次の感染症危機で、ワクチンが完成し、承認され、接種会場まで届いても、人が腕を差し出すとは限らない。東京大学などの研究チームが全国規模のインターネット調査を解析したところ、新型コロナウイルス感染症と同程度の致死率を想定した将来のパンデミックで、ワクチンを「絶対に接種する」または「おそらく接種する」と答えた人は53.1%だった。
この数字は、社会が「賛成」と「反対」に真っ二つに割れたことを示すものではない。条件が変われば動く人と、ほとんど動かない人がいる。無料で受けられること、臨床試験による科学的根拠、医師からの推奨は幅広く重視された一方、国産かどうか、公的機関の推奨、予約や接種場所の利便性をどれほど重く見るかは、人によって大きく異なった。今回の研究が映し出したのは、一つの「国民感情」ではなく、異なる判断軸を持つ複数の集団である。
何を仮定して、何を聞いたのか
研究は、東京大学国際高等研究所新世代感染症センターの濱田将風特任研究員、古瀬祐気教授、千葉大学大学院医学研究院の川崎純菜特任准教授らが実施した。用いたのは「日本における新型コロナウイルス感染症問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS)」のデータで、15歳から84歳までの2万8,000人が回答した。
質問は、漠然と「新しいワクチンを打つか」と尋ねたものではない。次のパンデミックが起き、その病気による死亡リスクを50%以上減らすワクチンが開発され、日本政府や世界保健機関(WHO)などによって承認された、という条件を置いた。基準となる感染症の致死率は、感染者の0.1~2%が死亡する新型コロナと同程度とされた。
| 項目 | 研究上の設定 | 読み方 |
|---|---|---|
| 調査時期 | 2024年12月~2025年1月 | 論文公表時ではなく、特例臨時接種終了後の時点で測った意向 |
| 調査方法 | 15~84歳の全国インターネット調査 | 大規模だが、無作為抽出の訪問調査ではない |
| 主解析対象 | 24,577人 | 2万8,000人の回答から信頼性基準と医学的除外を適用 |
| 基準シナリオ | 致死率0.1~2%、死亡リスクを50%以上減らす承認済みワクチン | すべての将来の病原体・製品を代表する設定ではない |
| 主要結果 | 53.1%が「絶対に/おそらく接種する」 | 実際の接種率ではなく、仮想条件下の自己申告意向 |
この設計には大切な意味がある。効果が分からない未承認製品への直感を尋ねたのではなく、一定の有効性と公的承認を前提にした。それでも接種意向は半数強にとどまった。一方で、致死率がより高い病原体や、効果が長く続くワクチンを想定すると回答は動いた。53.1%を固定した国民性の数字として扱うのではなく、どの条件が意思決定を変えるかを読む必要がある。
接種経験者の「3人に1人」が、次回は消極的
最も重い結果は、過去の行動がそのまま次の行動を保証しなかったことだ。新型コロナワクチンを実際に接種した1万9,027人のうち、35.8%は次のパンデミックでは「おそらく接種しない」または「絶対に接種しない」と答えた。逆方向の変化もある。新型コロナワクチンを接種しなかった人の15.1%は、次のパンデミックでは接種する意向を示した。
したがって、「接種した人」と「接種しなかった人」を永久に固定した二群として扱う政策は粗すぎる。前回受けた人の中にも、費用、利便性、効果の持続、安全性への説明、制度への信頼を改めて比較する人がいる。前回受けなかった人の中にも、病気の深刻さや製品の条件が変われば判断を変える人がいる。
動くのは「おそらく接種しない」層だった
研究チームは、想定する致死率やワクチン効果の持続期間を変えて意向の変化を調べた。より深刻な感染症、より長く続く防御を仮定すると、「おそらく接種しない」と答えていた人の一部が接種する方向へ動いた。新型コロナワクチンの接種経験者で、その変化はより目立った。
対照的に、「絶対に接種しない」と答えた人は、条件を変えても動きが限られた。この差は政策上大きい。全員に同じ量、同じ言葉、同じ発信者で説得を試みれば、動き得る人に必要な具体情報が届かず、強い反対を持つ人との対立だけが目立つおそれがある。限られた時間と人員をどこに使うかという危機管理の問題でもある。
「迷っている人」に必要な情報は、抽象的な安心ではない
- その感染症で、年齢や持病ごとの重症化・死亡リスクはどの程度か。
- ワクチンは感染、重症化、死亡のどれを、どの期間、どれほど減らすのか。
- 臨床試験で何人を追跡し、どの副反応がどの頻度で確認されたか。
- 新しい安全性情報が出た場合、誰が、いつ、どの基準で勧告を改めるのか。
- 費用、予約、移動、休業、育児など、接種に伴う実務負担をどう減らすのか。
20の条件から見えた「八つの公衆」
研究は、接種判断で重視する20項目を調べた。臨床試験の根拠、政府・WHO・医師などの推奨、開発・製造国、ワクチンの種類、予約や接種場所の利便性、費用などである。回答パターンを教師なしクラスタリング解析にかけると、参加者は特徴の異なる八つのグループに分かれた。
ほぼ共通して強かった条件が三つある。無料で受けられること、臨床試験による科学的根拠、医師からの推奨だ。ここには、接種意向を「情報不足」だけに還元できない理由が表れている。科学的説明が十分でも、費用やアクセスが壁になれば接種は進まない。無料でも、根拠や相談先が信頼されなければ判断は止まる。
そのほかの優先順位は割れた。利便性を特に重く見るグループには比較的若い人が多かった。国産ワクチンを強く重視しながら、公的機関の推奨をあまり重視しないグループもあった。専門家や公的機関の情報を重く見て、感染症知識と接種意向が高いグループも複数あった。政策が相手にするのは「国民」という一人の人物ではなく、判断の入口が異なる人々である。
情報源との関連は、原因の証明ではない
統計解析では、政府、医療従事者、専門家、テレビ、新聞などから情報を得ることが高い接種意向と関連した。複数の情報源を同時に考慮した解析では、友人、著名人、動画共有サイト、SNSなどを情報源とすることが低い意向と関連した。ワクチンに関する誤情報や、新型コロナをめぐる陰謀論的な主張への同意も、低い接種意向と結び付いていた。
ただし、これは観察研究である。政府情報を読むから接種意向が上がるのか、もともと接種に前向きな人が政府情報を選ぶのかを切り分けてはいない。SNS利用者が一様に消極的だと示したわけでもない。発信経路を善悪で分類するより、どの人が、どの理由で、どの発信者を信頼し、何を見落としているかを測る必要がある。
WHOの「ワクチン接種の行動的・社会的要因(BeSD)」の枠組みも、接種行動を思考と感情、社会的過程、動機、実務上の問題に分け、地域ごとに測ることを勧める。今回の八群という結果は、日本でも一律の広報より、判断を止めている要因を特定する方が合理的であることを示す。
「副反応と関連なし」を、どう読まないか
東京大学の発表は、過去の新型コロナワクチン接種後に副反応を経験したか、その程度がどうだったかという自己申告項目は、調整後の解析で将来の接種意向と関連しなかったと報告した。これは意外性のある結果だが、拡大解釈してはならない。
第一に、個々の症状が存在しなかったという意味ではない。第二に、すべての安全性懸念が意思決定に影響しないと証明したものでもない。第三に、実際の次期ワクチンの安全性を評価した研究ではない。過去の自己申告反応と、仮想の将来接種意向との統計的関連を、この調査条件の中で検討した結果である。
安全性情報は、接種促進のために軽く扱うべき障害ではない。厚生労働省は、因果関係が厳密に確定していない疑い例も含めて副反応疑い報告を集め、予防接種健康被害救済制度を運用している。信頼を得るには、利益だけでなく、既知のリスク、不確実性、監視方法、救済手続を同じ画面に載せる必要がある。
日本の予防接種制度は、強制から判断支援へ動いてきた
現在の接種意向には、新型コロナだけでなく、戦後の制度史が重なる。1948年に成立した予防接種法は、感染症を抑えるため強い義務と集団接種を柱にした。その後、副反応による健康被害が社会問題となり、1976年改正では健康被害救済制度が整備され、制度は転換期に入った。1994年改正では多くの定期接種が「義務」から「努力義務」へ移り、個人の判断と説明がより重くなった。
1948年:予防接種法を制定。戦後の感染症対策として強い接種義務を置く。
1976年:法改正で健康被害救済制度を整備。副反応問題への公的責任を制度化。
1994年:多くの定期接種を義務から努力義務へ変更。個別判断と情報提供を重視する方向へ。
2009年:新型インフルエンザ(A/H1N1)流行。供給制約の下で医療従事者、妊婦、基礎疾患のある人などに優先順位を設定。
2013年:HPVワクチンの積極的勧奨を一時差し控え。専門家評価を経て2022年4月から個別勧奨を再開。
2021~2024年:新型コロナワクチンの特例臨時接種を実施。2024年3月末までに4億3,632万回超を接種。
2022年:AMEDに先進的研究開発戦略センター(SCARDA)を設置し、平時から有事のワクチン研究開発を主導。
2024年:政府行動計画を全面改定。双方向のリスクコミュニケーションと平時からの意識把握を感染症危機対応に組み込む。
2026年:今回の研究が、次のパンデミックに向けた接種意向と判断条件を公表。
HPVワクチンの積極的勧奨差し控えは、とりわけ政策メッセージの長い残響を示した。2013年4月の定期接種化から2か月後に勧奨が差し控えられ、厚生労働省によると2019年ごろまで接種率は1%未満だった。2021年11月の専門家評価を受け、2022年4月に個別勧奨が再開された。これは今回の53.1%の直接原因を証明する事例ではない。しかし、行政の勧告変更が、後から説明を戻すだけでは簡単に消えないことを示す歴史である。
8割の実績と53.1%は、同じ物差しではない
日本の新型コロナワクチン特例臨時接種では、2024年3月31日までの総接種回数が4億3,632万3,643回に達し、1回目接種は1億476万1,469回、接種率80.3%だった。今回の53.1%との差は大きい。しかし、一方は現実の危機下で供給、勧告、職域接種、周囲の行動が変化する中で積み上がった実績であり、もう一方は危機が起きる前の仮想質問である。単純に「信頼が27ポイント下がった」と計算することはできない。
調査時期にも注意が要る。全額公費の特例臨時接種は2024年3月末で終わり、同年4月からは65歳以上と一定の基礎疾患がある60~64歳を対象に、秋冬の定期接種へ移行した。対象者には自治体が定める自己負担があり、努力義務や自治体の接種勧奨規定はない。対象外で希望する人は任意接種として自費で受ける。調査はこの移行後に行われたが、研究は制度変更が53.1%を引き起こしたとは示していない。
それでも、どの群でも「無料」が重視された結果は、費用が単なる周辺条件ではないことを示す。将来の緊急接種で、政府が対象、費用負担、補償、接種場所、休業支援をいつ決めるかは、製品の承認と同じくらい早く準備しなければならない。
ワクチン開発と「受け取る仕組み」は、同じ準備である
日本は新型コロナ後、研究開発の遅れを反省し、2022年3月に日本医療研究開発機構(AMED)へ先進的研究開発戦略センター(SCARDA)を設置した。平時から情報を集め、感染症有事を見据えて研究費を配分し、世界トップレベルの研究拠点を整備する。今回の研究もSCARDAの拠点形成事業などの支援を受けた。
だが、実験室から承認までの時間だけを短くしても、危機対応は完成しない。接種意向を測る調査、信頼できる発信者の把握、予約システム、会場、費用、医師への説明資料、安全性監視、健康被害救済、誤情報への早期対応が必要だ。ワクチンを「つくる能力」と、社会が情報を評価して「受け取る能力」は、別の政策ではなく一つの供給網である。
Japan.co.jpの分析:次の接種計画を評価する七つの検査
- 基準値:危機前から年齢、地域、所得、接種歴別の意向と障壁を継続測定しているか。
- 根拠:治験人数、対象集団、効果の種類、持続期間、安全性監視を比較可能な形で示すか。
- 発信者:政府広報だけでなく、かかりつけ医、薬剤師、地域保健、職場など複数の信頼経路を準備するか。
- 費用:接種料だけでなく、交通、休業、育児、予約の負担まで減らすか。
- 利便性:夜間・休日、学校・職場・地域会場、障害や言語への対応を用意するか。
- 安全性:疑い報告、評価会議、勧告変更、救済認定を迅速かつ透明に公表するか。
- 修正力:一つのメッセージに固執せず、調査と実績の差を見て対象別戦略を変えるか。
この研究が答えていないこと
研究は大規模だが、全国民を無作為抽出した確率標本ではなく、オンライン調査である。インターネット調査に参加しにくい人や、健康情報への関心が異なる人が十分に反映されない可能性がある。横断研究のため、情報源や価値観が接種意向を変えたのか、接種意向が情報選択を変えたのかは確定できない。
回答者が頭に浮かべたワクチン技術も同じとは限らない。次の病原体が呼吸器感染症とは限らず、必要な接種回数、対象年齢、供給速度、未知のリスクも分からない。感染症の致死率が同じでも、感染力、後遺症、医療逼迫の程度によって受け止め方は変わる。
それでも、危機前に測ったこと自体に価値がある。パンデミックが始まってから初めて「なぜ受けないのか」と尋ねても、情報環境はすでに混乱し、供給や政治対立の影響が重なる。53.1%は未来の成績表ではない。どこに設計上の空白があるかを示す、平時の負荷試験である。
次に見るべき数字
次の焦点は、同じ人を追う縦断調査だ。病原体の発見、治験結果、承認、安全性情報、流行拡大、身近な感染、政府勧告、費用決定の各段階で、誰の意向がどう動くかを追えば、「迷い」が何に反応したかをより正確に読める。意向と実際の予約・接種の差も測る必要がある。
もう一つは格差である。20~40歳代、女性、低所得、教育歴が短い人で低い意向との関連がみられたとしても、それを属性の欠点として扱ってはならない。勤務時間、介護、医療アクセス、過去の説明経験、費用負担、情報環境という構造的条件を分けて調べるべきだ。属性は広報の標的ではなく、障壁を発見する入口である。
次のパンデミックで問われるのは、政府が何回「安全で有効」と繰り返したかではない。根拠を更新し、分からないことを分からないと示し、相談できる医療者を確保し、費用と手間を下げ、異なる判断軸に応じて説明を変えられたかである。53.1%という数字が示す最も重要な教訓は、信頼を危機時に配布することはできない、ということだ。
資料・出典
- 東京大学「次のパンデミックでワクチンを『接種する』と答えた人は53.1%」(2026年9月1日)
- Kawasaki J. et al., “Vaccine acceptance in a future pandemic after COVID-19 and its decision drivers in Japan,” npj Vaccines(2026年8月20日)
- 厚生労働省「特例臨時接種期間における新型コロナワクチンの接種回数について」
- 厚生労働省「新型コロナワクチンQ&A」(全額公費終了後の制度)
- 厚生労働省「予防接種・ワクチン情報」(副反応疑い報告、健康被害救済制度)
- 厚生労働省「第13回 厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会 議事録」(戦後の制度史)
- 厚生労働省「HPVワクチン」(積極的勧奨の差し控えと再開)
- 厚生労働省「平成22年9月以前のワクチン関連情報」(2009年新型インフルエンザ)
- 内閣感染症危機管理統括庁「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(2024年7月2日)
- 日本医療研究開発機構「先進的研究開発戦略センター(SCARDA)」
- World Health Organization, “Behavioural and social drivers of vaccination”(2022年)
- World Health Organization, “Infodemic”
日本語版は英語版の翻訳ではなく、日本語一次資料に基づいて独自に構成した。本稿は東京大学の2026年9月1日付発表、npj Vaccines掲載論文、厚生労働省の接種実績・制度・審議会記録、政府行動計画、AMED・SCARDA、WHOの行動・社会的要因資料を照合した。53.1%は将来の接種率予測ではなく、特定の仮想条件下の自己申告意向として扱った。医学的な個別判断は実際の病原体、製品情報、本人の健康状態と公的勧告に基づく必要がある。
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