電光表示の文字を読む。石や枝がつくる形を見つめる。建物の中で、そこにいない人々の歴史を考える。今年の高松宮殿下記念世界文化賞の受賞者をたどると、芸術に触れる場所は、美術館の壁から街路、風景、舞台へと広がっていく。
公益財団法人日本美術協会は9月8日、第37回の受賞者5人を発表した。絵画のジェニー・ホルツァー、彫刻のアンディ・ゴールズワージー、建築のダニエル・リベスキンド、音楽のヘルベルト・ブロムシュテット、演劇・映像のケイト・ブランシェット。授賞式典は10月28日、東京・元赤坂の明治記念館で開かれる予定で、各部門の受賞者に顕彰メダル、感謝状と賞金1,500万円が贈られる。[1]
| 部門 | 受賞者 | 公式発表の国表記 |
|---|---|---|
| 絵画 | ジェニー・ホルツァー | アメリカ |
| 彫刻 | アンディ・ゴールズワージー | イギリス |
| 建築 | ダニエル・リベスキンド | アメリカ |
| 音楽 | ヘルベルト・ブロムシュテット | スウェーデン |
| 演劇・映像 | ケイト・ブランシェット | オーストラリア |
5人の仕事は、同じ尺度では測れない。本稿では公式資料で経歴を確かめながら、それぞれの表現に近づく入口を探る。[1]
ホルツァー――絵画部門から、言葉のある公共空間へ
ホルツァーの受賞は、「絵画」という部門名から想像する作品の範囲を広げる。日本美術協会の紹介によると、1977〜79年の「Truisms(自明の理)」に始まり、LED表示や街頭の掲示など、言葉を公共の場へ置く表現を展開してきた。日本では1994年、水戸芸術館で「ジェニー・ホルツァー[ことばの森で]」が開かれた。[2]
文字は、読めば意味が分かるようでいて、その置かれ方にも左右される。広告に似た表示なのか、建物に現れる言葉なのか。誰の声として読むのか。こうした問いを持つと、鑑賞は文章の内容だけでなく、自分が言葉に出会った状況にも向かう。
額縁の内側を見ることだけが、美術の経験ではない。日常の中で情報を受け取る習慣そのものを、作品の前で考え直せる。その点に、本誌はホルツァーを知る入口を見る。
ゴールズワージー――形が変わる時間も見る
ゴールズワージーは石、枝、葉、雪などを使い、自然の中で制作する。一時的な作品を写真に記録する一方、長く残る仕事も手掛ける。協会の経歴には、1997〜98年の「Storm King Wall」が挙げられている。日本との関わりは1987年、三重県の旧大内山村への招待にさかのぼる。1993〜94年には栃木県立美術館と世田谷美術館で「アンディ・ゴールズワージー展:ふたつの秋」が開かれた。[3]
鑑賞の手掛かりは、完成時の輪郭だけではない。素材が置かれた場所、崩れたり消えたりする可能性、写真として残る姿。作品と、その後に流れる時間を一緒に考えると、彫刻を固定した物体として見る習慣が揺らぐ。
自然素材を使うことと、環境保全上の効果が実証されていることは別だ。ここで注目したいのは、素材や場所との関係を表現として扱う仕事である。
リベスキンド――建築が記憶に触れるとき
リベスキンドを知るうえで欠かせないのが、ベルリン・ユダヤ博物館だ。1989年の設計競技に勝ち、博物館は2001年に開館した。公式の日本語紹介でも、この建築は歴史や記憶と向き合う代表的な仕事として取り上げられている。[4][10]
博物館自身の解説は、建物を貫くヴォイド、すなわち空虚な空間を、ショアーによって失われたユダヤ人の生活の不在と結び付ける。来館者がたどる動線や、空間に生じる切断は、展示物を見るための背景にとどまらない。[10]
本誌の見方では、ここには建築を考える具体的な問いがある。建物は何を収めるかだけでなく、何が失われたかを、どう伝え得るのか。美しい外観という評価だけでは捉え切れない仕事だ。
ブロムシュテット――繰り返し演奏することの厚み
1927年生まれのブロムシュテットは、今年99歳を迎えた。1954年に指揮者として本格的にデビューし、ドレスデンやサンフランシスコなどで経験を重ねてきた。世界文化賞の紹介によれば、NHK交響楽団への初登場は1981年。桂冠名誉指揮者として、日本の聴衆とも長い関係を持つ。[5]
年齢は目を引く数字だが、それだけで音楽の中身を説明することはできない。楽譜に記された音が、奏者同士の呼吸や、音の入り方、強弱の関係によって、演奏のたびに組み立てられる。その営みの積み重ねに耳を向けたい。
美術作品が残ることと、演奏が繰り返されることは、異なる時間の持ち方である。同じ賞に両者が並ぶことで、芸術の継承を物の保存だけでは考えられないことにも気付く。
ブランシェット――映像と舞台を行き来する仕事
ブランシェットは映画「エリザベス」で国際的に知られ、「アビエイター」でアカデミー賞助演女優賞、「ブルージャスミン」で主演女優賞を受けた。協会の紹介は映画での活動とともに、2008〜12年、アンドリュー・アプトンとシドニー・シアター・カンパニーを共同で率いた経歴を記す。[6]
映像では、撮影と編集を経た演技が繰り返し見られる。舞台では、俳優と観客が同じ時間を過ごす。両方に関わる仕事を見ると、「演劇・映像」という部門名が、表現の異なる条件を隣り合わせにしていることが分かる。
受賞作を一本選ぶ形式の映画賞とは異なり、世界文化賞は芸術家の長年の活動を顕彰する。出演作品だけでなく、劇場という制作の場を担った経験も、その歩みを知る材料になる。[7]
1988年の創設から、世界へ開いた5部門
世界文化賞は、日本美術協会の創立100周年に当たる1988年に創設された。長年同協会の総裁を務めた高松宮殿下の遺志を継ぎ、芸術の発展への貢献を顕彰するというのが協会の説明だ。第1回の受賞者発表は1989年9月15日にニューヨークで、授賞式は同年10月27日に明治記念館で行われた。[7][8]
選考は、各国の国際顧問と推薦委員会による候補者推薦を、日本の選考委員会の審議につなぎ、協会の理事会で決定する仕組みである。芸術上の業績や国際的な影響、世界の文化を豊かにした貢献などが選考の観点となる。[7][9]
日本から発する賞でありながら、対象を日本の作家や日本での活動に限らない。今回の5人にも、日本で展覧会や演奏を重ねた人と、海外の建築や映画を通じて日本の読者が接してきた人がいる。受賞者を知る道筋は一つではない。
次の世代には、制作に参加できる機会を
同時に発表された第29回若手芸術家奨励制度の対象は、フランスのラ・スルス・ガルースト協会。500万円の奨励金は、9月8日にパリで行われた発表記者会見の席上で贈られた。制度自体は1997年に始まっている。[1][7]
同団体はジェラール・ガルーストとエリザベート・ガルーストが1991年に設立した。公式紹介によると、主に6〜18歳の子供を対象に、芸術家が指導する制作活動を行い、経済的・社会的な困難に直面する子供たちを支えている。[11]
長年の業績をたたえる賞と、制作に入る機会を支える制度。その二つを併せて見ると、芸術の将来を考える際に、完成した作品の評価と、作ることに参加できる環境の両方が必要だという問いが浮かぶ。これは本誌の分析であり、支援の効果を独自に測定したものではない。
読者が参加できる建築講演会
10月29日16時〜17時30分、鹿島KIビル大会議室(東京都港区赤坂6-5-30)で、受賞記念講演会「ダニエル・リベスキンド 建築を語る」が予定されている。開場は15時30分。英語で行い、日本語同時通訳を用意する。[12]
応募は公式案内の2次元コードまたは郵便はがきで受け付け、9月30日到着分で締め切る。抽選で200人に招待状を送り、発送予定日は10月5日。参加には招待状が必要で、申込本人のみが出席できる。講演会への応募と、10月28日の授賞式典への出席は別である。最新の応募方法は公式案内で確認したい。[12]
Japan.co.jpの視点:賞を、鑑賞の出発点に
5部門を一覧にすると、芸術は整然と分かれて見える。実際の仕事をたどれば、文字が街へ出て、彫刻が時間と関わり、建築が歴史を伝え、音楽と演技が人の集まる場をつくる。受賞は、その広がりを知るきっかけになる。
名前を覚えるだけで終えず、作品を一つ読み、演奏を一つ聴き、建物について一つ調べる。世界文化賞の発表を、そうした個人の鑑賞へつなげられるか。大きな顕彰が日々の文化に近づくのは、その時だろう。
