内閣府は9月4日、2026年度の「エイジレス・ライフ実践事例」43人と「社会参加活動事例」39団体を決定した。都道府県、指定都市、中核市から推薦された個人60人、団体51組を、牧野篤・大正大学地域創生学部教授を委員長とする選考委員会の案を踏まえて選んだ。個人には「エイジレス章」、団体には「社会参加章」の表章を伝える書状と記念の楯が贈られる。
これは長寿記録のランキングではない。内閣府がいう「エイジレス・ライフ」は、年齢にとらわれず、自らの責任と能力において自由で生き生きと生活すること。選ばれた事例を全国へ紹介し、すでに高齢期にある人と、これから迎える人の参考にしてもらう事業である。
102歳の登頂だけを物語にしない
最も目を引くのは、前橋市の阿久澤幸吉さんだろう。内閣府の紹介によれば、4月1日時点で102歳。102歳で富士山に登頂し、「富士山を登頂した最高齢の男性」としてギネス世界記録に認定された。今も週1回ほど赤城山へ登り、毎朝歩き、高齢者施設でボランティアをし、絵画と書道を教えるという。
だが、山頂だけを切り取れば、この制度の核心を外す。阿久澤さんは60歳で絵を始め、80歳でヘルパー資格を取得したと内閣府は記す。重要なのは年齢に抗った超人的な身体ではなく、年齢を重ねた後にも学習と奉仕の新しい入口をつくった点にある。
大分県由布市の佐藤角三さんは101歳。内閣府によると、介護サービスを使わず一人で暮らし、地域サロンの会場設営を手伝い、求めに応じて住民や学生へ戦争体験を語る。ここでは長寿が見世物ではなく、地域の記憶を次世代へ渡す時間になっている。
小さな仕事が地域の空白を埋める
受章事例を読むと、大規模な事業より、誰も担わなければ消える小さな仕事が目立つ。弘前市の小山三千雄さん、79歳は交通安全活動を続け、約30年間、保護司として立ち直りを支えた。塩竈市の遠藤春夫さん、80歳は退職後に始めた絵手紙を地域へ広げ、郵便局での展示を延べ49回開催し、中学生にも手紙文化を伝えている。
愛知県大府市の中田紀子さん、85歳は、1976年に「ボランティアサークルしずく」を設立。視覚障害者へ、広報誌や新聞記事を収録したCDを月3回届ける活動を半世紀にわたり続けてきた。声を録音し、編集し、届ける。その反復が情報への入口を守る。
社会参加を「余暇」とだけ呼ぶと、この価値は見えにくい。見守り、情報保障、子どもの安全、生活修繕、文化継承は、地域を機能させる仕事である。無償または低額の活動が多いからといって、経済的・社会的価値が小さいわけではない。
デジタル化を、同世代の言葉でつなぐ
大阪府大東市の野村孝子さん、78歳は、肢体障害者らへのIT支援を始め、2007年から市のパソコン相談員を務める。大阪府高齢者大学校の修了生向けに「パソコンクラブ歩」を立ち上げ、パソコンとスマートフォンの講習を各月2回続け、2022年にはデジタル推進委員に任命された。
福島県郡山市の「パソコン寺子屋安積野」は、初心者が同世代同士で繰り返し学べる場をつくった。内閣府は、子の世代へ何度も質問しにくいという壁を、得意な高齢者が苦手な高齢者を支える仕組みで越えていると紹介する。
2026年版高齢社会白書の国際比較調査では、日本の高齢者で情報収集・伝達にスマートフォンを使う人は65.0%だった。利用が広がるほど、行政手続き、医療予約、防災情報から取り残される人の不利益は大きくなる。端末の操作を教える活動は、趣味教室であると同時に、市民として参加する権利を支える活動でもある。
学びは「教える側」と「教わる側」を入れ替える
福島県郡山市の皆川晃さん、72歳は、小学校教員を退職した後、学ぶ人々の姿に動かされ、同僚講師らと2023年に郡山自主夜間中学を設立した。国語、理科、英会話など44講座を市内9公民館で月2回開き、約30人の講師がボランティアで支える。内閣府の紹介は、受講者だけでなく講師も刺激を受ける「相互学習」の場と位置づける。
岩手県の「シニアエキスパートいわて」は、大学の退職教員や企業OBらの知識と、学校、企業、自治体の必要を結ぶ。高校生の探究活動、企業研修、技術指導へ専門知を還元する。経験は持っているだけでは公共財にならない。必要とする相手へ届くよう仲介する仕組みがあって、初めて生きる。
一方で、「高齢者は若者へ教える側」という固定観念も危うい。大阪市の和仁古守人さん、81歳は囲碁とITを教えながら、AIを学ぶ講座の受講生でもある。役割が往復する関係こそ、年齢で人を一方向に分類しない社会に近い。
文化を残すとは、人を育てること
奥州市の小野寺茂美さん、77歳は、19歳から郷土芸能「伊藤流行山鹿踊」を続け、幼稚園で子どもたちを指導してきた。美祢市の高橋郁男さん、85歳は、壊滅的な状況にあった天然記念物のカキツバタを守ろうと住民を集め、四半世紀にわたり保全を続け、小学生の自然学習へつなげた。
金沢市の「金沢城・兼六園研究会」は、1991年の発足以来、市民の視点で文化財を研究し、文集『きくざくら』を発行。132人の会員が学び、講師を派遣し、児童向けガイドブックの改訂とデジタル化にも取り組む。文化財を保存するのは建物の修理だけではない。読み解く人、案内する人、次の担い手を育てることも保存の一部である。
こうした紹介文は、推薦自治体と内閣府がまとめた制度上の評価であり、独立した効果測定ではない。「貢献した」「寄与した」という評価語は内閣府の判断として読む必要がある。本稿は受章を活動効果の科学的証明とは扱わない。
支えられる人を、支える人へ固定し直さない
奈良県生駒市の「いこまハート工房」では、退職後の人々が日曜大工の経験を持ち寄り、高齢者や障害者らの網戸、建具、設備、庭の困りごとに年間100件以上、原則として材料費などの実費で応じる。内閣府は「支えられる側」から「支える側」へ役割を広げる例とする。
この転換は力強い。しかし、「元気なら社会に役立つべきだ」という新しい圧力にしてはならない。健康、所得、介護、交通、家族責任は人によって違う。白書の調査では、社会活動に参加していない日本の高齢者が挙げた理由で最も多かったのは「健康上の理由、体力に自信がない」37.4%だった。
参加しない自由と、参加したくてもできない障壁を区別する必要がある。送迎、短時間の役割、オンライン参加、費用負担の軽減、休みやすさがあれば関われる人もいる。優れた事例を称えるだけでなく、誰もが無理なく出入りできる設計へ翻訳してこそ政策になる。
1989年から変わった「エイジレス」の輪郭
個人の紹介事業は平成元年度、1989年度に始まり、団体は1995年度から加わった。制度の一覧で確認できる2000年度以降だけでも、毎年数十人・数十団体が選ばれてきた。2026年度は個人60人の推薦から43人、団体51組から39団体である。
初期の理念は、長くなった高齢期をどう生きるかというモデルの提示だった。現在の募集要項には、社会的孤立の防止、安心して暮らせるコミュニティ、デジタル技術、多世代連携、地域課題の解決が明記される。個人の自己実現から、地域の仕組みを動かす役割へと焦点が広がった。
背景には人口構造の変化がある。2026年版高齢社会白書によると、2025年10月1日の65歳以上人口は3622万人で、総人口の29.4%。75歳以上は2127万人で65~74歳を上回る。高齢者を一つの「支えられる層」とみなす制度設計は、人口の現実にも、82事例が示す多様な能力にも合わない。
美談の先に、参加できる条件をつくる
同じ白書の国際比較調査で、ボランティアなど何らかの社会活動に参加していると答えた日本の高齢者は40.9%。最も多い分野は地域行事、まちづくり、自治会などで22.1%だった。一方、以前は参加していたが今はしていない人と、一度も参加したことがない人を合わせた非参加層は53.8%に達する。
受章者を「特別に元気な人」として遠くから眺めれば、その差は埋まらない。価値があるのは、活動の入口が具体的だからだ。絵手紙を一枚出す。スマートフォンの質問に答える。子どもと田植えをする。壊れた網戸を直す。避難経路を一緒に歩く。生活の中の動詞が、人を肩書ではなく役割で結ぶ。
Japan.co.jpの分析では、今年の82事例が政策へ投げかける問いは「高齢者に何をしてもらうか」ではない。「年齢や身体状況にかかわらず、人が持つ経験、好奇心、時間を、本人の望む形で地域と結べるか」である。表章は、その答えの候補を見せる。答えを全国へ広げる仕事は、これから始まる。
- エイジレス章:2026年度は個人43人。年齢は4月1日時点。
- 社会参加章:2026年度は団体39組。原則10人以上、65歳以上が3割を下回らないことなどが募集条件。
- 表章:長寿順位ではなく、全国へ紹介するにふさわしい実践事例として決定する制度。
- 効果:活動概要は推薦・選考資料に基づく。個別事業の因果的効果を証明する評価ではない。
- 内閣府「令和8年度 エイジレス・ライフ実践事例」――43人の氏名、読み、年齢、活動概要、選考委員。
- 内閣府「令和8年度 社会参加活動事例」――39団体の正式名称、読み、活動概要。
- 内閣府「令和8年度の募集」――制度趣旨、対象、活動分野、推薦・決定方法。
- 内閣府「募集と紹介」――年度別の推薦・選考数と表章方法。
- 山口県「令和8年度紹介事例の決定」――個人は1989年度、団体は1995年度から実施。
- 内閣府「令和8年版高齢社会白書・高齢化の状況」――人口と高齢化率。
- 内閣府「令和8年版高齢社会白書・社会活動や社会との関わり」――参加率、非参加理由、情報機器利用。
編集方針:人名、読み、団体名、年齢、活動内容は日本語の内閣府一次資料で確認した。受章者本人への独自取材は行っていないため、活動成果と発言は内閣府の紹介として示し、政策的評価はJapan.co.jpの分析と明記した。
