会社の「本当の支配者」を国が把握へ 実質的支配者報告制度、マネロン対策と土地透明化の交差点
誰が会社を最後に支配しているのか。政府は、実質的支配者(BO)の情報を法務局で継続的に把握する制度を検討。マネロン、トクリュウ、不動産所有、金融実務、プライバシーが一つの登録制度で交差する。

東京。会社の登記簿を見れば、商号、本店所在地、代表取締役などは分かる。だが、その会社を最後に支配しているのは誰か――複数の法人を挟み、名義上の株主と実際の意思決定者が異なる場合、その答えは必ずしも登記簿から見えない。
政府は、この「実質的支配者」を国が継続的に把握する制度へ踏み込もうとしている。10月2日の時事通信報道によると、政府は国内法人などに対し、実質的支配者(Beneficial Owner、BO)の氏名、住所、生年月日、国籍などを法務局へ報告することを義務付ける新法案を、10月5日召集予定の臨時国会へ提出する方向で調整している。
対象は、国内に本店または主たる事務所を置く法人のうち上場会社を除く法人を広く含み、さらに日本で継続的に取引し、国内拠点を持つ、または日本国内に不動産を所有する一定の外国法人も想定されていると報じられている。設立時に法務局へ情報を提出し、変更時にも更新する仕組みが検討されている。
ただし、これは10月3日時点で法案成立済みの制度ではない。内閣官房は9月24日に「法人等の実質的支配者(BO)に係る情報の把握等に関する有識者会議」の初会合を開いているが、国会提出法案の最終条文はまだ公表されていない。以下では、政府会議の一次資料、現行法制、FATF資料と、10月2日時点で報じられた政府案を明確に区別して扱う。
「実質的支配者」とは誰か
日本の犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)では、法人の議決権総数の4分の1を超える議決権を直接または間接に保有する自然人などを、実質的支配者と捉える枠組みがすでにある。単純な株主名義だけでなく、支配関係をたどって「最後にいる人」を確認する考え方だ。
金融機関や一定の特定事業者は、法人顧客との特定取引で実質的支配者を確認する義務を負う。2018年以降は、株式会社などを新設する際の定款認証でも、公証人が実質的支配者情報の申告を受け、暴力団員や国際テロリスト等に該当しないか確認する仕組みが導入された。
つまり、日本にBO確認の制度が「なかった」わけではない。問題は、情報が銀行、公証人、企業自身、登記所など複数の場所に分散し、すべての法人について正確で最新の情報を一元的かつ迅速に取得できる仕組みではなかった点にある。
2022年に始まった「実質的支配者リスト」は任意制度
法務省は2022年1月31日、商業登記所で「実質的支配者リスト制度」を開始した。株式会社が自ら申し出れば、会社が作成した実質的支配者情報一覧を登記官が添付資料で確認し、法務局で保管した上で、認証文付きの写しを交付する。
銀行口座開設、融資、取引開始時などに「この会社のBOは誰か」を示しやすくするための仕組みで、無料で利用できる。2025年3月からは、一定の場合に会社設立登記と同時にオンライン申出も可能になった。
しかし現行制度は会社の申出に基づく任意制度であり、利用できる法人も株式会社(特例有限会社を含む)が中心だ。合同会社や一般社団法人などを網羅する包括的な義務的データベースではない。
今回検討されている制度が実現すれば、この構造が大きく変わる。企業が必要な時だけ「信頼の証」として取得する書類から、国が法人の支配構造を継続的に把握する基礎情報へと役割が移ることになる。
| 仕組み | 現在 | 新制度案で想定される方向 |
|---|---|---|
| 法務局のBO情報 | 株式会社の任意申出によるリスト制度 | 対象法人に報告義務を課す制度 |
| 対象 | 主に株式会社・特例有限会社 | 上場会社を除く国内法人を広く対象とする案 |
| 外国法人 | 現行リスト制度の中心対象ではない | 国内で継続取引・拠点・不動産保有等がある一定法人を対象とする案 |
| 利用目的 | 取引時の本人確認・信用補完 | AML、捜査、経済安全保障、所有構造の透明化 |
| 更新 | 会社が必要に応じ申出 | 設立・変更時の継続報告を想定 |
FATFが2021年に突いた日本の弱点
制度見直しの国際的な背景にあるのが、金融活動作業部会(FATF)だ。FATFはマネー・ローンダリング、テロ資金供与、拡散金融対策の国際基準を策定する政府間機関で、日本も加盟している。
2021年の第4次対日相互審査で、FATFは日本が実質的支配者把握に重要な改善を進めてきたことを認める一方、「十分で正確かつ最新のBO情報」がすべての法人についてタイムリーに利用できる状態ではないと指摘した。
特に、2016年以前に金融機関と取引を始めた法人では、古い顧客情報の更新が十分でない可能性、公証人による確認が2018年以降の新設会社に限られること、複雑な所有構造を捜査当局が解明するための情報基盤が弱いことなどを課題に挙げた。
FATFは現在、各国に対し、企業が保有する情報だけに依存せず、当局が正確で最新のBO情報を迅速に入手できる仕組みを求めている。日本は2028年夏ごろに次回対日審査を控えており、政府の検討はその時間軸とも重なる。
なぜ警察がBOを必要とするのか
政府が挙げる国内課題の一つが、匿名・流動型犯罪グループ、いわゆる「トクリュウ」への対応だ。特殊詐欺、強盗、違法な資金移動などで、固定的な暴力団組織とは異なる緩いネットワークが使われると、資金や契約の名義が何層にも分かれやすい。
会社自体は合法的に設立できる。だが、実態のない法人、短期間で代表者を変更する法人、他人名義を介した法人を複数組み合わせれば、犯罪収益の流れや最終的な受益者を追いにくくなる。
FATFの2021年審査も、日本の捜査機関が前提犯罪から「フロント会社」「ペーパーカンパニー」へ捜査を進めるケースはある一方、複雑な所有構造におけるBO特定の手段が十分でないとの懸念を示していた。
BO登録簿が正確に更新され、捜査機関が迅速にアクセスできれば、登記上の代表者と実際の支配者を別々に把握する手掛かりになる。ただし、犯罪者が虚偽情報や名義人を使う可能性は残るため、登録制度だけでマネーロンダリングが止まるわけではない。情報の検証方法と他のデータとの照合が制度の実効性を左右する。
もう一つの狙いは「誰が土地を持っているか」
今回の議論は不動産政策とも接続している。2026年2月の衆議院調査資料は、外国人による不動産取得をめぐる政府施策として、土地所有情報を集約する「不動産ベース・レジストリ」の整備検討と並び、法人の実質的支配者把握強化を明記していた。
法人名義で土地を所有している場合、登記簿だけでは、その法人を最終的に支配する個人の国籍や所在が分からないことがある。BO情報と不動産情報を一定のルールの下で照合できれば、行政は法人を通じた土地所有の実態をより詳しく把握できる。
ただし、外国籍であること自体が違法性や安全保障上の問題を意味するわけではない。政策上の論点は、所有者の属性を正確に把握し、重要施設周辺、農地、森林、水源、その他の法規制や安全保障制度が適用される場面で必要な審査を可能にすることにある。
企業側の最大の論点は「最新情報を誰が、どう証明するか」
制度設計では企業負担が避けられない。単純なオーナー企業ならBO特定は容易だが、持株会社、投資ファンド、海外法人、信託、複数階層の株主を持つ企業では、25%超の支配者を間接保有までたどる作業が複雑になる。
9月24日の内閣官房有識者会議には、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会、弁護士、研究者が資料を提出した。制度準備段階から企業実務の負担、情報の正確性、更新、第三者利用の範囲が主要テーマになっていることがうかがえる。
最も重要なのは、法務局が何をもって「正しい」と判断するかだ。現在の実質的支配者リスト制度でも、会社が作成した情報を株主名簿など所定の添付資料で確認する。新制度が全国の法人へ拡大すれば、外国の登記記録、ファンドの持分、間接保有など、国内資料だけでは検証しにくいケースが急増する可能性がある。
「公開」の意味も慎重に決める必要がある
BO情報には、氏名だけでなく住所、生年月日、国籍など重要な個人情報が含まれ得る。透明性を高めれば犯罪対策や金融機関の本人確認に役立つ一方、無制限な一般公開は、プライバシー侵害や詐欺、嫌がらせなど別のリスクを生む。
10月2日に報じられた政府案では、登録情報を行政機関や金融機関など権限を持つ主体が利用できる仕組みが想定されている。最終法案で、一般市民、取引先、報道機関、研究者がどこまで閲覧できるのか、利用目的がどのように制限されるのかは、まだ確認できない。
ここは制度の核心の一つだ。企業所有の透明性を上げながら、個人情報を必要以上に公開しない設計が求められる。
金融機関にとっては「確認コスト」を下げる可能性
銀行、証券会社、暗号資産交換業者などはすでに犯収法上の顧客管理でBO確認を行っている。現在は顧客から資料を受け取り、自ら所有構造を確認する必要がある。
政府が信頼できるBO登録簿を整備すれば、金融機関は本人確認の際に公的情報を参照できる可能性がある。企業側にとっても、銀行ごとに同じ株主資料を何度も提出する負担が減るかもしれない。
一方、公的登録簿の情報が古い場合、金融機関がそれを鵜呑みにすれば逆にリスクが高まる。そのためFATFは単なるデータ収集ではなく「adequate, accurate and up-to-date(十分で正確かつ最新)」であることを重視している。
日本の企業登記は「代表者中心」から一歩変わる
日本の商業登記制度は、会社の商号、所在地、役員など取引上重要な基礎情報を公開し、取引の安全を支えてきた。だが、会社法上の役員と経済的な支配者は同じとは限らない。
実質的支配者情報を国が継続保有する制度は、法人透明性の考え方を一段変える。形式上の法人格を尊重しつつ、その背後の自然人へ必要に応じて到達できる情報インフラをつくるからだ。
同時に、これは企業にとって新しいコンプライアンス領域になる。設立時だけでなく、増資、株式譲渡、相続、組織再編、ファンド投資などでBOが変われば、更新義務が発生する制度設計が予想される。どの程度の期間内に報告するのか、誤記と故意の虚偽報告をどう区別するのか、罰則はどの範囲か。最終法案で確認すべき点は多い。
10月5日以降、見るべきは法案そのもの
10月3日時点で確実に確認できるのは、政府が9月24日に専門家会議を始め、BO情報把握の制度構築を進めていること、現行制度が任意の実質的支配者リストを中心としていること、FATFが日本により確実なBO情報への迅速なアクセスを求めてきたことだ。
一方、10月2日に報じられた新制度の対象範囲、提出項目、アクセス権、罰則は、正式な法案が公表された時点で条文を確認する必要がある。特に「外国法人」「不動産所有」「一般公開」の扱いは、制度の射程を大きく左右する。
新制度が成功するかどうかは、報告件数では測れない。複雑な支配構造を正しく特定できるか、捜査や金融実務で迅速に使えるか、企業の重複事務を減らせるか、そして必要なプライバシーを守れるか。その四つが揃って初めて、法人透明性は形式から実務へ変わる。
主な資料
- 内閣官房「法人等の実質的支配者(BO)に係る情報の把握等に関する有識者会議」
- 内閣官房 第1回有識者会議 議事次第・資料(2026年9月24日)
- 法務省「実質的支配者リスト制度の創設」
- 財務省 AML/CFT/CPF in Japan — Beneficial Owner制度の説明
- FATF, Anti-money laundering and counter-terrorist financing measures — Japan, 2021
- 衆議院調査局「外国人による不動産取得をめぐる現状と課題」(2026年2月)
- 時事通信 / The Japan Times「Japan to require corporations to report details of beneficial owners」(2026年10月2日)