トマトを育てるには、光、水、肥料だけでなく、根の周りの小さな生き物にも目を向ける必要がある。ただし、生育を助ける菌を集めて混ぜれば、いつも良い結果になるとは限らない。どの菌を、どのような条件で組み合わせるか。その難問に、機械学習と栽培実験を往復する研究が新たな手掛かりを示した。
東北大学、京都大学、理化学研究所の研究グループは9月9日、トマトの生育を促す微生物群集をデータから設計し、実験室の高温条件下と屋外の圃場で効果を確かめたと発表した。責任著者は東北大学東北メディカル・メガバンク機構の青木裕一(あおき・ゆういち)講師と、京都大学生存圏研究所の杉山暁史(すぎやま・あきふみ)教授。論文は8月26日、The ISME Journalに掲載された。[1]
注目すべきは、人工知能という言葉の目新しさよりも、予測した組み合わせを実際に育てて確かめた点だ。一方、研究で確認された地上部の生育改善を、そのまま果実の増収と読み替えることはできない。何を測り、どこまで分かったのかをたどると、この成果の価値と次の課題が見えてくる。
根の周りを、実験できる大きさにする
根圏とは、植物の根の影響を受ける周辺の領域を指す。科学技術振興機構(JST)の研究紹介は、そこに植物と微生物がつくる多様な代謝物が存在し、互いの関係や植物の生育に関わると説明する。土は単なる支持材ではなく、生物と化学物質がやり取りする場所でもある。[8]
その全体を一度に扱うのは難しい。そこで使われるのが、構成する微生物を明確にした群集「DMC」だ。合成微生物群集「SynCom」とも呼ばれる。今回の共同発表では、トマトの根から分離した9種類の細菌を出発点とし、トマチン、ダイゼインという2種類の植物由来成分や栽培温度も変えて、生育を調べた。[3]
「設計」という言葉は、ここでは組み合わせを選ぶことを意味する。自然の土壌を丸ごと再現するのではなく、構成が分かる小さな実験系をつくり、変更したときの違いを追う。菌の名前を列挙するだけでは分からなかった関係を、比較できる形にするための工夫だ。
組み合わせの多さは、簡単な計算でも分かる。仮に9種類を一つずつ「入れる・入れない」で選ぶと、菌を入れない場合も含めて2の9乗、512通りになる。これはJapan.co.jpによる説明用の計算で、今回の実施試験数ではない。温度や添加成分の条件まで加われば、すべてを同じ手間で試すことはさらに難しくなる。
301個体のデータから、次の候補を選ぶ
論文要旨によると、予測モデルに用いた品質管理後のデータは、102種類の微生物群集構成に対応するトマト301個体分だった。用いた手法はElastic Net回帰。微生物の構成に加えて遺伝子情報を取り入れることで、予測性能が改善したと報告している。[2]
Elastic Netは、2005年にHui ZouとTrevor Hastieが提案した統計手法だ。多数の説明変数を扱う際、係数を抑えたり変数を選んだりする「正則化」によってモデルを調整する。互いに強く関連する変数を扱えることも特徴である。[4] 今回は長い蓄積のある計算手法を、生物の組み合わせを選ぶ仕事に用いたことになる。
Japan.co.jpの見方では、機械学習の役割は、実験を省くことではなく、次に試す候補の優先順位を付けることにある。限られた栽培スペースと時間を、どの組み合わせに振り向けるか。予測が研究の段取りを助け、その予測自体を新しい実験が問い直す関係だ。
また、遺伝子情報を加える意義は、菌を分類名だけで捉えないところにある。ただし、ある遺伝子を持つことと、畑でその機能が十分に働くことは同じではない。予測に役立つ特徴が見つかっても、そのまま作用の原因を特定したことにはならない。
六つの菌とトマチンが示した可能性
共同発表によると、6種類の細菌で構成する「DMC G2」とトマチンの組み合わせは、実験室でトマトの生育と高温ストレスへの耐性を改善した。圃場試験でもDMC G2による地上部生重量の有意な増加を報告した。[3]
地上部生重量とは、乾燥させずに量る、地上部の重さである。生育の指標として意味があるが、出荷できる果実の重量、個数、糖度や販売価格とは異なる。茎や葉がよく育つことを確かめる実験と、農家の収入が増えるかを調べる試験では、必要な測定も期間も変わる。
ここは成果を小さく見せるための線引きではない。どの段階を越えたのかを正確に示すことで、次に確かめるべき点が具体的になる。Japan.co.jpは、今回の成果を、生育を支える微生物の候補を合理的に選び、栽培で検証する方法の前進と捉える。
2021年の発見につながる、植物の化学物質
トマチンには、今回より前から続く研究の物語がある。京都大学が2021年2月に発表した研究は、トマトが水耕栽培と圃場栽培の両方で根からトマチンを分泌し、周囲の細菌叢を変えることを示した。防御に関わる物質として知られていた成分に、根の周りの細菌を選ぶ働きが見えてきたのである。[7]
この経緯から今回の研究を読むと、微生物と植物由来成分を一緒に扱う理由が分かる。菌を外から足すだけでなく、植物が周囲の環境に働きかける化学的な条件も考える。根と微生物の関係を、一方向の「与える・受け取る」では捉え切れないという発想だ。
今回の詳細資料では、トマチンを代謝できるSphingobium sp. RC1株の存在量と生育の相関、さらに高温下の根で熱ショック因子や熱ショックタンパク質に関わる遺伝子群の発現増加を報告している。[3] 相関や遺伝子発現の変化は、働きの仕組みを調べる手掛かりになる。ただ、それだけで一つの菌が効果のすべてを生むと断定することはできない。
微生物を「数える」研究から、組み直す研究へ
より広い研究史の節目として、2015年のNature論文がある。Baiらはシロイヌナズナの葉と根に由来する細菌を培養コレクションとして整え、合成群集を無菌植物に定着させて調べた。自然界で検出した微生物を、構成を管理できる実験へ持ち込むための基盤を示した研究だった。[5]
日本でも2020年、理化学研究所などが、千葉県の農地で栽培したコマツナを対象に、植物、微生物、土壌の情報を統合するマルチオミクス解析の成果を発表した。[6] これは今回のトマト試験とは別の研究だが、生育を植物だけの性質として説明せず、周囲との関係から捉える方向を共有する。
JSTの「根圏ケミカルワールド」の研究紹介も、代謝物の解析、微生物群集の組み合わせ、モデルによる候補選抜、圃場での検証をつなぐ取り組みを記している。[8] 今回の発表は、計算だけが先行した成果ではなく、培養、化学分析、栽培を積み重ねてきた流れの中に位置付けられる。
杉山教授は京都大学の日本語発表で、実験室、圃場、情報解析の共同研究を重ねたことを振り返り、今後も根圏の微生物や代謝物の機能を調べる考えを示した。[9] 組み合わせの候補を出す計算と、その候補を生きた植物で確かめる仕事の双方が必要になる。
農業技術になるまでの評価軸
ここから先について、Japan.co.jpが重視するのは効果の再現性だ。異なる土壌、品種、作期でも同じ方向の効果が出るか。ある圃場で生育が良くなったという結果を、広い地域に適用するには、条件を変えた検証が必要になる。
実用化を考えるなら、収穫まで追った果実の量と品質、施用や保管にかかる費用、ほかの栽培管理との両立も評価対象となる。微生物の組み合わせを一定の品質で用意できるか、輸送や保存の後も使えるかも、実験室での予測精度とは別の問題だ。
高温に対する結果を、乾燥、塩害、病害への効果まで広げて読むべきでもない。作物やストレス条件が変われば、新たな検証が要る。将来の用途は、その都度測定し直して初めて技術としての裏付けを得る。
今回の研究が開いたのは、畑の複雑さを消し去る近道ではない。その複雑さの一部をデータにし、試せる仮説へ変える道である。トマトの根元にいる小さな生物を、単独の有用菌としてだけでなく、植物と環境を含む関係の中で選ぶ。その考え方が、次の栽培実験をより意味のあるものにしていく。
- 東北大学:微生物群集をデザインして植物を強くする(2026年9月9日)
- Yamazakiほか:Model-guided design of defined microbial community reveals interactions underpinning plant growth and stress tolerance(The ISME Journal、2026年8月26日、論文要旨・書誌情報)
- 東北大学・京都大学・理化学研究所:共同発表の詳細資料(2026年9月9日)
- Zou・Hastie:Regularization and Variable Selection Via the Elastic Net(2005年)
- Baiほか:Functional overlap of the Arabidopsis leaf and root microbiota(Nature、2015年、大学公開版)
- 理化学研究所:農業生態系のデジタル化に成功(2020年6月9日)
- 京都大学:トマトのトマチンによる根圏細菌叢の制御(2021年2月26日)
- 科学技術振興機構:作物生産に貢献する根圏ケミカルワールド(CREST研究紹介)
- 京都大学:2026年研究発表・杉山暁史教授のコメント(2026年9月9日)
