子どもの「学校外の経験」に、家庭の所得差がくっきり表れている。
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC)が2026年3月、全国の小学1年生から高校3年生までの子どもを持つ保護者7,374人を対象に行った調査では、世帯年収300万円未満の家庭の30.5%が、直近1年間に対象となる体験活動へ「一つも参加していない」と答えた。年収600万円以上の家庭では14.1%。参加機会がまったくない割合は2倍を超えた。[1]
ここでいう「体験活動」は、学校の授業そのものではない。スポーツや文化・芸術の習い事、部活動、自然体験、旅行、地域の祭り、ボランティア、芸術鑑賞など、子どもが家庭や地域、学校外で触れる多様な経験を指す。CFCの調査は、友人との遊びや家事、修学旅行など学校教育課程内の活動を対象外としている。[2]
数字が示すのは、「習い事に行くかどうか」という一項目だけではない。どこかへ出かける、知らない大人に会う、音楽やスポーツに挑戦する、地域で役割を持つ――そうした経験そのものへのアクセスが、家庭の経済状態によって左右されている可能性だ。
小学生では24.8%対8.8%
CFCが重点的に分析した小学生では、年収300万円未満の家庭の24.8%が、1年間に対象となる体験活動へ一度も参加していなかった。年収600万円以上では8.8%で、2.8倍の差があった。中学生では31.2%対14.5%、高校生では37.0%対20.8%だった。[2]
つまり、学年が上がるほど全体に「参加なし」の割合が高まる一方、どの学校段階でも所得差が残っている。
参加している家庭だけを対象に支出額の中央値を見ると、小学生の体験活動への年間支出は年収300万円未満世帯で3万円、600万円以上世帯で11万円だった。参加するかどうかだけでなく、参加した後にどの程度の選択肢を持てるかにも差がある。[3]
物価高が、まず削りやすい支出を押している
今回の調査で重いのは、格差が存在するだけでなく、物価高がその差を拡大させる可能性が見えていることだ。
学校外の学習活動や体験活動について「物価高の影響で支出を減らした」と答えた割合は、年収300万円未満の世帯で高かった。教育支出を減らした理由を尋ねると、この所得層では76.5%が「生活必需品(食料品・日用品)の価格上昇」を挙げた。[1]
総務省の消費者物価指数では、2026年8月の全国総合指数は前年同月比1.9%上昇した。物価上昇率自体は家庭ごとの負担を直接示すものではないが、CFC調査が捉えた「必需品を優先し、学校外教育を削る」という家計行動の背景と重なる。[4]
家賃、食費、光熱費は簡単に止められない。すると、月謝、遠征費、旅行、文化施設の入場料、交通費などが「延期できる支出」として先に削られやすい。
30.5%を「貧困率」と読み替えてはいけない
調査結果を扱ううえで重要な注意点がある。CFCは分析上、「世帯年収300万円未満」を最低所得区分として置いたが、この区分をそのまま「相対的貧困世帯」と定義しているわけではない。
報告書は、2025年国民生活基礎調査の相対的貧困線を参考に300万円未満を設定した一方、実際に相対的貧困に該当するかどうかは世帯人数、税・社会保険料、給付などで異なると明記している。また、600万円以上のグループを「高所得層」と定義する意図もない。児童のいる世帯の平均年収を下回る家庭もこの区分に含まれるためだ。[5]
したがって「低所得世帯の30.5%」という表現は、今回の調査上の年収300万円未満グループを指すもので、日本の相対的貧困世帯全体についての公式推計ではない。
日本の子どもの貧困率は11.5%
政府統計で確認できる直近の子どもの相対的貧困率は11.5%。厚生労働省の2022年国民生活基礎調査に基づく数値で、2018年の14.0%から低下した。おおむね9人に1人に相当する。[6]
改善していることは重要だが、貧困率は所得分布に基づく指標であり、「子どもが何を経験できたか」を直接測るものではない。同じ所得水準でも、地域の公共施設、祖父母などからの支援、きょうだい数、交通環境によって体験機会は異なる。
CFCが「体験」に焦点を当てる意味は、所得統計だけでは見えない生活の差を可視化するところにある。
2023年の調査でも、同じ問題は見えていた
CFCは2022年10月にも、全国の小学生保護者2,097人を対象に「子どもの体験格差」を調査し、2023年に報告書をまとめた。その調査では、年収300万円未満世帯の体験活動への年間支出額は平均3万8,363円、600万円以上世帯は10万6,674円だった。[7]
ただし2023年報告はコロナ禍の影響が残る2022年の調査で、今回とは設問や対象の構成も完全には同じではない。CFC自身も2026年報告で、過去調査だけでは現在の状況を捉えるには限界があるとして再調査した。したがって両調査を単純な時系列比較として扱うべきではない。[5]
それでも、所得と体験支出の結びつきが一度きりの現象ではないことは分かる。
文科省の統計でも、学校外支出は所得とともに増える
文部科学省の「令和5年度子供の学習費調査」も、世帯年収が高くなるほど学校外活動費が概ね増える傾向を示す。
たとえば公立小学校では、年収400万円未満世帯の学校外活動費が年間16万3,000円だったのに対し、600万~799万円世帯は19万9,000円、1,200万円以上では38万2,000円だった。公立中学校でも400万円未満の20万3,000円に対し、1,200万円以上は55万円だった。[8]
この「学校外活動費」は学習塾なども含むため、CFCの体験活動支出とは同じ指標ではない。それでも、学校外の教育資源に投入できる金額と家庭所得が結びついているという大きな傾向は一致する。
受験期には「学ぶ機会」の差も開く
今回の調査は、スポーツや旅行だけではなく、塾や家庭教師など学校外の学習活動も調べている。
高校受験を控える中学3年生では、年収300万円未満世帯の学習活動参加率が36.8%だったのに対し、600万円以上世帯は70.9%。約1.9倍の差があった。参加者に限った年間支出額の中央値は24万円対36万円だった。[1]
さらに、保護者が子どもの「現実的な進路」を大学または大学院までと考える割合は、300万円未満で40.7%、600万円以上で75.2%。進路選択の理由として「家庭に経済的な余裕がないから」を挙げた割合は300万円未満で14.4%、600万円以上では3.5%だった。[2]
体験の差、塾への参加の差、進学期待の差は別々の設問だ。しかし、子どもが将来の選択肢を考えるまでの過程に、家庭の経済条件が複数の経路から影響している可能性を示している。
法律にも「多様な体験」が明記された
日本の子どもの貧困対策は、2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が成立して本格的な法的枠組みを持った。その後、2024年の法改正では名称を「こどもの貧困の解消に向けた対策の推進に関する法律」と改め、目的規定に、貧困によって「多様な体験の機会を得られないこと」を防ぐ趣旨が明記された。[9]
これは政策上の視点が、学用品や授業料だけではなく、子どもの育ちに必要な経験まで広がったことを示す。
こども家庭庁の2026年版「こども白書」でも、「生活や学び、体験を支える取組を通じたこどもの貧困対策」が取り上げられている。国の「こどもの未来応援国民運動」では、学び、居場所、食事、体験などを支える地域団体への助成も行われている。[10]
支援を「無料イベント」だけで終わらせない
体験格差への対策では、無料のスポーツ教室や文化イベントを増やすことは一つの方法だ。しかし、参加費をゼロにしても、交通費、用具、保護者の送迎時間、きょうだいの世話、情報不足などが壁になる。
CFCは「スタディクーポン」に加え、経済的事情で学校外の体験へアクセスしにくい子ども向けの「ハロカル」という体験奨学金事業も展開している。利用者が地域のスポーツ、文化、自然体験などから選ぶ仕組みで、単発の招待ではなく、子ども側に選択肢を持たせることを重視している。[11]
公的支援でも同じ課題がある。大都市なら選択肢が多くても、地方では参加したくても近くに活動がない場合がある。所得格差だけでなく地域格差、交通格差、情報格差も体験機会を左右する。
この調査が答えていないこと
7,374件という規模は大きいが、調査はインターネット調査会社のモニターを用いたWEBアンケートである。CFCは所得階層間比較のため、学校段階と3つの年収区分で回答者数が同程度になるよう設計している。つまり、日本の全家庭を人口比そのままで再現した無作為抽出調査ではない。[5]
また、ある子どもが体験活動へ参加していない理由を所得だけで説明することもできない。本人が参加を望まなかったケース、地域に活動がないケース、健康や家族事情などもあり得る。
それでも、年収区分による参加状況の差は統計的に有意で、物価高による支出削減、受験期の学習活動、進学期待でも同じ方向の差が確認されている。個々の家庭を説明する数字ではなく、社会全体の傾向として読むべき結果だ。
「何を買えるか」だけではなく「何に出会えるか」
子どもの貧困を食費、住居、学用品だけで測ると、最低限の生活を守る政策は考えやすい。しかし、子どもの育ちは最低限だけでできているわけではない。
初めて海を見る。劇場へ行く。野球を始める。キャンプで家を離れる。地域の祭りで大人と一緒に働く。そうした経験が将来どのような結果を生むかを、一つ一つ因果関係として測るのは簡単ではない。
だが、経験する機会そのものが家庭の所得で大きく分かれているなら、それは教育政策と子ども政策が向き合うべき現実である。
今回の調査が突きつけているのは、子どもの生活格差を「持っている物」だけでなく、「出会えた世界」の差としても見る必要があるということだ。

