魚の体重を直接量るのではない。泳ぐ動作から、どこまで正確に推定できるか。
魚を捕まえずに「測る」には
養殖いけすの魚は、都合よく横向きに静止してくれない。群れの奥へ消え、重なり、光の反射で輪郭が見えなくなる。体長や体重を確かめようと魚を取り上げれば、人手がかかり、魚への負担も避けられない。北海道大学が10月20日に紹介した新技術は、その難題に意外な場所から迫る。注目するのは尾びれそのものではなく、泳ぐ魚の「眼」の動きだ。
北海道大学が示した研究の中身
科学技術振興機構(JST)と北海道大学が主催したオンラインの「北海道大学 新技術説明会」で、大学院水産科学研究院の米山和良(こめやま・かずよし)准教授が「単眼カメラ撮影による魚の体サイズ・遊泳状態推定技術」を発表した。JSTの公開資料によれば、映像認識で眼球の軌跡を検出し、尾鰭(おびれ)の振動周波数を推定する。そこから魚体長や魚体重、遊泳状態を評価する構想である。想定する場は水槽、養殖生簀(いけす)、自然海域に及ぶ。
魚の眼から尾びれを読む
魚が泳ぐとき、種類や遊泳の仕方によっては、体幹と尾部が周期的に動く。映像上の眼の位置にも、その運動の手掛かりが表れる。尾部がほかの魚に隠れたり、画面の外へ出たりしても、眼の軌跡から振動の周期を読み取れる可能性がある。もっとも、尾鰭の振動数と体の大きさとの関係を利用する以上、推定には条件がある。魚種、遊泳速度、体形、水流、姿勢が変われば同じ計算で通用するとは限らない。
「カメラ1台」が難しい理由
通常の写真では、魚が小さく見えるのは体が小さいからなのか、遠くを泳いでいるからなのか判別しにくい。二つの視点から距離を復元するステレオカメラは、その制約を補える。一方で装置の構成や計測可能な範囲には限界がある。今回の単眼方式は、奥行きを直接測る代わりに、動作の周期性から大きさを推定する発想だ。JSTはステレオ方式より計測空間が広いと説明する。ただし公開された概要だけでは、測定誤差、試験魚種、サンプル数、現場での再現性を数量的に判断できない。
突然現れた研究ではない
米山研究室は以前から水中の画像計測を進めてきた。2024年の水産工学の論文では、北海道松前町の海面生簀で飼育したサクラマスをステレオカメラで定期的に撮影し、成長曲線を推定した。水揚げ時の直接計測と比較することで、魚を頻繁に取り上げずに成長を捉える可能性を示した。
ブリの泳ぐ速さを測った2025年の実験
2025年刊行の論文「ステレオカメラを用いた養殖ブリの遊泳速度自動計測精度の評価」では、池上温史氏と米山准教授が、画像認識や三次元位置推定を用いる自動計測と、魚に装着した速度ロガーを比較した。水槽内のブリ1個体を対象にした2時間の計測で、ステレオカメラによる遊泳速度は平均毎秒0.52メートル、標準偏差0.14メートル。両手法の差は毎秒0.1メートル以内だったという。これは従来のステレオ方式の結果であり、新たな単眼方式の精度を証明する数字ではない。
海の現場は実験室より手ごわい
水は濁り、魚は重なり、カメラは揺れる。レンズに近づく魚もいれば、斜めに横切る魚もいる。眼球の画像認識が一瞬失敗すれば、振動数の算出に影響する。さらに、推定した尾鰭振動数から体長、体重へと計算を重ねる過程で、誤差が広がる可能性がある。実用上は数字を出す能力だけでなく、「測れない」と判断する機能も欠かせない。
養殖経営にとって何が変わるか
魚の成長を連続的に捉えられれば、給餌量の調整、出荷時期の見通し、群れの状態変化の把握に役立つ余地がある。魚に装置を付けず、何度も捕獲せずに観察できることは、現場の負担軽減につながり得る。しかし画面に映った魚だけで生簀全体の平均体重を推定してよいのか、という別の問題がある。カメラの近くを通る魚に偏りがあれば、集団の代表値はゆがむ。経営に使える技術となるには、推定の正確さと標本の偏りの双方を確かめなければならない。
魚の福祉という観点
魚を取り上げたり測定器を装着したりする行為には、魚の行動や健康への影響が伴うことがある。2025年のブリの論文も、ロガーの抵抗や装着による損傷を問題として挙げた。非接触の画像計測には、そうした介入を減らせる意義がある。ただ、カメラを使えば必ず飼育環境が改善するとは言い切れない。照明、装置の設置方法、得た数値をどう飼育管理へ反映させるかまで検証が必要だ。
競合は「物差し」だけではない
水中映像による計測には、単眼、二眼のステレオ、さらに複数の視点を組み合わせる方式がある。音響計測、バイオロギング、目視観察も使われる。米山研究室の公式研究紹介には、市販の防水カメラを利用したステレオ装置、四眼方式の検討、二次元・三次元の計測に対応する解析システム「SALMO++」が紹介されている。今回の提案はそれらを全面的に置き換えると決まったものではない。魚の状態を知るための、もう一つの選択肢を増やそうとしている。
新技術説明会は製品発表会ではない
JSTの新技術説明会は、大学などの成果を企業や実用化の担い手へ伝える場である。10月20日の紹介をもって商用化、特許取得、量産、現場導入が完了したとは解釈できない。導入を考える事業者なら、対象魚種と体長範囲、検証した個体数、直接計測との差、濁りや夜間の性能、必要な撮影距離、個体の識別方法、保守費用を確かめたい。現時点でそれらの詳細な数値は公開説明から確認できない。
函館から広がる問い
北海道大学の水産研究は、魚そのものの生態と、現場で計測するための工学を結び付けてきた。成長や行動を遠隔で把握できれば、養殖だけでなく、種苗生産や研究施設、自然水域での観測にも応用の余地がある。ただし自然の海は条件がさらに複雑だ。海水温や餌の問題をカメラが解決するわけではない。技術の価値は、現場で不確かな経験則をどれだけ確かな情報に変えられるかで測られる。
次に確かめるべきこと
最も説得力のある検証は、単眼カメラの推定値を事前に記録し、同じ魚の体長・体重を別の方法で測って突き合わせることだ。魚種や大きさ、観察角度、光の条件を変えても精度を保てるのか。群れの中で測れる個体と測れない個体に偏りはないか。公表された10月20日の発表概要は、これらへの最終回答ではない。魚の眼を見つめる一台のカメラが、水産現場の新しい物差しになるのか。その答えは、これから積み重ねる検証にある。
出典・参考資料
10月20日の公開説明と既刊論文に基づく。新方式の計測精度、特許・販売状況、独自取材は確認していない。
