輸出の成長と貿易収支の改善は、同じ意味ではない。
輸出は伸びた。だが、輸入はそれ以上に増えた
10月21日、財務省が公表した2026年度上半期(4~9月)の貿易統計速報は、日本経済の一見矛盾した姿を示した。輸出額は前年同期比18.4%増の63兆4,569億5,000万円、輸入額は20.4%増の66兆2,753億8,400万円。差し引きは2兆8,184億3,400万円の赤字だった。輸出も輸入も高い水準にあるのに、輸入の伸びが上回る。稼ぐ力と支払う負担は、必ずしも同じ方向に動かない。
赤字を膨らませたのは年度後半ではなく、夏の3カ月
半期を二つに分けると様相がはっきりする。4~6月の赤字は5,250億4,100万円だったが、7~9月には2兆2,933億9,200万円に拡大した。つまり、上半期赤字の約81%は7~9月に集中した計算だ。4月は2,823億2,500万円の黒字、8月は1兆1,119億1,300万円の赤字、9月は5,365億5,800万円の赤字。半年という一つの数字の内部にも急速な変化がある。いずれも今回の速報値で、後日改定され得る。
原油が高くなれば、モノを売っても手元に残りにくい
背景には、中東を巡る緊張や原油の調達コスト上昇がある。ただし「赤字の全額が原油のせい」とは言えない。貿易収支は原油・液化天然ガスだけでなく、機械、電子部品、化学品、食料品などの数量と価格、為替、輸送・保険費用にも左右される。財務省の品目別表では、2026年度上半期の鉱物性燃料輸入額は約12兆7,460億円で、前年同期比24.5%増。これは輸入総額のおよそ19.2%に相当する。エネルギーは単独で重要な要因だが、それだけで全体を説明するものではない。
原油価格、為替、輸送費を混同しない
ドル建て原油価格が同じでも、円安が進めば日本企業の円建て支払いは増える。また、輸入価格には運賃や保険料が含まれる一方、輸出額は原則として船積み時点のFOB価格で集計される。このため、通関ベースの輸出入額を比べるときには計上条件の違いも意識したい。反対に、輸入先が変わったからといって、その事実だけで調達費用の増加幅を示すことはできない。価格要因と数量要因の厳密な寄与度は、品目別指数と追加資料を突き合わせて検証する必要がある。
対米黒字があっても全体では赤字になる
地域別の内訳も複雑だ。財務省の表によれば、米国向け輸出は約11兆3,329億円、米国からの輸入は約9兆2,105億円で、対米収支は約2兆1,224億円の黒字だった。これに対し、中国との収支は約4兆6,006億円の赤字。豪州との収支も約2兆4,230億円の赤字だった。一国との黒字をもって日本全体の貿易収支を語れない。資源の調達先、製造工程の分業、完成品の販売先がそれぞれ異なるからだ。
中東からの輸入「金額減」が示す注意点
中東地域からの輸入額は前年同期比18.8%減となった。一見するとエネルギー高の説明と食い違うように見える。しかし、輸入額は価格と数量の積であり、ある地域からの調達量の減少や輸入先の変更があれば、価格上昇局面でも地域別輸入額は減り得る。今回の数字だけでは、航路の変更、原油の価格・数量の寄与、各国からの調達の代替関係まで断定できない。この点は、紛争と貿易を論じる際の重要な留保である。
日本はなぜ、外部のエネルギー価格に左右されやすいのか
資源エネルギー庁によると、2024年度の日本の一次エネルギー自給率は16.4%。東日本大震災前の2010年度の20.2%も下回る。原油や天然ガスを海外に大きく依存する経済構造が、輸入価格の変動を企業と家庭へ伝える。発電、石油化学、鉄鋼、輸送、農業などは形は異なっても燃料や電力を必要とする。為替が輸出企業の円換算売上高を押し上げても、すべての企業や家計に同じ利益が及ぶわけではない。
2011年、2022年、そして2026年
日本のエネルギー貿易を振り返れば、2011年の東日本大震災と原子力発電所の停止は火力用燃料への依存を高め、燃料輸入を大きな経済課題にした。2022年にはロシアによるウクライナ侵攻後の国際エネルギー価格上昇が輸入負担を強めた。そして2026年、供給経路の地政学的リスクが改めて表面化している。三つの時期は原因も制度環境も異なる。共通するのは、海外資源の価格変動を国内で完全に遮断することの難しさだ。
電源構成を変えることは、すぐに赤字を消すことではない
経済産業省の2024年度確報では、発電電力量のうち再生可能エネルギー(水力を含む)は23.1%、原子力は9.4%、火力(バイオマスを除く)は67.5%を占めた。再生可能エネルギーの導入、原子力の活用、省エネルギー、送電網・蓄電設備の整備は輸入燃料への依存を変え得る。ただし、発電以外の運輸や産業用原料にも石油が使われる。電源政策の一手だけで貿易赤字がなくなるという単純な話ではない。設備費、供給安定性、安全性、脱炭素との調整も必要になる。
企業にとっての二重の圧力
輸出企業は海外需要が強ければ収益機会を得るが、材料・燃料・物流費の上昇で利益率が圧迫される場合がある。国内向け企業も同じ輸入コストを受け、価格転嫁できるかどうかで競争力が変わる。家計には電気料金、ガソリン、運送料、食料品価格などを通じて影響が及ぶ。ただし、各価格への波及時期や大きさは異なるため、今回の半年分の貿易統計から将来の物価上昇率を直接予測することはできない。
経常収支との違いを見落とさない
貿易赤字は日本が対外取引全体で必ず赤字という意味ではない。貿易収支はモノの輸出入を測る。一方、経常収支はサービス取引、海外投資からの配当・利子などの第一次所得収支、第二次所得収支も含む。日本企業が海外で得る投資収益は、通関統計の輸出には計上されない。貿易赤字と経常赤字を同一視すると、日本経済の対外的な立ち位置を見誤る。
次に見るべき指標は何か
財務省は次の貿易統計公表を11月18日に予定している。今後の焦点は、原油・液化天然ガスの単価と数量、円相場、輸出の主要品目、米国・中国・資源国との収支、そして月別の赤字が縮小するかどうかだ。2026年度上半期の数字が示すのは「輸出が弱い日本」だけでも「エネルギー価格だけが悪い日本」でもない。世界に売る産業の力と、世界から買う資源への依存が、同時に存在する日本の姿だ。
出典・確認資料
2026年10月21日公表の速報統計を使用。価格・数量要因の精密な分解、航路変更による費用の個別算定、個別企業取材は実施していない。輸入物価への寄与は追加分析を要する。
