時系列と証拠:半年間の「ムムム!」第1期は2025年10月に始まり、2026年3月に終了した。本見出しは歴史的現在形である。当初募集は石巻地域の中高生10人程度だったが、修了資料は参加者を高校生14人としている。運営団体の報告で活動と参加者の振り返りは確認できるが、独立評価ではなく、長期効果や人口流出抑制を証明するものではない。主要資料では新たな半年間の第2期を確認できなかった。

最初の指示は、指示をしないことに近かった。探すものを決めずに歩く。石巻の中心部で、生徒は色あせた看板、川へ続く細い道、側溝近くのごみ、学校がある時だけ開いているように見える店、防潮堤に遮られた眺めを撮るかもしれない。重要なものを探す必要はない。「なぜ、こうなっているのだろう」という小さな引っかかりがあればよい。

こうして2025年10月、「たくらむ・いどむ・たのしむ『ムムム!』」第1期の半年間が始まった。参加者は月2回程度の「たくらミーティング」に集まり、放課後などを使って自分の発想を地域で育てた。大人や大学生が、人との接点、計画づくり、振り返りを支えた。場所は石巻市ささえあいセンター、石巻ガスビル内の運営事務所、地域の事業所、中心市街地を行き来した。

運営する一般財団法人まちと人とは、「ムムム!」を非常設型ユースセンター事業と説明した。学校でも家庭でもない第三の居場所を、一つの専用建物ではなく町の複数の場所につくる考え方だ。大人が市の課題一覧を持ち込み、中高生に解決させるのではない。本人の「やってみたい」から始め、好奇心を企画に、企画を町との関係に変えられるかを試す。

2026年3月8日の共有会までに、高校生14人が、防災学習、高校生から見た石巻の「あるある」と「ちょっといやなこと」、地域で働く人との対話、海外の貧困支援、海洋ごみ、世代を超えた昔遊びなどに取り組んだ。あるチームは、同世代が2011年の震災を知る入り口になる動画を制作した。メンバー自身に震災の記憶がほとんどないため、震災伝承に関わる人へ相談し、当時を経験した人へ取材した。

これを「地域課題解決」と呼ぶのは便利だが、十分ではない。公共的な働きかけもあれば、学ぶ行為も、自分にとって大切な仕事や関係を見つける試みもある。社会的価値は、制作物の大きさより、若者が「気づき、誰かに聞き、一緒に小さく変えた」と言えるようになることにあるかもしれない。

高校生14人第1期修了時に報告された参加者数
月2回程度10月から3月の「たくらミーティング」と放課後の実践
12万8,859人2026年6月末の石巻市人口
3,878人2026年2月末までの死者、行方不明者、関連死の市合計

「第三の居場所」として設計されたプログラム

最初の募集は2025年9月17日に公表された。10月1日の体験会を経て、中旬から本格始動。石巻地域の中学生・高校生10人程度を想定した。初期日程には、まちなかの「Feel度Walk」、手描きの「知図」、「やってみたい」の種探し、アイデアの具体化、挑戦を楽しむ準備が並んだ。

言葉遣いは行政計画より軽い。「ムムム」は、難問の前で立ち止まる声にも聞こえる。「たくらむ・いどむ・たのしむ」という三つの動詞は、遊びと不確実さを残す。この軽さは飾りではない。正解を出すことで評価されてきた生徒は、自分で問いを名づける方法をすぐには持っていない。「人口減少を解決せよ」と最初に言えば、無難な標語が返る。「何度も気になるものを見せて」と言えば、本物の探究が始まり得る。

月2回の集まりは、日常の学校をもう一つ増やさずに、継続のリズムをつくる。仲間と準備し、地域の大人や大学生へ相談し、自分の速度で行動し、また戻って振り返る。催し一回だけなら盛り上がって消える。長期プロジェクトには、会場から断られる、協力者から返事がない、計画が大きすぎる、関心が変わるという「格好の悪い中間」がある。

要素第1期で確認できた設計教育的な意味評価の問い
期間2025年10月~2026年3月関心、計画、失敗、修正が育つ時間最初の興奮後も続けられたか
集まり月2回程度+放課後の活動仲間との周期と個別の柔軟性を両立誰が参加し、誰が静かに離れたか
場所ささえあいセンター、中心街、事務所、事業所町を題材であると同時に教室にする中心部以外の地域にも届いたか
大人運営職員、大学生、地域の相談相手人脈を開き、計画を支える生徒の発想を可能にしたか、書き換えたか
成果物催し、展示、取材、動画、発表学びを実社会の結果にする発表日の後に何が残ったか

「非常設型ユースセンター」という言葉は、可能性と弱さを同時に示す。所属感、信頼できる大人、仲間、試す自由というユースセンターの機能を、専用建物を待たず既存の部屋へ運べる。一方で継続は、建設事業ほど見えやすくない職員時間、借りる場所、協力関係、資金に依存する。

周辺事業では既に資金問題が表面化している。まちと人とは2026年7月、短期ボランティア「まきボラ」が復興関連財源を利用してきたが、その終了に伴い年間約200万円の運営費確保が難しくなり、月額支援者を募ると公表した。「ムムム!」とは別事業だが、警告は共通する。人間関係を重視する教育は、主材料が人の注意と時間だから安く見える。その注意にも費用が要る。

二つの復興を生きる町

石巻で若者と未来を語る時、2011年3月11日を避けることはできない。市が2026年に更新した記録では、死者3,188人、行方不明者414人、震災関連死276人、合計3,878人。津波浸水面積は73平方キロメートルで、市域の13.2%、平野部のおよそ30%に及んだ。最大時には259か所の避難所等に5万758人が避難し、全壊建物は2万棟を超えた。

数字は規模を示すが、2026年の高校生にとっての意味は説明しない。15歳なら震災後に生まれ、18歳でも当時は幼児だった可能性が高い。彼らは、再建された道路、かさ上げ地、祈念公園、防潮堤、空き地、家族が語らない時間、毎年の追悼の言葉を受け継ぐが、大人と同じ直接記憶は持たない。

最初の復興は物理的で緊急だった。避難、がれき、電気・水道、学校、店舗、住居、道路、海岸防御である。二つ目は社会的で、完了日はない。誰が町に属するのか。決定はどう行われたのか。若者に他人の悲嘆を演じさせず、どう記憶を伝えるのか。高齢化と人口減少の中で、沿岸集落をどう維持するのか。

2010年10月の国勢調査で石巻市人口は16万826人だった。2026年6月末の住民基本台帳は12万8,859人。測定基準は完全に同じではないが、差は約3万2,000人、以前の人口のおよそ5分の1に当たる。震災、死亡、少子化、転出が重なる。河北、雄勝、桃生、北上、牡鹿の各地区について、市は2026~2030年度の過疎地域持続的発展計画を策定した。

大人はこの数字から、「若者に地元を愛してもらい、残ってもらおう」と急ぎがちだ。その願いは理解できるが、倫理的な危うさがある。17歳に、人口が減る町へ永住する義務はない。進学、仕事、探求のために出ることは、市民としての失敗ではない。強い若者事業は選択肢と関係を増やす。愛着を居住義務に変えない。

目的は、人口問題を若者に背負わせることではない。残る、出る、戻る――どの道も情報と主体性のある選択になるよう、知識、行動力、所属感を渡すことだ。

この違いでプロジェクトの意味も変わる。地域で働く人へ取材し、石巻でその仕事を選ぶ生徒もいる。地元にない職種を知り、より複雑な愛着を持って出ていく人もいる。遠くから関わり続け、後に技術を持って戻る人もいる。市民教育は進路を決めるのではなく、どの道もより意識的にするべきだ。

非常時のネットワークから「町の学校」へ

「ムムム!」は白紙の地図から生まれたのではない。震災直後、地元商店主、NPO、建築家、デザイナー、研究者、学生、ボランティアが被災建物に集まり、石巻の未来を語った。ISHINOMAKI 2.0は2011年5月に名を定め、震災前へ戻すだけでなく「世界で一番面白い街」をつくるという大胆な目標を掲げた。

その年の活動記録には即興的な市民社会が並ぶ。STAND UP WEEK、復興バー、まち歩きマップ、地域メディア、共有拠点IRORI。内と外、職業、世代を横断して人をつなぎ、正式計画が未来を届ける前に、小さな試作品で未来を見せる方法だった。

考え方は教育へ入った。2013年から2022年まで、前身事業「いしのまき学校」が、高校生と地域の大人を結び、町を歩き、企画に挑む場をつくった。代表理事の斉藤誠太郎氏は2013年に石巻へ移り、「地域×教育」を軸に事業を育てた。2022年3月に一般財団法人まちと人とを設立し、学校授業支援、社会人との対話、地域教育を引き継いだ。

2025年の「ムムム!」募集資料は、「いしのまき学校」参加者の振り返りを紹介した。普通の高校生活では会えない大人と出会い、内気でも一歩外へ出られるようになり、町を歩くことが楽しくなり、好きなものを好きだと言えるようになったという。運営側が選んだ回顧的証言で、中立的な効果測定ではない。それでも、この系譜が重視するものは分かる。社会的な自信、人脈へのアクセス、関心を持つ許可である。

市にも若者の声を受ける経路が生まれている。2025年度、石巻市は「こども・若者委員」19人を委嘱した。小学校4年生から高校生世代まで12人、19~39歳が7人。10回の活動で、若者の居場所、市長密着取材、SNS発信、こども・若者フェスティバル、空き家・空き店舗を活用した居場所提言に取り組んだ。

「いしのまき政策コンテスト」では、高校生と大学生のチームが「10年後も住み続けたい石巻」のための現実的な政策を競った。権限、選考、目的は事業ごとに違うが、共通の変化がある。若者は復興や教育を受け取るだけの存在ではない。著者、批評者、企画者になり得る。

2011年 — 東日本大震災が石巻を襲い、非常時の市民ネットワークからISHINOMAKI 2.0が誕生。

2013年 — 高校生と町・大人をつなぐ「いしのまき学校」の時代が始まる。

2019年 — 石巻西高校が地域と連携する継続的な探究学習を開始。

2022年 — 高校で「総合的な探究の時間」が始まり、まちと人とが設立。

2023年 — こども基本法が施行され、政策での若者の意見反映が強く求められる。

2025年 — 石巻市がこども・若者委員を開始。「ムムム!」が第1期を募集。

2026年3月 — 高校生14人が半年間の活動を発表。

2026年7月 — Feel度Walk・知図を市内4校に展開し、延べ500人超の参加を報告。

「答え」から「探究」へ向かった日本の教育

近代の大衆教育では、授業の権威は構造に表れた。教師が答えを知り、教科書が順序を定め、生徒が習得を示す。日本は2000年前後に「総合的な学習の時間」を導入し、教科横断の余白をつくった。地域、国際理解、情報、環境、福祉、健康などを題材に、自ら学ぶ時間を学校が設計できるようにした。

現在の高校学習指導要領は名称をさらに明確にした。2022年度入学生から「総合的な探究の時間」が始まった。文部科学省は、問いを見つけ、情報を集め、整理・分析し、まとめ・表現する過程を繰り返しながら、自分の考えを深める学びとして探究を位置づける。

転換は必要であると同時に、実務上の矛盾を生んだ。探究は章末試験のように標準化しにくいが、全校で時間割を組み、支援し、評価しなければならない。教員は全生徒の関心分野に通じているわけではなく、地域の人脈やプロジェクト管理の時間も限られる。正解で評価されてきた生徒は「調べたいことが分からない」と答える。

外部団体は橋になれる。地域企業やNPOを知り、指導者を招き、放課後まで伴走できる。石巻西高校は2019年度から地域連携の探究に取り組み、日本財団ジャーナルは2026年、対話力、自己肯定感、地元意識の変化と、学校を動かした人口減少への危機感を報じた。

しかし外部委託にも危険がある。同じポスターを量産する見栄えの良い講座を買うことができる。NPOはゆっくりした学びより写真映えする催しを好むかもしれない。企業スポンサーは自社広報に都合の良い「課題」を設定できる。評価表は、深く観察した無口な生徒より発表が上手い生徒を高く評価し得る。

だから「気づきから行動へ」という順序が「ムムム!」の強い設計になる。企業のミッションや行政の標語から始めない。歩き、描き、話し、関心を形にし、実現の困難に出会う。町は問題集ではなく、問いの源になる。

解決を命じられる前に「見る」ことを学ぶ

「ムムム!」の入り口となったFeel度Walkは、探究学習の実践者・市川力氏が開発した。目的地を定めず歩き、わずかな引力や違和感を生むものを撮る。その写真を丁寧に観察し、手で「知図」を描く。「地図」と同じ音に「知」を重ね、自分がどう見たかを記録する。

知図を共有すると、同じ廊下、道、側溝に別の世界が見える。探究の第一段階を「重要でなければならない」という圧力から守る。大人は漁業、防災、人口減少こそ石巻の本当の課題だと思うかもしれない。高校生は断面がハート形の木、水道管そばの奇妙な物体、座る場所のなさから始めてもよい。注意はどこからでも外へ広がる。

2026年7月までに、まちと人とは石巻西高校、石巻高校、石巻中学校、山下中学校でこの手法を実施し、延べ500人超が参加したと発表した。桜坂高校、湊中学校、耕人塾でも予定されている。一つの少人数事業の導入手法が、地域の探究基盤へ広がりつつある。

震災後教育への繊細な答えにもなる。石巻を歩くたび3月11日について考えよと言えば、町全体が追悼課題になる。震災を一切扱わなければ、見える景観と見えない歴史を理解できない。自由な観察なら、高さ、避難路、遺構、地名、空白、証言という物質的な場所から記憶へ近づける。台本を受け継ぐのではなく、問いから歴史に入れる。

ただし観察は無害とは限らない。人、私有地、仮設的な住まい、困窮の痕跡を撮れば侵害になり得る。責任ある事業は、同意、文脈、抑制を教える。撮らない判断、公開前の許可、弱い立場の人の匿名化、印象的な写真でも自分の所有物ではない理由を学ぶ必要がある。

第1期が実際につくったもの

修了資料には六つの方向が示されている。防災を楽しく学ぶ催し。高校生の目線で石巻の「あるある」と「ちょっといやなこと」を集めた展示。進路を考えるための地域の仕事人との交流と取材。海外の貧困支援を目指す取材とチャリティーイベント。石巻の海を守るため一人でできることを考えるごみ問題への行動。世代交流を目的とした昔遊びの催しである。

震災伝承動画は、公共の歴史へ最も深く入った。同世代で震災の記憶がない人にも、知るきっかけを渡したいと考えた。約半年にわたり、伝承について議論し、関係者へ相談し、当時を経験した人を取材した。式典の講話ではなく、自分たちの世代が使うSNSの空間へ成果を置いた。

各活動には二つの層がある。表面には、催し、展示、交流会、取材、ごみへの行動、動画という成果物がある。その下には、違和感を問いにする、助けを求める、約束を取る、年上の話を聞く、計画を修正する、役割を分ける、失望に耐える、来場者を迎える、責任を持って公開する、結果を説明するという能力の連鎖がある。

後者の方が価値は大きく、報告は難しい。一日の防災イベントの来場者は少なくても、開催方法を学んだ生徒は公共生活との関係を変えたかもしれない。逆に大勢が来た催しでも、大人が設計し、高校生が与えられた役だけを演じたなら、若者の主体性は弱い。成果物だけでは誰が権限を持ったか分からない。

3月の共有会では、一人7分で挑戦と学びを発表した。運営報告には、「高校生でもゼロから企画し、イベントまでできる」「人を笑顔にすることが好きだと気づいた」という学びが紹介されている。意味ある言葉だが、評価なら、難しかった人、失敗した発想、交通や家庭事情で参加できなかった人、半年後も行動した人にも聞く必要がある。

若者の声は、若者の無償労働ではない

2023年施行のこども基本法は、子どもが意見を表明する機会を確保し、国と自治体に、こども施策の策定・実施・評価で意見を反映する措置を求めた。すべての提案を採用せよという法律ではない。意見を聴き、検討し、説明を返す過程を求める。

この「返答」が、参画と装飾を分ける。中高生が空き店舗を居場所にする案を出したら、その後を知る必要がある。どの部署が検討し、どんな法令・予算の制約があり、何が変わり、なぜ変わらなかったか。市長と笑う集合写真は、意見が決定へ入った証拠ではない。

「ムムム!」は政策審議会ではない。個人や地域の活動を自由に選べる。それが長所である一方、14人を「石巻の若者の声」と代表させてはいけない。半年間の放課後事業に参加する人は、移動手段、時間、自信、支える大人を既に持っている可能性がある。

包摂には設計が要る。面積の広い市内から通える会場と交通支援。部活動、アルバイト、ケア、障害、学校の負担を考えた日程。人前で話す力やSNS利用を参加条件にしない。顔を公開しなくても貢献でき、途中で恥じずに辞められることも重要だ。

大人は若者から無償労働を取り出してはならない。海洋ごみ、空き店舗、弱い交通、震災伝承は大人の公共的責任である。高校生の企画は照らしたり試したりできるが、専門サービス、行政責任、有償労働を代替しない。本人の成長と選択を優先し、危険を管理し、地域が知識と支援を返す時、教育としての交換が成立する。

本物の若者参画を見分ける五つの問い
  • 選択:テーマ、方法、目標を変えたり、断ったりできたか。
  • 権限:実際に本人が決めたことと、安全・法令上大人が決めたことは何か。
  • アクセス:交通、費用、時間、障害、不安のため参加できなかったのは誰か。
  • 互恵性:大人は生徒の労働を受け取るだけでなく、時間、専門知識、場所、返答を渡したか。
  • フィードバック:提案や催しの後、変わったこと・変わらないことを説明したか。

最も安全な大人は、不在でも支配者でもない。資金、移動、セーフガード、公開、見知らぬ人との接触に境界を設ける。その中で問いを投げ、扉を開き、生徒に結果のある選択を任せる。「伴走」という言葉が有用なのは、大人を若者の前で引っ張る位置でも後ろで押す位置でもなく、隣に置くからだ。

伴走、記憶、ケアの倫理

震災の記憶へ入る活動では、長期伴走が特に重要になる。被災経験者への取材は、単なるコンテンツ収集ではない。十分な説明と同意、つらさが起きる可能性、中断の尊重、録音の所有、事実確認、公開前に撤回できる権利を事前に学ぶ必要がある。大人の進行役は、同じ部屋にいる二つの世代に責任を持つ。

生徒自身にも、知らない、あるいは話したくない家族史がある。石巻に住むことが喪失を開示する義務を生むと仮定してはならない。震災教育は告白を要求せず参加型にできる。避難、メディア、都市構造、証言、追悼を、個人の境界を守りながら探究できる。

ケアは普通の活動にも必要だ。チャリティーは寄付先と金銭を透明にする。ごみ活動には安全な回収と団体との調整が要る。「ちょっといやなこと」の展示で個人や小さな店を傷つけない。仕事人取材では許可と正確な引用が必要だ。結果が現実に影響し、その影響を支えられる時、挑戦の自由は教育になる。

失敗も守る必要がある。すべてを感動的な発表で終わらせれば、生徒は不確実さを隠し、進行役は弱い計画を救済する。「誰も来なかった」「日程が非現実的だった」「質問が悪かった」「チームで合意できなかった」「テーマに興味がないと分かった」と報告してよい。振り返りは失敗した成果物を学びへ変える。強制的な成功物語は逆である。

14人という小規模さは、個別の注意と互いを知る関係を可能にする一方、届く人数を限る。学校で数百人が軽い探究を経験し、深く行動したい人が任意の長期事業へ進む構造は一つの答えだ。「まきボラ」は事業所との短い出会い、「DIVE!」は企業ミッションへの挑戦、「ムムム!」は自己選択企画への伴走を提供する。一つに全員を担わせず、階段をつくる。

発表日の後に残るものを測る

半年間の最後に舞台があるのは自然だ。発表は協力者へ感謝し、学びを言葉にし、活動を見えるようにする。同時に、成果と取り違えやすい。話が上手い生徒、美しいスライド、満員の会場が評価を支配し、静かで長い変化は見えなくなる。

良い評価は最初の散歩前から始まる。所属感、大人へ連絡する自信、地域の場所に関する知識、自分の行動が影響すると信じる感覚、関心を計画に変える力を聞く。出席は記録しても唯一の尺度にしない。本人が連絡を始めたか、証拠によって計画を変えたか、同意を扱えたか、学びを説明できるかを見る。

その後に戻る。3か月、6か月、12か月後、指導者や仲間との関係は続くか。別の活動を始め、参加し、支えたか。同じ技能を学校や仕事で使ったか。石巻の見え方は変わったか。最良の発言だけでなく、否定的・混合的な結果も公表するべきだ。

成果期間中の証拠終了後の証拠誤解を招く近道
主体性目標を変え、結果を伴う決定をする職員に促されず次の行動を始める完了した作業数
所属感助けを求められる仲間と大人を挙げる互恵的な地域関係が一つ以上続く最終日の満足度だけ
探究力観察・取材で仮説を修正する別の問いにも過程を使う発表スライドの美しさ
地域への効果協力者が返答し、実務を変える企画、政策対話、協力関係が続くSNS閲覧数だけ
公平性参加障壁と途中離脱を記録する次期設計で障壁を減らす修了者だけを報告
記憶の倫理同意、確認、撤回手続きを使う取材相手が公開利用に納得し続ける話の感情的な強さ

地域への成果は、控えめで具体的に測る。震災動画を授業や同世代グループが使ったか。参加した大人が高校生との話し方を変えたか。昔遊びの後に次の交流が生まれたか。環境団体に継続ボランティアが加わったか。市が提案へ返答したか。因果関係は難しいが、人口減少を逆転したと主張するより、変化の鎖を記録する方がよい。

持続可能性には、資金だけでなく制度として学ぶ力が必要だ。職員一人が抱える人数、セーフガード、協力者との合意、振り返り時間を整える。元参加者は有償補助員や訓練されたボランティアになれるが、「恩返し」を無期限の無償奉仕にしてはいけない。自治体、学校、企業、財団、個人寄付者はいずれも若者インフラから利益を得るため、費用を分担すべきだ。

石巻で最も深い成果は、何年も後に現れるかもしれない。2025年に中心街を歩いた生徒は、働く人、学生、親、芸術家、行政職員、顧客、住民になる。市内にいる人も遠くへ行く人もいる。全員が境界内に残るかではなく、町を読み、問い、共同でつくれるものだと学んだかが重要である。

第1期は、客観的であることを主張しない地図から始まった。注意を記録する「知図」だ。石巻の二つ目の復興にふさわしい道具である。物理的な町には浸水、高さ、道路、土地利用の地図がある。生きた共同体には、若者が違和感、喜び、責任、可能性を感じる場所を示す好奇心の地図も要る。

大人は、未解決の歴史を若者へ渡して「エンパワーメント」と呼んではならない。部屋、時間、安全、資金、人との紹介、誠実な返答を用意できる。そのうえで、中高生が「ムムム」と立ち止まり、見直し、次の小さな一歩を自分のものとして選べるだけの空間をあける。

取材注記・主要資料

本稿は2026年8月11日午前8時06分(日本時間)までの公開情報を確認した。「地域課題解決」は編集上の表現であり、「ムムム!」自身は本人が選ぶ関心と挑戦を重視する。参加人数、成果物、振り返りは主に運営団体による自己報告である。主要資料では独立した効果評価、または新しい半年間の第2期を確認できなかった。