調べることと、実際に肥料として使うことは違う。新しい数字は、その差を可視化する。
都市の排水から田畑の肥料へ――「進み具合」が見えるようになった
日本で毎日処理される生活排水は、浄化された水だけを残すわけではない。微生物などが集まった下水汚泥が発生し、その中には農業に欠かせないリンなどの資源も含まれる。国土交通省は10月22日、地方公共団体が汚泥を肥料としてどの程度利用し、利用に向けた検討をどこまで進めたかを比較できる「下水汚泥資源の肥料利用・検討状況見える化ダッシュボード」を公開した。農地へ届く資源の流れと、自治体の取り組みの差を同時に考える手掛かりだ。
公開されたのは何か――2つの数字を混同しない
ダッシュボードが示すのは「下水汚泥肥料利用率」と「肥料利用化検討進捗率」という別の物差しである。前者は乾燥重量ベースの発生汚泥量のうち、実際に肥料利用された分の割合。後者は、肥料化を進めるための検討がどの段階にあるかを数値化したものだ。検討が進んでいることは、肥料が既に田畑で使われていることを意味しない。反対に、外部業者へ長年処理を委ねてきた自治体では、追加の検討を多く行わず利用率が高い場合もある。
大都市ほど進んでいるとは限らない
国交省自身が注意を促すのは、政令指定都市や流域下水道では検討の進捗が比較的高い一方、肥料利用率が低い傾向だ。大量の汚泥を生み出す大規模処理場の周囲では、その量を受け入れる農業需要が十分でないことも考えられる。地方の小規模処理場で使い道が確保されている場合と、都市の巨大施設が肥料化の設備や販路を模索している場合を、単純な優劣で比較するのは不正確だ。立地、輸送距離、乾燥処理、契約先の事情を重ねて読む必要がある。
2030年度の目標は30%、2024年度は15.5%
国交省の資料によれば、2024年度の汚泥発生量は乾燥重量で約234万トン。そのうち肥料利用に相当するのは約36.1万トン、比率は15.5%だった。政府は2030年度の下水汚泥肥料利用率30%を掲げる。これとは別に、2021年と比べて2030年までに堆肥・下水汚泥資源の使用量を倍増させる目標や、肥料に用いるリンに占める国内資源の割合を40%にする目標がある。指標の分母も対象も違うため、同じ「倍増」「30%」「40%」として混ぜてはいけない。
下水汚泥は新しく見つかった資源ではない
汚泥から有用物を取り出す発想は突然生まれたものではない。日本の下水処理では、汚泥をセメント原料や建設資材として使う方法、燃料化・バイオガス化する方法、堆肥にする方法などが長年組み合わされてきた。国交省は2010年に下水道でのリン資源化に関する手引きをまとめ、近年は肥料利用を優先して検討するよう自治体に促している。2023年3月には、その方向を地方公共団体へ通知した。今回の新しさは資源化そのものより、各地の実績と検討段階を見えるようにした点にある。
リンを輸入する国が、リンを捨てる矛盾
植物が育つには窒素、リン、カリウムなどの養分が必要だ。日本は化学肥料原料の多くを海外に依存しているため、価格や国際物流の変動に影響されやすい。リンは下水汚泥に含まれるが、汚泥がすべて使いやすい肥料になるわけではない。堆肥化する方法、焼却灰から成分を利用する方法、リンを回収する方法では、製造費や形状、運搬条件が異なる。輸入への依存を減らす可能性を論じる際も、実際に置き換えられる肥料成分の量と品質を確かめなければならない。
2022年の肥料価格高騰が政策を加速させた
肥料原料の国際市況は農家の経営に直接響く。ロシアによるウクライナ全面侵攻を含む2022年前後の国際的な供給不安と価格高騰は、国内の未利用資源をどう生かすかという議論を強めた。政府は2022年12月の食料安全保障強化政策大綱で国内資源の使用拡大を掲げ、その後の計画でも対策を継続している。だが、国内原料であっても加工にエネルギーがかかり、物流や品質管理を要する。『国内産だから必ず安い』と結論づけることはできない。
農地に戻すには安全を確かめる必要がある
都市の排水を由来とする肥料には、重金属などの成分検査、製品の規格適合、農地での利用方法を丁寧に説明する責任が伴う。汚泥に含まれる養分が有用でも、安全性を省略できるわけではない。国交省は肥料成分と重金属の分析支援や結果の公表を進め、農水省も品質と安全性を確保する制度の重要性を示している。汚泥肥料すべてが危険だと決めつけるのも、完全に無害だと断じるのも根拠がない。製品ごとの検査値と規格、適切な施用が判断材料となる。
処理場の外にも壁がある――運搬と需要
水分を多く含む汚泥を遠方へ運ぶのは高くつく。脱水、乾燥、発酵、粒状化などで取り扱いは改善できても、設備費や運転費が増える。農家が求めるのは、必要な時期に安定した品質で届き、散布しやすく、ほかの資材との費用比較に耐える製品だ。都市の処理場が肥料の『生産者』となるには、自治体と処理業者だけでなく、農協、流通業者、農家の合意がいる。新しいダッシュボードは、そうした需要の有無を単独で証明するものではない。
他の再利用を減らしていないか
2024年度の下水汚泥は建設資材として約118万トン利用され、燃料化等にも活用されている。国の資料ではリサイクル率は約76%に達した。肥料利用の割合が増えた場合、これまでセメント原料として使われた汚泥が移ったのか、従来埋め立てられた分が新たに活用されたのかで環境上の評価は変わる。エネルギー消費や温室効果ガス、輸送距離を含めた比較が重要だ。循環経済という言葉だけで、すべての利用先に同じ価値があるとは言えない。
自治体比較は「ランキング」ではなく質問の出発点
今回のツールは国交省のページからファイルをダウンロードして見る方式で、一般公開の常時更新型ウェブ地図ではない。公表資料は自治体ごとの傾向を示す一方、個々の処理場のすべての契約、検査結果、農家の利用実績を一覧で保証するものでもない。利用率が高い地域には、なぜ販路ができたのかを聞ける。検討が先行する大都市には、何が導入を妨げているのかを聞ける。数字は自治体を一列に並べるためではなく、政策を具体的に検証するために使いたい。
次に問われるのは「何トン届いたか」
下水道は公衆衛生を守るために整備されてきた。その施設が農業の資源供給にも役立つなら、生活と食料生産をつなぐ新しい公共インフラの姿が見えてくる。ただし実績は製造した肥料の量だけでは測れない。農家が実際に受け取った量、使い続けた理由、品質上の問題の有無、費用、輸入肥料への代替効果を追う必要がある。10月22日に公開されたダッシュボードは解決の宣言ではない。都市が排出したものを誰が責任を持って田畑へ戻すのか、その議論をデータで始める道具だ。
出典・確認資料
2026年10月22日の国交省発表、ダッシュボード解説、国交省・農水省の公表統計に基づく。利用率は乾燥重量ベース。自治体個別の数値を独自に再集計したものではなく、農家・処理場への独自取材は行っていない。
