「日本でも小型原発」の一言が持つ重さ
小さく造れば、原発は早く、安く、社会に受け入れられるのか。日本が長く避けてきた問いが、電力料金と産業競争力をめぐる議論の中心に戻ってきた。日立製作所が国内で小型モジュール炉(SMR)の事業機会を探っていると、米ブルームバーグ通信が10月14日に報じた。同社のエネルギー事業幹部、日立エナジーの最高経営責任者(CEO)アンドレアス・シーレンベック氏が、ニューデリーの国際会議で言及したという。
このニュースで重要なのは「建てる」と「可能性を調べる」を取り違えないことだ。日本国内の予定地、電力会社との建設契約、規制当局への申請、運転開始日が発表されたわけではない。取材で伝えられたのは、電力コストが高まるなかで国内市場を検討するという経営上の方向性である。技術と制度の現実を踏まえて、この発言の意味を読み解きたい。
日立のSMRとは何か――「BWRX-300」の実像
日立の原子力分野の主要な開発対象に「BWRX-300」がある。日立GEベルノバニュークリアエナジーと米国のGEベルノバ日立ニュークリアエナジーが共同開発する、出力約30万キロワットの小型軽水炉だ。「BWR」は沸騰水型原子炉を意味する。建設工程と機器配置を標準化し、既存のBWR技術を基礎に設備構成を簡素化するという設計思想を持つ。
同社の説明では、交流電源や運転員の操作なしで最大7日間の冷却を可能とする設計や、冷却材喪失事故への対策を組み込む。ただし、これは設計が目指す性能であり、あらゆる事故が防げる、廃棄物がなくなる、災害への耐性を審査せずに済むという意味ではない。小型であることと、実機の安全性・経済性が検証されたことは別だ。
机上の構想から建設現場へ――カナダの試金石
SMRの将来性を論じるうえで最も具体的なのが、カナダ・オンタリオ州ダーリントンの新規原子力計画だ。事業者オンタリオ・パワー・ジェネレーション(OPG)はBWRX-300を採用し、2025年4月にカナダ原子力安全委員会から初号機の建設許可を取得した。同年5月には州政府が工事開始を承認。最大4基の計画があるが、全基がすでに完成または運転中というわけではない。
OPGが掲げる初号機の送電網接続目標は2030年末。建設許可は運転許可ではなく、事業者は運転に必要な別の手続きを進めている。工期、費用、機器調達、人材育成、運転開始後の性能に至るまで、実績として評価できる部分はこれから増える。日本の導入議論も、海外の「計画」ではなく、このような現場で積み上がるデータによって検証されるべきだ。
原発事故が変えた日本のエネルギー政策
日本の原子力産業は、戦後の経済成長期に海外から技術を導入し、国内企業が機器製造と保守の力を育ててきた。資源の乏しい国にとって安定電源は産業政策そのものだった。しかし2011年3月、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故が、原子力への信頼と制度を根底から揺さぶった。
その後、原子力規制委員会が発足し、従来とは異なる規制基準のもとで既設炉の安全審査と再稼働が進められた。国内で新型炉を建てる議論が容易でないのは、設備投資額だけの問題ではない。避難計画、地震・津波の想定、住民の理解、使用済み燃料の扱い、事故への責任分担が一体となって問われるからだ。
2025年の政策転換、ただし白紙委任ではない
政府が2025年2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画は、再生可能エネルギーと原子力をともに活用する方針を打ち出した。AI・データセンターや半導体工場の需要増を明記し、安定供給と脱炭素を両立させようとしている。だが、次世代革新炉の設置をただちに全国で自由化したわけではない。
計画が具体化対象として示すのは、廃炉を決めた原発を有する事業者の発電所敷地内での建て替えで、地域の産業・雇用への寄与と地元の理解が条件となる。核燃料サイクルや最終処分を含む「バックエンド」の進展も検討材料だ。国内SMRが現実になるには、技術の選定に加えて、国の政策、事業者、規制、立地地域という複数の扉を開かなければならない。
「小さいから安い」は証明されていない
大型炉より個々の投資額を抑え、工場でモジュールを製造して現場工期を短くする――これがSMRの経済性に関する代表的な説明である。一方、規模の経済が働きにくくなるため、同じ発電量当たりの設備費が必ず下がるとは限らない。量産効果が生じるには、共通設計の受注が続き、同じ工場と人材を活用できることが必要だ。
料金を比較するなら、建設費だけでなく資金調達金利、運転保守費、稼働率、廃炉費用、使用済み燃料対策、送電網増強費まで見る必要がある。再生可能エネルギーと蓄電池の組み合わせも、系統制約と供給の時間帯を含めて比較すべきだ。原子力を擁護する立場と懸念する立場の双方に、同じ計算基準が求められる。
日立エナジーと原子炉事業を混同しない
今回発言したと報じられるシーレンベック氏は日立エナジーのCEOであり、送配電や電力インフラに強みを持つ事業を率いる。原子炉そのものの開発・供給を担う日立の原子力関連合弁会社とは組織上の役割が異なる。国内の具体的なSMR事業について、どの法人が事業主体となり、誰が投資し、電気を購入するかは、現時点の公表資料から確定しない。
ただし送電網の視点は重要だ。データセンターや工場の負荷が増えれば、発電設備だけでなく変電所・系統接続・供給信頼度を一体で考える必要がある。原子炉の出力が約30万キロワットでも、その電力を必要な場所へ、必要な時間に届けられなければ投資効果は限定される。
国外では案件が先を行く
日立とGEベルノバは2026年3月、東南アジアでのBWRX-300導入機会を検討する覚書を締結。9月には欧州での展開をめぐる新たな協力枠組みが発表された。米テネシー川流域開発公社(TVA)も米国で許認可に向けた手続きを進めている。これらは市場形成が進みつつあることを示すが、覚書と建設決定を同列には扱えない。
日本の部品メーカーにとっては、国内の発電所が建つ前から海外向けの製造・品質管理・保守で機会が生まれ得る。反面、海外仕様への対応、核関連の輸出管理、技能人材の確保には時間と費用がかかる。日本の原子力産業が「国内で建てる」か「国外に供給する」かという二者択一ではない点も見落とせない。
国内導入を判断するための六つの質問
第一に、提案する炉型と事業主体は何か。第二に、どの電力会社・地域が候補で、地元との対話は始まっているか。第三に、規制当局とどのような安全審査の前提を共有するのか。第四に、資金は誰が調達し、超過費用は誰が負担するのか。第五に、使用済み燃料と廃炉費用をどう扱うのか。第六に、発電単価と供給時期を他の選択肢とどう比較するのか。
これらに答えが示されるまでは、「日立が国内SMRに関心」というニュースを「国内SMR建設が決定」と読んではならない。それでも発言には意味がある。海外での開発が建設段階に入り、日本では電力需要とエネルギー安全保障への懸念が強まる。小型原発をめぐる議論は、技術の夢から立地・コスト・責任を問う現実の選択へ移りつつある。
