色が少ないのに、なぜこんなに目を奪われるのか
絵本を開くと、赤い傘が目に飛び込む。周囲の色が抑えられているからこそ、その小さな赤が物語の中心になる。白と黒の濃淡だけで嵐の気配を描くこともできる。色を足せば豊かになるとは限らない。引くことで初めて見えるものがある。
東京・上野の国立国会図書館国際子ども図書館で、展示会「色の引き算―白・黒・いろいろ―」が開かれている。2026年10月6日に始まった前期は12月20日まで。2027年1月19日から4月18日までの後期には展示資料を総入れ替えする。鮮やかな色彩を当然のものと考えがちな今、「なぜ、その色を使わなかったのか」と問い直す企画だ。
ただし、ここでいう「色の引き算」は必ずしも二色刷りを意味しない。白と黒のみの作品もあれば、灰色の幅を生かす本、わずかな差し色で読者の目を導く本もある。制作上の制約と表現上の選択を混同せず、紙面に起きていることを丁寧に見たい。
作家を見る、効果を見る――企画の組み立て
館が刊行した展示会ミニガイドには、序章「白と黒とグレー」、第1章「作り手」、第2章「効果」という流れがある。序章では単色の世界にも異なる表情があることを示し、続く章で作家の工夫、そして色数を抑えることで生じる感情や物語の働きへと視点を移す。
前期に登場する作り手には、ワンダ・ガアグ、マリー・ホール・エッツ、ガース・ウィリアムズ、ガブリエル・バンサン、太田大八、みやこしあきこ、石川えりこらがいる。海外作品の日本語版も多く、特定の国の画風を競う展示ではない。
「効果」の項目では、恐怖・悲しみ・不安、抽象化、躍動感、出会い、静寂・内省、明暗の対比、ノスタルジー、ファンタジーなどが並ぶ。色が少ない作品を一括して「地味」と呼ぶことの乱暴さが、この分類からも分かる。
赤い傘一本が、画面の秩序を変える
太田大八の『かさ』(文研出版、1975年)は前期展示の代表的な一冊だ。抑えた色彩のなかに置かれた傘は、単なる道具ではなく、読者が視線を預ける目印になる。何を強く見せ、何を背景へ退かせるか。その判断がページを進める力になる。
色数を絞ると、遠近、繰り返し、空白、人物の大きさ、めくった先の変化が相対的に重要になる。どの絵にも万能な法則があるわけではないが、視覚的な情報を整理するという点では、現代の広告や案内図にも通じる設計思想だ。
太田の本を「印刷費を抑えるための絵本」と決めつける根拠はない。ここで見たいのは、限られた色を表現上の力に変えた仕事である。
みやこしあきこの雨雲、黒と灰色の奥行き
みやこしあきこの『たいふうがくる』(BL出版、2009年)も前期展示に選ばれた。台風の近づく日、見慣れた景色の気配は変わる。陰影や光の向き、室内の静けさは、色の多さとは別の方法で描き出せる。
同じ作家の『もりのおくのおちゃかいへ』(偕成社、2010年)も、館のミニガイドに作家を紹介する作品として挙がる。色数を抑えた仕事を単発の技巧ではなく、その作家がどのような空気を作りたいのかという問題として眺めることができる。
嵐を描くには青や黒を大量に塗り重ねればよいわけではない。画面の奥に何を隠し、手前に何を残すか。読者に想像させる空間そのものが、絵本の表現になる。
木版から現代印刷へ――色と手間の関係
日本の絵入り出版には、墨の線や余白を中心とする長い歴史がある。江戸期の木版画では、色版を重ねるための工程と見当合わせが必要だった。ただし、現代の絵本が特定の絵師から直接影響を受けたと断定するには、個々の作家や出版社の証言が欠かせない。形式が似ていることと、系譜が証明されることは違う。
印刷技術が進んでも、色数の選択には製造上の意味がある。紙質、刷り色、色合わせ、印刷部数、製本などの条件は価格と品質を左右する。一方、モノクロ印刷だから常に安いとはいえない。豊かな階調や特殊な紙を求めれば、別の費用がかかることもある。
商業的な合理性から始まった制約が美意識になることもあれば、表現したい世界のためにあえて制約を選ぶ場合もある。「引き算」を一律に節約の物語へ回収しないことが、この展覧会を正しく読む第一歩となる。
翻訳が日本の本棚に運んだ、色の少ない世界
前期の展示資料には、ワンダ・ガアグの『100まんびきのねこ』(いしいももこ訳、福音館書店)、マリー・ホール・エッツの『もりのなか』(まさきるりこ訳、福音館書店)、ガース・ウィリアムズが絵を担当した『おやすみなさいフランシス』(まつおかきょうこ訳、福音館書店)などがある。
海外の絵本が日本の子どもたちの身近な存在になるまでには、翻訳者、編集者、出版社、書店、図書館の仕事が積み重なった。原画の技法だけでなく、言葉と絵がどのように日本語の読書体験へ移されたかも、出版文化史の一部である。
『くろはおうさま』(メネナ・コティン文、ロサナ・ファリア絵、うのかずみ訳、サウザンブックス社、2019年)も前期の展示作品。色を「見る」経験だけに閉じないその発想は、絵本をより多様な感覚から考えるきっかけになる。
不安、静寂、力強さ――色を引いたあとの感情
館のミニガイドが興味深いのは、作家の国籍や年代ではなく、絵がもたらす作用から本を読み直すところだ。恐怖や喪失を扱う作品では黒が心理的な重みを帯び、線を削ぎ落とした作品では抽象的な問いが残る。強い筆致や明暗の差は、少ない色でも躍動感を生む。
前期の例として、『ぼくを探しに』(シルヴァスタイン作、倉橋由美子訳)、『ヤクーバとライオン.1(勇気)』(ティエリー・デデュー作、柳田邦男訳)、『アライバル』(ショーン・タン著)などが紹介されている。共通点は、絵本という形式のなかで、色を使わないことに表現の意味が生まれている点だ。
とはいえ、同じ白黒でも感情の方向は作品ごとに違う。沈黙を作る余白と、緊張を作る暗闇は同じ効果ではない。見比べると、色の選択が構図や物語の速度と結びついていることに気づく。
乳児のための白黒と、大人が楽しむ抽象表現
ガイドには「はじめての絵本」というコラムもある。視覚が発達する途中の乳児は、微妙な色の違いよりも白黒のはっきりした形を捉えやすい場合がある。そうした知見が、乳幼児向けに高コントラストの図柄を使う理由の一つだという。
もっとも、すべての乳児に同じ反応が起きると確認されたわけではない。白黒の本だけが発達によいという意味でもない。造形が分かりやすく、ページをめくる大人と子どものやり取りが生まれることも重要だ。
館が挙げる『くろねこかあさん』(東君平作、福音館書店、1990年)を手がかりに考えると、単純な図柄は決して単純な経験ではない。幼い読者にとっての発見と、作家にとっての抽象化が同じページで出会う。
明治の図書館で、現代の絵本を読み直す
会場の国際子ども図書館レンガ棟は、1906年に帝国図書館として建てられ、1929年に増築された建物だ。国立国会図書館の施設として再生され、2000年に部分開館、2002年に全面開館。2015年にはアーチ棟が完成した。展示室はレンガ棟3階「本のミュージアム」にある。
一冊の絵本は、内容だけでなく紙、製本、刷り、判型も含めた文化資料だ。復刻で印象が変わることもあれば、版の違いがデザインの研究に役立つこともある。現物を保存する図書館だからこそ、色の少なさを「印刷された本」の問題として見ることができる。
前期と後期で全資料を入れ替えるのも重要だ。たとえばアン・ジョナス『光の旅かげの旅』の日本語版やペーター・ヴァン・デン・エンデ『旅する小舟』の日本語版は、代表例として紹介されていても後期の展示に区分される。11月7日に両方を実物で見られるという説明は正確でない。
上野で「引き算」を体験する
展覧会は東京都台東区上野公園12番49号、国立国会図書館国際子ども図書館レンガ棟3階「本のミュージアム」で開催中。開館時間は午前9時30分から午後5時、入場無料。月曜日、国民の祝日・休日、毎月第3水曜日は休館となる。前期は12月20日まで、後期は2027年1月19日から4月18日までで、作品は総入れ替えになる。
11月15日には梅花児童文学・絵本センター長の香曽我部秀幸による講演会「モノクローム表現を用いた絵本」が予定されているが、公式案内では申込受付終了とされている。12月6日には担当職員によるギャラリートークが予定されており、こちらは事前申込不要という。
写真のように正確な再現を目指す本、黒い影が夢を呼び込む本、赤い一点で歩みを導く本。同じ「色の少ない絵本」でも、その世界は驚くほど多彩だ。足りないものを探すのではなく、描かれなかったものを想像する。そんな読み方を教えてくれる展覧会である。
出典と取材方法
国立国会図書館国際子ども図書館の展示案内、展示会ミニガイド、展示リストと沿革を照合した文書取材。個々の作品の掲載・展示時期は同館の公式区分に基づく。
