田んぼに現れた暗い穴
岐阜県中津川市落合。山あいの暮らしと農地が続く地域で、地面が突然落ち込んだ。11月3日午後3時45分ごろ、住民から市の落合事務所に通報が入った。県が6日に公表した資料によれば、現場は落合字井ノ下の田んぼ。陥没は縦横約2メートルと2.6メートル、深さは3メートルを超える。現時点で人や建物に被害は確認されていない。
水を張り稲を育てるはずの地面の下に、何があったのか。県と関係機関が疑っているのは、かつて燃料を掘り出した亜炭鉱の跡である。だが「疑い」と「確認済み」は異なる。廃坑に起因する特定鉱害かどうかは、中部経済産業局による確認を要する。
11月3日から4日へ――調査の足取り
県の発表によると、翌4日午前8時30分ごろ、中津川市工業課と落合事務所が現地を確認。午後2時から国の中部経済産業局、県、市、公益財団法人岐阜県産業経済振興センターなどが合同調査を行った。市はカラーコーンとガードバーを設けて立ち入りを制限し、地元区長を通じて付近に近づかないよう住民に注意を求めた。
これは最終的な地質調査結果を公表した会見ではない。今回の県資料に、坑道の位置図、現場の掘削記録、地下空洞の形状、復旧着工日などの確定情報は記されていない。現場の実測寸法から地下の構造を想像して描く場合も、それはあくまで概念図として扱う必要がある。
同じ井ノ下で、5月にも
この秋の穴を一度きりの出来事として片づけられない理由がある。県は5月25日にも、落合字井ノ下の畑で発見された別の陥没事案を発表している。発見は5月22日。横幅2.45メートルと2.05メートル、深さ2.40メートル。こちらも亜炭鉱廃坑が原因と疑われ、同日合同調査が行われた。人的・建物被害はなかった。
5月は「畑」、11月は「田」。同じ字名だからといって、同じ区画でも同一坑道につながるともいえない。県の二つの発表だけでは位置関係は判別できない。ただし、半年足らずで同じ地区名の下に2件の浅所陥没が報告されたことは、地下の安全性を考えるうえで無視できない事実である。
亜炭は、かつての暮らしの熱源
亜炭(あたん)は石炭化の進み方が比較的弱い、発熱量の低い燃料である。木の組織を残したものもあり、石炭より水分などが多い。家庭の燃料や工場用燃料として使われ、とりわけ戦時中から戦後の燃料不足の時代に採掘が広がった。いまの目で見れば低品位の燃料でも、別のエネルギーを容易に手に入れられなかった社会では役割があった。
産業の栄枯盛衰は地表の風景だけには表れない。採掘が終わり、別の燃料へ転換した後も、地中には採掘空間が残り得る。廃坑が地図や地域の記憶から薄れても、地下構造が自動的に元に戻るわけではない。日本のエネルギー史には、閉山後も費用と責任が続くという側面がある。
なぜ「浅所陥没」が起きるのか
かつての亜炭採掘には、地下の炭層に沿って掘り進み、支えとなる部分を柱状に残す「残柱式」が用いられた地域がある。支柱や天盤が長い時間を経て弱まり、上にある土砂が空間へ落ち込めば、地表に陥没が現れることがある。ただし今回の井ノ下の崩落機構がこの方式だったと確認されたわけではない。
岐阜県の基金資料では、浅所陥没を地表から深さ50メートル以内の採掘跡や坑道跡の崩壊に由来する鉱害と説明する。「深さ3メートルの穴」から「地下3メートルに坑道があった」と推定するのは誤りだ。見えている穴の深さと、原因となった空洞の位置・広がりは別の問題である。
復旧を担うのは誰か
県の11月6日資料は、国の中部経済産業局が旧亜炭鉱による特定鉱害と確認した後、中津川市が特定鉱害復旧事業等基金を用いて復旧すると説明している。基金は旧鉱物採掘区域で起きる被害を、地域だけの負担にしないための仕組みだ。岐阜県は過去、国と県が拠出する新たな基金造成を説明し、中津川、瑞浪、可児、御嵩などを対象地域として挙げた。
しかし「基金がある」ということは、工事の設計・予算・完了日まで決まったという意味ではない。まず原因を判断し、範囲を調べ、適切な充填・復旧の方法を選ぶ必要がある。今回の事案について、現時点で工事費や作業期間を示す公的数字は確認できていない。
御嵩・可児で蓄積された対策技術
東濃の地下空洞問題は新しい発見ではない。岐阜県の道路維持部門は御嵩町内の県管理道路で、廃坑による路面陥没への対策を検討してきた。国土交通省多治見砂防国道事務所の記録には、道路工事で空洞を充填し、交通の安全を確保する取り組みが残る。
充填技術協会の技術記録によれば、可児・御嵩地域の高速道路・バイパス建設では、充填材が意図しない方向へ流出するのを抑える「限定充填工法」が使われた。地下空間を埋めると一言でいっても、地質、地下水、空洞の広さ、周辺構造物などに応じて施工法を変えなければならない。井ノ下の復旧方法が同じになるとは限らない。
道路・農地・住宅、被害の意味は違う
農地の一角で陥没が起き、人的被害がなかったことは重要だ。一方で、穴が残る限り耕作や安全な立ち入りには制約が生じ得る。住宅の基礎や道路の下で同じことが起きれば、影響は大きく異なる。県は2026年8月、御嵩町の宅地で別の浅所陥没・沈下事案を報告し、住宅の床束に浮きが生じたと記している。
したがって「東濃のすべての土地が危険だ」と広げてはいけない。採掘の有無、深さ、地盤条件、対策履歴は場所ごとに異なる。一つの地域での被害報告を、隣接する宅地や学校の危険度の証明にすることもできない。必要なのは場所ごとの調査結果を公開し、住民が相談できる窓口を明確にすることだ。
知らない地下を、どう伝えるか
歴史的な坑道資料が不完全な場合、自治体には調査そのものと同じくらい情報の伝え方が問われる。危険が確定していない段階では不安をあおらず、かといって「まだ原因がわからない」で終わらせない。立入禁止範囲、追加調査の予定、住民への説明方法、復旧後の確認など、段階ごとに公開する情報が必要になる。
県が11月6日に示した確認事項は、発見日時、穴の大きさ、合同調査と立入防止措置である。周囲の土地に影響がないと結論した資料ではない。読者が現場へ近づいて確認することは避け、関係自治体の安全上の指示に従ってほしい。
復興と産業遺産の間で
明治から昭和の燃料開発は、工業化や家々の暮らしを支えた。だが資源を掘った地域には、閉山後の地盤、排水、道路、土地利用など長い課題も残る。かつて地域経済の一部だった産業を一方的に「負の遺産」と断じれば、その時代の労働と生活も見えなくなる。反対に産業の功績だけを語れば、現代の安全対策費が見えなくなる。
だからこそ、井ノ下の小さな田んぼの穴は地方史の入り口でもある。掘削時の記録、住民の証言、道路整備の資料を重ね合わせると、目に見えない歴史が現在の土地の使い方につながっていることがわかる。
次の発表で確かめるべきこと
確認すべき点は明瞭だ。国は今回の陥没を特定鉱害と認めたか。5月の事案と地下で関係があるか。周辺で追加の空洞調査を行うのか。復旧の設計と費用を誰が公表するか。地域住民への安全情報はどう届くのか。これらはいずれも現時点の公表資料だけでは答えられない。
11月3日に現れたのは、長い歴史の新しい断面だった。穴がふさがれれば記事が終わるのではない。何を確かめ、どう安全を判断し、どこまで後世に記録を残すのか。地面が問いかけるのは、閉山から何十年も続く地域の責任のあり方である。
出典と取材方法
国・県・市町村と専門技術団体が公開した資料による文書取材。制度・工法の一般説明を今回の原因の確定と混同していない。
