岐阜の老舗5社が、社外に「次の事業」を求めた
自動車のボルト、新聞、タイヤ用バルブ、紙、プラスチック成形。岐阜県の産業を支えてきた五つの事業が、いま外の知恵を求めている。県が11月4日に発表した「ぎふオープンイノベーションプログラム(Gifu-OI)」の2026年度支援対象は、青山製作所可児工場、岐阜新聞社、太平洋工業、トコロ、ワイ・ケー・ピー工業の5社。企業が持つ設備、顧客、技術に、設立おおむね10年以内のスタートアップの発想や製品を組み合わせ、新しい事業の可能性を探る。
ここで重要なのは、ロボットが完成したわけでも、エネルギー削減が達成されたわけでもないことだ。11月4日に公表されたのは5社の「共創テーマ」と募集開始計画である。県は岐阜新聞社、太平洋工業、ワイ・ケー・ピー工業の3社について同日から募集を開始し、残る2社は順次開始するとした。採択企業数や共同開発の契約数、売上や削減効果は、発表からは読み取れない。
なぜ今、工場や新聞社が外部と組むのか
日本の地方企業には、長く積み上げてきた強みがある。精密な加工設備、品質管理、取引先との信頼、地域で蓄積した情報。だが、これらを既存商品と異なる市場に結び付けるには、別の技術、設計思想、販売経路が必要になる。外部との共創を意味するオープンイノベーションは、企業の境界を越えて知識や資源を組み合わせる手法であり、研究開発を丸投げすることではない。
岐阜の今回の顔ぶれは、製造業4社と地方新聞社1社である。5社とも自社の既存資源を出発点にしている。ロボットの部品をつくる、工場の省エネを実行につなぐ、紙に真正性を持たせる、現場改善を仕組みにする、地域情報を地域の行動に変える。新しい技術そのものよりも、現場で使われ、代金を払ってもらえるサービスに変えられるかどうかが問われる。
青山製作所――「締結」はフィジカルAIの足元を支える
愛知県に本社を置く青山製作所は1950年設立。自動車向けのボルト、ナットなどを手がけ、1986年に可児第1工場を稼働させた。同社の公式沿革には、かんばん方式導入、可児工場の増設、品質管理体制の高度化といった量産の歴史が記録されている。会社概要によれば2025年の売上高は2139億円。県内企業として今回参加するのは可児工場であり、青山製作所の本社所在地を岐阜県とするのは正確ではない。
掲げたテーマは自動車で培った「締結×組立」技術によるドローンやロボットなどのフィジカルAIハードウェアの量産化だ。身体を持つ機械では、ソフトウエアの判断だけでなく、ねじが緩まないか、衝撃に耐えられるか、同じ品質で何千台も組み立てられるかが決定的になる。既存の自動車部品技術が転用できる可能性はある。ただし、具体的な共同製品、採用顧客、量産開始時期は現段階では示されていない。
岐阜新聞社――「読む地域」から「動く地域」へ
岐阜新聞の出発点は1881年7月19日創刊の「岐阜日日新聞」。戦時下の統合や戦後の改題を経て、1988年から現在の「岐阜新聞」の名称となった。2026年7月には創刊145年を迎えている。地域のニュースを集め、伝えるという役割に、今回の提案は別の問いを持ち込む。情報が読まれた先で、人や企業の行動につながるサービスをつくれるだろうか。
募集テーマは「地域の情報を、行動と事業へ。岐阜新聞社とつくる次世代の地域メディア」。公式プログラムにはファンマーケティング、人材採用支援、営業支援などの領域が挙がる。地域情報の蓄積や広告主との関係は資産になり得る一方、報道の独立性と商業サービスの境界、読者情報の扱いは検証すべき論点だ。新しい収益源を求めることと、記事の公正さを守ることは両立を意識して設計する必要がある。
太平洋工業――省エネは「見える化」の先が難しい
大垣市の太平洋工業は1930年、自動車用タイヤバルブコアの国産化を目指して創業した。小さな精密部品から始まり、プレス・樹脂製品、電子・制御機器、タイヤ空気圧監視システム関連事業へと領域を広げた。公式の企業情報では2025年度連結売上高を2182億円としている。創業から96年を経た企業が、今度は自社の製造技術だけでなく、他社の工場がエネルギーを減らすためのサービスを構想している。
テーマは、中小製造業のエネルギー使用状況を「見える化」するだけでなく、削減を実行するところまで支援する仕組みだ。計測器で電力量を表示しても、設備更新、作業工程、空調、稼働時間が変わらなければ請求額は下がらない。設備停止を伴う改善策には生産への影響もある。成果を判断するには、生産量や気温をそろえた比較、削減した電力量と費用、投資回収期間を示す必要がある。現時点で実証済みの削減率が発表されたわけではない。
トコロ――紙を「本物の証明」に使う
岐阜市のトコロは1952年、所紙店として創業し、1963年に株式会社へ改組した。印刷用紙、和紙、機能紙、特殊紙などを扱い、1986年には立体自動倉庫を導入。紙の加工・流通と品ぞろえで積み上げた経験を持つ。今回のテーマは、特殊紙という物理媒体に個体識別やデジタル認証を組み合わせ、製品や証明書が「本物」であることを確認する仕組みをつくるというものだ。
紙の質感や固有の特徴を使う方法は、印刷されたコードだけに依存しない本人確認ならぬ物品確認につながり得る。しかし、どのような紙の特徴を読み取るのか、複製や撮影への耐性をどう評価するのか、認証データを誰が保管するのかは公表テーマだけでは分からない。美術品、重要文書、ブランド商品などへの応用は考えられるが、現時点では市場導入の決定事実ではなく応用可能性だ。
ワイ・ケー・ピー工業――古い機械と人を残したまま変える
中津川市のワイ・ケー・ピー工業は1985年設立。プラスチックの金型設計・製作から射出成形、塗装、組立まで一貫して対応する。同社の公式沿革によれば、2017年には自社開発のIoTシステムを導入し、成形工場の稼働状況を可視化した。今回の発想は、その自社経験を別の製造現場へ広げることにある。
主題は既存設備と人材を生かし、「改善を続けられる仕組み」をつくること。製造現場のDXは、最新の機械を全面導入するだけでは進まない。機種も年式も異なる設備の信号をどう読み、現場の技能をどう記録し、改善の責任を誰が持つか。小さな工場でも使える費用と運用体制が必要だ。すでに自社工場でIoT化した経験は確かでも、外部顧客向けサービスとして成立するかはこれからの検証となる。
丸紅とeiiconがつなぐ、県境を越えた募集
県の事業は丸紅とeiiconが運営を担い、eiiconのオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA(アウバ)」を使って全国のスタートアップを募集する。応募対象は設立おおむね10年以内で、事業化に取り組める製品・技術を持つ法人。企業によって募集開始時期が異なるため、11月4日をもって5社すべての募集が始まったと表現するのは適切ではない。
公表された日程では11月5日に企業間の中間報告会、12月から2027年2月までマッチングと事業化支援、2月17日に成果報告会を予定している。中間報告会の開催結果や参加スタートアップ数は、確認した発表本文だけでは確定できない。募集が始まったことと、契約や共同事業が成立したことも区別しなければならない。
成功を測る五つの物差し
この取り組みの評価には、応募件数や報告会での発表数だけでなく、五つの物差しが必要だ。第一に実証の実施とその範囲。第二に品質、安全、情報保護などの検証。第三に実施に要する費用と運用する人員。第四に導入企業や顧客が継続して支払う価値。第五に、共同開発で生まれる知的財産やデータの管理である。大企業と新興企業の関係では、意思決定の速さや契約条件の違いも障害になり得る。
岐阜の5社が提示したのは、最新技術に飛びつく宣言ではない。長年の実務で得た資産を、異なる市場の課題に当て直そうという試みだ。製造技術、紙、報道、現場改善のどこから収益を生む事業が立ち上がるのか。2027年2月の報告会は一つの節目だが、より重要なのは、その後に顧客の現場で使われ続けるかどうかである。
出典と取材方法
岐阜県と事業運営者、各企業の公式資料を優先。2026年11月4日に発表された事実と、実現可能性についての分析を区別した。
- 岐阜県・2026年11月4日発表 / Gifu Prefecture November 4 announcement
- Gifu-OI公式募集ページ / Program and application details
- eiicon・プログラム発表 / Program operator announcement
- 青山製作所・会社沿革 / Aoyama Seisakusho history
- 青山製作所・会社概要 / Aoyama company profile
- 岐阜新聞社・会社概要 / Gifu Shimbun profile
- 岐阜新聞・創刊145年 / Gifu Shimbun 145th anniversary
- 太平洋工業・歩み / Pacific Industrial history
- 太平洋工業・企業情報 / Pacific company profile
- トコロ・会社沿革 / Tokoro paper-company history
- ワイ・ケー・ピー工業・沿革 / YKP Industry history
