南極の氷が融けたあと、その水は海のどこへ行くのか。氷の厚さの変化を知るだけでは、この問いには答えられない。海水と混ざり、深さを変えながら広がる淡水を追うために、日本の研究グループが海洋観測データを使う新しい解析手法を開発した。対象は東南極のトッテン棚氷とモスクワ大学棚氷の周辺。海面の下にある変化を、海水の性質から立体的に推定する研究だ。[1]

北海道大学大学院地球環境科学研究院の渡辺豊(わたなべ・ゆたか)特任准教授らによる成果は、9月11日付の科学誌「Nature Communications」に掲載され、国立極地研究所などが17日に発表した。北海道大学、国立極地研究所、海洋研究開発機構、東京海洋大学などが参加している。[1]

白い大陸の縁で、海が氷を変える

棚氷は、主に陸上の氷が海へ流れ出して浮いた部分を指す。海水そのものが凍った海氷とは成り立ちが違う。南極の縁に張り出す巨大な棚氷は、内陸と海をつなぐ場所でもある。[9]

その重要性は、氷が大きいことだけにあるのではない。2012年の研究は、衛星による高度測定などから棚氷の薄化を調べ、底面融解によって内陸の氷の流れを抑える働きが弱まり、氷河の流出が速まる仕組みを示した。海面上昇を考える際には、浮いている棚氷からの融解水量と、陸に接していた氷が海へ失われる量を分けて読む必要がある。[5]

したがって、今回の淡水供給量を、そのまま将来の海面上昇の数字へ置き換えることはできない。どこで氷が薄くなるのか、氷の流れがどう応答するのか。海水の分析は、この一連の過程を調べるための材料になる。

熱が入る道と、水が出る道

トッテン棚氷周辺では、海から運ばれる熱の経路が以前から研究されてきた。2021年に公表された平野大輔氏らの論文は、海洋観測と衛星から得た海流の情報を組み合わせ、複数の渦が比較的暖かい深層水を大陸棚の縁へ運ぶ様子を捉えた。氷の前にある海は、一様な水の塊ではない。[4]

大陸棚の縁まで熱が届くことと、その熱が棚氷の下へ届くことも同じではない。途中の混合や流れを含めて確かめなければならない。ここに、融けたあとの淡水を調べる意味がある。熱を運ぶ海流と、融解後の海水の変化を照らし合わせれば、別々の観測が同じ仕組みを支持するかを検討できる。

塩分だけでは、淡水の出どころは分からない

海水が薄まっていても、その原因が氷河の融解とは限らない。海氷の融解や降水も淡水を供給する。2022年の先行研究は、この区別の難しさに対して、海水中の炭素と基本的な海洋観測項目との関係を使う方法を提案した。混ざる前の水の基準値である「端成分」を固定せずに、氷河由来の淡水を推定しようとする試みだった。[3]

今回の手法は、重回帰分析とニューラルネットワークを組み合わせる。水温、塩分、水圧、そして溶存酸素から求める「見かけの酸素消費量」を用いて、外洋と沿岸それぞれの溶存無機炭素(DIC)を推定する。DICは海水中の二酸化炭素、炭酸水素イオン、炭酸イオンの総量。その推定値の差を、氷河由来の淡水を捉える手掛かりにする。[1]

「三次元」という言葉から、海中を撮影する新型装置を想像するかもしれない。しかし、ここで作られるのは観測に基づく推定分布だ。測定した値、モデルが補う関係、その結果として得られる淡水の割合。この三つを区別すると、研究の新しさと限界の両方が見えてくる。

何を学習させるかを支える、長年の採水

新手法の基礎には、国際的な海洋化学データ集「GLODAP」がある。各地の研究航海で得られたデータについて、測定の整合性を点検し、比較して使える形に整える取り組みだ。研究で使った版はGLODAPv2.2023であり、現在公開されている新版とは区別する必要がある。[1][7]

解析に機械学習を取り入れても、海で水を採り、測り、記録を残す仕事が不要になるわけではない。学習の基準になる観測が偏っていれば、推定を別の海域や季節へ広げる際に改めて検証が必要になる。新しい計算手法の価値は、観測を置き換えることより、蓄積した観測から引き出せる情報を増やす点にある。

日本の南極観測も長い時間軸の上にある。第1次南極地域観測隊は1956年に出発し、1957年に昭和基地を開設した。国際地球観測年を背景に始まった事業は、中断を挟みながら続いてきた。国立極地研究所の年表には、2020年のトッテン氷河沖での集中観測も記されている。[6]

基地の開設と一つの論文を直線で結ぶことはできない。それでも、輸送、観測機器の運用、試料とデータの管理を続けてきた制度が、個々の研究の足場になっている。今回の成果も、計算の工夫だけを切り取っては理解しにくい。

分布と流量は、別の数字

2012~2024年の観測に手法を適用すると、棚氷の前面で強い淡水の影響が、沖へ向かうにつれて弱まる分布が得られた。海面から深さ約1,000メートルまでを平均した淡水の割合は前面で2‰を超え、南緯約64度付近ではほぼゼロになった。2‰は0.2%であり、2%ではない。[1]

ただし、ある場所に淡水がどのくらい混ざっているかと、1年間にどのくらい供給されるかは違う。後者を求めるには、水が運ばれる量も必要になる。原論文は代表的な海流輸送量として1.0スベルドラップを用いた。これは毎秒100万立方メートルの流量に相当する。[2]

棚氷前面の融解水供給量の推定(年間、Gt=10億トン)[2]
対象輸送量1.0 Svでの推定輸送量の±20%も考慮
トッテン棚氷70 ± 7 Gt70 ± 16 Gt
モスクワ大学棚氷53 ± 9 Gt53 ± 14 Gt

海流の不確かさを含めると、中心となる推定値は同じでも幅が広がる。これは別の観測結果へ修正されたという意味ではない。どの誤差を含めて数字を示すかの違いだ。海水中の割合を詳しく推定できても、流れの把握が不十分なら年間供給量の精度には限界が残る。

長期的に増えたと、まだ言い切れない理由

観測された場所や季節が異なれば、二つの時期の差には、年々の変化だけでなく採り方の違いも入り得る。原論文は、限られた観測の分類方法によって変化量の推定が変わることから、長期的な増加傾向を確定できないとしている。また、表層では海氷や降水・蒸発の影響を分離する仮定が重要で、海氷の補正を加えても、すべての淡水の起源を完全に識別できるわけではない。[2]

これは研究の意義を打ち消す注意書きではない。分布を推定する能力と、持続的な変化を判定する能力は別だということだ。同じ海域を繰り返し観測し、季節の違いも確かめて初めて、地図は変化を読む記録になっていく。

次の課題は、海に長く目を置くこと

観測を補う候補が、自動で沈降・浮上しながら海水の性質を測るArgoフロートだ。Argoは2000年に始まった国際的な観測の仕組みで、船だけでは得にくい継続的な鉛直観測を担ってきた。[8]

ただし、すべてのフロートが溶存酸素を測るわけではない。生物地球化学観測へ拡張したBGC-Argoでは酸素などのセンサーを搭載する。こうしたデータを使うにも、センサーの安定性や校正、船舶観測との照合が欠かせない。[10]

本誌が今回の研究から読み取るのは、観測と推定を往復することの重要性だ。計算は、海へ出る回数を魔法のように不要にはしない。一方で、一度得た水温や酸素の記録に新しい問いを投げかけることはできる。氷が減った場所を知ることから、その融解水が海をどう変えるかを知ることへ。東南極の海を理解する作業が、一段深くなった。

出典・資料

研究機関の日本語発表、原論文、先行研究、観測事業の公式資料を参照。測定、推定、将来への期待を区別し、本文中に出典を示した。

  1. 国立極地研究所ほか:南極の「氷河由来の淡水」を三次元で捉える新手法を開発、2026年9月17日
  2. Watanabe ほか:東南極の氷河由来淡水の三次元復元、Nature Communications、2026年9月11日。手法・海流輸送量・不確かさ・限界
  3. Pan・Li・Watanabe:炭素と海洋観測項目による淡水推定の先行研究、Scientific Reports(2022)
  4. Hirano ほか:トッテン棚氷沖の渦による暖水輸送、Communications Earth & Environment(2021)
  5. Pritchard ほか:棚氷の底面融解と南極氷床の損失、Nature(2012)、公開抄録を参照
  6. 国立極地研究所:日本の南極観測について、事業の経緯と年表
  7. GLODAP:統合・調整済みデータ集v2.2023、版別の提供ページ
  8. Argo:観測の仕組み、沿革、データ品質管理
  9. 米国雪氷データセンター(NSIDC):棚氷の解説
  10. Argo:生物地球化学観測への拡張、酸素センサーと校正