決定が重要なのは、宇宙ごみ対策が研究テーマから「運用されるインフラ」へ移りつつあるためだ。欧州宇宙機関(ESA)が2026年7月31日時点の統計として示す地球周回軌道の追跡対象は約4万7080個。統計モデルでは10センチ超の物体が約6万8450個、1〜10センチが約150万個、1ミリ〜1センチが約2億3000万個に上る。すべてが危険度の同じ「ごみ」ではないが、衝突すれば新たな破片を生む可能性がある。
アストロスケール――「近づけない物体」は除去できない
最も大きな予算規模を持つのがアストロスケールの「大型の衛星を対象デブリとした近傍での撮像・診断ミッション」だ。フェーズ1の交付額上限は26.9億円、フェーズ2は63.1億円。今回、フェーズ2に2.5億円の追加配分が決まった。
同社が開発するISSA-J1(イッサジェイ)は、運用を終えた日本の大型衛星2機に順次接近し、近距離から撮影・診断する計画で、2027年の打ち上げを予定している。2025年にはインド宇宙研究機関系のNewSpace India LimitedとPSLVによる打ち上げ契約を締結した。
役割は単純な「写真撮影」ではない。壊れた衛星やロケット上段は、通信も姿勢制御もできず、正確な形状や回転状態さえ分からないことがある。こうした非協力物体に近づくには、地上からの軌道情報だけでは足りない。自機のセンサーで対象を見つけ、相対位置と回転を推定し、衝突しないよう自律的に距離を詰めるランデブ・近傍運用(RPO)が必要になる。
アストロスケール日本法人の代表取締役社長は加藤英毅(Hideki “Eddie” Kato)。同社はRPOを、除去、点検、寿命延長、将来の燃料補給など複数の軌道上サービスに共通する中核技術と位置づけている。
ADRAS-Jがつくった「本物のデブリに近づく」実績
ISSA-J1の前史として重要なのが、JAXAの商業デブリ除去実証(CRD2)フェーズIで運用されたADRAS-Jだ。2024年2月に打ち上げられ、日本のH-IIAロケット上段――全長約11メートル、直径約4メートル、質量約3トン――へ接近した。
ADRAS-Jは対象の周囲を50メートルの距離で観測し、想定する捕獲部位であるペイロード・アタッチ・フィッティング(PAF)付近へ約15メートルまで接近。衝突回避を含むRPO機能を実証した。2026年3月には運用終了に向け軌道降下を開始した。
次段階のADRAS-J2は、JAXAのCRD2フェーズIIとして同じロケット上段を実際に捕獲し、軌道離脱させる計画だ。JAXAとアストロスケールの契約額は約132億円(税込)。2027年度の打ち上げが予定されている。これは今回の文科省SBIRとは別のプロジェクトだが、日本が「観測」から「除去」へ技術を積み上げている流れを示す。
Pale Blue――衛星自身が避け、最後は自力で降りる
二つ目の柱は、すでに軌道にあるごみを回収するのではなく、新たなデブリを生まないための推進機だ。千葉県柏市の株式会社Pale Blueは、代表取締役の浅川純氏らが2020年に創業。水を推進剤とする小型衛星向け推進系を開発してきた。
SBIRでは「人工衛星の軌道離脱及び衝突回避のための超小型水イオンスラスタおよびホールスラスタの開発・実証」に取り組む。フェーズ1の交付額上限は15.8億円。フェーズ2は当初11.7億円だったが、2026年6月の追加審査を経て19.6億円へ引き上げられた。
重要な変更もあった。当初、ホールスラスタも水を推進剤とする計画だったが、2025年9月のステージゲート審査でホールスラスタの推進剤を水からキセノンへ変更する目標修正が認められた。そのため、現在の正式な事業計画名は「超小型水イオンスラスタおよびホールスラスタ」となっている。2026年6月の審査では、変更後の計画に基づく事業継続が認められた。
Pale Blueは2025年、水イオンエンジン「PBI」について同社発表ベースで世界初となる軌道上作動に成功した。さらに、50〜200キログラム級衛星向けの小型ホールスラスタ「PBH-100」を2027年に宇宙実証する計画を公表している。
衝突回避と軌道離脱は同じ推進能力の両面だ。衛星が生きている間は危険物体を避け、任務が終われば高度を下げて大気圏へ戻す。すべての衛星に十分な推進余力があれば、将来の「回収対象」を減らせる可能性がある。
BULL――燃料を使わず、大気をブレーキにする
三つ目は株式会社BULLのHORN。衛星やロケットへ打ち上げ前から搭載しておき、任務終了後に大きな膜を展開する。低軌道にごく薄く残る大気との抵抗を増やし、自然な軌道降下を速めるPost-Mission Disposal(PMD)装置だ。
フェーズ1交付額上限は14.7億円、フェーズ2は13.1億円。今回、フェーズ2へ2.6億円が追加配分された。
BULLはすでに重要な実証を終えている。2026年6月12日、H3ロケット6号機でHORN-LとHORN-Rを打ち上げ、それぞれ約20平方メートル、約10平方メートルの膜を展開。軌道データと軌道上からの光学撮影で展開状態と降下速度の増大を確認した。
さらにHORN-Lは8月27日(UTC)、打ち上げから76日で大気圏へ再突入したとBULLが9月に発表した。比較対象として使った同規模衛星が高度約560キロメートル付近を維持する一方、HORN-Lは継続的に高度を下げたという。これは「故障した後でも燃料や通信に頼らず軌道寿命を短縮できる」というPMD技術の実用価値を示す。
| 企業・技術 | 問題へのアプローチ | 公表されている現在地 |
|---|---|---|
| アストロスケール / ISSA-J1 | 大型デブリへ接近し、状態・回転・損傷を近距離診断 | フェーズ2、2027年打ち上げ予定。今回2.5億円追加 |
| Pale Blue / 水イオン・ホールスラスタ | 衛星自身による衝突回避と任務後の軌道離脱 | フェーズ2、上限19.6億円。ホールスラスタは2027年実証予定 |
| BULL / HORN | 膜を展開し大気抵抗で軌道降下を促進 | 2026年に初回軌道実証。今回2.6億円追加 |
なぜ今なのか――打ち上げは1日約10機、再突入は3機超
ESAの2026年版Space Environment Reportによると、2025年だけで300回を超える打ち上げが行われ、4000機を超える新たなペイロードが軌道へ投入された。単純平均では1日約10機に相当する。一方、人工衛星やロケットなどの無傷の物体も1日平均3機以上が再突入している。
新しい衛星が増えること自体が問題なのではない。問題は、密集した軌道に「避けられない」「降りられない」「壊れたまま残る」物体が蓄積することだ。ESAは高度600〜1100キロメートルに過去数十年の大型デブリが多く残り、低軌道でも高度帯によってリスク構造が大きく異なると指摘する。
高速で周回する物体同士の衝突は、さらに多数の破片を生む。1978年にNASAのドナルド・ケスラーらが示した考え方として知られる「ケスラーシンドローム」は、物体密度が高まると衝突が新たな破片を生み、その破片が次の衝突を起こす連鎖を指す。ESAの2026年モデルは、現在の打ち上げ・運用傾向が続けば、予防策だけでは将来の物体数増加を止められず、能動的なデブリ除去も必要になるとしている。
「25年ルール」から5年へ――宇宙の後始末は厳しくなる
宇宙ごみ対策の基本思想は、長く「任務終了後25年以内に低軌道から離脱する」という目安に支えられてきた。国連の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)が採択したスペースデブリ低減ガイドラインも、運用中の不要物放出を抑え、爆発や衝突を防ぎ、任務終了後に宇宙機やロケット上段が低軌道へ長期間残らないよう求める。
しかし、衛星コンステレーションの急増で業界の基準は短期化している。ESAは2026年報告で、低軌道の処分目標が25年から5年へ移りつつあることを、再突入増加の背景として挙げた。各国の法規制、調達条件、保険、顧客要求が厳しくなれば、軌道離脱機能そのものが衛星の「標準装備」になる可能性がある。
そこでPale BlueやBULLのビジネスが成立する余地が生まれる。デブリ除去を国が後から発注するだけでなく、衛星メーカーや運用会社が最初から推進機やPMD装置を買う市場が育てば、対策コストを打ち上げ前に組み込める。
日本は「除去」だけでなく軌道上サービス市場を狙う
JAXAのCRD2の目標は、環境対策だけではない。JAXAは明確に、デブリ除去を起点として新しい宇宙事業を開拓し、日本企業が新市場を獲得することを掲げている。
その市場は除去より広い。対象物へ安全に近づけるRPOがあれば、故障衛星の点検、寿命延長、軌道変更、燃料補給などへ技術を展開できる。推進機はデブリ回避だけでなく、軌道維持や軌道間輸送にも使える。PMD装置は、衛星そのものが故障して能動的な推進ができなくなった時の「最後の安全装置」になり得る。
三社へのSBIR支援を一つの産業政策として見ると、政府が育てようとしているのは単一の「宇宙ごみ回収会社」ではない。観測・接近、推進、受動的軌道離脱という補完的な技術群だ。
技術ができても、誰が払うのか
最大の未解決問題は経済性だ。壊れた衛星や使用済みロケット上段は、自ら除去費用を支払わない。所有者、打ち上げ国、運用者、保険会社、将来の利用者のうち誰がコストを負担するのかは、国際的に一律の制度が確立していない。
また、物体に「触る」段階になると技術だけでなく法的問題も生じる。宇宙物体は運用を終えても所有権が自動的に消えるわけではない。第三者が勝手に捕獲・移動できるものではなく、所有国や関係当局との同意、責任、事故時の扱いを整理する必要がある。
このため、近い将来に商業化しやすいのは、所有者が明確な対象を契約に基づいて点検するサービスや、打ち上げ前の衛星へ推進機・PMD装置を組み込むビジネスかもしれない。既存デブリ除去は技術的にも制度的にも最難関だ。
「成功」の尺度は打ち上げではなく、軌道をきれいにできたか
SBIRフェーズ3は、大規模な研究開発費を出す代わりに段階ごとのステージゲートで継続性を審査する。10月2日の結果は、三社が次へ進むための資金を確保したという意味を持つが、将来の商業成功を保証するものではない。
アストロスケールはISSA-J1を実際に打ち上げ、二つの大型衛星へ安全に近づける必要がある。Pale Blueはスラスタを宇宙で安定運用し、衛星メーカーが採用できるコストと量産性を示さなければならない。BULLはHORNの実証を、異なる質量・高度・衛星形状へ拡張し、搭載側の安全性と信頼性を証明する必要がある。
そして日本全体としての最終的な評価基準は、補助金額でも打ち上げ回数でもない。運用を終えた物体が軌道へ残る時間を減らし、危険な大型物体を除去し、新たな破砕を防げたかどうかだ。
地球低軌道は広大に見える。しかし、使いやすい高度帯は有限で、衛星同士は秒速数キロメートルという相対速度で交差する。宇宙が通信、測位、気象、災害監視、安全保障、地球観測という地上のインフラになった以上、その軌道を維持する技術もまたインフラである。
10月2日の決定が示したのは、日本が「宇宙ごみをどうするか」という環境問題を、「どう見つけるか、どう避けるか、どう落とすか」という具体的な産業技術へ分解し始めたことだ。
主な資料
- 文部科学省「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」ステージゲート審査結果(2026年10月2日)
- 文部科学省 別添1 ステージゲート審査結果
- アストロスケール「ISSA-J1」
- アストロスケール「ADRAS-J」運用終了・軌道降下(2026年3月25日)
- JAXA「商業デブリ除去実証(CRD2)」
- 文部科学省 Pale Blueプロジェクト審査結果(2026年6月30日)
- Pale Blue「SBIR3の事業フェーズ2におけるステージゲート審査を通過」(2026年7月10日)
- 文部科学省 BULLプロジェクト審査結果(2025年6月24日)
- 帝京大学「BULLが宇宙デブリ化防止装置HORNの軌道上実証に成功」(2026年8月3日)
- European Space Agency, Space Environment Report 2026
- ESA Space Environment Statistics(2026年7月31日更新)
- 国連宇宙部 Space Debris Mitigation Standards Compendium