大地震で山あいの道路が崩れ、携帯電話も固定電話もつながらない。その瞬間、行政が最初に知るべきことは単純だ。「そこに何人いるのか」。2024年1月の能登半島地震では、その最初の数字さえすぐには分からない地域が生まれた。石川県の検証では、孤立は最大で24地区、3,345人に及び、道路と通信の同時途絶によって、救助対象、必要な物資、重症者の有無を外から把握すること自体が難しくなった。[4] [5]
内閣府はこの経験を受け、2025年度から自治体と共同で「孤立集落状況把握・支援訓練」を全国16か所で実施した。交通と通信が途絶する前提で、情報伝達や物資輸送を実際に試す訓練である。9月10日には2026年度の「地震・津波防災訓練及び孤立集落防災訓練」が公表され、国はこの仕組みを継続する。[1] [2] [12]
能登で最初に足りなかったのは「情報」だった
輪島市の担当者が石川県の震災アーカイブで振り返った最大の問題は、孤立した集落の中で何が起きているのか分からなかったことだ。固定電話も携帯電話も通じず、市職員が崩落した道路を見て「この先は孤立しているはずだ」と推定する。住民が土砂崩れを歩いて越えて市役所へ知らせに来る。自衛隊員が実際に入り、人数と状態を持ち帰る。そうして初めて孤立集落のデータベースを作れた。[5]
状況が分からなければ、支援量も決められない。10人なのか100人なのか。けが人はいるか。病院へ急ぐ高齢者はいるか。食料、水、灯油、発電機の燃料のどれが不足しているか。ヘリコプターが着陸できる場所はあるか。それらを確認するために、まず人を送らなければならないという逆説が生まれた。
能登では、自衛隊や消防による地上確認、ヘリからの物資輸送、衛星携帯電話の配布などが使われた。しかし石川県は、衛星電話を配っても住民が操作に慣れておらず、情報把握がなお難しかった事例を課題として挙げる。機器を「持っている」だけでは通信能力にならない。平時の操作訓練まで含めて初めて備えになる。[4]
道路は一本切れれば「地図上の集落」を島に変える
能登半島は三方を海に囲まれ、急峻な地形に道路が沿う。2024年の地震では、土砂崩れ、路面崩落、段差、津波によるがれきなどで道路網が多数寸断された。石川県の記録では、孤立状況の把握と道路啓開を同時に進め、優先順位をつけて救助・物資輸送を行った。孤立は1月19日までに解消したが、その後も道路復旧まで支援が必要な集落が残った。[4]
ここで重要なのは、主要道路の復旧だけではない。林道や農道に迂回できるか、徒歩なら越えられるルートがあるか、ヘリが着陸できる空地があるか、ホイストで人を吊り上げられる場所があるか。長野市は能登の教訓を受け、孤立可能性のある275集落について、人口・世帯・要支援者、通信手段、避難所と備蓄、ヘリポート、迂回路を集落別カルテに整理し始めた。[10]
こうした「平時のカルテ」は地味だが、災害時には検索時間を削る。道路が消えてから代替ルートを探すのではなく、候補を事前に現地確認しておく。住民名簿をゼロから作るのではなく、要支援者を含む人数の基礎を持つ。災害対応を、現場の記憶だけに依存させないための準備である。
日本は20年以上、同じ課題を学び続けてきた
孤立集落は能登で初めて起きた問題ではない。2004年10月の新潟県中越地震では、内閣府の整理で61地区が孤立した。旧山古志村では5地区14集落すべてが道路寸断で孤立し、降雪期を前に2,000人を超える住民の全村避難が決まった。10月25日、住民は自衛隊などのヘリで長岡市へ移った。[8] [9]
中越地震後、内閣府は中山間地域の孤立対策を検討し、外部との通信、物資供給・救助、孤立に強い集落づくり、道路・ライフライン寸断への備えを課題として整理した。その後も2008年岩手・宮城内陸地震、2010年奄美豪雨、2011年東日本大震災、紀伊半島豪雨などで孤立は繰り返された。[7] [9]
2014年の全国フォローアップ調査では、孤立可能性がある農業集落は17,212。調査当時、何らかの情報通信手段を持つ農業集落は48.1%、衛星携帯電話は7.4%、避難計画を持つ集落は10.3%だった。飲料水を備蓄している割合は5.0%、主食は7.4%。20年以上前から課題は知られていたが、全国で同じ水準まで対策が進んでいたわけではない。[7]
能登が変えたのは、「孤立を想定外にしない」という基準
2024年の検証で石川県が課題として挙げたのは、「孤立集落が発生する想定が不足」していたことだった。孤立する可能性のある集落、避難先、避難方法が十分に事前設定されていなかった。通信途絶で人数が分からず、実動機関が救助済みの情報も共有できず、現地へ行って初めて避難済みと分かる場合もあった。[4]
この反省から、内閣府は2025年度、全国16か所で孤立集落状況把握・支援訓練を実施した。青森県三戸町、秋田県男鹿市、神奈川県山北町、大阪府千早赤阪村、奈良県十津川村、沖縄県うるま市など、山間部から半島、島しょ部まで地理条件の異なる自治体が対象になった。共通する前提は、「道路と通信が使えない」ことだった。[2] [3]
訓練は自治体ごとに内容を変える。大阪府千早赤阪村では、避難・誘導、情報伝達、避難所開設、救助・救出、初期消火、ドローンによる物資輸送、炊き出しを組み合わせた。地域住民、自主防災組織、消防団、消防、警察、大阪府、自衛隊、社会福祉協議会などが参加した。事前には個別避難計画を想定した地域調整会議も行った。[11]
ドローンは「ヘリの代わり」ではなく、空輸の層を増やす
能登ではヘリコプターが孤立集落からの重症者搬送や物資輸送に不可欠だった。だが有人ヘリは機数、天候、着陸場所、優先順位に制約がある。そこで訓練では、小型のドローンを物資輸送や状況確認に使う例が増えている。
ドローンが運べる重量はヘリよりはるかに小さい。全住民の水や食料を長期間支える万能手段ではない。それでも、医薬品、通信機器、バッテリー、少量の緊急食などを道路開通前に届ける、上空から道路崩落を確認する、といった用途には意味がある。重要なのは「新技術を使った」という展示ではなく、誰が飛ばすか、電波が届くか、雨風の限界はどこか、受け取り地点を誰が管理するかまで訓練することだ。
通信は衛星だけで終わらない
能登では衛星携帯電話やStarlinkなど衛星通信が大きな役割を果たした。輪島市の担当者は、通信が確保できれば、孤立集落の人数、重症者、必要資材、ヘリの大きさや機数、着陸可能地点まで事前に調整しやすいと振り返る。[5]
しかし、通信経路は一つに絞らない方がよい。衛星電話、防災行政無線、消防団無線、IP通信、可搬型衛星回線、アマチュア無線、徒歩の伝令まで、複数の層を考える必要がある。停電が続けば端末の電池が切れる。アンテナを置く空が見えない。住民が操作方法を忘れる。だから訓練は「つながったか」だけでなく、何時間電源を維持できるか、誰が操作できるか、代替手段へ切り替えられるかを試す。
- 発災直後に住民数と要支援者を誰が確認し、どの経路で外へ伝えるか。
- 携帯網が止まったときに衛星通信や無線へ切り替えられるか。
- 主要道路が全て切れた場合の林道・農道・徒歩ルートが使えるか。
- ヘリの着陸地点、ホイスト地点、ドローン受取地点を事前に決めているか。
- 水、食料、医薬品、燃料、簡易トイレを何日分持つか。
- 高齢者、透析患者、妊婦などをどの順序で搬送するか。
- 集落全体を広域避難する場合に、地域コミュニティを維持する方法を決めているか。
避難は「一人ずつ」ではなく、集落ごと考える必要がある
能登では、孤立集落からホテルや広域避難所への二次避難が進められた。石川県は、地域コミュニティ維持のため集落単位で「まるごと避難」した例を好事例として挙げる。これは2004年の山古志でも見られた考え方だ。山古志では避難所や仮設住宅を集落単位でまとめ、帰村まで地域のつながりを切らないようにした。[4] [8]
孤立解消は「道路が一本通った日」で終わるとは限らない。高齢者が戻れない、診療所が再開していない、水道が使えない、灯油が届かないといった状態が続けば、生活上の孤立は残る。救助訓練だけでなく、その後の二次避難、物資支援、コミュニティ維持まで訓練体系に含める必要がある。
2026年度の訓練は、「全国展開」の二年目になる
内閣府は9月10日、2026年度の地震・津波防災訓練と孤立集落防災訓練を公表した。2026年度予算資料でも、交通・通信等が途絶することが想定される地域で、迅速な支援等の訓練を行い、地域の災害対応力を高めることを事業目的に掲げている。[1] [12]
9月12日時点で内閣府の個別訓練アーカイブページに掲載されている一覧は2025年度分であるため、Japan.co.jpは2026年度の実施場所・日付をその前年一覧から推測しない。本記事で確定して扱うのは、9月10日に2026年度事業が公表されたことと、国の予算・防災白書が孤立対策訓練を能登の教訓から継続する方針を示している点である。
「絶対に孤立させない」ではなく、「孤立しても命をつなぐ」
道路を強くし、斜面を補強し、橋を耐震化することは孤立対策の第一層だ。それでも巨大地震や豪雨で全ての道路を守り切れる保証はない。半島や中山間地域では、一本の道路が数か所同時に切れることもある。
だから現在の訓練は、孤立を失敗とみなしてゼロにするだけではなく、「孤立は起こり得る」という前提で、通信、備蓄、空輸、避難、情報共有を組み立てる方向へ変わっている。それは悲観ではない。道路が戻るまでの数時間、数日を、住民が生き延びられるシステムに変える発想だ。
2004年の山古志で、道路が切れた集落をヘリで丸ごと避難させた。2024年の能登では、通信さえ途切れた集落を一つずつ確認し、ヘリと地上部隊で救助・物資輸送を続けた。2026年、日本が訓練しているのは、その経験を偶然の現場力に任せないことだ。地図にある小さな集落が突然「島」になったとき、誰が連絡し、誰が運び、誰から救うのか。その答えを、地震が来る前に地域ごとに持つための訓練である。
- 内閣府防災:令和8年度 地震・津波防災訓練及び孤立集落防災訓練について(2026年9月10日公表)
- 内閣府:令和8年版防災白書―孤立集落状況把握・支援訓練、令和7年度16か所
- 内閣府:孤立集落状況把握・支援訓練―令和7年度の実施地域と結果
- 石川県:能登半島地震アーカイブ―孤立集落対策、最大24地区3,345人
- 石川県:輪島市の孤立集落対応の実態と教訓―通信、名簿、ヘリ救助
- 内閣府:令和6年能登半島地震に係る検証チーム
- 内閣府:2014年 孤立集落発生可能性フォローアップ調査
- 内閣府:新潟県中越地震から20年―山古志5地区14集落の孤立と全村避難
- 内閣府:2006年版防災白書―中越地震で61地区が孤立、対策検討の出発点
- 内閣府:長野市の孤立可能性集落別カルテと孤立危険度判定
- 内閣府:大阪府千早赤阪村の訓練概要―情報伝達、救出、ドローン物資輸送等
- 内閣府:令和8年度予算概要―孤立集落防災訓練
編集注:内閣府は2026年9月10日に令和8年度の孤立集落防災訓練を含む訓練事業を公表した。一方、9月12日時点で内閣府の専用「孤立集落状況把握・支援訓練」ページに掲載されている地域別一覧は令和7年度分であるため、本記事は前年16か所を2026年度の実施地として扱っていない。2014年の全国調査値は当時の状況を示す歴史データであり、現在の備蓄率・通信整備率としては使用していない。
