川の水位は、降った雨の量だけで決まるわけではない。上流から運ばれた土砂が川底にたまり、流木が橋に引っかかると、水の通り道そのものが狭くなる。普段見ている川の形が、洪水の最中にも変わっていく。その変化を浸水の想定にどう織り込むかが、能登の災害を経て、改めて問われている。
国土交通省は9月9日、土砂・流木の影響を考慮した中小河川の水害リスク評価について、第4回の技術検討会を9月15日に開くと発表した。「小規模河川の洪水浸水想定区域図作成の手引き」の改定案などを議論する。土砂や流木による水位の上昇、氾濫する範囲を評価し、浸水想定区域図に反映するための手法づくりだ。[1]
現段階で発表されたのは、技術的な検討を進める日程と議題である。全国のハザードマップがすでに更新されたという知らせではない。それでも、住民が地図を読むときの前提に関わる。色の付いた範囲だけでなく、どのような川の状態を計算した図なのかを理解することが、地域の備えにつながる。
地震の傷が残る土地に、再び大雨
2024年1月1日の能登半島地震では、多数の斜面崩壊や地すべりが起き、河道が塞がれる被害も生じた。同年9月、復旧途上の地域を記録的な大雨が襲った。気象庁のまとめによると、9月21日は能登で線状降水帯による猛烈な雨となり、1時間降水量などの観測記録が更新された。20〜22日の総降水量は、石川県内で500ミリを超えた地点があった。[2][3]
国交省の検討会が2025年6月にまとめた提言は、塚田川や鈴屋川などで、土砂・流木が橋などに捕捉され、河道が埋まり、氾濫が発生・拡大したと整理している。今回の検討につながる、具体的な被災の仕組みである。[2]
ただし、9月のすべての浸水を、1月の地震だけで説明することはできない。提言は、河川の計画規模を大きく上回る降雨も指摘している。地震後の地形や施設の状態と、後から起きた豪雨の規模を分けて見たうえで、両者がどう重なったかを考える必要がある。[2]
土砂が川底を上げ、流木が水をせき上げる
国交省は「土砂・洪水氾濫」を、豪雨で上流から流出した大量の土砂が谷の出口より下流に堆積し、川底の上昇や河道の埋塞によって、土砂と泥水が氾濫する現象と説明している。流木を伴う場合もある。急な沢を下る土石流だけを思い浮かべていると、その先の比較的開けた場所に広がる危険を捉えにくい。[4]
土砂がたまれば、水が流れるための断面が小さくなる。橋に木が集まれば、通水を妨げる箇所が生まれる。水だけを増やして計算する場合と、途中で川の通りやすさも変わる場合とでは、想定される水位や流れの経路が異なり得る。今回の手法づくりの意味は、この違いを地域のリスク情報に結び付けることにある。[1][4]
一方で、どれだけの土砂が動くか、どの橋でどの程度の木が捕まるかは、一律には決められない。流域ごとの地形や橋の構造、土砂・流木の供給源によって条件が変わる。これは本誌による技術的論点の整理であり、検討中の改定案に特定の計算式や全国共通の数値が採用されたと報じるものではない。
浸水想定区域図とハザードマップは役割が違う
洪水浸水想定区域図は、一定の降雨などの条件を設定して、浸水が想定される範囲や深さを示す基礎資料である。国や都道府県などが作成したその情報をもとに、市町村が避難場所などの情報を加えて住民に伝えるのが洪水ハザードマップだ。国交省も、両者を区別して案内している。[7][10]
| 浸水想定区域図 | 設定した条件のもとで、どこがどの深さまで浸水し得るかを示す。 |
|---|---|
| 市町村のハザードマップ | 浸水想定に加え、避難先や情報の伝わり方など、地域の行動に必要な内容をまとめる。 |
| 今回の技術検討 | 土砂・流木による水位や氾濫域の変化を、浸水想定に取り込む手法を扱う。 |
| 地図だけでは分からないこと | 個々の大雨での実際の氾濫経路、災害後の施設の状態、その時点の避難先の開設状況。 |
この違いは、整備の進捗を見る際にも重要だ。解析手法が改まっても、各河川での計算、図の公表、地域のハザードマップへの反映は別の段階となる。技術検討会の開催を、そのまま手元の地図の更新と受け取ることはできない。
地図を広げてきた25年、その次の課題
国交省のマニュアルによると、洪水の浸水想定区域制度は2001年に洪水予報河川を対象に始まり、2005年に水位周知河川へ対象が広がった。2015年の水防法改正では、前提とする降雨が従来の計画規模から、想定し得る最大規模へ変わった。施設の整備目標を超える雨への備えを、地図で示す方向に進んだのである。[7]
さらに2021年の改正で、浸水範囲に住宅などの防護対象がある一級・二級河川へ、公表対象が拡大した。国交省は2026年4月、対象の2万819河川すべてで、2025年度末までに洪水浸水想定区域の作成・公表が完了したと発表した。これは対象河川の浸水想定についての数字であり、すべての市町村のハザードマップの更新完了を示す数字ではない。[8]
土砂・洪水氾濫への対応も、能登を契機に初めて始まったわけではない。国交省は2017年の九州北部豪雨、2018年7月豪雨を発生事例として挙げている。2022年4月には、大きな被害のおそれがある流域を抽出する調査要領をまとめ、都道府県による調査が始まると発表した。[4][9]
その蓄積に、能登の教訓が加わった。2025年12月に今回の技術検討会が設置され、2026年6月の第3回会合では手引きの改定骨子案が議題となった。9月15日の第4回では改定案を扱う予定だ。対象を広げる取り組みと、想定する現象を充実させる取り組みが、並行して進んでいる。[5][6][1]
地域で確認したいのは、色とその前提
国交省と国土地理院の「ハザードマップポータルサイト」では、洪水や土砂災害、土地の成り立ちなどの情報を重ねて表示できる。市町村が公表する地図へのリンクもある。住所を調べる入口として使い、個々のデータの内容や解釈は作成機関に確認できる仕組みだ。[11]
本誌が地域での話し合いに提案したいのは、地図の発行日、対象となる川、雨の想定を一緒に確認することだ。自宅だけでなく、学校や介護施設、普段使う道との関係も見ておきたい。色が付いていない場所についても、何を対象にした図なのかを確かめなければ、その意味を判断できない。
とりわけ災害後は、普段の道や施設が従来どおり使えるという前提を見直す必要がある。国の2025年提言も、先に起きた災害による地形・施設の変化を把握し、増大したリスクを周知するとともに、応急対応を進める方向を示している。[2]
Japan.co.jpの視点:地図の更新を、暮らしの更新へ
より詳しい浸水想定には価値がある。ただ、その情報が行政の技術資料にとどまれば、住民の判断を支える力は限られる。新しい図を公表する際には、以前の図と何が違い、どの条件が変わったのかを説明することが欠かせない。
地域が確かめるべき成果は、塗られた面積の増減だけではない。避難先を考え直す必要のある人に情報が届くか。施設の管理者が計画を点検する材料になるか。災害の後に得られた情報を、次の雨までに伝えられるか。これらは本誌の評価の視点であって、すでに達成された効果ではない。
能登から全国に引き継ぐべき教訓は、川も地域も、災害の前と同じ状態にとどまらないということだ。土砂と流木を地図に織り込む仕事は、その変化を見える形にする一歩となる。そこから暮らしの備えをどう変えるかが、次に問われる。
- 国土交通省:第4回技術検討会の開催発表(2026年9月9日)
- 国土交通省検討会:能登半島での地震・大雨を踏まえた水害・土砂災害対策のあり方について 提言(2025年6月)
- 気象庁:2024年9月20〜22日の大雨(2024年10月29日公表、速報)
- 国土交通省砂防部:土砂・洪水氾濫の定義と事例
- 国土交通省:技術検討会の設置・開催(2025年12月16日)
- 国土交通省:第3回技術検討会の開催発表(2026年6月25日)
- 国土交通省:洪水浸水想定区域図作成マニュアル第4版(2015年、2017年修正)
- 国土交通省:2025年度の流域治水の進展(2026年4月10日)
- 国土交通省:土砂・洪水氾濫のおそれのある流域の抽出(2022年4月18日)
- 国土交通省:洪水浸水想定区域図と洪水ハザードマップ
- 国土交通省・国土地理院:ハザードマップポータルサイト
