美術館の壁に、少女漫画の「時間」が現れた
物語の主人公が立ちすくむ。次のひとコマでは背景が消え、視線の先にあるのは相手の表情ではなく、自分でも名づけられない感情だ。漫画はわずかな線と余白で、時計では測れない時間を描いてきた。その技法を、絵画や彫刻と同じように原画の前で考える機会が東京・六本木に生まれた。国立新美術館で10月28日に始まった「少女漫画・インフィニティ 萩尾望都×山岸凉子×大和和紀 三人展」は、三作家の約60年に及ぶ仕事を通じ、少女漫画が発明してきた表現を問い直す展覧会だ。美術館によれば、国立の美術館が開催する初の大規模な少女漫画展で、モノクロとカラーを合わせて原画800点以上を展示する予定という。
「少女向け」という言葉が覆い隠してきたもの
少女漫画はしばしば、読者の属性によって先に分類される。恋愛を描くもの、若い読者のためのもの、といった説明が先に立つ。しかし1970年代以降の作品が切り拓いたのは、家族の痛み、歴史認識、性と自己像、宗教、死、科学技術、政治的権力にまで及ぶ広い表現領域である。新聞小説の挿絵や戦後の少女雑誌文化から成長したジャンルは、読者との距離の近さを力に変えていった。作品が掲載される雑誌のページ、読者投稿、単行本化という産業のしくみも無視できない。三人を同じ展示室で見る意味は、同世代という共通項の確認ではなく、それぞれが違う方法で「描けること」の境界を押し広げた点にある。
萩尾望都――不死の少年が照らす喪失
萩尾望都(はぎお・もと)は1949年福岡県生まれ。1969年に「ルルとミミ」でデビューし、「ポーの一族」(1972~76年)、「トーマの心臓」(1974年)によって思春期の孤独や喪失を精緻な構図へと結びつけた。吸血鬼を題材とする「ポーの一族」は、不老不死の魅力だけでなく、時の流れから切り離された存在が失うものを描く。「トーマの心臓」では少年たちの関係と心の傷が物語の芯になる。人物のまなざし、コマとコマの空白、場面の転換が心理を伝える。人物の感情を単純な説明文に回収しない点に、萩尾作品の強さがある。
宇宙へ、そして再び物語の奥へ
萩尾の仕事を青春物語だけで捉えることはできない。「11人いる!」(1975年)は閉鎖空間での緊張と他者理解をSFの形式に組み込み、「銀の三角」(1980~82年)も複雑な時間と存在を扱う。2006年には「バルバラ異界」で日本SF大賞を受賞し、2019年には文化功労者に選ばれた。2022年にはアイズナー賞の「コミックの殿堂」に入った。展覧会の前期には「ポーの一族 春の夢」の2016年の雑誌表紙や「メッシュ」の原画が予定され、後期には「11人いる!」の1975年扉絵などが挙げられている。同じ代表作でも、掲載媒体と制作時期によって鑑賞できるものは異なる。
山岸凉子――身体を描くことは、心を描くこと
山岸凉子(やまぎし・りょうこ)は1947年北海道生まれ。1969年「レフトアンドライト」でデビューし、「アラベスク」(1971~75年)でバレエの厳しい稽古、才能、肉体の表現を少女漫画に持ち込んだ。舞台に立つ人物の姿勢は美しいだけではない。身体には努力の痕跡も恐れも表れる。のちの「テレプシコーラ/舞姫」(2000~10年)でもバレエという題材を掘り下げ、2007年度の手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した。作者が長年にわたって同じ領域を別の視点から描き直したことは、作家の変化を比較するうえで重要だ。
「日出処の天子」が歴史の奥に見つめたもの
「日出処の天子」(1980~84年)は、若き日の厩戸皇子(聖徳太子)を独自の解釈で描いた作品である。王権や信仰の形成を背景に、人が他者に抱く欲望、恐れ、距離を濃密に描き出し、1983年度の講談社漫画賞を受けた。歴史的実在人物を描いていても、漫画の心理描写をそのまま史実として扱うことはできない。山岸は伝承、幻想、ホラーも手がけ、人の心にある不安定さを時代劇から日常まで異なる器に注いできた。会場資料は「日出処の天子」の代表的な扉絵を後期展示として示し、11月上旬の鑑賞者には「アラベスク」や「妖精王」など前期作品が重要な入口になる。
大和和紀――時代の制度と闘う主人公たち
大和和紀(やまと・わき)は1948年北海道生まれ、1966年「どろぼう天使」でデビューした。「はいからさんが通る」(1975~77年)は大正時代を舞台に、家の決めた許婚との関係や女性の仕事、恋愛、社会の変化を、軽快な笑いと緊張感の両方で描く。主人公・花村紅緒の生き方を、単に現代的な女性像の先取りと呼ぶだけでは足りない。自由を求める個人と、それを簡単には許さない制度がぶつかるからこそ物語が動く。第1回講談社漫画賞少女部門を受賞し、映像や舞台への展開も重ねてきた。
「あさきゆめみし」は古典を別の入口から開いた
「あさきゆめみし」(1979~93年)は紫式部「源氏物語」を長編漫画として再構成した作品だ。華麗な衣装や邸宅、季節の描写は、平安宮廷を目で理解する助けになる一方、人物の関係と時間の推移を読むための仕掛けでもある。古典教育で参照されることもあるが、漫画と原典は同一ではなく、物語の焦点も解釈の重心も違い得る。2019年にはニューヨークのメトロポリタン美術館の源氏物語展でも取り上げられた。今回の前期展示には1983年の「mimi」の扉絵が含まれる予定で、代表作を「昔の人気漫画」に閉じ込めず、古典を現在に読ませる視覚文化として捉える機会になる。
白い余白、重なるコマ――漫画はどう時間を操るか
本展の意義は作家ごとの名作を並べることだけではない。原稿に残る線の強弱、ホワイトの修正、コマ割り、吹き出しの位置、背景を省く判断など、印刷された本では気づきにくい制作の手がかりを見る点にある。ひとつのページに過去の回想と現在の視線が同居することもあれば、ほとんど無音の場面が何ページにも広がることもある。西洋の一枚絵に劣るから額装するのではない。ページをめくり、前後の関係で成立する表現を、美術館がどう展示できるかという新しい課題がここにはある。作品の部分だけを鑑賞すると見失う物語の流れを、読者自身が補わなければならない。
雑誌文化と女性の表現史
1960年代後半から70年代、日本では少女漫画を専門に扱う雑誌がさまざまな作家の実験の場となった。萩尾と山岸は1969年に、大和は1966年にデビューしている。誌面で連載し、読者の反応を受け、単行本として長く読み継がれる。その流れが作品の広がりを支えてきた。後年「花の24年組」と呼ばれる作家たちの議論は重要だが、この名称だけで三人の異なる経歴や制作環境を一括りにすべきではない。大和の歴史劇、山岸の不穏な心理と身体、萩尾の時間や存在への問いは、同じ時代が作った単一の流派ではなく、並行して開かれた独立した道だ。
国立美術館が漫画を迎えるという出来事
国立新美術館の説明では、今回が国立の美術館で開催される初の大規模な少女漫画展にあたる。この主張は「日本で初めて漫画を美術館が展示した」という意味ではない。漫画を紹介する展覧会はこれまでも存在し、原画の保存と公開には出版社、作家、研究者らが携わってきた。今問われているのは、美術館が漫画をどのような学術的・文化的文脈に置き、ページの読書体験をどこまで伝えられるかだ。国立新美術館は開館20周年の記念事業として企画し、毎日新聞社が共催、講談社と小学館などが特別協力する。作品を守りながら公開する役割と、幅広い読者に届く形にする役割が交差している。
展示替えを知らずに行くと、見られない名場面もある
展覧会は2026年10月28日から2027年2月8日まで、国立新美術館の企画展示室2Eで開かれる。前期は12月14日まで、後期は12月16日から。カラー原画を中心に展示替えがある。公式の出品一覧では「ポーの一族」の1976年付録カードや「トーマの心臓」の文庫カバー、「日出処の天子」の一部扉絵、「11人いる!」の扉絵が後期に指定される一方、「アラベスク」「はいからさんが通る」「あさきゆめみし」などの資料は前期に挙がる。11月6日に訪れる人が全作品を一度に見られるわけではない。休館日は火曜日と11月4日、年末年始など。金・土曜日は午後8時まで開館する。
大人2200円、その先に残る問い
当日券は一般2200円、大学生1000円、高校生500円。中学生以下などには無料の区分がある。会場は東京都港区六本木7丁目22番2号、乃木坂駅から直結する。作品の出品時期、販売方法、優待の条件は主催者の案内で確認したい。展覧会を見たあと、読むはずだった漫画をもう一度手に取るなら、原画の体験はそこで続きを持つ。萩尾が描いた喪失、山岸が描いた不安、大和が描いた時代と個人のせめぎ合い。三人が広げたのは少女漫画という枠そのものだけではない。人の内面を、線と時間とページの構造によって表す方法だった。
出典・取材方法
国立新美術館と展覧会公式サイトの発表に基づく。初の大規模展という表現は主催者の限定された説明として記載し、作品の前期・後期を混同していない。
