数字の読み方:125件は設定された一対一の商談で、125件の契約、投資、共同研究が成立したという意味ではない。採択後の累計資金調達額830億円超も、主催者が国内企業の公開情報を集計した数字で、HVCだけの因果的成果とは限らない。本稿は、出会いの規模と事業化の成果を分けて評価する。

一つの商談は、おそらく長くても数十分だった。研究者は、自分の技術がどれほど新しいかを説明したい。製薬会社は、その標的に十分な臨床的意味があるかを知りたい。医療機器会社は病院の動線に組み込めるかを問う。投資家は次の資金調達までに何を証明できるかを見ている。規制の専門家なら、最初の試験設計が将来の承認申請に使えるかを気にする。

同じ技術を見ても、全員が違う危険を見ている。HVC KYOTOが7月13日に用意した125件の個別商談は、この視差を早い段階で衝突させる仕掛けだった。翌日の照明、スライド、拍手は人を集める。だが創薬や医療機器で会社の運命を変えるのは、しばしば舞台の外で返される一つの質問である。「患者のどの不便を、誰よりも良く解決するのか」「その証拠を、いくらで、いつまでに作れるのか」。

2026年のHVC KYOTOは7月13、14日に京都リサーチパークで開かれた。主催は京都リサーチパーク、京都府、京都市、日本貿易振興機構(JETRO)。2016年に始まり、今年で11年目になる。全プログラムは英語で、創薬、バイオ、再生医療を中心とするBiotech部門と、デジタルヘルス、医療機器を中心とするMedTech部門を設けた。これは単なる英語スピーチ大会ではない。日本の研究を、海外の臨床、資本、規制、市場へ接続するための共通作業言語を選んだということだ。

125件7月13日に実施された一対一のビジネス面談
20組+英国3社国内11社・研究者9組と海外招待スタートアップ
15組国内ファイナリスト12組と英国3社が英語で登壇
285人7月14日のデモデー参加者数

「20」「23」「15」――違う数字は、違う扉を数えている

公式資料には三つの人数が現れる。4月に京都リサーチパークが発表した国内採択は20組。内訳をJETROの開催報告で読むと、日本のスタートアップ11社と、起業前を含む研究者9組である。そこへ英国のスタートアップ3社が招かれ、プログラム全体で関与した企業・研究者は23組になった。

公開ピッチへ進んだのは、国内の20組から選ばれた12組と英国3社の計15組だった。つまり「採択」は育成と商談へ入る扉、「ファイナリスト」は公開舞台へ上がる扉であり、数え方が異なる。国内チームは本番前のおよそ2か月間、大手製薬企業や専門家から事業計画と英語ピッチの助言を受けた。HVCの価値は、一日のコンテストではなく、この選抜、翻訳、検証、面談の連続にある。

2026年の事実意味と注意点
国内採択スタートアップ11社、研究者9組の計20組起業前の研究案件も含む。全てが法人ではない。
海外招待英国のBiotech 1社、MedTech 2社国内公募20組とは別枠で、国際接続を担う。
公開ピッチ国内12組+英国3社=15組登壇は注目を得る機会で、採用・投資・承認を意味しない。
個別商談7月13日に125件将来の提携候補を探索する会話。成立案件数は未公表。
会場規模7月14日に285人参加者数は関心の強さを示すが、事業成果とは別の指標。
ピッチは技術を短く語る技術ではない。臨床、規制、製造、保険、資本、市場という六つの不確実性を、一枚の地図へ折り畳む作業である。

科学の「新しさ」より、患者の「未解決」から始める

二日目のMedTech基調講演で、スタンフォード大学の池野文昭氏は、医療機器開発を技術起点でなく「アンメット・クリニカル・ニーズ」、つまり満たされていない臨床上の必要から始めるべきだと説いた。優れたセンサーやアルゴリズムがあっても、医師や看護師の仕事を増やし、診療報酬が付かず、承認に必要な比較試験を設計できないなら、病院には定着しない。

これはスタートアップの熱を冷ます忠告ではなく、失敗を安くする方法である。患者、医師、病院、支払者、規制当局の必要を最初に観察すれば、試作機を完成させてから「誰が買うのか」と問う手戻りを減らせる。日本で臨床証拠を積みながら、米国食品医薬品局(FDA)を含む海外承認と市場参入を早期に設計する。池野氏の要点は、世界展開を日本での成功後に追加する「輸出機能」にしてはいけない、ということだった。

創薬も構造は同じだ。標的の生物学が正しくても、毒性、製剤、量産、患者選択、治験施設、知的財産、薬価、販売権のどこかで止まる。大学の論文が答えるのは主に「この現象は起きるか」だが、製品が答えなければならない問いは「再現可能に製造できるか」「患者に利益が危険を上回るか」「医療制度が採用できるか」である。ここに、基礎研究と臨床の間の「死の谷」ができる。

一つの医療シーズが患者へ届くまでに必要な翻訳
  • 科学:作用機序と再現性を示し、競合技術との差を定義する。
  • 臨床:誰のどの症状を、既存治療よりどう改善するかを決める。
  • 規制:承認に必要な非臨床・臨床証拠を早期に逆算する。
  • 製造:品質を保ち、試験用から商用へ拡大できる工程を作る。
  • 経済:知財、資金調達、薬価・保険、販売経路を成立させる。
  • 国際:日本だけで閉じない試験、提携、承認、市場戦略を組む。

京都は「発見の街」だった。次は「実装の街」になれるか

京都大学は1897年、日本で二番目の帝国大学として創立され、1899年に医科大学と大学病院を開いた。長い基礎研究の伝統は、生命科学で二つの象徴的な物語を生んだ。一つは山中伸弥氏のiPS細胞、もう一つは本庶佑氏らのPD-1である。

山中氏と高橋和利氏は2006年、わずかな転写因子を入れることで成熟したマウス細胞を多能性状態へ戻せると報告し、2007年にはヒト細胞へ広げた。2012年のノーベル生理学・医学賞につながった発見は、細胞の運命が一方向ではないことを示した。だが、その後に必要だったのは、細胞株の品質、腫瘍化リスク、分化法、製造、知財、倫理、臨床試験の巨大な仕事だった。京都大学は2008年に研究拠点を設け、2010年にiPS細胞研究所(CiRA)を独立部局化した。2014年の網膜への臨床研究以降も、発見から治療への道は一段ずつ築かれている。

本庶氏の研究室では1992年、T細胞表面のPD-1が同定された。最初は細胞死に関わる遺伝子として見つかり、免疫の「ブレーキ」だと理解され、がん治療の標的になるまで十年以上を要した。PD-1抗体は2014年、日本で悪性黒色腫に世界初の承認を得た。本庶氏は2018年にノーベル賞を受けた。偶然に近い基礎発見、長い機序研究、企業との抗体開発、臨床試験、承認という鎖は、HVCが数十分の面談に圧縮しようとする関係そのものである。

その橋渡しの物理的な舞台が京都リサーチパークだ。1989年、全国初の民間運営サイエンスパークとして開設され、現在はICT、バイオ、電子、機械など510以上の企業・機関、約6,000人が集まる。大学のキャンパスでも、一社の研究所でもない中間地帯だからこそ、競合し得る企業、行政、研究者、投資家を同じ場所へ呼べる。

1897年 — 京都帝国大学が創立。1899年に医科大学と大学病院が開設。

1989年 — 京都リサーチパークが全国初の民間運営サイエンスパークとして開設。

1992年 — 本庶佑氏の研究室がPD-1を同定。

2006年 — 山中伸弥氏らがマウスiPS細胞を報告。

2010年 — 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が独立部局として発足。

2014年 — PD-1抗体が日本で悪性黒色腫に承認。iPS細胞由来網膜細胞の臨床研究も始まる。

2016年 — HVC KYOTOが始動。

2025年 — HVC KYOTOが日本オープンイノベーション大賞の経済産業大臣賞を受賞。

2026年 — 11回目のHVCで125件の商談、15組の公開ピッチを実施。

英語は演出ではなく、事業モデルへの負荷試験

HVCは全編を英語で実施し、公開日には同時通訳も用意した。英語化には不公平もある。流暢さは科学の質ではなく、言語訓練や海外経験、資金の差を反映する。優れた研究者が、母語でない説明のために過小評価される危険はある。だから二か月のメンタリングと通訳は、装飾でなく競争条件を整えるインフラになる。

それでも英語を避けない理由は、医療の事業化が国境を越えるからだ。国際特許、英文の研究契約、海外投資家のデューデリジェンス、多国間治験、FDAや欧州規制、製造委託、ライセンス交渉では、技術の核心を別の法制度と市場へ翻訳しなければならない。曖昧な「世界初」は、英語の質疑ではすぐに「何と比べて」「どの集団で」「どのエンドポイントで」に分解される。

2026年の協力企業には、アッヴィ、アステラス、アストラゼネカ、中外、第一三共、エーザイ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ベーリンガーインゲルハイム、シーメンスヘルシニアーズ、武田薬品などが並んだ。投資側にも大学系VC、独立系VC、CVCが参加した。創業者にとって重要なのはロゴの数ではない。一社の製薬会社が見送っても別の企業が異なる疾患で関心を持つ、一人の投資家が早過ぎると判断しても別の支援者が次の実験を提案する――選択肢の密度である。

一本の人工血管が映した、医療起業の全難所

JETRO賞を受けたDecelink Bioは、脱細胞化した超小口径人工血管を開発し、糖尿病などで下肢切断の危険に直面する患者を救うことを目指す。同社が「世界初」と位置付ける技術は、細胞成分を除いた生体組織を足場として使い、細い血管の置換という難題に挑む。ここでは、その世界初主張は企業による位置付けであり、独立検証済みの市場順位として扱わない。

この案件は、HVCの役割をよく見せる。人工血管は「作れた」だけでは治療にならない。血栓を起こさず、感染に耐え、曲げや圧力に持ちこたえ、体内で望ましい組織へ再構築される必要がある。原材料の個体差を管理し、滅菌と保存を確立し、動物試験から人への移行を設計し、外科医が使える形にし、承認後の量産コストを抑えなければならない。科学、外科、材料、規制、製造、償還が一本の細い管に集まる。

賞は、この全難所を越えた証明ではない。JETRO賞の副賞は海外展開支援であり、次の接続を作るものだ。良いアクセラレーターは勝者を宣言する装置ではなく、会社が次に潰すべきリスクを特定し、そのリスクを理解する相手へつなぐ装置である。

830億円は大きい。しかし因果関係までは語らない

HVCの主催者によると、最初の10年間に採択した案件・企業は、起業前を含め194件。国内企業について公開情報を集計した採択後の累計資金調達は、2026年1月時点で830億円を超えた。海外拠点、大型提携、J-Startup認定、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の事業採択へ進んだ卒業生もいる。2025年2月には、国際連携、資金調達、マッチングの実績が評価され、日本オープンイノベーション大賞の経済産業大臣賞を受けた。

ただし、この数字には三つの留保がいる。第一に、公開情報に出ない調達や失敗は集計方法から漏れ得る。第二に、830億円は採択後の総額で、HVCが直接生んだ増分ではない。強いチームほどHVCにも選ばれ、別の制度や投資家からも支援される選抜効果がある。第三に、資金調達は入力であって患者の利益ではない。大きなラウンドの後に開発が止まる医療企業は珍しくない。

それでも、10年を超えて同じ領域に関係者を呼び続けることには価値がある。エコシステムは一度の大型イベントで生まれない。投資家が前回の研究者の進捗を知り、製薬会社が卒業企業を再び評価し、成功した創業者が次のチームを助言する。その反復が、暗黙知を地域へ残す。HVCの最も重要な資産は、累計金額より、再会できる関係かもしれない。

国策になった「橋渡し」――期待が増すほど評価は厳しく

日本政府は2022年の「スタートアップ育成5か年計画」で、2027年度までに投資額を10倍超の10兆円規模へ引き上げ、将来100社のユニコーン、10万社のスタートアップ創出を目指した。生命科学では事情がさらに切迫する。厚生労働省は、国内で新薬開発が遅れる、あるいは開発されない「ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロス」を政策課題とし、創薬シーズを基礎研究から治験へ移す人材、施設、GMP製造、国際連携、スタートアップ支援を強化している。

国の2024年の方針は、日本の創薬力を上げるには、起業家、大学、政府、投資家、大企業が協働し、海外の人材と資本を取り込むエコシステムが必要だと明記した。2026年の医療系ベンチャー施策には、アカデミアのシーズを早期に会社化する支援や、動物実験施設、インキュベーションラボなどクラスター設備への支援が並ぶ。HVCは、政策文書に描かれた接続を会場で実行する一つの地域装置である。

公的支援が増えるほど、「何人来たか」から「何が変わったか」へ評価を移す必要がある。面談から何件が秘密保持契約へ進んだか。共同検証、ライセンス、投資、国際治験へ移るまで何か月かかったか。女性や若手、地方大学、起業前研究者が同じ機会を得たか。採択されなかった案件にも有用なフィードバックが戻ったか。失敗を隠さず、どの段階で止まったかを学習できるか。これらは派手なデモデーより、エコシステムの質をよく測る。

今後12~36か月で見る指標なぜ重要か
125面談から生じた再面談、NDA、共同検証の件数紹介が実務的な関係へ進んだかを測る。
国内外の投資・提携と、その成立までの時間英語・国際接続が資本と市場への速度を上げたかを測る。
薬事相談、非臨床試験、臨床試験への移行ピッチの成功ではなく、医療開発のリスクが減ったかを見る。
追跡不能、休眠、解散を含む全採択案件の生存状況成功例だけを数える生存者バイアスを防ぐ。
患者・臨床家が開発判断へ関与した時期技術起点からアンメットニーズ起点へ本当に変わったかを示す。

医療は、ネットワークとして発明される

7月14日の公開日は、優れた物語が並ぶ日だった。限られた時間で、研究者は病気の重さ、技術の独自性、競争優位、開発計画、資金需要を語った。285人の会場にとって、それは未来の治療を一望する窓だった。だが、本当に大切な仕事は、スライドの最後から始まる。

製薬会社から返された疑問で動物試験を変える。外科医の一言で製品形状を直す。投資家の拒否から、次の価値変曲点までの資金計画を組み直す。規制専門家の助言で試験の比較群を変える。海外企業との会話から、最初の市場を日本以外に設定する。125件の面談は、その可能性を125回開いただけで、結果はこれからである。

京都は、基礎科学の栄光を知っている。iPS細胞もPD-1も、一つの論文が世界を変えたように見える。しかし実際には、論文の後に何年もの組織作り、知財、製造、提携、試験、規制が続いた。発見は研究室で起こる。医療はネットワークとして発明される。

だからHVC KYOTOの2026年を、ピッチの勝敗だけで記憶するのは惜しい。注目すべきは、古都のサイエンスパークで、研究者、企業、投資家、行政が125回、同じテーブルについたことだ。橋が患者まで届いたかを判断するのは数年後になる。それでも「死の谷」は、誰かが両岸から歩き始めなければ埋まらない。

取材ノートと主要資料

本稿は2026年7月29日午前11時30分(日本時間)までの公開資料に基づく。参加・面談・資金調達の数値は主に主催者またはJETROの開催報告で、監査済み統計ではない。「国内最大級」「世界初」などの表現は発表主体の位置付けであり、本稿では独立した順位認定として扱っていない。125件の面談後に成立した契約・投資件数は、確認時点で公表されていない。